48.砂漠を抜けて
【前回までのあらすじ】
イレーナ船長の旅立ちを見送ってセツナたちも砂海宮を去ることに。
北西ルートで王都を目指し船は快速。追い風が吹くのだが――
白い船体が砂の海を縫うように北西へと進路を取った。
帆に風を受けてクラゲの紋様も誇らしげに膨らむ。
メイがへさきに立って双眼鏡で地平線の向こうまで確認した。
「よーそろー! よーそろー!」
砂漠の船乗りたちから教わった言葉が、最近はお気に入りみたいだ。
シャチ子も舵を手に鼻歌交じり。
「メイ様がご機嫌で私も嬉しく思うぞセツナ様」
「そうですね。操船、代わりましょうか?」
「いやいい。この砂上船には我々のためにミストシャワーなる装備もあるのでな」
水のタンクから細かな霧が定期的に出て、操舵席のシャチ子の乾燥を防いでくれていた。
サリヤからの心遣いを感じる。
つい、言葉が漏れた。
「砂漠に居れば海魔族の追っ手も掛からないんですよね」
「いや、どうだろうなセツナ様。砂の海の東航路が開通した今となっては、輸送船に刺客が乗り込むこみいずれ砂海宮に到達したかもしれぬ」
閉ざされていたから安全だった。
なら、僕らはどのみち進むしかなかったのかもしれない。
神官エビルの言葉が脳裏を過ぎる。
一カ所にとどまりすぎれば、そこで出合った人たちを僕らの戦いに巻き込むかもしれない。
「先生! 前の方がなんかアレな感じですが!?」
進路を見張るメイが声を上げた。
なんだろう。
前に出て双眼鏡を受け取ると――
「砂山がこっちに向かってきてる!? シャチ子さん!」
「避ければいいのだろうッ!!」
操舵輪を激しく回して面舵いっぱい。
メイと僕も帆を操作して風を捉まえた。
触手ツインテールでクラゲ少女は器用に帆の角度を微調整する。
船足を落とさず急速ターンして、突っ込んできた砂山を回避した。
僕はメイから受け取った双眼鏡で後方を確認する。
砂山は遠のくどころか、一度止まるとゆっくりとこちらに向き直った。
「追ってきてるよ! 二人とも注意して!」
シャチ子が舵を戻して吠える。
「メイ様は追い風を捉まえてください! セツナ様は対潜監視を密に! アレは恐らく……」
言い終える前に、砂の海からゆったりと平べったい巨体が浮かび上がった。
エイだ。目測だけど尻尾も含めれば体長7~8メートルはある。
砂の海すれすれを巨大エイが泳ぐ。あっという間に横並びだ。こっちはメイとシャチ子で速度一杯まで出してるのに……。
逃げ切れない。
エイの背中に幻影のように神官エビルが姿を現した。
「どうやら北西ルートに張っていた、あなたが正解だったようですね。アーカエさん」
「なあエビルさんよぉ。あいつら殺せばちゃんと報酬、もらえるんだよなぁ? 身体改造まで受けてよぉ。俺ぁもう、海にゃ戻れねぇ身体になっちまったんだろ? 地上で贅沢させてくれるんだよなぁ?」
「ええ、お約束通り。器だけ破壊していただければ良いのですが、人間の少年と海魔将軍の娘も殺しておいてください」
「じゃあ追加料金もらうぜえええええ!」
エイはヒレを激しく律動させる。そのまま巨体を砂上船にぶつけてきた。
船が大きく揺れる。
「はうにゃああああ!」
「クッ! セツナ様! 操舵輪を頼みたいのだが!」
シャチ子が船のコントロールを握っているおかげで、体当たりもなんとか耐えて転覆を免れた。
「僕の操舵じゃいなせない。メイはこのまま推力を維持して! シャチ子さんは船のバランスを頼むね」
言い残すと僕は――
ゴルドンさんから贈られた小剣を抜き払う。
空いた時間に少しずつだけど、シャチ子に稽古をつけてもらった。
以前の自分よりは、ほんの少しだけ強くなってるはずだから。
エイが低い声を響かせる。
「沈めよぉ! とっとと沈んじまえよぉ!」
今度は全身を独楽みたいにスピンさせて、砂上船に尻尾をぶつけてくる。
船体が切り裂かれた。
シャチ子が必死に操舵する。
「このままでは持たぬぞセツナ様!」
僕は頷くと次の攻撃のタイミングを見計らった。
集中する。
時間がゆっくりと流れるように錯覚しながら――
巨大エイの体当たりに合わせて、僕はエイの進行方向に飛び降りる。
剣を地面に突き刺すように向けたまま。
「――ッ!?」
エイからすれば、突然鼻先に刃が落ちてきたようなものだろう。
さすが名匠の手がけた真打ちだ。
エイの身体は縦に真っ二つに裂けた。並みの剣じゃ切れ味が足りずに弾かれていたかもしれない。
僕はただ、両手でグッと剣を押さえていただけだ。
エイは自らの突進力によってスパッと両断された。
背中に埋め込まれていた通真珠も綺麗にパキッと割れ砕ける。
最後の瞬間――
幻影が消える間際にエビルが呟いた。
「あなた方の足取りは掴めました。アーカエは良い仕事をしてくれましたね。では……また……」
呪いの言葉を残してエビルの声は砂漠の風に溶けた。
僕は砂地のクッションに転がる。
白い砂上船が弧を描くように減速して僕を迎えに来てくれた。
「先生! ご無事か!」
「うん。大丈夫だよ」
立ち上がり小剣についた血を払って鞘に収める。
全身砂まみれだ。
僕はついに殺してしまった。
不思議と罪悪感も後悔もない。
メイを守れたことに安堵する。
砂上船から飛び降りると、メイが僕の身体についた砂を両手と触手ツインテールで優しく落としてくれた。
心細そうで涙目だ。
「先生は無茶ばかり。もう無茶苦茶ですが?」
「そうだね。これからは気をつけるよ」
一方で操舵輪を手にしたままシャチ子はぶるんと胸を張る。
「見事だセツナ様! 非力なればこそ相手の力を利用するその戦い方、感服したぞ!」
剣士として上から目線で絶賛してくれる。
「すぐに出発しましょう」
「だが船体が……と、その心配は無用であったな」
切り裂かれた船体側面に僕は触れると時間を戻す。
あっという間に新品同然だ。
船の上に戻ってシャチ子に訊く。
「進路を変えますかシャチ子さん?」
「ふむ。恐らく神官エビルは要所に捨て駒を配置し、包囲網を敷いたのだろう。その分、戦力は分散している。下手に戻るよりも、この包囲の一角を崩した地点から進軍するのが良いな」
戦闘に関してもプロだけど、戦術でも僕なんかよりシャチ子はよっぽど頼りになる。
早すぎる刺客にメイの表情は曇りがちだ。
「あうぅ……またメイがご迷惑をおかけしたのかと」
僕は少女の頭をそっと撫でた。
「悪いのは襲ってくるエビルたちだよ。メイは良い子だから堂々としてて。ね?」
「ほ、本当ですか!? メイは良い子ちゃんですか!?」
「うん。とってもとっても良い子さ。港町の酒場のおかみさんだって、獣魔の森の人たちに鉱山町のみんな。それにサリヤさんだってそう思ってるよ」
「は、はいぃ! なんと心強い! メイは今、とても大きな愛の中にいるのですね!」
実際、メイはどこに行っても、お手伝いをがんばろうとしてくれる。時々空回ることもあるけど、それさえご愛敬だ。
「しゅっこー! しゅっこーです!」
「そうだねメイ船長」
シャチ子が再び操舵席につき、白い砂上船は砂の海を走り出す。
しばらくして、砂漠の玄関と呼ばれる西方部族の町を双眼鏡で見つけることができた。
快適な船旅はあのオアシスまでになりそうだ。
エビルの追っ手がかかる前に、王都に少しでも近づかなきゃだな。
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