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75.何度目かの再会

 侯爵邸は貴族街の中心地にあった。一区画丸々がアビスの敷地だ。

 ひとまず正門まで来たものの、門番は僕らを見て言う。


「薄汚いガキに侯爵様がお会いになるはずがないだろう! 失せろ!」

「ランクA相当の修復スキル持ちです。先日、王城にて侯爵からスカウトを受けました」

「取り入ろうとしてかたる輩がどれほど多いか知らないんだな? 何が王城だ。お前らみたいなのが城に入れるわけがないだろう!」

「聖女プリム様の紹介です」

「証拠はあるのか?」


 押し問答を続けていると、シャチ子がボインと胸を張って一歩前に出た。


「先日、神殿都市で聖女主催のメイド武闘会にて優勝した者だ。その縁でプリムと知り合い、王城にも招かれた」

「俺は知らんし上からも客人以外通すなって言われてんだ。帰れ帰れ!」


 門番はなしのつぶてだ。ちょっとシャチ子に鼻の下を伸ばしてるけど、仕事はきっちりするタイプらしい。


「セツナ様……こいつを斬っていいか?」

「なんでも物理的に解決しようとしないでください」

「クッ……嘘などついていないのに……上の者を呼べ」


 門番は鼻くそをほじってこっちに飛ばしてきた。僕らは散るように回避する。


「呼ぶわきゃねぇだろ不審者ども! 通報すっぞ」


 メイがワカメか昆布の踊りで門番の警戒心を解こうとした。


「怒っちゃダメですから! ほらほら~! あなたはだんだんワカメになる~♪」

「くねくねすんじゃねぇよ」

「こ、こちらは一般通過ワカメです。通してください」

「ヨシ通れ! って言うわけねぇだろ! 失せろ! 不審な輩は誰も通すなと閣下直々に厳命を下されてんだよ!」


 ワカメのフリして中には入れないようだ。当たり前だけど。

 クラゲ少女はこの作戦に自信があったらしく、触手ツインテールも落ち込んでへんにょりした。


「先生。メイの擬態が通じません」

「擬態というかモノマネだよね?」

「昔からメイは苦手でした。海魔族にはもっと上手く化ける者もいるというのに、ぐぬぬぬ」


 そういえば、海の生き物は周囲の環境に溶け込むように、体表の模様を変えて迷彩するって……昔、孤児院のシスターから教えてもらったのを思い出した。


 打つ手無し。と、諦めが脳裏をかすめた瞬間――メイが僕に耳打ちする。


「エルちゃんのアレ! 先ほども使いましたし、ここでも出したらどうでしょうか先生」

「あっ……そういえば……」


 貴族街の区画に入る前に、一度検問を通過している。


 すんなりいったのにも理由があった。


 僕は聖翼印のタリスマンを頑固な門番に見せつける。


「皇女エル殿下から貸して貰ったものです。これならどうですか?」

「どーせ偽物だろ? んなもんまで用意して周到だな」


 とりつく島が無い。


 シャチ子が「一度こいつをボコボコにしてセツナ様が修復するのが早いだろう」と、手の指を握り込んでポキポキ鳴らす。


「王家の威信に傷を付けるわけにはいきませんよシャチ子さん」


 逆にタリスマンを出したことで、詰んだかもしれない。

 門番がしびれを切らして門の中の仲間にハンドサインを送る。


 本当に通報するつもりみたいだ。

 メイが目をぱちくりさせる。


「に、逃げましょう先生!」

「逃げたら僕らが悪いと認めることになるからね。王都の警備兵ならむしろ身の潔白を証明できると思うし」


 門番が「はぁ?」と首を傾げた。


「誰が王都の警備兵に通報するっつった? 邸内の腕利き用心棒を呼んだんだが?」


 庭園を挟んだ奥に見える館の玄関扉が開く。

 筋骨隆々の豪傑が三人姿を現した。

 シャチ子が「ちょうど良いのが出てきたな」と、戦闘民族よろしくわくわくし始める。


 うーん。


 これは一旦逃げてもいいかもしれない。


「退こうシャチ子さん」

「良いではないか? 連中を張り倒せば侯爵も我々の実力を認めるだろう」

「どうしてそんなに脳筋なんですか!」


 ずんずんと庭園の真ん中の道をつっきて、僕らに近づく豪傑たち。

 鉄格子の外門が開く。

 が、出る直前で三人の大男はぴたりと足を止めた。

 道を譲るみたいに左右に分かれる。

 門番も背筋をピンとさせた。


 メイがぱあっと笑顔になる。


「先生の誠意が届いたのですね! わかります。人徳がにじみ出てしまっているのですから」

「態度が急変しすぎだよ」


 王家の紋章を掲げてもこうはならなかったのに。

 門番の視線は僕ら……の後ろに注がれていた。


 振り返ると――


「おや、少年ではありませんか?」


 これで会うのは三度目だ。

 港町で知り合ったワイン商人だった。


「あっ……先日は神殿都市でお世話になりました」


 僕がお辞儀をすると門番たちが泡を食ったように慌て出す。

 三人の豪傑が門番に詰め寄った。


「あの方のお知り合いじゃねぇか! テメェ門番おいコラ!」

「ひいいい! 待ってくださいってお三方。こいつらみたいなしょっぱい見た目のガキが、まさかヴィリエ様の知人だなんて……すみません! すみません!」


 ヴィリエ?

 そういえば、ワイン商人の名前を僕は訊いていなかった。

 身なりの良い紳士はニッコリ微笑む。


「みなさんお揃いで賑やかですね。もし、よろしければ侯爵閣下にお取り次ぎ願いたいのですが」


 門番がワイン商人――ヴィリエにビシッと敬礼する。


「は、はい! お通りください」

「ついでに彼らもいいですか? 少なからずご縁がある方々なので」

「ヴィリエ様が身元を保証してくださるのなら、どうぞご自由に!」


 聖翼印のタリスマンは泣いても良いと思った。

 アビス侯爵によっぽど信頼を寄せられてるんだな。この人。


 豪傑三人に見送られて中庭を通り過ぎる。

 僕に並んでヴィリエが言う。


「しかし少年と王都で出会うとは、世の中狭いですね」

「そういえば神殿都市のあとに王都に向かうって仰ってましたよね?」

「よく覚えておいでで。ああ……そういえばまだちゃんと自己紹介もしていませんでしたね。もう三度目ですし、これも何かの縁でしょう」


 一歩前に出て立ち止まり、振り返ると紳士は一礼した。


「ヴィリエと申します。神の雫を求めるしがない交易商です。お見知りおきを」

「僕はセツナ。修復士です。こちらは同行者のメイになります」

婚約者フィアンセのメイです。好きなバナナは黄色いやつです」


 同行者が別のものに化けた件。


「おや! それはそれは。式の日取りが決まりましたらお知らせください。純白のドレスのような白ワインを一樽贈らせていただきましょう!」

「ワイン苦手ですが!?」

「そうですか。ではバナナを山ほど」

「ありがたき幸せ!」


 いつの間にかご祝儀がバナナになってしまった。

 メイは……本気なんだろうか。


 シャチ子が二人の間に挟まった。


「メイ様。セツナ様が困ってしまいます。人前でイチャつくのはよろしくないかと」

「おー。うっかり。公私混同がすぎるぞメイ! はい! すみません!」


 自分で自分を叱ってる。イマジナリーな何かと会話しがちなお年頃なんだろうか。

 僕はメイの頭をそっと撫でる。


「未来の話はメイが大人になるまで、お楽しみにとっておこうね」

「メイは今すぐ先生のパワーで大人にしてもらっても構いませんが?」

「そうすると僕よりお姉さんになっちゃうかも」

「はわわ! おねしょた! い、いけません! これ以上いちゃつくのはモラル違反ですから!」


 メイが始めた物語だったけど、ここで終わりみたいだ。

 ワイン商人が首を傾げる。


「はて、大人に……なる? とはなんでしょうか……スキルは修復系では?」

「な、なんでもないんです」

「しかし噂の修復士はやはり少年……失礼、セツナ様だったのですね」

「様付けはやめてください」

「貴方は私の顧客ですから。あのワインの味が、今も目を閉じれば思い出されます。あの時から、貴方は何かを成す人物だと感じておりました」


 感慨深げにヴィリエは目を細めた。この人は僕を買ってくれてるみたいだけど……。


「あの、噂というのは?」

「若い修復士が獣魔大森林の長を救い、閉鎖的だった森の民の心を開いたと耳にしました。砂の海においては、戦闘艦を駆って東の砂漠を根城にしていた巨大な怪物を撃退したとも」

「戦闘艦を操船してたのは僕じゃないんですけど……」

「おや、そうでしたか。とはいえ砂漠の民を救った英雄として、像が建つとも聞いています」

「そんなことまで知ってるんですか?」

「商人にとって情報の鮮度は命ですから。はははは!」


 軽やかに笑って紳士は続ける。


「神殿都市でそちらの女性……たしか……シャチコ・モトイ・オルカ・マ・イールカ様が優勝なさったとか。一部の熱狂的なメイドファンに勇名が馳せておりますよ」


 シャチ子がフンと鼻を鳴らす。


「そ、そうか! 名を馳せたか……って、なんだその長ったらしい呼び方は! 耳をかっぽじって傾聴せよ! 正式な私の名は……」

「シャチ子ですよね?」

「は、はい。メイ様」


 シャチ子の本名も泣いていいと思った。

 女剣士が商人に詰め寄る。


「だいたい貴様、なぜ私の名を知っている!? まさか擬態した刺客ではなかろうな?」

「先日、神殿都市でばったりお会いした際に自己紹介なさったではありませんか」

「そう……だったか。疑って済まぬ」

「いえいえ、少年とお嬢さんとお名前は神殿都市ではうかがっておりませんでしたが、貴女は自己紹介されましたので」


 シャチ子の本名を一度聞いただけで覚えたなんて、客商売で鍛えたからか記憶力も良いみたいだ。

 ヴィリエは言う。


「こうして再会できたことに祝杯を挙げたいところですが、まだワインのコルクを抜くには日も高いですね。さて、セツナ様はアビス閣下にお話があるようですが……私で良ければ取り次ぎいたしましょう」

「あ、ありがとうございますヴィリエさん!」


 毎回、ワイン商人は渡りに船よろしく現れる。

 ちょっと都合が良すぎる気もするけど、今は「運命」という言葉で片付けておくことにした。


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