72.王国の危機
侯爵が退場して玉座の間が広くなったと思う。
メイが「ぷはー」と声を上げた。
「メイはすごく言いたかった。あの熊のような大男に抗議の心がメラりと燃えます! が、先生のお邪魔になるまいと、とってもいっぱい我慢の限界でしたが?」
「あ、ありがとうメイ」
シャチ子も深く頷く。
「我慢するお姿、大変ご立派でしたメイ様」
口だししなかったのは、僕に気を利かせてくれたから……から?
ずっと静かにしていたのがもう一人。
気に入らない相手には容赦ない特攻服メイド。チェーンがあくび混じりで僕に言う。
「ふぁ~ったく、あの貴族のオッサン……ヤバげだな。ぶん殴れる隙を微塵も見せやしねぇ」
「大貴族を殴ろうとしないでくださいチェーンさん。というか、殴るの前提で対人関係を考えない方がいいと思うんですけど」
「そうか? セツナの師匠もずっと剣の柄に手を添えてたぜ?」
シャチ子まで戦闘モード一歩手前だったのか。気づかなかった。あわや一触即発だったみたいだ。
「ところでチェーンさん。ヤバげってどういうことですか?」
「あのオッサン強いぜ。ま、おれと良い勝負できるくらいはあるな」
チェーンの視線が玉座に向く。
「で、エルはあんなのも相手してんのか?」
「フフン……王族の務めってやつね」
言いながら皇女殿下は両腕を上げて背筋を伸ばした。
「あ~もう肩こるんだから」
「凝るほど乳ねぇだろ」
「なんで急に刺してきたの? 不敬罪よチェーン」
特攻服メイドと王族は親しげだ。
エル皇女が僕らに向き直る。
「あっ……楽にして。フフン……プリムちゃんの紹介でチェーンが連れてきたなら、信用できる人たちってことでしょ? 多少は羽を伸ばしてもいいわよね?」
玉座で脚を組み直し、肘掛けに腕を立てて頬杖をつきながら皇女は目を細めた。
王族だから特に失礼がないようにと心構えをしてたんだけど――
口ぶりもどこか柔らかくなって、ハミングするような「フフン」と鼻を鳴らすところ以外は、いたって普通の女の子っぽい。
皇女殿下はチェーンに命じる。
「じゃ、紹介して」
「セツナとメイとシャチ子だ」
シャチ子が「オルカ・マ・イールカだ」と訂正するが、エル皇女は「セツナにメイとシャチ子ね。フフン……覚えたわ。記憶力は良いのよ」と笑う。
ここでもシャチ子はシャチ子のままだ。
メイが僕に耳打ちした。
「実はシャチ子は、シャチ子のパパにもシャチ子と呼ばれているのですよ」
「それはその……ご愁傷様としか言えないかも」
「これも愛ゆえに。先生はメイのこと、マイハニーとかダーリンって呼んでも……い、いいですが?」
「メイはメイがいいかな。可愛い名前だからね」
クラゲ少女は触手ツインテールと両手で顔を覆って「キャー」っとなった。
正直、マイハニーなんて恥ずかしくて言えないって。
エル皇女が僕を指さす。
「ちょっとぉ~イチャつかないでくれる? ここ謁見の間よ?」
「す、すみません! あっ! じゃなくてイチャついてるわけじゃ……」
玉座から立ち皇女は壇上から降りると、僕の口元に人差し指をそっとあてた。
「口答え禁止。フフン……王族として命じるんだから」
無言で僕は頷いた。というか、頷くことを強制された。
と、メイが吠える。
「ねとられ! メイはそれだけはやめてください! 戦争ですが!?」
エルは不思議そうに首を傾げる。
「海魔族かしら? ダメよ戦争なんて。世界平和が一番だもの」
「はうぅっ! 負けた! 人の噐の大きさで! メイはこの敗北感に苛まれているのですが!」
「悪いって思ったってことは、あなた……さては善人でしょ? フフン……わかるんだから」
海魔族だからと一方的に警戒したり敵視もせず、メイという個人を見ている。そんな感じだ。
エルは僕の口元の指を外すと「ね?」と微笑む。
いい人……っぽいな。少なくともお高くとまった大貴族様とか王族って気はしない。
クラゲ少女はシャチ子に泣きつき、胸に顔を埋めた。
「負けましたぁ~! シャチ子慰めて! どうぞ」
「お、お労しやメイ様。ああ、このように取り乱されるなど初めてのことで、た、助けろセツナ様!」
「ちょっと良い案が浮かばないのでシャチ子さん、お願いします」
「……クッ! 仕方あるまい」
僕ら三人のやりとりにエル皇女は楽しげだ。
そのまま殿下はシームレスにため息を一つ。
「とにかく助かったわ。アビス侯爵……苦手なのよね。で、チェーンは何しに王城へ?」
「セツナたちさ、困ってんだ。力になってやってくれ。おれとプリムの恩人なんだ」
「そう……フフン。けど、私にできることってあるのかしら?」
エル皇女の視線がこちらに向き直る。
僕は跪いて頭を垂れた。
「皇女殿下。もしよろしければ、僕たちに王家の書庫で調べ物をさせてください」
「調べ物? 何か知りたいことでもあるっていうの?」
「はい。僕らは神様を探しています」
皇女はそっと人差し指を自身の顎先にあてがった。
「プリムちゃんの神託で、調べるならうちってなったのね」
「仰る通りです皇女殿下」
「君、プリムちゃんのお友達でしょ? もう少しリラックスして話して。でなきゃ私、協力しない」
ぷいっとそっぽを向いて皇女はツンとすまし顔だ。
「王族の方を相手に、そういうわけにはいかないような……」
言い切る前にチェーンさんが僕の頭を抱えて締め付けた。
「細けぇことはいいんだよ! エルがそうしろって言ってんだ。王族の命令だぜ?」
ぎゅうぎゅうと圧迫される。脇の下と大きな胸の弾力で苦しい。タップしながら返す。
「わ、わかりました! 離してくださいチェーンさん!」
「本当は嬉しいんだろ? うりうり! おまえも脇フェチになれ!」
「なりませんよ!」
エル皇女が「その辺で許してあげて。苦しそうよ……フフン」と特攻服メイドを止めてくれた。
危うく脇フェチにされるところだ。
と、ふと視線を向け直せば、メイが触手ツインテールで胸を寄せてあげている。
「うう、絶対大きくなってやるのですから! シャチ子! どうすればいいですか?」
「え、ええと……栄養のあるものをたくさん食べましょう」
「太ってしまうのですが! お胸だけを! お胸だけを大きくしたいのです! このお肉はどこからやってきたのか、白状なさいまし!」
メイの両手がシャチ子のたわわを下から撫でるように持ち上げ、ストンと落とす。
ぶるるん。
求む、目のやり場。
チェーンが「はっはっは」と笑った。
「こんな連中だけど、ちゃんとエルにもメリットあるんだぜ?」
「セクハラ集団に利点? フフン……おもしろそうね」
「セツナは超一流の修復士だ。この前のメイド武闘会で負傷者の治療にも参加しててな。他の治癒士が傷を塞いだり骨折の処置したりしてる中、セツナが治したやつらは怪我する前みたいに元通りになったんだぜ」
うわっ……細かいところ見られてたんだ。
嬉しい反面、気をつけないと僕のスキルの正体に気づかれるかもしれない。
筆頭メイドの表情が引き締まる。
「でよぉ……エル……歌えてるか?」
「……」
皇女は首を左右に振る。さらさらと白金髪が流れた。
「じゃあ……おまえの母ちゃん……容態どうなんだ?」
「……」
皇女の表情にますます暗い影が落ちた。
「母上は変わらずね。もう一年にもなるわ。セツナにメイにシャチ子。他言無用よ。まだ王国の民には公表していないから……約束できる?」
チェーンが僕に目配せする。話を訊いてやって欲しい。そんな表情だ。
「僕らで力になれることがあるなら。事情をお聞かせください。秘密は守ります。ね? メイもシャチ子も」
「メイは身体はふにゃふにゃでも、義理人情に厚く心に鉄壁の布陣を敷くタイプ! おまかせあれ!」
「メイ様の従者として、私も口外せぬと誓おう」
エル皇女は玉座にかけ直すと、呼吸を整えて語り始めた。
王国の現状について――




