28.空っぽの器を黒で満たして
【前回までのあらすじ】
立ちはだかる腐敗竜。試練の洞窟を穢れで満たした根源的存在。
狐巫女フゥリィは最初から一人で立ち向かう覚悟を決めていた。
命を燃やして放った巫術命炎が腐敗竜を灼く……。
影をしばられ動けないセツナたちはただ、その光景を見守るよりほかなかった。
腐敗竜の巨体が燃え上がる。
が、竜は強かった。ゾンビ化しても炎に対してドラゴンが持つ耐性は残っていたのかもしれない。
体の半分を消し炭にされた腐敗竜だが、残る半身はまだ動き続ける。
「なんじゃ……倒せぬか……文字通り……腐っても竜じゃ……のぅ」
巫女服もほとんど焼け落ち、自ら放った炎に焼かれ全身火傷を負ったフゥリィは、精根尽き果てた。
全てを使い果たしてその場に倒れこむ。
命の炎が消えようとしている。
竜が残された方の前腕を上げた。フゥリィを押しつぶそうとしている。
止められない。何も出来ない。
僕はやっぱり無力なのか?
もっとフゥリィに言って、協力できたら彼女があんなに傷つくことも、ましてや命を失うこともなく勝てたかもしれないのに。
生き残った人間のケジメ? 自分はあの時死んだ人間だから、命を捨てても構わない?
以前の僕も同じような気持ちだった。
けど、今は違う――
それはやっぱり間違ってる。間違ってるよフゥリィ。
自分が死んでいいわけないんだ。
彼女の残した呪いのような影縛りの術は、まだ解けない。術者が死んでも札に残った命がある限りは、効果も残るのか。
メイの金色の瞳が濁る。
腐敗竜を見据えてクラゲ少女は呟いた。
「……破片如きが……」
背筋がぞくりとなった。
メイが言う「破片」がなんのことかはわからない。
けど、いつもの彼女とは別人だ。
シャチ子が震える。
「いけませんメイ様。空の器を憎しみで満たしてしまっては……」
「黙れッ! 我に逆らうを許さず!」
メイは自らの影を引きちぎった。
そう、見えた。
影を止めた針が抜け、メイは触手ツインテールを解放した。
黒ずんだメイの触手たちが腐敗竜の前腕に絡みつき、へし折る。
踏み潰される寸前でフゥリィの体は助かった。
そこからは――
メイの触手が腐敗竜を貫き、締め潰し、殴打すれば肉片が飛び散った。
「死ね……死ね死ね死ね死ね死ねえええええええええええええええッ!!」
やっぱり普段のメイじゃない。
何かに取り憑かれたようにクラゲ少女の触手が暴れ回る。
と、ようやく僕の体の戒めが解けた。
三分経ったんだ。
フゥリィの元へと走るか、メイを止めるか……。
「メイ様は私が! セツナ様は狐娘をッ!!」
僕は窪地の底まで走る。
死なせない。死なせたくない。
すでに腐敗竜はメイによって行動不能状態だ。
それでも執拗にクラゲ少女の触手が竜の肉体に絡みついた。
その背骨を――
折り砕く――
一瞬、記憶が甦った。
奴隷船から小舟で脱出した時に、船に巻き付き竜骨を砕いた巨大な触手。
メイの触手はそれとうり二つだった。
けど、今は考えている場合じゃない。
腐敗竜は今度こそ動かなくなった。その体内からどす黒い触手が伸びる。
メイの触手がそれに巻き付いたかと思うと、二つは一つになって溶けて消えた。
なおも暴れ回るクラゲ少女の触手の嵐をかいくぐり、僕はフゥリィの元へとたどり着く。
「なん……じゃ……セツナではないか……お主も……死んだか……」
まだ生きている。
ぐったりとして動かない少女を抱き寄せた。
「すぐに治すから。君が拒否しようと関係ないッ!!」
「……面子が……立たぬな……」
時よ「戻れ」と祈るように、彼女の体……ではなく金色の護符に触れる。
文字は消えかけ、ごくごくうっすらとしか残っていない。
良かった。まだ、間に合う。
まず先に、彼女の命を込めた護符を戻した。
つづけてフゥリィの心臓のあたりに触れる。一番火傷が酷い箇所だ。そこを中心に一気に「戻し」た。
全身の火傷がみるまに消える。
巫女服も元通りだ。
「ほぅ……なるほどのぅ。主様を救えるわけじゃ。すまぬ……いや、ありがとうセツナ……次はお主に全てを捧げよう」
「やめてよフゥリィ」
「主様だけでなくこの命まで救われたのじゃ。当然じゃろ。お主が嫌といってもそうさせてもらうぞ」
フゥリィが立ち上がったところで、メイの触手の一本が僕らの元へと鞭のように飛ぶ。
「ご無礼ッ!」
間に飛び込むようにして、シャチ子が触手を切り払った。
「メイ様! 戦いは終わりました!」
「しねしねしねしねええええええ!」
「いかん。メイ様は暴走状態にある。抑えが効かぬ。私では……どうすることもできぬようだ」
復活したフゥリィが耳を伏せるようにした。
「あれは相当まずいな。穢れを取り込んでしまったようじゃ。このままでは腐敗竜のように、穢れを生み出す存在になりかねんぞ!」
シャチ子が言っていた魔王化なんだろうか。
そんなことはさせない。
僕はメイのもとへとゆっくり歩みを進める。
「セツナ様! 無防備すぎるぞ!」
「そうじゃ! もどれセツナ!」
目をこらす。僕ならこの触手の嵐を避けてメイの元にたどり着けるはずだ。
シャチ子の剣の連撃を避けたように、集中して鞭のような触手の軌道を読み切る。
それでも攻撃速度が速すぎた。
左腕を触手鞭がかする。肉を削り取られたような激痛だ。
右手で触れて負傷を無かったことにした。
足も胴も打たれた。大腿部の動脈が通ってる当たりを触手で貫通された。
痛い。怖い。死ぬかもしれない。
けど、あと少しでメイの元に手が届く。
僕よりも、今のメイの方が苦しそうだ。
全身から血を吹き出しながら、僕の伸ばした手がメイの額に触れた。
「しねしねし……ね?」
「怖がらないで。もう大丈夫だよ……メイ」
「あっ……あっ……ああっ!?」
金色の瞳に光りが戻る。
僕が戻すまでもなく、メイはハッとした顔になると、そのまま泣き出した。
「メイは……メイがやらかしましたか!? 先生を……ああ……なんということ」
「良かった。いつものメイに戻ってくれて」
「けど先生が!」
「ほら、僕の傷ならさ……戻せるから」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいいいいいい!」
くらげ少女は僕の体にぎゅっと抱きつき泣きじゃくる。
そんな彼女の頭をそっと撫でているうちに、意識が遠のき始めた。
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目が覚める。薄暗い窪地の真ん中で、僕はシャチ子に膝枕をされていた。
「おお、気がついたかセツナ様」
上を向いても視界のほとんどが南半球に塞がれている。
と、すぐにメイとフゥリィの声が重なって響く。
「あーもうシャチ子あーもう! なんでメイの時じゃないのかと」
「むうぅ……セツナの目覚める時にわちきが膝枕をしておりたかったのじゃ。とても残念じゃの」
確認すると、僕が気絶してから三十分ほどが経過したらしい。
洞窟の主のように鎮座し、汚染し続けた元凶たる腐敗竜の肉体は、その核となるものにメイが触れたことで存在を維持できなくなり、砂のように崩れ去った――とは、フゥリィからの説明だ。
核となるもの。たしか触手みたいな何かが竜の中から出てきたんだけど、そんなものを取り込んでメイは大丈夫なんだろうか。
「メイ? 大丈夫かい?」
「はい! 元気ですよ! むしろ先生がダメだ?」
「ダメじゃないよ。僕は大丈夫だよ」
「それは大変良かったですね」
いつものクラゲ少女だ。ほっとした。
今は無事、全員が生き残ったことを喜ぼう。
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