103.神
最奥にて、巨大な扉が僕らの前に立ち塞がる。
壁一面に魔法陣が描かれていた。
何かを封印しているかのようだ。
「先生? ここで行き止まりですか?」
メイはしょんぼり顔だ。
「まだわからないよ。戻してみよう」
ここまで来て……天の世界に足を踏み入れただけで、何も掴めないまま帰れない。
壁面に触れてみる。
瞬間――
僕の力が「弾かれる」感覚を覚えた。
同じ状況を体験したことがある。
自らを封印した前女王ニュクス。眠りについた彼女を「戻そう」とした時と一緒だ。
スキルが通じなかった。
ただ――
手の感覚に微妙な違和感がある。
小さな突起。引っかかりを覚える。そこに指を掛けるようにして、最大限の集中で力の浸透する場所を探り当てる。
メイが触手ツインテールをぶるるんと震わせた。
「壁の模様がちょっとずつ書き換わってます! 先生! なんだかできそうですか? すごい! すごいですね!」
この壁の向こう。扉の先に神がいる。
時間の壁で遮り封じられているのを、無理矢理こじ開けるのは……いいんだろうか。
かまう……もんか。
メイの自由のために、今日まで……ここまでがんばってきたんだ。
魔法陣を上書きしていくと、紋様が綺麗に浮かび上がった。
クラゲ少女がツインテールを羽ばたかせる。
「これってエルちゃんの背中にあった翼ですが? しかも二つも!」
エル女王の背には片翼の印が浮かんでいる。
壁の魔法陣は左右対称だった。
すべてが翼に書き換わり、僕は時間を戻す。
一秒、十秒、百秒、千秒。
一日、十日、百日、千日。
五年、十年、二十年、百年。
――千年。
どこからか声が響いた。
『認証確認シマシタ。オカエリナサイ』
声とともに目の前の壁が左右に割れて、天の世界の最深部が僕らを迎え入れる。
お椀型のドーム状の空間だ。真ん中に台座があって、青い球体が浮かんでいる。
近づいてみると、球体の大きさは人の頭ほどだ。
綺麗に磨き上げられた表面に、僕らの顔が映り込む。
真円を描く球が明滅した。
『御用件ハ何デショウカ』
メイが目をぱちくりさせた。
「しゃ、しゃべった~! 人間語がお上手ですね!」
『アリガトウゴザイマス』
会話している。もしかして……。
「あの、貴方が神様ですか?」
『質問ノ意図ガ解リマセン。ゴ要望ニ添エルヨウ、インターフェイスヲ展開シマス』
台座の根元が浮き上がると、そこから黒い円盤が溢れんばかりに出てきた。
メイが悲鳴を上げる。
「いやあああああああああ! 終わったあああああああああああ!」
僕はメイを抱きしめ守ろうと庇った。
けど、円盤たちは爆発しない。
台座を中心に同心円状に整列すると、その場でくるくる回ったり、まるでダンスでも踊るみたいに行進したり。
目を開いたメイが僕の腕の中で口をぽかんと開ける。
「はえぇ……わけワカメです」
「これはどういうことなの?」
青い玉に訊くと――
『インターフェイスデス。ナンデモオ申シ付ケクダサイ』
「…………」
敵対行動は取らないって……ことかな。
メイがほっぺたを膨らませた。
「じゃじゃじゃじゃじゃあ! もっと普通に優しく話して!」
『承知シマシタ。言語設定ヲ変更。話法ヲ機械的ナモノカラ人間ベースニ』
一拍おくと、青玉の声質が変わった。
落ち着いた女性の声色だ。
『このしゃべり方でいいですか?』
「ちょっとまだ硬いけど許せる!」
メイはうんと頷いた。
『二人はずっと抱き合ったままですね。仲良しですか?』
「そうですけど、あう! そういえば……改めて言われると恥ずかしいかもぉ。くっ……他人の目さえなければいくらでもイチャイチャするのに!」
いそいそとメイは僕から離れた。
「別にいいんじゃないメイ?」
「神様が見てますからぁ」
少女は恥ずかしそうに膝をもじもじさせた。
神様……か。
想像していたのとちょっと……いや、大分違う。
王都の地下霊廟で見た、赤い光りを放つ禍々しい天のソレとは別モノだ。
ともかく、会話が成り立つなら話してみよう。
「ええと、僕はセツナ。こっちはメイです。初めまして」
メイがちょこんとお辞儀した。
「お初です! 対戦よろしくおねがいします!」
『初めましてメイ』
僕をスルーして青玉は穏やかな光を放った。
メイが両腕と触手を組んで祈るように言う。
「メイはこの通り、海魔族さんです。しかも海魔王の『器』なんだとか。ああ、おそろしいおそろしい。メイはそんな力いらないんです。先生のおそばにいられるだけで果報者ですから。どうか……どうかメイを人間に! 普通の女の子にしてくださいお願いしますなんでもしますから!」
青い玉の表面に無数の光のラインが走る。まるであみだくじみたいに一本のラインが繋がった。
『すみません。機能限定された私には権限がありません』
「け、権限ですと!? 先生……これはいったい」
メイの求めに今度は僕が質問者になる。
「権限があれば可能なんですか?」
『すみません。権限があった場合でも主機を失った私には実行不可能です』
「主機ってなんですか?」
『大いなる力の源です』
力の……源?
伝説が本当なら、聖祖ルシフが盗み出した神の力。世界中に拡散されたスキル能力だ。
そのすべてを集めてここに戻せば、メイを人間にできるんだろうか。
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