21.蟹
【前回までのあらすじ】
シャチ子も加わり三人で列車旅。メイが寝息を立てている間に、彼女の秘密をセツナは聞かされる。
彼女が覚醒すれば魔王化してしまうという。
メイが人間になりたい本当の理由を知り、彼女を守るとセツナは心に決めたのだった。
どうして僕がシャチ子に抱きつかれていたかについては「メイをこれまで僕が守ってきたことへの感謝のハグ」ということで決着した。
メイは少し不機嫌そうだったけど、走る列車の窓の外で景色が移りゆくのを見てすぐに忘れてしまったみたいだ。
「わああああああ! 先生! シャチ子! 山! 山ぁ! 畑! 川! あとアレはえっと……何!?」
「風車だよ。風の力を借りて脱穀や製粉をしたりするんだ」
「社会勉強ですねぇ。学びます」
飛び込んでくる情報全てがメイにとってはキラキラして見えるみたいだ。
シャチ子はといえば「なるほど、風の力か。大変興味深い」と、こちらも人間世界に新鮮な驚きを感じているようだった。
列車の車内に車掌の声が伝声管を通して響く。
次の町の駅には予定通りの時間で到達するとのことだった。
旅というには座っているだけの快適さだ。
願わくば、このまま神の元に到着して欲しいんだけど……。
と、思った矢先――
世界がぐらついた。
衝撃とともに僕らの乗った客車がひっくり返る。
「うわあああああああああああああ!」
「きゃあああああああああああああ!」
「ほわあああああああああああああ!」
僕、メイ、シャチ子と揃って声を上げた。
客車は横転。
大事故だ。
脱線したのかもしれない。
「二人とも大丈夫? 怪我はない?」
「大丈夫ですとも。メイは体が柔らかいですし、シャチ子は胸がぷにぷにクッションですから!」
「ひ、姫様。そのような言い方は……ご無体な!」
体を打ってダメージを負ったのは僕だけみたいだ。
すぐに一分前に戻して無かったことにする。
メイが上を見る。先ほどまで流れる風景がだった車窓が天井になっていた。
「大脱出ですね! まず、メイが先に外に出ます。シャチ子は肩車しろ」
「は、はい! 仰せのままに!」
シャチ子の肩に乗ったメイは天井になった窓の鍵を触手ツインテールで器用に開けると、触手を伸ばして外に出た。
上から触手が垂れてくる。
「先生掴まって! シャチ子はそのあとですよ」
シャチ子も「先に行け」と視線で合図した。
僕はメイの触手に手をとられて引っ張り上げられる。
つり上げられた魚って、こんな気分なのかもしれない。
外に出ると、とんでもないことになっていた。
列車がカーブにさしかかったところで、線路がズタズタに寸断されている。
そのまま気動車が突っ込んで脱線。横転の大事故になったみたいだ。
運転手は線路の異変に気づかなかったのだろうか。
ともかく、シャチ子が外に出たら列車と線路の時間を戻そう。
と、振り返ったその時――
「線路壊したら神官が言った通りになったネ。だから死ぬネ。魔王の器」
僕の目の前でかがんだメイの背中に、鋭い爪が突き立てられ貫通していた。
メイが……死ぬ?
爪でメイを穿ったのは蟹の海魔族だ。全身が甲冑のような甲殻に覆われ、右の爪は大きな楯のようであり、左の爪は鋭く長い騎士槍のようだった。
その槍でメイの体を持ち上げて投げ捨てる。
「シャチ子さん敵襲だ!」
瞬間――
足下の客車が真っ二つに寸断された。刀を構えたシャチ子が飛び出す。蟹男を任せて僕はメイの元へと駆け寄った。
蟹男が笑う。
「ハッハッハッハ! もうその器は死ぬネ。次の魔王はワタシだヨ」
シャチ子が形相を浮かべて蟹男を斬りつけた。
が、右の爪楯に阻まれる。
客車を輪切りにするほどの切れ味を持つシャチ子の刀が通じなかった。
「強硬派の追っ手か貴様はッ!?」
「チッチッチ! 今日からワタシが魔王サマ! 魔王サマとお呼びヨ!」
槍爪の百烈突きがシャチ子に襲いかかる。
シャチ子は弾くので手一杯だ。
そのまま時間を稼いでいてくれ。
僕は息絶え絶えのメイの元に、間一髪たどり着いた。
胸の傷に触れる。
「もう大丈夫だよメイ」
「先……生ぇ……痛い……よぉ」
時間よ戻れ。少女の胸の傷も服に空いた穴も全て塞がった。
蟹男に気づかれないよう小声で告げる。
「いいかいメイ。物陰に隠れてるんだ。もしもの時は独りで逃げられるね?」
「や、やですよそんな。先生とシャチ子を残すなんて。メイも戦いますけれど」
「今みたいにメイを治してあげられるかわからないんだ」
「あうぅ」
メイを抱えて客車の陰にそっと運ぶ。
戦っている蟹男には死にかけの少女を動かしたようにしか見えない……と、いいな。
剣士と蟹男の戦いは、シャチ子が劣勢に立たされていた。
蟹男がいらだたしげに言う。
「おかしいネ! 魔王の器殺せば魔王なれると、神官が言ったの二! トドメさせてなかったなら、まずオマエを殺してきっちりトドメ刺すネ」
「黙れゲスが」
「ゲス違うネ。ワタシの名はカニバーン。次の魔王の名を覚えたカ? なら死ね! あの世で広めよ我が名ヲ!!」
シャチ子の刀が一切通じない。蟹男の装甲に文字通り刃が立たず、金属同士が激しくぶつかり合うような音を響かせ、火花を散らすばかりだ。
このままじゃシャチ子は勝てない。
僕が加勢するしかないけど、シャチ子の刀が通じないのに、さっきその刀に叩き折られた普通の小剣で何ができる?
剣士の表情が歪む。
「クッ! なんという硬さだ」
「脱皮から半年で今、一番かっちかちネ。諦めロ」
「ならば関節を狙い穿つッ!!」
斬撃から刺突に変えて、シャチ子の目にもとまらぬ一撃がカニバーンの喉元に打ち込まれる。
が、読んでいたのか蟹男は右の楯爪を開閉し、シャチ子の刀を挟んで折った。
「バカなッ!? イールカ家に伝わる名刀月光がッ!!」
「終わりネ!」
シャチ子に百烈突きが放たれる。折れた刀では防ぎ切れず、彼女の体に穴が空く。急所は辛うじてかわしたが、全身から血を吹き出して……それでもシャチ子は倒れない。
メイが列車の陰から飛び出した。
「もうやめて! メイの命をあげますから! シャチ子を殺さないで!」
「なぜピンピンに生きてるネ? ま、関係ないカ。まず護衛を殺すネ。次、魔王の器殺すネ」
「メイだけでいいでしょ!?」
「生き物殺すの好きだシ。だから交渉無駄ネ」
勝ち誇るカニバーン。僕はただの人間の従者くらいにしか思われていないらしい。
意識がメイに向いている今――
僕はカニバーンの背後に回り込み、手を伸ばして触れる。
6秒。人生でもっとも長い6秒間だ。
こいつは言った。
半年前に脱皮した……って。
「だれネ?」
「誰かと訊かれたら……ええと、誰だと思います?」
「なんで背中触ってるヨ?」
「とっても立派な甲羅ですね。表面もピカピカで」
「おオ!? わかるカ? 人間にしてはセンスいいネ」
「いやぁ惚れ惚れしちゃうなぁ」
「見所あるかラ、殺すの最後にしてあげるヨ」
「お話しできて良かったです」
お時間となりました。こいつが会話好きでよかった。
カニバーンの背中の甲殻に右手で触れて半年時間を巻き戻す。
全身の甲殻が真っ白く柔らかなモノに「戻」った。
海鮮市場で売っている脱皮したばかりの蟹そのものだ。
「ん? アレ?」
カニバーンが異変に気づいて振り返る。
僕はその顔面目がけて左手で小剣を突き入れた。
「んぎょわあああああああああああああアッ!?」
真っ赤な血の色の泡を吹いてカニバーンが絶叫する。
手当たり次第に槍爪を振り回し、僕の体は横になぐようにされてふっとばされた。
内臓破裂。肋骨バラバラ。痛みを感じる前に五秒前に「戻」す。
剣はカニバーンに刺さったままだ。
やっぱり、僕の力じゃ倒しきれない。
「オマエかあああああ! 許さないネ!!」
蟹男は自分の顔に刺さった小剣を抜いて捨てると、ターゲットを僕に変えた。
「メイ! カニバーンの動きを封じて!」
「がってんがっでむ!」
カニバーンが踏み出そうと足を上げたタイミングで、メイのツインテール触手が伸びて軸足に巻き付き、引っ張って転ばせる。
ズデンと前のめりに倒れたカニバーン。
僕は捨てられた小剣……には目もくれず、血まみれのまま立ち続け、折れた刀を手に構えるシャチ子の元に向かう。
正面から彼女に触れた。どこでもいいから触ってそこから時間を戻す。
「な、なにを……セツナ様!?」
どこを触ってるのかもわからぬまま「戻す」と、みるみるうちにシャチ子の全身の出血が止まり、元の美しい姿を取り戻した。
手を放すとシャチ子は驚きの表情で「そうか……セツナ様はやはり私の胸がお好みか」と呟く。
あっ……これは不可抗力です。ちょうど手を添えた場所に、大きな南半球があっただけです。
メイの触手ツインテールをカニバーンが爪で引きちぎった。脱皮直後の柔らかい状態では、自慢の爪の切れ味も鈍いらしい。
だから余計に痛々しい。ごめんねメイ。すぐに治すからね。
「痛ったああああああああああああああああああ! こ、殺す!」
クラゲ少女が絶叫する。
シャチ子が苦虫をかみつぶしたような顔になった。
「月光さえ元通りなら……」
と、口にして僕の顔を見てハッとなる。
「セツナ様!」
「もちろんだよシャチ子さん!」
折れた刀の柄に触れて五分前の状態にする。
カニバーンが自慢げに折ってみせたシャチ子の刀は元通りだ。
「さて、覚悟はいいな。殺すつもりできたのだから、命乞いなどしてくれるなよカニバーンとやら」
「な、な、なゼ!? 全部おかしイ!」
「貴様を焚きつけたのは誰だ?」
「それ教えたら見逃してくれル?」
「考えてやろう」
「し、し、神官ネ!」
「それではわからぬぞ」
「海魔神官長エビルだヨ!」
シャチ子は「やはりそうか……」と呟くと、カニバーンを胴体から真っ二つに切り裂いた。
「話ガ……違う……ネ」
「考えてやったぞ。苦しませて殺すか楽に死なせてやるか」
ドサリとカニバーンの上半身がスライドするように地面に転がった。
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