70.王都へGO!
夢を見ていた。
波が荒く白いしぶきをまき散らす。
僕は小舟に揺られていた。
見上げると奴隷船のデッキに女の子がいる。
哀しげな笑顔だ。
彼女の首には隷属の首輪がはめられていた。
小舟は木の葉みたいに波に流され、山のような船体が遠ざかる。
助けてくれた女の子は、僕をじっと見つめたままだ。
そして――
海中から巨大な触手が奴隷船を絡め取り、海の底に引きずり込む。
僕を乗せた小舟も煽りを受けて転覆、瓦解した。
記憶はぷつりと途切れて、いつもここで目を覚ます。
「……せい。先生? おはようございました?」
耳馴染んだ心地よい声と、疾走する風切り音。軽快なリズムを刻み蹄鉄が地面を蹴る。
王都へと向かう道すがら、うとうとしちゃったみたいだ。
鞍の後ろに乗ったクラゲ少女――メイが、半透明な触手で手綱をさばいてくれていた。
両腕を僕の腰に回して密着する。
「ごめん。ちょっと意識が飛んでたかも」
「お疲れですものね先生は。みんなのために色々がんばるのですから」
「ありがとうメイ。手綱……代わるよ」
「はい! お役に立てるこの喜びは何にも代えがたいのですね。わかります」
メイド軍団に包囲される格好で、護衛を受けつつ王都への道を行く。
巨大風車に穀倉地帯。大河にかかる大きな橋を渡って丘陵に抜けた。
丘の上までくると、城壁にぐるりと囲まれた巨大な町並みが視界いっぱいに広がった。
砂の海の交易中心地や、神殿都市も大きすぎてびっくりしたけど……桁違いだ。
魔導列車が乗り入れる。
王都の町並みを分かつ大きな川には、大型の輸送船が無数に停泊していた。海に通じてるんだろうな。
町の中央に荘厳な王城の姿が見えた。
僕は背中側のメイに向き直る。
「これから王族と面会するから、メイも礼儀正しくしなきゃいけないよ」
「当然ですとも。こちとら海魔族の王族でやがりますからね! はっはっはっは! 余裕余裕!」
ちょっと……いや、かなり心配かも。
馬群の先頭から特攻服メイド――チェーンが声を上げる。
「見えたぞ野郎ども! 王都だッ!! 最後まで気合い入れて送れよッ!!」
怒号のような「応ッ!」の声。思い思いのメイド服に袖を通した紳士たちが気合いを入れ直した。
しんがりからシャチ子が上がって僕らと併走する。
「ついに目的地ですねメイ様。セツナ様」
メイは触手ツインテールをくるくる回した。
「あそこに神様いますか?」
女剣士は困り顔で僕を見る。自分じゃ応えられない。返答は僕に……か。
「大きな町だし、きっと手かがりが見つかるよ」
「わくわくしますねぇ」
暗い神託なんて無かったみたいにメイは陽気に笑った。
僕らは神に出会えない。
神託は絶対じゃないから、これから先の行動で運命は変えられるというけれど。
わかっているのは、今のままじゃダメってことだ。
何か大きな「変化」が必要だと思う。
シャチ子が王都を囲む城壁を指さした。
「外からの守りは堅牢だろう。だが、あれほどの規模の町であれば内部に死角も多い」
「王都に入れば安心じゃないんですか?」
過激派海魔族の刺客が、おおっぴらに襲撃を仕掛けてくれば王都の手練れた冒険者たちに討伐される。
町の規模から簡単に僕らの居場所を見つけられない。
そういう話だったんだけど……。
女剣士は咳払いを挟んだ。
「油断禁物ということだ。無論、私がメイ様のおそばにいる限り、過激派連中に手出しさせぬがな」
シャチ子が胸を張ると、馬上ということもあって普段以上に大きくゆっさたゆんと果実が揺れた。
メイの触手が僕のほっぺたをつねる。
「先生はエッチさんですね。またシャチ子のおっぱいを見て!」
「痛い痛いってば。ごめんって」
「なんと!? 本当に見てましたか」
「鎌を掛けたの?」
「むむむー。素直に謝れる先生は偉いので、これからもシャチ子のおっぱいをいっぱい見てあげてください。シャチ子は存分に見せつけてやるのです!」
僕もシャチ子も「あっ……はい」とお互いに困り顔になった。
時々、メイの事がよくわからなくなる。
けど、そんな不思議さも可愛さで彼女の一部だと思った。
王都へと続く道をたどり、ついに東の正門が目と鼻の先だ。
港町から始まった逃亡の旅。
魔導列車なら一日の距離を何日も掛けてようやくだ。
獣魔大森林を抜けて鉱山の町から砂の海を渡った。
神殿都市を経由して、ついに王都だ。
王族と謁見だ。
できるだけトラブルは起こさないようにしないと。
シャチ子はお酒さえ入らなければ大丈夫。
メイは天真爛漫に振る舞ってしまうので、そこだけは要注意かな。
入り口が近づいた。
検問の衛兵が見張る城門を――
「オラオラどけどけ轢き転がすッゾ! 神殿都市の聖女プリムが名代! チェーン様ご一行のお通りだコラァ!」
ドッドッドッドッドッド!
と、地響きを鳴らして馬群はそのまま検問を無視して王都に突入した。
あっ……気をつける前に終わったかもしれない。
背後に過ぎ去った城門の周囲が、蜂の巣を突いたみたいに騒がしくなる。
ラッパが吹かれて鐘がかき鳴らされ警戒態勢だ。
僕は馬を群の先頭に進めた。
「ちょっとチェーンさん。僕たち検問破りしてませんか?」
「はぁ? ちゃんと名乗ったろうが」
「衛兵の人たちが警報発してますよ?」
「いいんだよコレくらい派手な方が。挨拶代わりにワンパンくれてやるくらいでちょうどいいって」
良くないと思う。王都、初手から大騒動だ。
特攻服メイドもシャチ子に負けず劣らずな大きな胸をぐいっと張った。
オーダーメイドのメイド服が胸元パンパンで……目のやり場に相変わらず困るかも。
「この調子で王城に突っ込むぞ!」
「ええええッ!?」
僕の声が裏返る中、背中にぴったり張り付いたメイが「いけいけごーごー! かち込みじゃあああああ!」と、触手ツインテールで力こぶ(?)を作った。
かち込み……って、たぶんチェーンから学んだんだろうな。
特攻隊長が声を上げた。
「全員散会! 衛兵どもをびびらせてやれ!」
「びびらせてどうするんですか!?」
「最初にガツンとかましてやった方がいいだろ?」
「良くないですってチェーンさん」
僕のツッコミもむなしく――
護衛のメイド軍団が四方八方に馬を走らせた。守備隊は大混乱だ。
間隙を縫ってチェーンと僕らは王都の中心――王城まで馬を進めるのだった。
こんな殴り込みみたいなことしなくても王都には入れたと思うんだけど。
どうしてこうなった。どうしてこうなった。




