104.二人ぼっちの星の海
青い玉は静かにたたずんでいる。
「スキル能力をすべて集めればいいんですか?」
『すべてではありません。必要なのは誰がための福音。願望器の力となります』
「願望器……願いを叶える力って意味っぽいけど」
メイが僕の手をぎゅっと握った。
「先生! 神のスキルの持ち主ですよ!」
「そっか! 世界のどこかにいるんだよね?」
「訊いてみましょう先生!」
クラゲ少女の眼差しが青玉に向く。
僕は頷いてから質問した。
「願望器……神のスキルの持ち主は……実在しますか?」
これでノーと言われたら途方に暮れるしかない。
緊張する。メイがそっと僕の手を握った。
震えている。普段よりもずっと冷たい。なのに少し、汗ばんでいた。
大丈夫だよ。と、握り返す。
青い玉は言う。
『検索結果、該当一件』
神のスキル持ちは実在するんだ。
メイの目に涙が浮かぶ。希望は繋がった。
僕らは神に出会えない。聖女の詩に紡がれた託宣が覆る。
少女が声を上げた。
「ど、どどど、どこですか!? 神スキルの人はどちらにおわします?」
『探査範囲の指定をしてください』
「先生!? どうしましょうか!?」
指定できる範囲がどれくらいかはわからないけど。
まずは広めにとってみよう。
「地上にいるか教えてください」
『地上をスキャンします』
青い玉の表面に波紋が広がった。球の極から極へと波が収束する。
『該当ありません』
「地上にはいないって……ことですか?」
『…………』
メイが不安げな顔に逆戻りする。
「なら、地下世界は?」
同じように青い玉に波紋が広がった。
『該当ありません』
「建物内ですか?」
『…………』
地上でも地下でもないなら、残すは――
メイが手を上げる。
「海! 海の中ですか!?」
三度目の探査の波が広がり、収まる。
『該当ありません』
「ぽんこつですか!? どこにもいないじゃないですか!!」
ほっぺたを膨らませクラゲ少女はツインテールで指を差す。
青い玉は沈黙を保ったままだ。
まだ、諦めるわけには……どうすればいい。何を質問すれば……。
「もしかして、すでに死んでいますか?」
『一部該当します』
「一部?」
『それ以上の言語化する術が、私にはありません』
存在するけどしない。僕らが神に……神のスキル持ちに出会えない理由って、そういうことなのか?
これまで一つだけ、やらなかったことがある。
忌避感があったから。
だけど、今回ばかりは「時間」スキルでやるしかないのかもしれない。
「僕のスキルで生き返らせることは可能ですか?」
瞬間――
僕らを取り囲んで輪になって踊っていた黒い円盤たちが、制御を失ったみたいに四方八方に逃げ惑う。
静謐なドーム状の空間を赤い光が明滅した。警告するような耳障りな音が鳴り響く。
『WARNING』
青い玉の声が僕に告げる。
『死者蘇生は可能ですが、記憶の再構築に問題発生の可能性あり』
赤い明滅が収まった。また、黒い円盤たちが統制を取り戻して列を組み直す。
「記憶の再構築……ですか?」
『すみません。それ以上の言語化はできません』
安易に誰かを呼び戻すと、記憶を失わせることになる……のかな。
「他に時間スキルで気をつけることはありますか?」
『その特性上、使用者がスキル発現以前に自身を戻すと記憶の保持にエラーが発生する恐れがあります』
「どうして?」
『卵が先か鶏が先か。それ以上の言語化はできません。すみません』
何か重大な齟齬を起こしかねない。ってことか。
実際に試す勇気は、死者を蘇生させるのと同じくらい取り返しがつかなくなりそうだ。
ともかく、僕は僕の状態を十五歳の……奴隷船でスキルを覚醒させられたあの時の状況以前には戻せない。
って、ことか。
メイががっくりと肩を落とした。触手ツインテールもしなしなで、余計に小さくなって見える。
「聖女の予言は当たるんですね。メイは……ずっとこのままか……」
「メイはメイだよ。変わっても変わらなくても、僕がずっと一緒にいる」
「先生!」
ぎゅっと抱きついたメイは、しばらく僕の胸に顔をうずめて泣いた。
ただ、彼女の背中を支えるように抱きながら、そっと髪を撫でることしかできなかった。
・
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黒い円盤に案内されて、僕らは「永遠の夜空の庭」に通された。
透明な天井の張られた部屋だ。
青い玉にする質問も尽きてしまった。
こっそり持ってきたバナナを二人、食べ合う。水筒の水も飲んで戻して。
「ずっとここで生きていけますね先生」
「まるで砂の海で見つけたオアシスの村みたいだね……いや、あれよりずっと寂しいか」
「アゼリア村ですね! わかります! あの時はシャチ子もいたし、オアシスもありましたし!」
「村で旅を終えてても良かったのかな」
「あうぅ……今となっては後悔先になんとかかんとか! それに、旅を続けたからみんなと出会えましたし」
本当は一番つらいはずのメイに僕の方が励まされた。
空を見上げる。透明な天井の向こうに広がる漆黒の空間と、数え切れない星々。
「先生見てください! 星がキラキラしません! ずっとぴかぴかですね!」
「本当だ。星が瞬かないなんて……ここは不思議な場所だね」
「たぶんなんですけど、エビルの追っ手が絶対に来ませんね」
「そうだね」
「二人だけの世界です! 先生は……やっぱり寂しいですか?」
「メイと一緒ならいつでも楽しいよ」
メイは小さく頷いてから両手と触手ツインテールを空に向けた。
星は掴めない。けど、掴むようにして彼女は続ける。
「あうぅ……メイは……ちょっぴり寂しくなっちゃった。シャチ子はメイがいないと、すぐに激おこプンプンしちゃうから心配なのですよ。それにイレーナだってフゥリィだって、エルちゃん様もプリムちゃんもチェーンも、きっと……ずっと先生に会えないと寂しいって、なると思いますし」
僕は頷いた。
「帰ろう。これからのことは神様だよりにはしない。自分たちの力でなんとかするんだ」
「はい。じゃあ、神様にご挨拶ですね」
無機質な天の世界に早々に別れを告げることにして、僕らは神の鎮座する間に戻った。
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台座の上に浮かぶ青い玉にメイが訊く。
「これから神様はどうしますか?」
『私は干渉権限をもちません。これからも観察を続けます』
「観察? ひとりぼっちは寂しくないですか? メイたちと一緒にきますか?」
ちょっと驚いた。僕には思いつかない発想だ。
神様ごとつれていくなんて。
青い玉がやんわり光る。
『ありがとう。メイは優しいですね。私は大丈夫です。天の世界から二人を見守っています。どうかこれからも健やかに』
黒い円盤たちが見送りの列を作る。
メイは残念そうだ。けど――
「そっかぁ。神様いなくなったら、この子たちが寂しいもんね。わかりました! お達者です!」
手を振り胸を張ってメイは歩き出す。
僕も青い玉に会釈して歩きだそうとしたところで――
『そのまま聞いてください。この音声は指向性を持たせて貴方にだけ届いています』
歩きながら小さく頷く。
『あの少女の中には今、その身に抑えきれぬほどの負の力が集まっています。器から溢れだすのも時間の問題です』
メイの背中をじっと見る。立ち止まり振り返り、神にどういうことか問い詰めたい。けど、ここで不自然な動きをすればメイに気取られるかもしれない。
黙って声に耳を傾ける。
『これ以上の負荷は危険。安全な場所で大人しくしていてください』
それはつまり――
シャチ子たち穏健派海魔族がメイに行った幽閉隔離ということだ。
どうしてこのタイミングでそんなことを……。
『旅を続ければ彼女は海魔王になるでしょう。本来、観察者となった私に干渉する権限はありません。が、彼女の優しく差し伸べられた手に。その思いに報いたいのです。どうか、この事を心に留めてください』
僕は頷くしかなかった。
メイが足を止め振り返る。
「どうなすった先生? 顔色が真っ青ですが?」
「ちょっと慣れない環境で体調を崩したかも」
「ではでは、早く箱船で運ぶね! なーんて感じですね! わははは~!」
「メイは言葉遊びが上手いね」
「あは~! 地上に戻ったら今度はどこに行きますか? 神様にもこうして会えたし、神スキルの持ち主はいないけど、旅は続くんですよね?」
「うん。戻ったら休憩して、少し考えてみよう」
メイは前向きだ。諦めたというか、吹っ切れたというか。
すべてを止めて、港町の小さな家で静かに暮らす。なんて無理か。
きっとエビルが刺客を送り込んでくる。
メイが幸せに暮らしていくためには――
エビルを筆頭とする海魔族過激派を打倒するしかない。
『スキルレベルが80になりました。効果範囲が拡大しました』
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