16.厄介者にも愛の手を
【前回までのあらすじ】
新酒のワインを「時間」スキルで極上二十年モノにしてしまったセツナ。
時間を「進め」る力に目覚めますますパワーアップしたのだった。
菜園で野菜が採れたのでミランダの酒場にお裾分けに行くと――
「おいコラ! ボウズ! テメェのせいでオレはなぁ!」
鼻を赤くした白髪交じりの痩せ男に絡まれた。
酔っ払ってるみたいで、僕につかみかかろうとする勢いだ。
すかさずメイの触手ツインテールが動いた。男の足に巻き付いて転ばせる。
「おわ! なにしやがる海魔族がッ!!」
「先生に暴力したらぶっ殺しますが?」
口調が物騒すぎるんだけど。あと、目が据わってる。こんなに冷たい顔をするメイは初めてだ。
「すみません。大丈夫ですか? ほらメイも足を放してあげて」
僕が手を差し伸べると赤鼻白髪男は唾を吐きかけてきた。
うわ、汚なッ。
拭くのもあれなので、気づかれないようそっと、自分の手を五秒前の状態に戻しておこう。
男はよろよろ立ち上がる。
「ウィー……ヒック! だいたいなぁ! この町の修理屋っつたらこのナオスル様だって相場が決まってんのによぉ!」
男――ナオスルの言葉でだいたい察しがついた。
赤鼻をズズッとすすって男は続ける。
「あの嵐の爪痕もオレがぜんぶぜんぶぜーんぶ修理するはずだったんだ!」
賑わう客たちが不憫そうに僕とメイを見る。ヒソヒソ話が聞こえてきた。
「かわいそうに、八つ当たりされて」
「あんな老害なんかに言われてもねぇ」
「修理屋なら道くらい直せってんだよ。いつまで経っても道路がガタガタじゃねぇか」
「メイちゃん今日もかわゆいなぁ」
ちょっと違う意見も混ざってるけど、概ねこんな感じだ。
ナオスルに同情する雰囲気はなく、腫れ物扱いだった。
「もしかして修復系のスキル持ちなんですか?」
「そーだぞ! ランクFクラスでも立派にこれまでやってきたんだぞ!」
気まずい。
メイがムッと口を尖らせる。
「たかがランクFの雑魚が!」
「そういうことは言っちゃだめだよメイ」
「事実陳列を正論パンチですよ! 先生は何も悪いことしてないのに!」
ナオスルの顔が真っ赤になった。
「うるせぇ! オレだってなぁ! 何もしてねぇのに虐げられてんだぞ! どいつもこいつもオマエの名前ばっか出しやがって!」
メイが触手ツインテールを蛇のようにもたげさせて威嚇する。
「当たり前ですし! セツナ先生のご芳名は遍く天地に染み渡るのだった!」
「うるせぇうるせぇうるせぇ! 何が修復士だ馬鹿野郎! おいテメェ、さっきから何黙ってんだよ? どうせこの乳臭いメスガキに言わせてんだろ? ずいぶん調教が行き届いてるじゃねぇか。テメェこそ誰よりも本心じゃオレをバカにしてんだろ!? 違うかッ!?」
自分の中でスッと感情の灯火が消えた。
「さっきまで申し訳ないという気持ちでしたけど、メイを侮辱したあなたを僕は軽蔑します」
「海魔族を侮辱されただぁ!? そうやって他人がどうのって言い訳にして、テメェは心の中でオレをあざ笑ってんだよなぁ?」
いくら酔っ払いでも酷すぎる。
「そういえば嵐のあと、復旧作業を町の人たちみんなでしましたけど……」
もし修復スキル持ちなら、この男の名前くらいは耳にしてもおかしくないと思う。
「ね、寝てたんだよ」
ナオスルは自身の右手を庇うようにさすった。
と、採れたて野菜を厨房に運んだミランダが戻ってくる。
僕らとナオスルが対峙するのを見て、全てを察したみたいだ。
「ナオスル。これ以上暴れるならうちも出禁だよ。ツケはいいから二度と店に近づかないでくれるかい?」
「なんだよミランダ! オマエまでガキの肩を持つのかよ!?」
「今のあんたの味方をする人間なんて、この街のどこを探してもいやしないよ」
「オレだってなぁ! 怪我さえしなきゃよぉ! クソッ! クソクソクソクソ!」
ミランダがカウンターから出て僕とナオスルの間に割って入る。
「ごめんねセツナにメイ。嫌な思いしただろう。こんな奴でも昔はもう少しまともだったんだけどねぇ。今日はメイの仕事はいいからさ。帰んな」
メイは「うううううう!」と犬みたいにナオスルを威嚇しっぱなしだ。
昔はまとも……か。
「ミランダさん。昔っていつぐらいからこうなんですか?」
「酷くなったのは一年前くらいかねぇ。修理の仕事の最中に利き腕の右手を怪我しちまってから、スキルが上手く使えなくなっちまったらしくて。最初は町のみんなも同情的だったけど、それに甘えてどんどん仕事をしなくなってさ。そこにセツナが来たもんだから、この通りって感じさね」
「どんなものを直してたんです?」
「まあ、あんたみたいになんでもってわけじゃないんだけど、道路とか壁とかだねぇ」
町の舗装路がガタガタなのもそういうわけか。
僕が町の修復士になったのは、市場前の舗装路がくぼんでいて荷馬車の車軸が折れたのがきっかけだった。
良くも悪くも、因果応報なのかもしれない。
メイが吠える。
「この町に来た日に、道路ぐちゃぐちゃでメイは転びました! ひどい!」
「それはメイがちゃんと前を見てなかったからでもあるよ」
「先生はこんなクズの心配しちゃだめですから!」
結構辛辣だな。町の人たちとは普通に仲良くしてるのに。
メイは敵意や害意や悪意に敏感だ。
いや、僕が緩いだけかもしれない。
奴隷船であの女の子に命を救われてから、神は信じなくなったけど人の心にはどこかに必ず光があると、信じたくなったんだ。
ナオスルが両肩をプルプルさせて右拳を振り上げた。
「うるせえっつってんだろクソガキがあああああ!」
僕じゃなくメイに向かってナオスルは殴りかかろうとした。
男の右手を掴んで止める。
「壊れた物を直す大事な手で人を傷つけるのは止した方がいいですよ」
「放せよガキがああああ!」
「少し酔いを冷ました方がいいかもしれないですね」
ナオスルの時間を戻す。二時間前くらいにすれば、酔いもさめるだろう。
鼻の赤みがスッと消えた。
「あ……う……なん……だよ」
酒の勢いを失ってナオスルは萎んだ朝顔みたいになった。
男の肉体を対象にしたけど、二時間戻しても記憶は消えていないっぽいな。
「放して……くれよ……悪かったよ……ったく」
僕が謝らせたというよりかは、酒場の女店主とメイと周囲の客たちの視線に言わされたって感じだ。
謝罪の言葉を口にしても悪態は変わらない。
ナオスルが居場所を無くすのも当然だ。
けど――
この先、僕とメイは旅に出る。
町に新しい修復スキル持ちがやってくるとも限らない。
僕は奴隷船で生きるチャンスをあの女の子から貰った。
ナオスルのためにするんじゃない。
あの女の子ならきっと、こうするからだ。
ひっそりと――
男の右手を一年ちょっと前の状態に「戻し」た。
「そろそろ右手は治ったんじゃないですか?」
「はぁ?」
「一年もすれば怪我なんて良くなりますよ。ほら、どうです?」
僕はそっとナオスルの右手を解放した。
手首に触れながら男は目を丸くする。
「痛く……ない。酔っ払ってねぇとシクシク痛んでたのに。ああ……なんでだ」
「よかったですね。怪我が良くなって。これなら町の道とか壁とかを直せますよね? 僕が直せるのは一日以内に壊れたものだけですから、ずっと前から壊れたままの道の補修は、ナオスルさんにしかできないんです」
「う、う、うるせぇ! 別に道だって壁だって修復スキルなんか使わず普通に修理すりゃいいのに。オレじゃなくてもできんだろ」
「けど、専門の修復スキル持ちの人ならもっと良くできると僕は思います」
ナオスルの目から涙が溢れた。
「んなこと言ってくれるのよぉ、オマエが初めてだぜ。悪かった。本当に……」
今度は悪びれた感じじゃなくて、心の底からの謝罪だった。
「なあ、ボウズが……いや、セツナさんがしてくれたのか?」
ナオスルはじっと自身の右手を見る。
「さあ、なんのことですか? よくわかりません。さてと、それじゃあ帰ろうかメイ?」
メイは瞳を潤ませて「はい先生! どこまでもついていきますから!」と、僕の腕に抱きついた。
酒場を後にするとナオスルが店の前まで出てきて、ずっと僕に頭を下げっぱなしだ。
「心を入れ替える! 今から町の道、全部片っ端から直す! それで罪滅ぼしにはならんかもしれんけど、やらせてくれ! ありがとう! ありがとうなセツナさん!」
僕にくっついてメイが呟いた。
「ああいうのを、熱い手のひら返しと言うのです」
「メイはいろんな言葉を知ってるね」
「それほどでもありますがね!」
エッヘンと胸を張って、柔らかな胸をぴたりと僕の二の腕に密着させた。
メイは続ける。
「秘密で時間を戻して右手を一年前にしましたか?」
「うん。ちょっと軽率だったかな?」
僕は修復士であって治癒士じゃない。
少女はツインテール触手ごと首を左右に振った。
「とってもお優しくて先生ならではの所業です。メイは感動を禁じ得ません。あんなダメ人間でも救って、まともにしてしまうなんてすごいのです。なんという配慮!」
「別に配慮だけじゃないよ。人にスキルを使うことは少ないからね。僕自身の経験のためさ」
「では、そういうことにしておきますとも! 先生は気配りの鬼ですね! メイもそれにならい、見なかったことにして気配ろうと思うのだった」
「相手に言ったら気配りにならないんじゃないかな?」
「はうああああ! しまったあああああ!」
「メイの気持ちだけでも嬉しいよ」
「フォローの鬼! 先生は鬼の中の鬼ですね! 激鬼! わかります!」
なんか原型がなくなってただの鬼にされたな。
ともあれ、僕の「時間」スキルは酔っ払いの肉体を二時間前に戻して酔いをさますどころか、一年前の古傷すらも遡って無かったことにできることが判明した。
たとえば若さを求める女性がいたら、その肉体を十年くらい戻したりもできる……かもしれない。
王都の貴族や大商人相手に、お金稼ぎを思いついてしまった。
まあ、一気に若返らせたりしたら僕のスキルがバレそうだし、若返り効果のあるマッサージと称して何度かに分けて……。
「先生! なんだか悪者の顔です」
「あっ……やっぱり悪いことって考えると顔に出ちゃうんだね」
「なに考えましたか? め、メイで実験しても……いいですからね!」
「しないって。だから安心して」
不安にさせちゃったかと思ったけど、メイはなんだか楽しそうだ。
「じゃあ、悪戯でもいいですよ?」
「メイにそんなことするわけないじゃないか」
「あうぅ……ちょっぴり残念」
なぜ残念がるのか、これがわからない。
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仕事復帰したナオスルはほとんど無償で道や壁の修繕を始めた。
町の人たちから白い目で見られることもしばしばで「セツナみたいな仕事ができるのか?」と、詰め寄られたりもしてるらしい。
ナオスルへの不満というよりも、僕とトラブルを起こしたことにみんな腹を立ててるみたいだった。
修復士の仕事をしていると「ナオスルなんかいらない」とか「セツナ様がいてくださるのに」という声が以前にも増して耳に入る。
ふと思った。
このままだと、みんな僕に頼り切りになってしまうかも。
ちょっと心配だ。
たぶん、短い期間に色々とやりすぎたんだと思う。
みんなには不便をかけるけど、この熱狂じみたものがエスカレートする前に、旅に出た方がいいかもしれない。
路銀は十分稼いだし。
魔導列車の乗り放題フリーパスもある。
この町にはいつでも帰ってこられるのだから。
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