24.獣魔大森林へ
【前回までのあらすじ】
林業の町で列車を降りて徒歩で王都を目指す一行。獣魔大森林を抜けるルートを選択するのだが、ここにも追っ手の気配が……。
先回りを警戒し、セツナたちは整備路からそれて森の中を進むことにしたのだった。
甘かった。
僕らは今、蔓の網に絡め取られて樹上で宙づりにされている。
三人まとめて罠に掛かったみたいだ。
「た、たべ、食べないでおくんなましー! メイおいしくないから! 全部ぶよぶよ! ぶよぶよでにちゃにちゃでぬちゃぬちゃだから! 食感アウトだから~!」
木陰から屈強な熊系の獣魔族の男たちが現れて、僕らを網の罠ごと運ぶ。
メイが何を言おうと無視だった。
女剣士も身動きが取れずたじたじだ。
「クッ……セツナ様。月光さえ抜けばこのような網など造作も無いが……全身に蔓が食い込んで……いかんこれ以上食い込まれてはッ!」
「大人しくこのまま運んでもらおう。森で迷子になるよりはいいだろうし」
すぐにその場で僕らを殺さないなら、交渉の余地もあるはずだ。
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森の奥の集落に連れてこられると、広場の集会場に運ばれた。
手首を蔓の縄で拘束される。
荷物も武器も全部没収。木で出来た檻に閉じ込められて今に至る。
小柄な狐の獣魔族が檻の外からじっと僕らを見る。
東方風の巫女服姿だ。パッと見た感じ、メイとさほど年齢も離れてなさそうだな。
長い金髪だけど、先端部分は黒くなっていた。
背中側に柔らかそうな尻尾が揺れている。ちょっと……触ってみたいかも。
狐少女はキッと僕を睨む。
「侵入者どもよ。この神聖なる森に足を踏み入れた理由を述べるのじゃ」
のじゃって……語尾の癖が強い人だな。けど、ようやく会話が成り立ちそうだ。
「僕らは旅の者です。森を抜けて王都に向かう途中でした」
「たわけが。わざと迷い込んだとでも? わちきの目はごまかされぬのじゃ」
メイが拘束されていない触手ツインテールで挙手する。
「メイたちは安全でご安心です! 通してください! どうぞ!」
「なんじゃ? そのふよふよした髪は……ほほぅ、海魔族か。これは主様の供物に捧げてみるのも一興じゃのぅ」
狐少女が目を細める。ちょっと不穏な感じだ。
シャチ子が吠える。
「き、貴様! メイ様に何かしようというのなら、私が相手になるぞ!」
「黙っておれデカチチ女。さて……どうしてくれよう」
相手は僕らの処遇について考えてるみたいだ。上手くすれば交渉できるかもしれない。
「何か壊れてしまって困っていることはありませんか?」
「急にどうしたのじゃ?」
「僕はセツナ。ツインテールの子はメイで、剣士はシャチ子って言います」
シャチ子が不服そうに「オルカ・マ・イールカだ」と本名を述べた。
多分、覚えてもらえないんだろうな。
狐少女は眉尻を上げる。
「で? なんじゃ?」
「僕は修復士をしています。壊れた物ならわりとなんでも直せます」
「なんでもじゃと? 怪しいのぅ」
「縄を解いてくれませんか? 実際に直したところを見てもらえれば早いと思います」
狐少女は首と尻尾を左右に振った。
「信じられるか。そうやって油断させて逃げようというのじゃろう?」
警戒心が強いな。
どうにか証明したいんだけど……。
そういえば、脱線した列車を戻した時にレベルが上がったっけ。
一つ前に「戻す」ってどういうことだろう。
と、思った瞬間――
シュルシュルと音を立てて僕の両腕を縛る縄が、植物の蔓に戻った。
両手が自由になる。
なるほど、これからは素材にまで戻したりもできるって……こと?
狐少女の耳と尻尾がピンと立つ。
「な! お主! いつの間に!?」
「これも修復士のスキルなんです。例えばええと……こんな感じで」
木製の檻に手を触れて戻していくと、十秒足らずで檻がバラバラになり材木へと姿を変えた。
ああ、つまりこれってバナナで例えるなら、食べきって「バナナの皮」になったものでも「バナナ」に戻せるってことかもしれない。
「も、者ども出合え!! 出合え!」
狐少女の号令で、武器を手にした獣魔族の男たちが、わっと殺到する。
メイが吠えた。
「うろたえるなッ!」
瞬間――
群がろうとした男たちの足が止まる。
まるで蛇に睨まれた蛙だ。
僕も隣で感じた。
メイが持つ、魔王の力の片鱗が圧になったんだ。
クラゲ少女は続ける。
「セツナ先生はこのような力を持っていながらも、無駄な争いを避けてきたのであった! 君たちはセツナ先生に殴られましたか? 蹴られましたか? 違うよね!? 誰も傷つけないようにしてたんですが? 力を使えば全然普通に逃げられるけど、対話重視でしたから」
勇ましく胸を張るメイにシャチ子が「ああ、姫様なんとご立派になられて」と、鼻声で感動する。
狐少女は視線で合図して男たちを制した。全員が武器を収める。
「良かろう。お主らの話を聞こう。が、その前に自己紹介じゃな。わちきはフゥリィ。この集落および、獣魔大森林を統括する主様に仕えし巫女じゃ」
他の獣魔族たちが従っているのを見ても、位の高い人物みたいだ。
彼女の上に主様という王様的な人がいるんだと思う。
「フゥリィさんの困りごとはなんですか?」
「お主らにどうこうできるとは思えぬが……こやつらの荷物を返してやれ。ただし、武器はこちらで預からせて貰うのじゃ」
シャチ子の愛刀月光以外は、全部返却してもらった。
剣士は不服そうだけど、郷に入れば郷に従えっていうし。
「ついてまいれ」
フゥリィの案内で広場から奥の大きな館に足を運んだ。
比較的簡素な建物が多い中、立派な屋敷という感じだ。
奥の間に通されると――
青白い毛並みをした狼の獣魔族の男が床に伏せっていた。
「おや、フゥリィが外から人を連れてくるとは。客人よこのような姿で失礼する」
男はゆっくりと体を起こす。フゥリィは大慌てだ。
「いけませぬ主様!」
「横になったままでは客人に失礼というもの。ですが申し訳ない。もう
立ち上がることもできぬのです。ゲホッ……ゴホッ……」
痩せ細った男は吐血した。すぐさま狐巫女が介護する。
血の始末を終えてから男は言う。
「自己紹介が遅れました。この森を司る獣魔族長のルプスと申します」
僕らも揃って自己紹介で返した。
フゥリィが「対侵入者用の罠にかかっていた旅人たちじゃ」と付け加える。
ルプスは優しげに目を細めた。
「そうでしたか。なんのお構いもできませんが、この集落は良いところです。王都を目指すなら森を抜ける近道を案内させましょう」
いい人みたいだ。だけど、弱ってる。メイが僕の袖を摘まんでクイクイしながら「先生、お助け、お助けあれ」と困り顔で言った。
「よろしければ森を出る前に、僕らのできることで何かお手伝いしたいのですが」
ルプスではなくフゥリィが首と尻尾を左右に振った。
「お主はなんでも直すと言ったが、主様の病気は治せまい。王都でも有名な治癒士さえ、主様の腐敗病は治せぬとさじを投げたのじゃ」
「腐敗病?」
「体が徐々に腐っていく病気じゃ」
「いつ頃から発症したんですか?」
「一年ほど前じゃ。この地に眠る穢れを抑えるために主様は……」
「薬も効かないんですか?」
「特効薬というわけではないが、腐敗を止めるシンセン茸というキノコがあったのじゃ。じゃが、穢れによって汚染されてしまってのぅ。もはや主様は助からぬ……」
涙をこらえるようにしてフゥリィは言う。そんな彼女の頭をそっと撫でてルプスは儚げに笑った。
「私が消えても貴女がいるのですから、心配はしていません。いえ、貴女には苦労をかけてしまうのですけれど……」
「……いいのじゃ」
「さあ顔を上げて。前を向いてください」
「うむ……そうじゃの主様」
もう、とっくに覚悟が決まっている人なんだ。
運命を受け入れたから平穏でいられるのか、それとも身近な人たちに心配をかけたくないのか。
きっと、どっちもだと思う。
僕なら救えるかもしれない。
「ルプスさん。僕に治療をさせてもらえませんか?」
「貴男は修復士とうかがいましたが……」
「直すも治すも同じなんです。僕の場合は」
フゥリィが僕を睨む。目に涙をため込み怒りの表情だ。
「で、できるはずないのじゃ! 主様を救うため手を尽くしたのに……偶然、網に掛かった冒険者風情になにができるという!? お主になにがわかるというのじゃ!!」
ルプスが制した。
「これこれフゥリィおよしなさい。旅の方……セツナさんでしたね。お願いします」
「いいんですか?」
「フゥリィがここに連れてきたのですから。きっとこれも運命のお導きでしょう」
狐少女はそっぽを向いた。「期待などしておらぬ」と口を尖らせる。
ルプスは困ったように眉尻を下げた。
「もし治らなくともセツナさんは気を落とさないでください。これは呪いにも近しい、そういう類いの不治の病なのですから」
「では、失礼します」
治してあげたい。
僕はルプスの手をとった。
範囲対象を肉体に限定し、時間を一年前まで戻す。
十二秒が経過したその時――
ルプスの顔にみるみるうちに精気が戻った。
スッと立ち上がる。
「主様が……立ったのじゃ」
病床にいた本人よりもフゥリィの方が驚いてい腰を抜かした。
ルプスが全身をわななかせる。
「ああ……なんと……なんということでしょう。この喜びを声にしたい」
フゥリィが叫ぶ。
「お主ら耳を塞げ!」
わけもわからないまま言われた通りに耳を塞ぐ。
と――
「ワオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!」
ルプスは天に向かって遠吠えした。
それは単純な声というだけでなく、屋敷を揺るがし天井を突き破る衝撃波となって獣魔大森林の隅々にまで響き渡るのだった。
そして――
『スキルレベルが47になりました。魔法など特殊な効果のあるモノに対してもスキル使用が可能となります』
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