71.ノックをしてから入室しましょう
僕らは今、王城にいる。
文官に案内されて玉座の間の前だ。
扉の向こうに王族が待つ。
トントン拍子どころじゃない。
殴り込み同然で王城に凸したんだけど、それが聖女プリムの筆頭メイドだと衛兵が理解してからは、賓客のもてなしを受けた。
仮に魔導列車で王都まで無事にたどり着けたとしても、王族と謁見できたかはわからない。
海魔神官エビルの刺客を警戒して、遠回りをしてきたのが功を奏した格好だ。
人生って、何が起こるかわからないな。
ともあれプリムの紹介とチェーンの案内のおかげだ。
城の衛兵たちがチェーンと並ぶシャチ子に視線を注ぐ。
「なぜ私をじろじろ見る」
チェーンが女剣士の肩を軽く叩く。
「メイド武闘会の優勝者だからだろ? おれに勝った奴が一目おかれないわけねぇっての」
「ムムッ……そういうものなのか」
メイが触手ツインテールで挙手した。
「はいはいはーい! メイも有名人? ですか?」
特攻服メイドは「ハハッ」と笑い飛ばす。
「そりゃねぇだろ。有名になりたいなら次回の大会で優勝するこった」
「あうぅ。これは人生の新たな目標ができたのです! ね! 先生も一緒にメイドで優勝していくわよ!」
「なんで僕も出ることになるのかな?」
あまり顔が知れ渡るのも、どうかと思う。名声が高ければ利用できる反面、敵に見つかりやすくもなるし。
メイは乗り気じゃない僕に口をとがらせ「メイド服ファンは先生に期待しているのにぃ」と、すねた素振りだ。
期待しないでください。
シャチ子が玉座の間の扉を見上げた。
「しかし、王都入りと同時に王族と謁見とはな。感謝するぞチェーン」
「ダチだろ。水くさいってんだよ」
二人は握った拳を軽くぶつけ合う。なんだかんだ気が合うっぽい。
この扉の向こうに王様がいるんだろうか。
願わくば王家の書庫で調べ物をさせてほしい。
神の居場所が記されていなくても、探すヒントはきっとあるはずだ。
チェーンが文官に詰め寄った。
「おいコラてめぇ。エルはいるんだろ? あいつインドア陰キャでプリム以上に外に出ない厨二病疾患の変人だかんな」
「ふ、不敬罪ですぞチェーン殿!」
「事実陳列罪なら認めてやっぞ。にしても、おれを待たせるなんてどうなってやがんだ? 普段なら、あっちから扉開けてくる勢いだってのに」
「今はその……大切な謁見中でして……中には誰もいれるなと」
「はぁ? ダチ放っておいて誰と会ってるって?」
「それはええとそのぉ」
文官はしどろもどろ。
会話の流れからすると、チェーンは王族と相当親しい関係性にあるみたいだ。
敬意はゼロだけど。親しき仲に礼儀無し。
メイは海中を揺らぐ海藻の形態模写でウォーミングアップを始めた。
「メイはどうして急に昆布踊りをしてるのかな?」
「こっちはワカメです! しかも最上級のクオリティのもの! んもう、先生はメイとこれからもあの、その……ず、ずっと伴侶が如くご一緒するのですから、違いのわかる男になってください」
怒られた。いや、わからないって。
それに伴侶だなんて、難しい言葉がよくすらすら出てくるなと毎度感心する。
使い方が適切かはともかく、一緒にいたいという気持ちは僕もおんなじだ。
シャチ子が補足した。
「さすがですメイ様。これより始まるは人間の王と海魔族の王の邂逅。なればハイクオリティでオールウェイズなワカメスタイルをもってして、機先を制すということですね」
なんの機先? いったい何と戦っているんだろう。
チェーンが目を丸くした。
「おお、メイもわかってきたじゃねぇか。恋も仕事も闘いも先にぶちかましたもん勝ちだ」
前略、王族様。
ごめんなさい。先に謝っておきます。
と、特攻メイド服が袖をまくった。
「ったく、いつまで待たせやがんだ。おれを廊下に放置していいのはプリムだけだっての。ちょっとノックしてやっか」
チェーンは握った拳を巨大な扉に叩きつけた。
ばごぉっ!!
ノックの音じゃない。
扉が吹き飛ぶように開け放たれる。
「おいコラァ! エル! いんだろ隠れてねぇで出てきやが……あん?」
人払いされた玉座の間。
王の座に白金髪の少女がちょこんとかける。前髪の一部が青かった。黒いゴスっとしたドレスに身を包み、頭上に翼の意匠を凝らした冠が輝く。
メイより少しお姉さんくらいの背丈だろうか。胸は……最近、特盛りに挟まれたり潰されたりしたせいか、とても慎ましやかな感じだ。
って、僕は何を見ているんだろう……。
壇上に座っているんだから、きっと彼女がチェーンの言う王族だ。
乱入にも眉一つ動かさず、桜色の唇をそっと開く。
「しじまを破っての登場ね。フフン……騒がしいわ」
「相変わらずスカしてんな。で、なんだこのオッサンは?」
チェーンの視線の先に玉座の前で跪く男の姿があった。
膝を床についていても、体躯の大きさが威圧感すら放っている。
薄い褐色がかった肌に燃えるような赤毛だ。
黒の礼服ははちきれんばかりで、脱げば筋骨隆々なのが想像できた。
背中にはグリフォンを模した家紋が刺繍された、血の色のマントを羽織る。
男の手に小さな箱があった。
真っ赤な宝石のついた指輪が納められている。
僕らには一瞥もくれず、マントの男はニイッと笑う。
「結婚してくれエル皇女。女王様があんなことになっちまったんだ。あんたにゃ支えが必要だろ? 俺があんたの……いや、この国の柱になってやる」
王族って敬われてないんだろうか。
文官が慌てて部屋に飛び込むなり、皇女ではなく男に頭を下げた。
「も、申し訳ございませんアビス侯爵! チェーン様は神殿都市の聖女プリム様の名代でして、お待ちいただくようにと……」
「あんた名前は?」
「わ、わたくしめでございますか?」
「大切な話をするから誰も入れるなって言ったよな?」
「ひいっ」
「俺が直々に覚えてやるって言ってんだよ。で、名前はなんていうんだ虫けら?」
直接僕らに向けられていないのに、途方も無い圧を感じた。
文官は蛇に睨まれた蛙だ。身動き一つとれない。
玉座から凜とした声が響く。
「もう良い。下がれ」
鶴の一声ならぬ王族の一声だ。
文官は平伏して退散する。
救ってあげたんだと理解った。
獲物を逃がして不機嫌そうに大男は肩を揺らした。
「おっと。すまんすまん。相手を間違えていたな」
赤いマントを翻し、グリフォンの紋章を荒ぶらせて男は立ち上がった。
二メートルを優に超す巨体だ。
長身のシャチ子が見上げるほどだ。
僕やメイじゃ文字通り大人と子どもくらいの差になる。
赤毛の大男が上から被さって言う。
「人の恋路を邪魔しようってのかボウズ?」
男――アビス侯爵の目は笑ってない。
侯爵といえば大が三つくらいつく貴族だ。
無礼を働けば何が起こるか想像もつかなかった。
けど――
僕はそっと視線を玉座に向ける。
皇女殿下のアメジスト色の瞳が訴えかけてきた。
哀しみや苦しみ。アビス侯爵への恐怖と嫌悪。皇女は眉一つ動かさず気丈に振る舞っているけど、心細そうに見える。
この瞳を僕は知っていた。
奴隷船に沈んだ名前もわからない、あの時の女の子と同じだ。
助けを求める声なき声に――
「僕は平民なので貴族の世界を存じ上げません。婚姻の事ともなればなおさら……ですが、皇女殿下が指輪を受け取らないことが、すべてではありませんか?」
アビスが柳眉を上げる。
「見かけによらず言うじゃねぇか。俺を誰だと思ってやがる?」
「お教え願えれば幸いです」
「いいだろう。爵位は王族に次ぐ侯爵。王都の屋敷も王宮の次にでけぇ。荘園も金も人もなんでも好きにできちまう大貴族のアビス侯爵様だ。で、ちっぽけなお前はなんだ?」
「僕は修復士のセツナです。神殿都市の聖女プリム様から紹介いただいて、皇女殿下に拝謁に参上しました」
瞬間――
侯爵の目つきが変わった。手にした指輪の小箱をしまう。
鋭い猛禽類が飛びかかるように、僕の肩を両腕でぐいっと掴み、床に押しつける。
「スキル持ちか? ランクは?」
「A相当と言われてますが……」
「嘘じゃねぇだろうな? 皇女殿下の御前だ。言い間違えましたじゃぁ済まさねぇぜ?」
「誓って嘘なんてついていません」
「…………」
僕への敵意がフッと消え去りアビスの眼差しが優しくなった。
「修復士かぁ……そいつぁいいな。俺ぁ無能は大嫌いだが、優秀な人間は大好きだ。相応しい地位を与えて活躍させると約束しよう。どうだセツナ? 俺んとこにこねぇか?」
驚いた。大貴族の侯爵閣下なのに、僕の名前を一発で覚えているなんて。
王都で活動するなら大きな後ろ盾になりそうだ。
もし、このまま地に足を付けて修復士を続けるというのなら、スカウトは悪い話じゃないかもしれない。
だが――
「辞退します。僕らは大切な旅の途中なので」
掴まれた肩から圧力がスッと抜けた。
「残念だなぁ。俺の誘いを断るスキル持ちなんて初めてだ。ったく、一日に二度も振られるとはよぉ。まあいいさ。手に入りにくいものほど欲しくなんのが人間ってもんだが、今日のところはこれくらいにしておいてやる」
皇女に向き直ってアビス侯爵は二イッと笑った。
「女王陛下によろしく伝えてくれよ姫様」
「皮肉か? フフン……母上は貴様など眼中にないぞ。下がれアビス」
「へいへい……っと」
大男は一礼してきびすを返す。
ゆっさゆっさと肩で風を切り、マントを揺らす姿は威風堂々としていた。
振られたけど。




