15.交易商とワイン
【前回までのあらすじ】
「時間」スキルで霊薬の原料になるコーラルニンジン育成にチャレンジ。一度は枯らしてしまうものの、メイの協力で立派な特上コーラルニンジンを収穫。
一本五万で売れてしまうのだった。
修復士の仕事はあくまで「一日まで」の能力に限定したままだ。
例えば、嵐に遭ってボロボロになった船があるとする。
時間を戻して悪天候に見舞われる前の状況に戻すことだってできた。
けど――
それをやったら港町の船大工や修理工の仕事を、ごっそり奪うことになる。
どうしても手が回らない修理とか、時間が無くてどうにもならないような依頼だけに厳選した。
コーラルニンジンの栽培にしたって、やり過ぎはよくない。
それに、レベルアップは同じ事を繰り返しても起こらないみたいだし。
今日は外洋からの長期航路船が入港していた。
僕が住んでいた新大陸からの船だ。
この港で補給と積み荷の荷下ろしがあるらしい。
すらりとした身なりのワイン商人が即売会を始めた。
「さあさあ寄ってらっしゃい! 新大陸産のワインだよ! 赤は深いカシスを感じさせる野性味たっぷりの味! 白は清涼な水がさらりと流れる柑橘系の爽やかさ! まずは試して気に入ったらお買い上げを! 今なら赤白セットでお買い得だよ~!」
孤児院にいた時にワインを口にしたことはあったけど、葡萄ジュースの方が美味しいと思う。
瓶の入ったコンテナを開けて試飲が始まった。テーブルが運び込まれ、磨かれたグラスがずらりと並ぶ。
そのまま即売会だ。
「そこの君もワインにご興味が?」
「え? 僕ですか」
「まずはお試しに一樽いかがです?」
「うちは酒場じゃないんで、そんなにたくさんはいらないです」
「なら瓶がおすすめです。この赤が5000ギリカは実に大変お買い得。まだ若い新酒だけど、セラーでじっくり寝かせて十年もすれば、価値が十倍になる当たり年のワインですから」
「十年で十倍になるんですか?」
ワイン商人は片方の眉をクイッとさせた。
「ま、どんなワインでも日光に当てっぱなしとか保存状態がよくなけりゃダメですけど。今回のワインはちゃんと育てたら投資になると保証しましょう。もちろん、今晩封を開けても幸せな気分に浸らせてくれる素晴らしい品物です!」
「もしそんな良いワインが二十年経ったらどれくらいの価値になるんですか?」
「我慢強いですね。お客様がそう……三十代も半ばの頃までこのワインを枯らさず育てられたら、きっと一本二十万ギリカにはなるんじゃないかと存じます」
ちょっと詐欺っぽい気がする。一本5000ギリカが十年で五万ギリカ。二十年で二十万ギリカになるなんて。
「ワイン商人さん。年数が経つと何か変わるんですか?」
「ワインも人間と一緒です。年を重ねるほどに味わいが出て深みが増しますからね。王都の裕福な美食家たちは美味いワインに飢えているんですよ」
時間が経つほど美味しくなるってことでいいのかな。
僕には美味しくする方法に心当たりがあった。
「赤を一瓶ください」
「まいどありがとうございます! 保存する時は温度もだけど湿度も大事ですからね。うちの船の荷室は魔道具で温度と湿度をきっちり管理してるんですよ。長い船旅でワインにストレスを与えないようにって。だから飲むならお早めに。所有するなら枯らさないよう気をつけてくださいね」
愛がある人なんだと思う。意地悪かもしれないけど、ちょっと手品をして驚かせてみよう。
僕は支払いを済ませ、受け取ったワインを手に即売会場を離れながら時間を「進め」る。
対象を瓶の中の液体に限定した。
日光や湿度を無視して純粋にワインだけを加速させる……イメージだ。
上手くいってれば美味しくなるし、失敗すればワインがまずくなってるはず。
とりあえず二分ほど、街路樹の木陰で待つ。
二十年くらい時間が進んだかな。加速を止める。
ワインのボトルは色つきのガラスだから、見た目はあんまり違わないかも。
飲んでも自分じゃ良さがわからない。
僕は即売会場に戻った。
もう一度、ワイン商人の元へ。
「すみません。一緒に飲んでくれませんか」
「おやおやお客様。買ったワインの喜びを売った人間と分かち合いたいだなんて。いいでしょう! お付き合いいたしますとも!」
僕が時間を進めたボトルをワイン商人が華麗な手つきで開封する。
コルクを抜いた瞬間――
「……?」
商人の手が止まった。
「お客様。ワインをすり替えましたね?」
開栓しただけでわかるものなのか。
「そんなことしてませんよ。さっき売ってもらったものですし」
「おっと……確かに。ラベルを貼り替えたような痕跡も見受けられませんし。ああ、大変失礼しましたお客様。こちらのワインはきっと、どこかで紛れてしまったものでしょう。良い品ですので是非、お持ちください。新酒の方も改めて一本ご用意いたします」
良い品……ってことは、実験は成功だったのかな?
再びコルクで栓をしようとする商人に待ったをかけた。
「すみません。あの、飲んでみてください!」
「ですがお客様。このボトルはその……」
「お願いします」
「……わかりました。ではご相伴にあずからせていただきます」
グラスが二つ用意されて、僕が買ったワインが注がれる。
商人はそっとグラスの縁に鼻を近づけて、目を丸くした。
一口含んで空気と馴染ませるように味わい、喉を鳴らす。
ワイン商人は唸った。たった一口飲んだだけで額から大粒の汗を垂らす。
震える手でグラスをテーブルに置いた。
「あり得ません。まるで今年のワインが育ちきったような……これほどのボトルがいったい、どうして新酒のケースに紛れてしまったのか……」
「あの、なにか手違いがあったんですか?」
「お客様。こちらのワインは恐らく二十年はくだらない時を、最高の状態で保存されていたものになります。これほど完璧に管理されたものがあるだなんて。しかも当たり年の品。一本……五百万ギリカはつきましょう」
「ご、五百万……ですか?」
これには僕も言葉を失った。
コーラルニンジンも希少性があるから価値が出る。
年代物できちんと管理されたワインはもはや財産になるんだ。
商人は首をかしげっぱなしだ。
「しかしおかしい。あり得ない。私が買い付けた新大陸のシャトーが出荷を始めたのは五年前。だが、味の系譜は間違いなくそのシャトーのものです。二十年後の世界から、このワインだけがやってきたかのようだ」
「へ、へー! 不思議なこともあるんですね」
「こちらのワイン。買い取らせていただけないでしょうか? 五百万と言った手前、その額といきたいところですが、開封してしまいましたので」
「じゃあ5000ギリカでいいですよ」
「そんな……よろしいのですか!?」
元々悪戯というか実験のためだったし。元手が返ってくれば十分だった。
「その5000ギリカで新酒の瓶を一本ください」
ワイン商人はスッと僕に頭を下げた。
「感謝いたします。このボトルの味を舌に刻み込み、いつかこれほどまでのワインを育てることをここに誓いましょう。どうか、お客様もこの神の奇跡の雫をご賞味ください」
僕のグラスにもワインが注がれた。
「あっ……そんなにたくさんは飲めないので一口だけで」
香ってみる。
よくわからない。
ワインを口に含む。
うーん、わからない。
飲んでみる。
バナナの方が美味しいかな。
「いかがでしたかお客様?」
「え、えっと。僕には早すぎたかもしれないです。このワインは商人さんにお返しして良かったと思います」
「さ、左様ですか。しかし本当に不思議な一本です。ワインに携わって二十年。これほどの驚きは初めてでした」
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ワイン商人はいたく感動していた。
僕は新酒のワインを受け取る。これも二分で感動の五百万ギリカワインにできるけど、正直僕には良さが理解できない。
家に帰ると新酒はメイの手によって、牛肉の煮込みに早変わりした。
とっても美味しかったです。
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