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74.皇女 草を生やす

 王城の離宮でお茶会の席が設けられた。

 メイドも人払いすることになり、給仕はシャチ子が買って出る。

 数日ぶりの猫耳メイド姿だ。


「フフン……今期優勝した本物が拝めるなんて、嬉しいサプライズね」


 メイド武闘会の映像を公務と称してエルはチェックしていたそうな。

 ティーポットを手にシャチ子は頬を赤らめ下唇を噛む。


「クッ……この国中にあられも無い姿を晒したということか」


 雑談もほどほどに本題へ入る。


 メイが海魔族の王の噐だということ。

 噐の秘密。

 僕らは包み隠さずエルに伝えた。


 女王ニュクスの容態は王国を揺るがす秘め事だ。

 メイの境遇も海魔族の国の根幹に関わる機密。これもある意味「お互い様」だ。


 皇女は七色のマカロンからピンクを摘まんで指先で遊ばせる。


「つまりメイは海魔族の女王様なのね?」

「はい! だから皇女よりも偉いですが?」

「フフン……あらあら。失礼しました。これまでの無礼、許してくれるかしら?」

「えっと、えっと」

「はい、あーんして」

「あーん♪ うま! うっま! マカロン美味しいですね! 許せる!」


 ピンクのマカロンを食べさせてもらって海魔王様(仮)はご満悦だ。

 和平会談というか、餌付けである。


 皇女のアメジストの瞳が僕を見る。


「セツナは何色にする? 男の子だから……フフン。青はブルーベリーなの。甘酸っぱいのはお好き? それとも黄色のレモンがいいかしら? 初めてのキスの味って噂だけど」

「僕まで懐柔しなくても大丈夫ですよ皇女殿下」

「んもぅ。こっちはがんばってフレンドリーに接して、王族っぽく壁を作らないようにしてるんだから。察して表面上でもフランクになりなさいよ。敬意はにじみ出て後からちゃんと伝わるんだし」


 気を遣ってることを辞めるように気を遣えと? 王族って……めんどくさい。


「わかりました。仰々しい言葉遣いは控えますエル様」

「フフン……いいわ。許してあげる。ともかくそちらの事情は解ったわ。今度はこっちの番。母上の事は実際、見て貰ったとおりだけど……」


 皇女の表情が曇る。


「他にも問題があるんですね?」

「メイになんでもどーんと相談して! どうぞ!」


 エルは紅茶で唇を湿らせた。


「アビス侯爵を探って欲しいのよ」

「さっきの大貴族をですか?」

「母上が眠り続けるようになる直前、最後に会っていた人物……それがあの男だから」


 皇女の瞳は真剣だ。


「どうして僕らに?」

「宮廷にも息の掛かった者は多いわ。誰も信用できない状態なの」


 シャチ子が紅茶のおかわりをエルに勧める。


「なるほど。アビスとやらとつながりもなく、聖女たちと絆を深めた我々ならうってつけということか」

「話が早くて助かるわね」


 女王ニュクスが眠り続ける理由。アビスが原因に関わっている疑いがあるってことだ。


 メイはぽかーんとしている。けど……。


「さっきのオッサン、感じ悪いってメイは思った!」


 エルが目を細める。


「でしょでしょ? ほんとやな奴なんだから。あんなのにプロポーズされても吐きそうになるだけだし」

「やはり殿方は先生のように心優しく紳士でむっつりおっぱい魔人であるべきなんです」


 僕はメイに焼き菓子を勧めた。口封じのために。


「メイはお菓子をもっと食べてね」

「あーん♪」

「は、はい。あーんして」

「んふぅ~サクサクのパイ美味しいですね! ほら優しい先生は紳士なのであった」


 エルのじとっとした視線が僕に刺さる。

 メイはお構いなしだ。


「しかもパイくわねぇか! って勧めてくるほどのパイオニアですから! パイ好きで先生ってばもぅ困っちゃうのです」


 適当に選んだ焼き菓子がパイ生地だったせいで偉い目にあった件。


 皇女がため息で返す。


「急にイチャつかないでくれる?」

「うらやまですか?」

「べ、別にうらやましくないわよ。フフン……」


 話が逸れそうだ。軌道修正しなきゃ。


「アビス侯爵は相当な野心家みたいですねエル様?」

「私と婚姻の契りを結んで王国を牛耳る……だけにとどまらないわ。まるで世界のすべてを手に入れるつもりみたい」

「本当ですか?」

「私に世界の王の妃の座をプレゼントするって言ってるわ。王国は代々女王が治めてきたけど、アビスは伝統に縛られないタイプ……ってこと」


 国の簒奪も公言するって、よっぽどだ。

 エルは続ける。


「母上がこうなる前は大人しくしてたけど、最近は顔を合わせる度に婚約指輪でプロポーズよ。情熱的すぎて暑苦しいわ」

「エル様に何度も断られているのにですか?」

「ええ。宮廷内で工作して外堀も埋めてきてる。大臣たちも献金であちらに傾いてるし、悔しいけど……私じゃ止められない」


 シャチ子が首を傾げてカチューシャの猫耳と尻尾を揺らす。


「王の権威は絶対ではないのか?」

「私はまだ女王じゃないから。王権を振り回せない弱点を突かれてるのよ」

「他に王位継承権を持つものは?」

「いないわ」


 王家というと王様と正妃がいて、他にも奥さんがたくさんいる……と思っていた。

 孤児院のシスターが教えてくれた雑学だけど、後継者が途切れないようにするためだって。


 だけど後継者争いにもなるから難しいとも。


 ともあれ――


 王権を持つ女王は眠ったまま、唯一の王位継承者エルにアビス侯爵が急接近している……ってことは間違いない。


 僕らは何をすればいいんだろうか。


「もう少し具体的に話を訊かせてください」

「フフン……アビス侯爵には黒い噂も多いの」

「誰も追求しないんですか?」

「できないわね。歯止めが利かないレベルになってるから」


 シャチ子が腕組みをして胸を前腕で持ち上げる。


「どのような悪事なのだ?」

「かなり強引な手法で優秀スキル持ちの人間を集めてるみたい。中には家族を人質にとられて言いなりにされている人もいるっていうわ。手段を選ばない男……だけど、従う者を厚遇するから味方も多い。本当にやっかい……」


 エルは呼吸を整えて僕の顔をのぞき込む。


「彼の元には高レベルから下級スキル持ちまで、様々な人材が集まってるわ。けど、中には不本意ながらも協力させられているスキル持ちがいるみたいなの。私の情報収集能力は城内が限度だし、与えられた噂そのものがアビスの撒き餌かもしれないけれど……」


 皇女は疑心暗鬼とも戦っているみたいだ。


「不本意なのに協力……ですか」


 スキル奴隷。

 隷属の首輪で言いなりにしてしまう。アビスならやりかねない。


「犯罪に関わる証拠……なんて贅沢は言わないわ。それにスキル持ちなら君自身も危険かもしれない。けど、アビスのことを調べて欲しいのよ。どんな些細なことでもいいわ」

「わかりました。僕も無理矢理服従させるやり方は嫌いです」


 エルの口からホッと息が漏れる。


「ありがとね。もし反乱なんて起こされたら王都が大混乱になるかもしれないから……くれぐれも慎重に頼むわ」

「強引な手段で王位を簒奪する可能性があるんですね?」

「最終手段でしょうけどね。ところで、王家がなぜ王家なのかわかる?」


 メイがぱっと挙手した。


「生まれた時からそうだからですが?」

「だいたい正解。けど、海魔族の噐システムとは別に理由があるの。それがあるからアビスは簡単には手出しできない感じなわけ」


 エルはティーカップをそっと持ち上げた。


「女王にはスキルを奪ったり与えたりする聖祖ルシフの力が継承されてるわ」

「スキルを与奪できるんですか?」

「現在の人間の繁栄はスキル持ちがいるから。元々人間は弱い種だった。他の種族に比べて身体能力も劣るし、特殊な力は授かってなかったのよ。ただ数だけは多いから、他の種族の奴隷にされてたみたい。今では考えられないわよね」


 海魔族はメイの触手ツインテールだったり、シャチ子のパワーだったり、刺客たちも各々(おのおの)能力を持っていた。


 獣魔大森林の族長ルプスは巨大な狼に変化できたし、狐巫女のフゥリィは巫術という呪符を使った炎の技を使いこなす。


 対等以上の勢力に人間がなれたのはスキル持ちの影響力の大きさだ。

 冒険者のスキル持ちともなれば、能力によっては一軍に比肩する。王都の戦力は他の種族が恐れてうかつに手が出せないくらい、充実している。


 人間にとってスキルはただ便利なだけじゃない、生存のための文字通り「生命線」だった。


「スキルは昔からあったんじゃないんですか?」

「ええ。けど歴史から見れば短い期間なわけ」


 皇女は王国史をひもといた。


 今からおよそ千年前、天の世界から「スキルの火種」をもって天界人――ルシフが地上に降臨。

 弱い人間を救うため「大いなる存在」によって使わされた。


 人間の姿を借りて世界を救う旅を続け、ルシフは聖人としてあがめられるようになる。


 が、彼一人の力には限度があった。


 そこで――


 ルシフは人間と契りを結び、「大いなる存在」から与えられたスキルの力を人々に広めることにした。


 見初められた人物こそ――

 後に王国初代女王となるミーティアという女性だった。


 女王のスキルは「管理者」という特別なもので、スキル与奪の権限を持つ。他にも様々な「聖祖の加護」によって、女王は守られる。


 王家の強大な力は代々、成人の儀を執り行った女王に継承されていくもの……なのだそうな。


「フフン……だから王家にうかつに手出しはできないのよ。聖祖ルシフと契約を更新できる王族がいなくなれば、人間はスキルを失うとも言われてるわね。アビスがせっかく集めた手駒がパーってこと」


 人間が種としての繁栄を手放すことになる。

 アビス侯爵が強硬手段に出ないのは、懸念があるからだ。


 メイが首を傾げた。


「先生? 『大いなる存在』は神様ですか?」

「僕も気になってたところだよ。エル様……どうなんですか?」


 皇女殿下は背筋をピンと伸ばす。


「母上から子守歌みたいにきかされたおとぎ話。けど、私も神様だと思うの。ただ、確証はないわね」


 クラゲ少女の目が満月みたいに丸くなり、天井を見上げた。


「お空の上に神様がいるのか! お高くとまりがやって!」

「物理的に高いところにいるのは、お高くとまるとは言わないんじゃないかな?」

「左様で! けどけど、空を自由に飛んだらワンチャン神様ですよ!」


 僕らが神に出会えない理由は……手段が無いからだ。

 空を飛ぶ術を人間は知らない。

 いつか魔道具が発展して行けるようなるかもしれないけれど……ずっと遠い未来かもしれない。


 エルが小さく頷いた。


「確証はないわね。フフン……けど、王家の書庫を探せば天へと続く道しるべが見つかるかもしれないわ」


 皇女は立ち上がると懐から白金色の飾り(?)を僕に手渡した。

 片手に収まるサイズの翼のレリーフだ。


「セツナには王家の人間が認めたという証……『聖翼印のタリスマン』を授けるわ」


 メイが触手ツインテールを「?」の字にする。


「せいよくいん? シャチ子! 性欲で淫だなんて! しかもタマタマン!」

「メイ様。恐らくは聞き間違いかと」

「なにぃ!? 違ったのですか!?」


 エルがほっぺたを膨らませた。


「んもう! 聖なる翼の印よ。王家の紋章でもあるんだから。これを見せれば王都じゃ不自由しないわ。聖祖ルシフには美しい翼が生えてたって伝説だし。聖翼人って言ってね……」

「せいよくがすごいんですね! わかります!」

「わざとでしょ? わざとなんでしょ!?」


 僕の代わりにツッコミ代行してくれて助かる。


 改めて皇女は僕に告げる。


「くれぐれも油断しないようにね。アビスは恐ろしい男だから」


 王女様のお墨付きを得て、僕らはアビス侯爵を探ることになった。


 さて――


 油断は禁物だけど、生半可に嗅ぎ回ると逆にアビスの協力者たちから密告タレコミが侯爵閣下に伝わりかねない。


 虎穴に入らずんば虎児を得ず。


 幸い、スキル持ちは歓迎ムードだし直接訊ねてみよう。

 鬼が出るか蛇が出るかって言葉があるけど、どっちも出ないことを祈るばかりだ。


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