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2.甲板を赤く染めて

【前回までのあらすじ】

主人公セツナは奴隷に堕とされながらもスキル「時間」を手に入れた。

だがその力はジャンク扱い。口減らしのため「斬り殺されるか海に飛び込んで死ぬか」の二択を迫られていた。

 用心棒が僕の喉元に剣を突きつける。

 首に血が滴った。もうこれ以上は下がれない。


「ガキは斬りたくねぇんだがこっちもプロだ。あと五秒待つ」


 カウントダウンが始まった。


 5……4……3……2……1……。


 斬られて死ぬよりはマシと思っても、身動きが取れない。

 目を閉じる。

 僕の人生ってなんだったんだろう。

 教会で毎日祈った神様なんて、いないんだ。


 瞬間――


 ゴオンッ! と、大きな音がして足下がグラリと揺れた。

 僕は船の先端で尻餅をつく。ぎりぎり、転落しなかった。


 目を開くと用心棒の剣は僕じゃなく、海側に向けられている。

 用心棒が吠える。


「おい旦那! この海域にゃ海魔族は出ないんじゃなかったのか!?」


 見れば船の後部甲板に巨大な半透明の触手が巻き付いていた。

 続けて海中から船に向けて、魚人たちが飛び乗ってくる。

 シュモクザメにアオザメにノコギリザメの魚人が十数人。

 

 話には聞いたことがあったけど、こいつら海魔族だ。

 狂暴で残忍で凶悪。生まれながらの海賊たち。

 用心棒が悲鳴を上げた。


「うああああああ! く、来るんじゃねえええええ!」


 ホオジロザメの海魔族が、甲板上に飛び込んでくるなり用心棒の顔をかみ砕く。


 問答無用だった。

 剣を手にした船員から順番に、海魔族が始末していく。

 抵抗する人間は囲んでなぶり殺しだ。

 あっという間に甲板は血の海になった。


 連中は何か探してるのか、キョロキョロしていた。

 人間の言葉じゃない言語で会話すると、奴隷たちに視線を向ける。

 船上に逃げ場はない。

 それでも奴隷たちが蜘蛛の子を散らそうとした時――


「お前ら逃げるな! そいつらを足止めしろ! できないならその場にとどまって死ね!」


 奴隷商人が叫んだ。

 奴隷たちは足を止めた。海魔族が身動きのとれない奴隷をなぎ払う。


 血だまりが一つ、また一つと増えていく。


 僕は立ち上がると奴隷商人の襟首を掴んだ。青ざめた顔でちょび髭が悲鳴を上げる。


「な、なにをする! 反抗するなこの奴隷が!」


 首輪を外された僕だけが奴隷の中で自由だった。


「今すぐみんなを解放しろ!」

「ば、バカをいうな! お前こそ放せ!」


 掴んだ手を力尽くで振りほどかれる。奴隷商人は続けた。


「ああまったく大損害もいいところだよクソがッ!! おい女! 救命艇を降ろすのを手伝え!」


 奴隷の中から一人を呼んだ。

 僕を庇おうとしてくれた女の子だった。

 このまま奴隷を囮に一人だけ逃げるつもりだ。

 僕は商人を追って背後から殴りつける。


「ひい! な、何しやがる!」

「みんなに逃げるように指示しろ」

「どこに逃げ場がある!?」

「脱出用の小舟があるんだろ!!」

「この一隻だけだ! それに奴隷どもが押し寄せてきちまうだろうがッ!」


 奴隷商人が振り返り懐から短刀を抜いた。僕を斬りつける。胸のあたりを刃が掠めた。奴隷の服ごとばっさり斬られる。


 血が流れても僕はひるまなかった。痛みの感覚も恐怖も麻痺したみたいだ。

 商人が逃げるように小舟に乗る。

 それを追って自分も乗り込み、男にタックルをぶちかました。


「ふざけるんじゃねえええ! この薄汚い奴隷があああああ!」

「うおおおおおああああああああああああ!」


 小舟の縁に奴隷商人を押し込み、その体を海へと投げ落とした。

 十メートルの高さから燕尾服の紳士が水面に叩きつけられる。

 服が水を吸って重くなったのか、体中に隠した金の重さか、奴隷商人はもがきながら沈んでいった。


「運がよかったら生き残れるかもな」


 呟いて僕は振り返り、女の子に手を差し伸べた。


「行こう! 一緒に逃げよう!」


 海魔族は船員も奴隷も、立ち塞がる人間を全員殺すと、船室に入っていった。

 僕らには目もくれず。

 皆殺しが目的じゃないのかもしれない。


 なら、こんな小舟でも逃げられる可能性はあった。


「ほら! 早く!」


 女の子は首を左右に振る。

 彼女は自身の首輪を指さした。


 さっきまで自分もつけられてたからわかる。

 本当に、言う通りにしかできないんだ。呪いは持ち主が死んでも残るのか。

 無理にはずそうとすれば彼女は……。


 僕にはこの子を救えない。

 なのに――


 女の子は小舟と船をつなぐロープを備え付けの手斧で斬る。

 僕だけを乗せた小舟は切り離されて十メートル下の海面に着水した。


「生 き て」


 彼女の口がそう、動いたように思えた。

 悲しげな笑顔で女の子は手を振る。


 僕は船底に腰を落としたまま女の子の姿を見上げ続けた。


 直後――


 奴隷船からメキメキバキッっと鈍く軋む音が響く。

 巨大な触手に絡め取られて航行不能になった大型船は、船尾側の甲板を締め潰された。

 船の背骨の竜骨が折れて、海底に引きずり込まれ沈没する。

 女の子を乗せたまま。


 僕だけを乗せた小舟は急流の木の葉のように、沈む船の起こした波に押し流された。

 無数の触手が鞭のようにしなって海上で暴れ回る。


 操舵不能の小舟にも半透明の触手が炸裂した。

 小舟の半分が砕けて木片になる。

 縁にしがみつき、沈む小舟だった残骸に思う。


 今すぐ「戻って」あの女の子を助けたい。

 

 僕の体は海中に投げ出された。

 手に小舟だったものの木片を握りしめたまま……。

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