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30.風呂凸

【前回までのあらすじ】

獣魔大森林の恩人になったセツナ。もはや誰を嫁に嫁がせるか。いっそ全員まとめてセツナに面倒を見て貰おうとする森の有力者たちに、少年はタジタジだ。

そんなことなどつゆ知らず、クラゲ少女メイは狐巫女と仲良くなろうとがんばっているのだった……。

 宴が終わり、僕らは屋敷の大きなお風呂を使わせてもらった。

 メイが「先生とご一緒に入るのです!」と僕にくっついてきたけど、シャチ子に「まだ早いですメイ様」と止められた。


 まだ……ということは、いつか許諾が降りるんだろうか。

 二人には先にお風呂に入ってもらった。


 そのあとは僕の番だ。

 手足を伸ばせる広いお風呂が自宅にあるなんて、さすが森の長の屋敷って感じだよな。


 ヒノキのお風呂だった。ちょっぴりぬるくなってる。

 さっきまでメイとシャチ子が入っていたお湯だ。


 出汁とか出てたりして。

 なんてことを考えつつ、お湯に触れて時間を戻す。


 あっという間に熱々になって、足し湯の必要もなくなった。

 体の汚れを落としてお風呂に肩まで浸かる。


 ヒノキの香りがしてリラックス。指の先まで温まる。メイじゃないけどこのままとろんと溶けてしまいそうだ。


 と、その時――


 浴室の扉が開いて外から誰かが入ってきた。

 湯気でよく見えないけど、ルプスだろうか。


 ちょっとヤバイ気がする。貞操とか貞操とか貞操とか。


「ど、どなたですか!?」

「わちきじゃ。何を怖がっておる」

「あ、ああ……フゥリィさんか……って、なんで服着てないんですか!?」

「風呂に入るのなら脱ぐに決まっておろう!」


 やってきたのは族長ではなく狐巫女だった。


 ふわふわ尻尾を前に回して抱えながら、恥ずかしそうに少女はうつむく。

 火傷の治療をした時はそれどころじゃなかったけど、こうしてみると……意外と胸も大きくて腰つきも女の子らしい曲線を描いていた。


「す、すぐに出ますね!」

「待つのじゃ。セツナもまだ温まりきってはおらぬじゃろ」


 言うなり彼女はお風呂に入ってきた。


「ふぅ、これは気持ちがいいのぅ」


 肩を寄せて少女は僕にくっついてくる。その手が太ももとか胸を撫でた。密着する柔肌に心臓がバクバク音を立てる。


「ちょ、ちょっと……フゥリィさん? なんで僕の太ももとか脇腹を触ってくるんですか?」

「スキンシップじゃよ。知らぬのか?」

「いや知ってますけどそれくらい。けど、そういうことはその……」

「嫌じゃったか?」


 正直、少しくすぐったいけど触れられると気持ちいい。安心する。

 狐巫女は僕の後ろに回ると胸を背中に押し当ててきた。


 柔らかな感触と弾力に背筋がビクンとなる。


「あの、当たってるんですけど」

「スキンシップじゃからのぅ。もっと激しいスキンシップもあるのじゃ」


 これ以上は耐えられそうにない。


「ダメですフゥリィさん。僕には……大事に思っている人がいますから」

「なんじゃ。そうか……クラゲ娘を好いておるのじゃな」

「はい。だから激しいのは無しでお願いします」

「わかった。ではあと少しだけ、お主を感じさせて欲しいのじゃ」


 背中側からぎゅうっと抱きしめられる。

 フゥリィは鼻声だ。


「フゥリィさん?」

「あのクラゲ娘や剣士ともども、森に住まぬか? 人間の町のような賑やかさも金銀財宝もないが、暮らしていくには良いところじゃ」


 そっと首を左右に振る。

 あまり長居をすれば海魔族の刺客がメイに差し向けられて、この集落を戦いに巻き込むかもしれない。


「僕らは王都に行って調べなきゃならないことがあるんです」

「それが終わったら戻ってくるのか?」

「メイは問題を抱えてるんです。それを解決したら、また遊びに来ますね」

「それは待ち遠しいのぅ。いつになるかもわからぬのだろう。待ち遠しすぎて心が痛むのじゃ」


 後ろから回り込むようにして、フゥリィは僕の頬にそっと口づけした。

 挨拶みたいなキスだけど、ドキッとする。

 狐巫女は言う。


「それにしても、わちきは困ったものじゃの。たった一日でこんなにも好きになってしまうなんてのぅ。人間よりも惚れっぽいようじゃ」


 ルプスの言った恋の匂いの話は本当だったみたいだ。

 なんて声をかけていいかわからない。

 

「けど、わかっておった。こうなることは。お主はわちきに発情こそすれ、恋の匂いはしておらぬ」

「は、発情って!?」

「恋とは違う匂いがしておるからの。若い牝の身体にあちらの方も反応しておるようじゃし。わちきはそれでも構わぬのじゃ。本当の愛にならずとも、今宵一度きりの恋で構わぬ」


 鎮まれ僕のアレなアレ。

 いや、無理だって。フゥリィは魅力的だ。


「獣魔族であれば今頃は、わちきの身体をケダモノのように蹂躙し、わちきも牝の喜びに打ち震えていたであろうに。人間とは難儀な生き物じゃ」

「人間の世界には『据え膳食わねば男の恥』という言葉があるんですよ?」

「では、わちきを皿まで食らってくれるのか?」


 お湯の中で尻尾がゆれてチャプチャプと音を立てた。


 僕は――



 翌朝早朝には集落を発った。森を抜けるのに本来なら数日かかるらしいけど――


「背中に乗ってください。では出発しますね」


 巨大な蒼毛の狼が僕とメイとシャチ子を背中に乗せて走り出す。

 ルプスだった。力を解放した族長の真の姿だと、フゥリィは教えてくれた。

 狐巫女はルプスの首のあたりにしがみつき、方角を指示するナビゲート役だ。


「主様。前方には罠が設置されておるのじゃ。迂回するのじゃ」

「わかりました。鉱山谷まではあとどれくらいでしょうか?」

「この速度じゃと十分か十五分といったところじゃの」

「久しぶりに森を駆け巡ることができて、身体が喜びに満ちています。速度を上げますね」


 狼の姿勢がさらに低くなり、四肢がグンッとバネのように躍動した。

 蒼い風が森を駆け抜ける。


 僕にしがみついてメイは楽しそうだ。


「速い速い! びゅんびゅんのびゅんなのですが?」

「しっかり掴まっててね」


 僕もシャチ子の腰に腕を巻き付けて、落ちないように必死だ。

 シャチ子は腕組みして背筋をピンっと伸ばしていた。


「この程度の揺れで姿勢を崩すとはセツナ様も体幹の鍛え方が足りぬな。落ち着いたら剣の稽古をつけてやろう」

「お手柔らかにお願いします」

「しかしセツナ様は女の胸が大好きなようだ。先ほどから下乳に二の腕がくっついているようだが?」

「不可抗力ですからッ!」


 そんなこんなで森の北端に到達した。

 緑が途切れ、目の前に赤い荒野と大渓谷。奥に煙突が無数に立つ町が見えた。


「私がお送りできるのはここまでです」

「ありがとうございますルプスさん」


 狼の背中から降りて一礼する。

 巨大な獣は目を細めた。


「いつでも森へお戻りくださいセツナ殿。家族の一員としてお迎えいたします。ほれ、フゥリィもご挨拶を」


 狐巫女も地面に降り立った。


「達者でなメイちゃんに女剣士……」


 メイはちゃん付けで呼ばれてご満悦だ。


「おまえもなーフゥリィちゃん!」


 女剣士と呼ばれてシャチ子は不服そうだ。


「私の名前はオルカ・マ・イールカだ。心に刻むが良い」

「わかっておるのじゃシャチ子よ」

「わかってないではないか!」


 最後にフゥリィが僕を見つめた。彼女はそっと自身の下腹部を撫でさする。


「ありがとうセツナ。お主から託されたもの……大切にするのじゃ」

「何もしてないんですけど」

「ふふっ……」


 不敵に笑う狐巫女。メイはぽか~んとしているが、僕の肩をシャチ子が掴む。


「どういうことか説明してもらおうかセツナ様」

「痛い痛い痛い痛いですってば。本当になにもしてないですから」


 実際、お風呂に一緒に入っただけでそれ以上のことは、なんとか理性で持ちこたえた。

 ええと、その、そういうことをしてしまってから時間を戻して「しなかった」ことにもできなくもないんだけど。


 メイが僕とシャチ子の手をとって歩き出す。


「行きますよー! ほら! 挨拶して! じゃーねー! またねー!」


 肩が外れるところだった。メイに助けられた格好だ。


 歩き出し、一度森に振り返って手を振って、僕らは赤い荒野を進む。


 森が遠くになった頃――


 メイが歌うように海魔族語を奏でた。


『いいのですシャチ子。先生が女性に好意を抱かれるのは、仕方の無いこと。それに……わたしの初めての人であれば、先生の女性遍歴は問いません』

『メイ様なんとお労しい。この男の童貞はこのオルカ・マ・イールカがお守りし、お二人が清い身体のまま結ばれるようにいたします』


 相変わらず綺麗な声だな。

 何を話してるのかはわからないけど。


「二人は時々歌うようにおしゃべりするけど、僕には秘密なんだよね?」

「はい! 秘密ですね!」

「堂々としすぎて、秘密じゃなくなってるよ」


 シャチ子は「気を悪くしないでくれると助かるぞセツナ様」と、少し申し訳なさげだった。


 ほどなくして大森林は遠のき、遠くに見えた町の姿が明らかになっていった。

 鉱山と鍛冶職人の町だった。

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