3.漂着物に僕はなる
【前回までのあらすじ】
奴隷船が海魔族の襲撃を受けて沈没。誰も救えず自分自身も海に放り投げられ死を覚悟したセツナだが……。
気づけば夜だった。
静かな海面に満月が映り込んで揺れている。
僕は……小舟に寝そべっていた。
確かあの時、奴隷船と一緒に小舟もあおりを受けてバラバラになったはずなのに。
何が起こったのかさっぱりわからない。
胸の裂傷が夢じゃ無いことを物語っていた。
船は流されるまま。
水も食料もない。
自由になったけど、遅かれ早かれだ。
海に浮かぶ月から夜空の月を見上げると、仰向けになって僕は目を閉じる。
次に目を開けた時、孤児院のベッドの上だったらいいんだけどな。
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日差しにまぶたを焼かれて目が覚めた。
小舟は白い砂浜に打ち上げられていた。
湾になっていて、漂着物が溜まっている。
「生きてるな……僕」
あの女の子の導きがあったのかもしれない。
僕は浜辺に降り立った。
すると――
「おたすけなさってー! 誰かー! どなたかー! どちら様ですかー!」
籠もった声が漂着物の方から聞こえてきた。
子供(?)っぽい声色だ。
大きな樽がガタガタ揺れている。
助けを求めているのは、この樽の中身っぽい。
助けられた僕には――
放っておけなかった。
他の漂着物から道具箱を見つけると、錆びた鉄梃のようなものを手にして樽の蓋を開封する。
中から女の子が飛び出してきた。
僕よりも二つ三つ年下っぽい。薄紫の長い髪はツインテールで、大きくくりっとした金の目をしていた。
体にぴったり吸い付くような白いワンピースタイプの水着で、ぺったんな胸には「メイ」と名前(?)が書かれた布が貼り付けてある。
肌も透き通るように白い。
ツインテールの髪がうにょうにょと蠢く。先端に行くにつれて髪は透明に近づいた。
――触手だ。
人間じゃないっぽい。
樽から出てきた女の子は涙で潤んだ瞳をキラキラさせて僕を見上げる。
「わああ! あなたは救いの神様ですか? 感激いたしますが!」
「え? 神様って……」
「たいへん長らくヘルプミーでした。ついに、天地開闢の瞬間だったのです」
世界始まっちゃったよ。
口ぶりは幼いのにずいぶん難しい言葉を知ってるんだな。
女の子はゆっくりとお辞儀をする。
「このたびはお助けていただき、まことに感謝です」
「あ、ああ。うん。困っている時はお互い様っていうし」
「なんたる慈愛。やはりあなたは神様のような、なにかなのだった」
なにかってなに――ッ!?
「か、神様はよしてよ。そうだ自己紹介がまだだったね。僕はセツナ。君は……メイさんでいいのかな?」
「はふううッ!? さすがは神様。よく御存じで」
「胸のところに名前が書いてあるからね」
「は、はうあ!? これは恥ずかしい。今のはメイのミスじゃなくて、神様の洞察力ですからね!」
色白だからか顔が赤くなるとすごくわかりやすい。
怒っているのか恥ずかしいのか。ツインテール触手少女――メイはほっぺたを膨らませた。
「ところでセツナ神はメイをお救いになられましたが、何か供物を捧げたりすると良いのですか?」
感謝の印を示したいってことなんだろうけど、大げさだし神様扱いも勘弁だ。
「見返りなんて求めてないよ。だから心配しないで」
「なんと寛大な。さすが我が神セツナ」
「神様じゃなくて普通の人間だから。正直、あがめられても困るんだけど」
「でわ、えーと、ご主人様……ですか?」
神様よりかは大分マシになった。けど、雇用契約を結んでるわけじゃないし。
ツインテールが犬の尻尾みたいにピコピコ揺れている。
「君の雇い主じゃないから違うかな」
「でわわ! 旦那様!」
「それだと結婚してるみたいだね」
「決闘ですか!? 受けて立ちましょうぞ!」
瞬間、ツインテールが鞭のようにしなって白い砂浜をえぐり、砂塵を巻いた。
「ストップ! 決闘じゃないって。あのさ……メイさんは人間族じゃないっぽいけど、人間語も苦手なのかな?」
「もちろんです! メイは海魔族ですね。言葉は独学でした!」
「そう……なんだ」
少し複雑な心境になった。
人間っぽいフォルムだけど、ツインテール触手の感じからしてなんとなく、彼女が海魔族なんじゃないかって気はしていたから、驚きはない。
「独学でも人間の文字は書けますよ?」
少女は胸をぐいっと押し出しアピールする。平らだから文字が歪むこともなく読みやすい。
「あ、ああうん。ちゃんと名前が書けてるね。偉いね」
「えへへぇそれほどでも。だからね、メイはこちらへは語学留学ですか? はい! そうですとも!」
自問自答ッ!?
ちょっと……というか、大分変わった子だ。
人間にだって奴隷商人みたいな悪い奴もいれば、孤児院のシスターみたいな善人もいる。
海魔族もそうだと願いたい。
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