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110.α→α`

 僕は用心棒との間合いを瞬時に潰すと、右拳を顔面に叩き込んだ。


「――ッ!?」


 大男はまったく反応できていない。白目を剥いて背中から倒れ込む。

 奴隷商人が悲鳴を上げた。


「な、なにをするッ!?」

「なにって……なんだろう。うん……失うはずだったものを取り戻しに来たんだ」

「はあ?」


 訊かれたから答えたけど、ほぼ、僕の独り言だ。

 奴隷商人は怯え顔になった。


「き、気持ちの悪いやつめ。ええい! 誰でもいい! そいつを取り押さえろ!」


 首輪付にされたスキル奴隷たちが僕に群がってきた。

 全員の首筋に触れて隷属の首輪を「戻し」て分解。解放する。


「ひいい! そいつは外せばトラップが発動するのにッ!? なんなんだお前は!?」

「奴隷商人に名乗る名前なんてありませんよ」

「こんなことをして許されると思っているのか!? こちらのバックにはとんでもないお方がついてるんだぞ!?」

「アビス侯爵ですよね? 首輪をばらまいてるのって」

「な、なぜそれを!?」

「辺境や新大陸の孤児院を狙って、スキル奴隷を収穫している。その首輪もワイン商人のヴィリエって人が卸してるんでしょ?」


 奴隷商人は尻餅をついた。


「ど、どどどどどうしてそんなことまで!? 僻地の孤児院出身のただのガキの分際でッ!?」


 間もなく――

 甲板は海魔族の襲撃で血の海になる。

 僕は手の中で隷属の首輪を再構築した。


「時間が惜しい。今から全員、僕の言うことを聞いてもらう。船を転進させるんだ」


 首輪を奴隷商人の首にはめる。

 騒ぎを聞きつけた船員たちに睨みをきかせた。


 奴隷商人が操舵手に身振り手振りで指示を出す。

 戸惑う船員たち。中には剣を抜こうとする者もいる。


「従わないとみんな死ぬことになりますよ? こんな風に」


 奴隷商人に命じる。

 自らの命を絶て……と。


 商人は顔をぐしゃぐしゃに崩しながら、懐から短刀を取り出して自らの胸に突き立てようとした。


「待て! 従う! そいつからはまだ前金しかもらっちゃいねぇんだ!」


 船員の中でも古株風の男が声を上げた。

 奴隷商人の自害命令を止めると、船は予定航路を外れた。


 商人の男はこのまま首輪をつけっぱなしにして、船に関する話は古株船員とつけることにしよう。



 ほんの少しのズレ。

 たった数秒の進路変更。

 それだけですべてが変わった。


 海魔族の襲撃は起こらず、船は穏やかな外洋を航行する。


 船員たちに聞き取りをした。


 彼らはあくまで積み荷を運ぶため、雇われただけだという。

 船主は奴隷商人だ。


 古株船員を問い詰めた。


「仕事は選ぶべきでしたね」

「こっちゃそんな余裕ねぇんだ。船長が行方不明になって、やっと何人か元の仲間を集めて……探すにゃ金がいる」

「船長? もしかしてスターティアラ号の元乗組員ですか?」

「な、なんで船名を知ってやがる!?」


 適当に言ってみたんだけど、不思議な巡り合わせだ。


「イレーナ船長には前にお世話になりましたから」


 正確にはこれから……か。


「い、居場所を知ってんのかいあんた?」

「砂の海でサンドワーム相手に大立ち回り……ってとこです」

「うおぉ……船長……よくぞご無事でッ」


 古株船員は男泣きだ。そのまま続ける。


「じゃあ船の針路はどうするんで?」

「みんなには悪いけど新大陸側には戻らない。東岸の港町に入港させてほしい」

「へい! ええと……旦那のお名前は?」

「名乗るほどの者じゃないですよ」


 不用意に名乗ると名声とともに、不用意に誰かを巻き込みかねない。

 古株船員は「わけありってことで。あいやわかった! 旦那の言う通りにしますぜ!」と、船員たちに指示を出した。


 あとは――


 首輪付きだ。

 何人か成り行きで解放したけど、残る全員を解放してもいいんだろうか。


 ま、いっか。

 乗船していた奴隷たちの首輪をすべて「戻し」て外す。


 涙ながらに僕を拝む人もいれば、感謝の言葉すらない人もいた。


 最後に――


 僕は再会した。


 初めて出会った時に僕を逃がしてくれた、あの女の子だ。


「君で最後だね。お待たせ」

「…………」


 少女の首元に触れて隷属の首輪を取り去る。

 この船で、首輪付きになったのは奴隷商人だけだ。


 少女がじっと僕の顔を覗き見る。


「どう……したの?」

「……やっぱり……来てくれた」

「へ?」


 世界をやり直してから初対面のはずなのに――


「……私の手、とって」

「ええと……」

「……言葉で説明するよりも早いから」


 向こうから握手してくる。


 瞬間――


 世界から色が消失した。

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