35.追跡者たち
【前回までのあらすじ】
無事、鉱山の町を甦らせて旅立ったセツナ。
酒場の店主にして一流の鍛冶職人ゴルドンの信頼を得て、剣を贈られる。
王都に向けて次に目指すは――
紅い荒野を僕は走る。
緊急事態だった。シャチ子はキャンプ道具の入った背負い袋を早々に投げ捨て、今はメイを背負って走る。
僕も全力だけど、メイを背負ったシャチ子に着いていくのがやっとだった。
常に僕自身の時間を戻し続けて、短距離走のスピードで走り続けていた。
スキルがなかったらとっくの昔に敵に追いつかれてたと思う。
黒い浮遊魚だ。しかも複数。数はだんだんと膨れ上がり魚群を形成しつつある。
獣魔大森林の捜索を終えて僕らを追ってきたらしい。
シャチ子の背中でメイが触手ツインテールを鞭のようにしならせる。
「あんな雑魚どもはバシッ! ですが?」
「相手をしているうちにさらに集まってきてしまいます」
一匹二匹倒しても、それ以上の数がやってくる。僕らには狐巫女フゥリィの巫術みたいな範囲攻撃手段が無い。
「なんとかならないんですかシャチ子さん!?」
「どうにかできれば逃げたりしていない」
道しるべ代わりの列車の線路はもう見えない。
荒野を突っ切れば、谷に行く先を阻まれた。
だが、望みはまだある。
今にも落ちそうな吊り橋が数十メートル、対岸まで掛かっていた。
シャチ子が滑り込む。
「行くぞセツナ様!」
「うわっ! そんなに揺らさないでくださいって!」
女剣士は驚異的なバランス感覚で、平地と変わらない速度で橋を渡る。
下を見れば底が黒く塗りつぶされたような大地の裂け目。
落ちたらひとたまりもない。
足がすくみそうになるのを必死にこらえてシャチ子の背中を追いかける。
「先生! がんばれがんばれ!」
おんぶされているメイにできることは、応援くらいだ。
それにしても、この吊り橋……もう少ししっかりしてほしい。
僕は橋の欄干に触れて時間を戻す。一つ戻して素材にならないよう意識しながら、十年ほど戻した。
橋は新品状態だ。
安定感も増した。不用意な揺れも少なくなり、これなら走り抜けられそうだ。
振り返れば数匹だった黒い浮遊魚が数十匹に増えている。どんどん集まって魚群を形成すると、先頭が橋に到達した。
単縦陣で追ってくる。
「あれ? 浮いてるのにわざわざ橋を渡ってくるんだ?」
メイが頷いた。
「地面からちょっと浮いてる連中ですから! 空飛べるってほどじゃないんです! ほんともうノンデリで浮いた存在!」
つまり連中も橋を使わないとこっちには来られない。
ってことは――
シャチ子が橋を渡りきり、遅れて僕も対岸に着く。
「シャチ子さん! 橋を落として!」
「もう終わっている」
すでにシャチ子は名刀月光の居合抜きで吊り橋の縄どころか、欄干からなにからを一刀両断にしていた。
列車の車両を真っ二つにするくらいだから、橋くらいできてもおかしくない。
鯉口をチンとならしてシャチ子は言う。
「またつまらぬモノを斬ってしまった……」
バラバラと橋が崩れて落ちる。浮遊魚たちも危険を察して来た道を引き返したが、先頭集団はそのまま谷底に吸い込まれた。
ひとまずなんとかなった……のかな?
対岸にひときわ目立つ金色の浮遊魚がこっちをじっと見ていた。
口に何かをくわえていたみたいだ。
通真珠だった。金の浮遊魚の口から巨大な幻影像が浮かび上がる。
神官エビルがうやうやしく一礼した。
「これはこれは、自ら死を選んでいただけるとは僥倖です」
シャチ子がキッと対岸を睨む。
「黙れゲスが。こちらは無事だが? 残念なのは貴様の頭の方だな」
「いやはや、あなたとは出来が違いますよ? そちらこそ頭の中まで筋肉が詰まっているのですねオルカ。これからあなた方が向かう先は、灼熱の『砂の海』ですよ?」
僕らはまんまと砂漠側に誘導された……って、こと?
「さて、これで私も心配事が無くなりました。次にお会いすることは無いでしょう。干からびて朽ち果ててください」
幻影像はフッと消えた。魚群たちが引く波のように紅い荒野に帰っていく。
僕らが振り返ると――
ゴツゴツとした岩と石の荒野の先に、黄色い砂漠が広がっていた。
日陰は無く、熱したフライパンのように大気が揺らめいている。
過酷な環境だ。
メイが震える。
「め、メイはこのままだと乾燥おつまみになりますが!?」
シャチ子も「海魔族には酷すぎる。ああ、メイ様お労しや」と不安げな少女を抱きしめた。
僕の手荷物から地図を広げる。
大地の亀裂は遠く数キロ先まで続いていた。迂回して紅い荒野に戻る方法はなさそうだ。
砂漠――
人間にも厳しいのに海魔族にとっては最悪な環境だろう。
それだけにメイを狙う海魔族の刺客も容易には近づけない。
「むしろツイてるかもね、僕たち」
「せ、先生! きをたしかに! おかしくなっちゃいましたか!?」
「僕は正気だよメイ。さぁ! 砂漠を渡ろう!」
シャチ子が僕をキッと睨む。
「あまりに無謀ではないかセツナ様!?」
メイは下唇を噛んで伏し目がちになった。
「せ、先生がそこまでおっしゃるのなら、メイは乾燥食材になります……が」
「大丈夫だよ。心配しないで二人とも。僕と手をつないで歩くだけだから」
「仲良し!? 仲良しパワーでこの絶体絶命の窮地を乗り切りますか? 現実はそんなに甘くないですぞ」
「まあ、仲良しパワーとはちょっと違うけど……たぶんいけると思うんだよね」
僕の「時間」スキルなら。
二人に説明すると、シャチ子もメイも目を丸くした。
さっき黒い浮遊魚の群れに追われている時、僕は自分自身の時間を戻し続けたことで、全力疾走を維持できた。
これを応用すればきっと、過酷な環境の砂漠でも一昼夜歩き続けられる……かもしれない。
獣魔大森林を抜けようとした時の思いつきだけど、レベルの上がった僕ならきっと、上手くやれるはずだ。
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