62.修行完了RTA(リアルタイムアタック)
【前回までのあらすじ】
主人公風呂に入る→お胸の大きなお姉さんがやってくる→色々ある→主人公メイド服姿
どうしてこうなった?(あらすじのていを成さない)
メイド服姿で僕は中庭にやってきた。
チェーンが独り、型稽古をしている。
全身の関節に油を差したみたいな、なめらかな所作だった。
「綺麗ですねチェーンさんって」
「うをわ! 気配を消して急に話しかけるんじゃねぇよ!」
チェーンがビクンとなって振り返る。
「別にそんな技能、僕には無いですよ。近づかれたのに気づかないくらい集中してたんですね」
「うっせぇ。つーか、なんだよいきなり……綺麗って」
男勝りな特攻服メイドが伏し目がちになる。
っていっても、上から見下ろされる格好で威圧感があるんだけど。
「動きに無駄がなくて、まるで流れる水みたいです。実際の試合だとかなり荒々しいので驚きました」
「川ってのはいつも穏やかじゃねぇ。激流にもなるさ。結局のところ、自分の理想の動きをしてて勝てるんなら、誰も苦労しねぇって話だ」
「じゃあ、なんで同じ動作の繰り返しをやるんですか?」
「いざって時、身体が勝手に動くもんだろ。染みついたモンってのは、良くも悪くも簡単には抜けねぇんだ」
無意識のうちに身体が反応して、最適な動作で対応するようになる。
って、感じだろうか。
「チェーンさんは強さを追い求めてるんですね」
「でなきゃプリムを守ってやれねぇし。筆頭メイドの暮らしにゃ満足してる。好きなだけ訓練できるし、メイドの仕事も嫌いじゃない」
満たされているのはチェーンも同じみたいだ。
なのに、どことなく寂しげな口ぶりだった。
「あの……先日の武闘大会で一つ気になったことがあるんです。決勝でシャチ子さんとの攻防の最中に、チェーンさんはわざと手を抜いていたんじゃないかなって」
瞬間――
チェーンの視線が冷たくなった。
「なんだぁ修復士ぃッ!? てめぇ……」
「ご、ごめんなさい。わざと負けるなんてあり得ないですよね。僕の勘違いで……す?」
特攻服メイドの拳が僕の眼前でぴたりと止まる。まるで気配もなく、いきなり寸止め正拳突きをされていた。
「いつ気づいた? どこで気づいた?」
「えっと……」
口ごもるとチェーンはフッと口元を緩ませる。
「大方、あの魚女に探りを入れろとでも言われたんだろ? おれが抜いてたかなんて、目の前のあいつ意外気づきようがねぇはずだ」
「じゃあ、本当に手加減してたんですか?」
「理屈に合わねぇって顔してんな」
「プリム様はチェーンさんに優勝して欲しかったみたいですし」
ゆっくりと拳を引いて特攻服メイドは襟を正す。
「知りたいか?」
「差し支えなければ」
「なら、おれが今やったみたいに一本、おれから取ってみな」
さっきの正拳突きを僕が?
「何年かかるかわかりませんよ」
「そういうこった。他人の秘密を知りたいってんなら、相応の覚悟はしてもらうぜ。けど、セツナは筋だけはいいからな。毎日一万回、一年も正拳突きの型をしてりゃあ体得できんじゃねぇか?」
さっきの稽古でも素人なりに、僕のことは評価してくれてたみたいだ。
「ま、無理にとは言わねぇし」
チェーンは愉快そうに笑う。
「じゃあ、基本の形を教えてください」
「んだよ。マジでやんのかコラァ? 根性見せるってか」
「まさか教えたくないとか言いませんよね? 一万回の初めの一回でいいですから」
「ったく。いいぜ。毎日やれとは言わねぇけど、旅の間にこまめにやって自信がついたら戻ってこい。テストしてやるよ」
言うなりチェーンは僕の背後に立って、密着しながら身体の動かしかたを文字通り、手取り足取り教えてくれた。
相手に悟られず拳を打ち込む動き。まさに初期設定。
脚のふんばりから、全身の関節の回転に軸の置き方などなど……指の骨の一つ一つまでどうするのかレクチャーを受ける。
シャチ子の「だいたいこんな感じだぞセツナ様」という、見て覚えろ的なアバウトさとは対極を成す細かな理論を頭に詰め込まれた。
拳打一つにこれだけの思考が込められているなんて、驚きしかない。
「よし。打ってみろ」
「は、はい!」
頭で考えながら全身をガチガチにして、亀よりも遅いパンチを放つ。
「ハエが止まっぞ? やる気あんのかコラァ!」
「す、すみません!」
「思考と肉体が連動するまで身体に染みこませろ。それが反復練習ってモンだ」
一日一万回を三百六十五日。やってモノにできるかもわからない。
けど――
イメージしろ。
この動きの完成形を。
足のつま先から始まって、右手の指先まで。地面を蹴った力を全身の関節の回転に乗せて打ち込むんだ。
メイド服姿で百回くらい拳を放つ。だんだんぎこちなさはなくなっていったけど、チェーンのそれとは雲泥の差だ。
「本当に筋がいいなセツナ。てめぇの師匠が魚女なのはもったいねぇ。うちで働くか?」
「メイとシャチ子さんも一緒なら、ちょっとだけ考えなくもないですよ」
「ったく、連れねぇな。おい! 軸がブレてんぞ」
見られるというのも大事みたいだ。
間違った動きや手を抜いた挙動は、一瞬で見抜かれてチェーンに訂正される。
「よしよし。流れは悪くねぇ。スッとろくて実戦じゃ使い物にならねぇけど、基礎の形はできたかもな」
ゆっくり一連の動きが出来上がったっぽい。
これを毎日続けていけば、だんだんとスムーズに、威力のある拳が繰り出せるようになる。
さらに何年も続ければ、無意識で放てるようになる。
意識が無いから打たれた相手に気取られない。
僕は――
チェーンに「よしよし」と合格をもらった形を記憶したまま――
肉体の連動と思考の熟練だけを「進める」意識をした。
十年……二十年……三十年……。
百年ほど経過した。
瞬間――
パンッ! と、空気は破裂するような音とともに、拳が前に出た。
熱い。なんだろう。この感触。まるで空気の壁を突き破ったみたいな手触りだ。
猛烈な摩擦熱が拳にまとわりついたみたいな。
チェーンの目が点になった。
「なん……だと? そいつは師匠の拳と同じヤツじゃねぇかよ!」
「そうなんですか?」
「音速の壁を破るほどの高速拳打……セツナ……てめぇいったい何者なんだ? ちょろっと教えただけで出来るような、柔な技じゃねぇぞコラァ!」
「チェーンさんの教え方が上手かったんですよ」
ということにしておきたいけど、納得してくれるかどうか。
特攻服メイドは仁王立ちして腕を組む。
「おう! そういうことなら仕方ねぇ! まさかおれに教える才能があるとはな!」
納得しちゃったよ。けど、実際に正しい指導をしてもらえた結果だし嘘じゃないと思う。
結果が早く出るようにはしたけど。
チェーンは後ろ手に頭を掻いた。
「チッ……まいったな。いいパンチだ。認めてやっぞ」
「ありがとうございますチェーンさん」
「教えてやるよ。どうしておれが決勝でわざと負けたのか」
言うとチェーンは目を伏せため息をついた。天を仰ぐ。
「ああ、やっぱ当たるんだな。神託ってやつはさ」
呟くと特攻服メイドは自分自身を納得させるように、ゆっくり頷いた。
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