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25.病という名の呪い

【前回までのあらすじ】

不治の病に冒された族長ルプスの時間を「戻し」て復活させたセツナ。

王都の治癒士もお手上げだっただのに……。

復活したルプスの雄叫びが獣魔大森林に響き渡るのだった。

 ルプスは正装し屋敷の座敷で正座で僕らを迎えた。

 ピンと張った背筋に凜々しい顔つき。狼の鋭さの中にあっても、目の奥には柔和な優しい光を宿している。

 ルプスの隣にフゥリィもちょこんと控えていた。


 メイと僕もルプスたちに倣う。シャチ子も返却された月光を脇に置き座った。

 ルプスが深々と頭を下げた。


「このたびはお救いいただきありがとうございました」

「い、いいんです。困った時はお互い様ですから。どうか頭を上げてください」


 姿勢を戻すとルプスは微笑む。


「困った時はお互い様。良い言葉ですね。それはセツナ様の言葉なのですか?」


 獣魔族の偉い人に様付けされるのは恥ずかしいというよりも、ちょっと心配だ。

 身分違いすぎるのに、大丈夫なのかな。


「様はよしてください」

「では……セツナ殿でよろしいですか?」


 こっちが困惑しているのを汲み取ってくれた――ッ!?


「はい。ありがとうございます」

「して、先ほどの質問なのですが」

「ええと、僕も救われた人間なので困ってる人をみるとつい……もちろん、相手は選んでますけど」

「なるほど。私は救うに値すると……」

「し、失礼しました」

「いえ、こちらこそセツナ殿を困らせるような物言いでしたね」


 ちょっと息が詰まりそうだ。

 フゥリィは言う。


「ええい! 主様を救ったからといっていい気になるでないぞ! あと、テンション爆上げ咆哮で主様が吹き飛ばした天井の修復は……感謝するのじゃ。けどけど、それとこれとは別問題!」


 笑顔になるのを我慢しているように見えた。声のトーンも出合った時より少し高い。そのまま続ける。


「主様……胸の痣はどうなのじゃ?」


 ルプスは頷くと上着をはだけさせた。

 胸元にどす黒い濁った痣が浮かんでいる。


「もってあと一年でしょうか」


 僕は一年以上、ルプスの時間を戻したけど腐敗病の根源は消せなかった。

 一つ前の状態に戻す効果も無し。


「完治させる方法はないのですか?」

「族長になった者が負うごうですから。ただ、この痣が体に広がらないよう、抑制するシンセン茸というキノコさえあれば……」

「それはどこにあるんですか?」

「もう、この世には存在しないのです。洞窟の奥に群生地があったのですが、腐敗の穢れによって汚染されてしまって……」


 ルプスの表情が暗く沈む。悲しげな眼差しはフゥリィに向けられた。


「私が少しでも長く生きて、彼女に族長を譲るまで時間稼ぎをするのが手一杯でした。しかし……彼女は私ほどは生きられぬかもしれません。無理に族長になることもないと言ってはいるのですが……」

「主様。族長がおらねば森はまとまりませぬ。わちきはとうの昔に覚悟ができておるのじゃ」


 死の呪いを受け継いで種族を束ねてきた歴史の重みを感じた。

 腐敗病を抑制できるキノコが採れなくなって、その歴史に幕が下りるかもしれない。


 メイが僕に耳打ちした。


「先生たまにこの村に戻ってきて、戻してあげるといいですか? メイはいいと思います」

「メイはとっても優しいね」


 改めて僕はルプスに提案した。


「半年ごとくらいに僕がこの集落を訪れれば、現状維持を続けることができるかもしれません」


 ルプスは少し困ったような顔になる。


「申し出は大変ありがたいですが、セツナ殿に頼り切りになるのはそれはそれで、よくないことかと思います」


 シャチ子がスッと立ち上がった。


「おいそこの狐」

「な、なんじゃデカチチ!? やぶからぼうに!」

「腐敗病を抑制するキノコの群生地が元に『戻れ』ば良いのだな?」

「で、できるわけがなかろう! 腐敗の穢れによって汚染されたと申したはずじゃ」

「いつ汚染が始まったのだ?」

「一年ほど前じゃ」

「なるほど。それで病状が進行したということか」

「そ、そうじゃ。洞窟の奥の奥より、穢れが溢れ出て……もはや近寄れぬ。あの洞窟の中はどうなっておるのかもわからぬ。モンスターも穢れによって凶暴化しておるしのぅ」


 シャチ子は満足げに頷くと赤い瞳で僕をのぞき込む。


「だそうだセツナ様。あとはわかるな。なに、道中の露払いは私に任せて貰おう」

「め、メイも手伝いますし!」

「メイ様はいけません」

「え!? なんで!? メイは先生のそばにいないと寂しくて泣きますよ? シャチ子はそれでもいいんですか!?」


 脅迫――ッ!?

 シャチ子はメイを危険から遠ざけたいんだと思うけど。


「シャチ子さん。メイはそばにいた方が守りやすいんじゃないかな?」

「ふむ……たしかにこの集落に刺客が来た時、おそばにいない方が危険か。承知しました。メイ様にはご同行願います」


 クラゲ少女はエヘンと胸を張る。


「わかればよろしくてよ!」


 フゥリィも立ち上がった。


「では、わちきが案内しよう。準備が良ければついてくるのじゃ」


 座敷を出ようとすると――


「セツナ殿、少しよろしいですか? ああ、みなさんは先に。すぐに終わります」


 僕だけ呼び止められた。

 メイたちが屋敷の玄関に向かったのを確認してルプスが言う。


「ここだけの話ですがフゥリィを娶ってはいただけませんか?」

「は、はい?」

「私を救ったことですっかりセツナ殿を気に入ってしまったようなのです。あのような態度ですが、セツナ殿と視線が合うと恋の匂いを出しておりまして」


 匂いなんて感じないけど、獣魔族特有の感覚なんだろうか。


「気のせいじゃないんですか?」

「冗談でこのようなことは申し上げませんよ。もちろん、セツナ殿さえよろしければ」

「え、ええと……」

「この森にいる間だけの妻でもかまいません。子種さえ授けていただければ、子はしっかりと育てますから。それに獣魔族は性に開放的なので、一夫多妻やその逆もありなのです」

「種族の違いとかはその……大丈夫なんですか?」


 って、何を訊いてるんだ僕は。

 ルプスは目を細めて頷いた。


「人間も大きなくくりでいえば獣ですから」


 墓穴を掘った気がする。


「す、すみません! みんなを待たせちゃ悪いんで!」

「いつでもお待ちしております」


 僕は逃げるように座敷を出た。

 真面目そうな人だと思ってたけど……いや、獣魔族と人間の常識にズレがあるだけで、ルプスは大真面目に言ってるんだよな。


 たしかにもフゥリィはふもふで美人だとは思うけど――

 メイよりもなぜかシャチ子に「姫様がいるというのになんたることか!」と怒られるイメージが湧いてしまった。


お読みいただき、ありがとうございます!


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