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20.メイの過去

【前回までのあらすじ】

圧倒的な強さのシャチ子を前にセツナが取った行動は「自分を死ぬ前の状態に戻し続けて抵抗する」だった。ゾンビアタックの果てに待っていたものは……。

 シャチ子がメイを背負って駅までやってくる。

 僕は改札でプラチナフリーパスを見せた。

 そのまま一緒にシャチ子も素通りしようとして、駅員に止められる。


「お待ちくださいお客様! こちらのプラチナフリーパスはお二人専用です。別に切符をお買い求めください」

「なぬ!? そうなのか」


 一等個室の乗車券。運賃を訊いてシャチ子はゆっくりこちらに向き直った。


「セツナ様。すまないが旅費を貸してはくれぬか?」

「あっ……はい……」


 しっかりしているようで案外、抜けてるところもあるんだな。シャチ子って。



 一等個室で向かい合って座る。客席はソファーのような座り心地だ。シャチ子の隣でメイが沈み込むように寝息を立てた。


 窓の外を風景が走っていく。

 前に嵐で封鎖された鉄道橋にさしかかった。

 崖の上の補修工事が始まってるみたいだ。

 これで、次に嵐がやってきても安心だな。


 魔導列車は疾走する。

 遠くに白い砂浜が見えた。漂着湾だ。僕とメイが出会った場所が、通り過ぎ遠のいていった。


 シャチ子の赤い瞳がじっと僕を見る。


「セツナ様。今のうちに話しておかねばならぬことがある」

「なんですか?」


 シャチ子の視線が優しくなるとメイに向けられた。


「メイ様の事だ。言葉による意思疎通もままならず、セツナ様も困ったであろう」

「様付けはやめてほしいんだけど」

「ならぬ。人間語で相手に敬称をしながら、こういった口ぶりで会話するのは少し違和感を覚えるやもしれぬが、我慢してもらおう」


 僕が知ってる海魔族は、奴隷船の襲撃者とメイだけだ。

 他の海魔族がどんな人間語を使うのか、気になってたけどシャチ子は堪能だった。


「人間語、お上手ですね」

「良く言われる。誇り高き名門イールカ家の者であれば、これくらいは当然だ」

「お姫様のメイは違うんですか?」

「メイ様は人間語を学ぶことを禁じられていた」

「それはなぜ?」

「言葉が話せなければ、地上に逃げる事もままならぬからな」


 メイは神に願いを伝えるために、言葉を学んだって言ってたよな。


「禁じられたのにどうやって勉強したんですか?」

「……絵本だ」

「絵本ですか?」

「絵がメインだから持ち込みを許された。他にも海魔族の国に漂着した人間の文字が書かれている様々なものを、こっそりとお見せした。報告と称して」


 だからメイの言葉はバラバラなのか。

 シャチ子は自嘲気味に笑う。


「私はこうなることを望んでいたのかもしれぬ。姫様が旅立ち、人間の世界に溶け込み幸せに暮らせることを……セツナ様とともに人間らしい営みを……願わくばずっと続けて欲しいと思っていた」

「そうできない理由があるんですよね?」

「ああ。これ以上の引き延ばしは私の父上……海魔将サカマタの立場を危うくする。そうなれば姫様を守る後ろ盾にすらなれぬ」


 さっき話していた強硬派というのから、シャチ子たちはメイを守ってきたんだ。


「メイはどうして人間になりたいんですか?」

「絵本の影響だな。その中に、なんでも願いをきいてくれる神のお話があったのだ。メイ様にとって、救いの物語だった」

「僕にはわかりません。シャチ子さんがいるのに、メイが国を捨てる理由が……」


 シャチ子の表情が険しくなった。

 地雷、踏んじゃったかな。

 けど訊かないわけにはいかない。


「メイ様はずっと幽閉されてきた。独り、海中深くに。恐らくこの世界で最も豪華絢爛な独房だ。いや、墓と言っても良いかもしれぬ」

「強硬派がそうしたんですよね? シャチ子さんたちは救おうと……」


 銀髪がさらさらと左右に揺れる。


「メイ様を封じたのは我々穏健派だ」

「そんな……どうして?」

「それが国のためだからだ。メイ様が大人になれば、確実に魔王として覚醒する」

「魔王?」

「今はまだメイ様の持つ毒は相手を麻痺させる程度のものでしかないが、魔王化すれば触れる者みな殺してしまう猛毒を常にまき散らし続けることになるだろう。メイ様は海魔族の長い歴史の中で、最も優れた力を持つ魔王の器なのだ。強すぎたのだ……この方は」


 にわかには信じられなかった。


「もし覚醒すれば我らですらも、そばに近づくことさえできぬ。だから……封印するより他なかった」

「封印って……ずっと閉じ込めておくってことですか!?」

「メイ様の寿命が尽きる千年後まで、海牢城にいていただく。死して生まれ変わった際に弱毒化するのを待つ。それが我ら穏健派の計画だ」

「千年もですか?」

「ああ。緩やかで穏やかな死を迎えていただく」

「生まれ変わるって……今のメイはどうなるんです」

「また無垢なる存在として、全てを忘れた状態になるだろう」

「つまり、今のメイのままじゃいられないんですね」


 シャチ子は下唇を噛んで頷く。


「そういうことだ」

「どうすることもできないんですか?」

「海魔王の力をメイ様が失う方法は……あるにはある。一つはメイ様の死。殺した者へと力は移るのだ。もう一つは覚醒前のメイ様との婚姻。より具体的に言えば、子をなすこと。そうすれば王位と力は子へと受け継がれる」


 子をなすってつまりはえーと、うん。そういうことか。


「もし強硬派に姫様の力を奪われれば、魔王の力を持って人間族と戦争を始めるだろう。元は海魔族を守るための力だが、地上の人間やほかの種族を滅ぼしかねぬ」


 話のスケールが大きくなりすぎだ。

 すやすやと寝息を立てるメイが、世界を揺るがす力を持っているなんて信じられない。


 けど、事実なんだと思う。

 自然と僕の口から言葉が漏れた。


「だからメイは神様を探して、人間にしてもらいたかったんだ……」


 神なんて絵本の中のおとぎ話だ。

 けど、メイは神を探すことで希望をつないできた。

 シャチ子が悲しげな顔でメイの頭をそっと撫でる。


「神はメイ様を人間にしてくれるだろうか?」

「僕は……神様を信じません。もしいるなら、メイにこんな過酷な運命を背負わせたりしないと思いますから」

「では救いは……海の底にも陸の上にも無いのだな」


 僕はゆっくり首を左右に振った。


「僕が信じていないだけで、実在するかは別問題です。メイが神様を探すことでがんばってこられたのなら、一緒に……僕が生きている限りずっとそばにいて探し続けます」

「緩やかな死と同じだが……海底で孤独に暮らすよりもメイ様はずっと幸せ……か」

「諦めてませんか?」

「違うというのか? 神は探しても見つからないのだろう?」

「神様にすがるだけが手段じゃないですよ。同時に他の方法も探しましょうシャチ子さん」


 一瞬、赤い瞳が潤む。

 が、表情を引き締め直してシャチ子は言う。


「他の方法……だと?」

「まだ地上を探せば、メイを人間にする方法や魔王の毒を弱める方法なんかが、見つかるかもしれませんし」


 シャチ子は腰を上げると僕の顔をぎゅっと包むように抱きしめた。


「素晴らしいぞセツナ様! 私は今、感動している!」


 ぐいぐいと胸の谷間に顔を埋められる。

 柑橘系の爽やかな香りが鼻孔をくすぐった。

 張りと弾力のあるぽいんぽいんとしたものに、僕は挟み込まれて逃げられない。

 シャチ子は僕の頭をなでなでする。


 ああ、この人の影響でメイは「いい子はなでなでされる権利を有する」みたいな考えになったのか。


「ちょ! シャチ子さん! 苦しいですって」

「今はこうさせてくれ。感謝の気持ちを表したいのだ」


 僕には刺激が強すぎるなでなでだ。

 と、その時――


「ふああああぁ! おはようございますかぁ? あれ? せ、先生が! 先生がシャチ子に食べられてるー!? あーもうばかばかおっぱい! 先生を取り逃がしなさい! 早く!」


 取り逃がす――ッ!?


 目を覚ましたメイが見たのは、胸に顔を挟まれて抱きしめられながら頭を撫で繰り回される無抵抗な僕だったんだろう。


 シャチ子がそっと僕を解放した。メイに向かって跪く。


「も、ももも申し訳ございませんメイ様。これには海よりも深い訳がございまして」

「言い訳など聞きとうない。せ、先生も……顔真っ赤です。やっぱりお姉さんですか? め、メイだってですね、まだ小さいですけど大人になればシャチ子の三倍くらいにはなるご予定ですよ!」


 それはもうおっぱいというレベルじゃないから。

 メイの中では僕は大きなお胸好きにされてしまったみたいだ。


 誤解とは言い切れないけど。

 メイは涙目で訴える。


「先生はメイの今後の成長にご期待ください!」

「う、うん。ご期待してる」


 口ぶりが伝染うつっちゃったな。


 メイが早く大人になるのはまずいんだけど。

 シャチ子からメイが置かれている運命を訊けて、良かったと思う。

 手遅れになる前に対策を講じることができるのだから。

お読みいただき、ありがとうございます!


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