100.流星の落ちた地へ
星々の瞬く夜――
砂の海を砂上船は進む。
まるで天の世界を泳ぐような感覚だ。
どこまでも続く砂漠を越えて、僕はイレーナの指示に合わせて舵を切る。
船長帽子をかぶり直してイレーナは僕に告げた。
「減速しましょ。たぶん、ここらへんよ」
「舵、頼みます」
操舵席を譲って、僕は帆を畳む。
風を受けられなくなった砂上船は減速した。
砂漠のど真ん中にぽつり。
月だけが僕らを見ている。
王家の書庫にあった絵図の写しを確認した。
このあたりに金字塔が建ち、オアシスもあったみたいなんだけど――
三百六十度、白い砂の平原しかない。風が生んだ砂紋だけが広がっていた。
イレーナが僕に肩を寄せる。
「あら~ん♪ 絵図と全然違うじゃない?」
「千年前とは地形が違うのかもしれません」
「砂漠の夜は冷えるわね。肌寒いかも。ぬくもりてぃをちょうだい」
僕の腕をとってぎゅっと抱きしめる船長。二の腕に弾力を感じる。
「なんですかぬくもりてぃって」
「別になんでもいいでしょ。こうしてたいの」
「寒いならキャビンに戻って暖を取ってください」
「んも~! セッくんの意地悪! 冷たいのは夜風だけで十分よ!」
「別に意地悪しているつもりはないんですけど」
不意にイレーナの唇が急接近した。吐息が届く距離だ。
「みんなのものってことになっても、やっぱり……好きだよキミが」
「イレーナさん……」
「イレーナって呼んで」
「…………」
「そっか……セッくん。やっぱりメイメイ……なんだよね」
僕はゆっくり静かに頷いた。
「勝てないなぁ……どうしてメイメイより先にアタシと出会ってなかったんだろ。運命の神様が憎いかも」
「すみません」
「あ、謝らないでよ! むしろその方が傷つくんだから」
「は、はい」
「セッくんって絶対変よ。誰かを傷つけないようにしようとして、中途半端にして逆にみんながしんどくなってるんだから」
たぶん僕の弱さだ。
嫌われたくない。自分を守りたいだけ。
なら、嫌われてもいいと割り切ってしまえばいいのに……。
「それ以上責めないでください。でないと僕、また謝りますよ?」
真面目に返したつもりなのに、船長は大笑いだ。
「アッハッハッハ! なによその言い草!? 脅迫のつもり? 砂の海に草が生えて緑が生い茂っちゃうわ! ハァ……星空の夜でワンチャンあるかと思ったんだけどなぁ」
笑い泣きする彼女の涙に罪悪感を覚えた。
大きな胸を上下させて、深呼吸するイレーナ。
改めて、周囲と星空の座標を確認する。
「にしても、本当にこの絵図の場所で合ってるのかしら?」
絵図や王家の霊廟に描かれていた、千年前の砂の海は今よりもずっと豊かな地だったらしい。
「千年前とは環境が違うのかもしれません」
「だったらセッくんのスキルで、この一帯だけでも千年前に戻してみたら?」
「はい?」
「無理なら無理でいいじゃない。ほら、ダメ元ってあるでしょ! さっきのアタシの玉砕告白アタックみたいに!」
「返答に困るんですけど……」
「困らせてんのよ!」
意地悪っぽく笑う船長に、僕はたじたじだ。
けど――
やってみるか。
船を停泊させて砂の大地に下りる。
砂上船はうっすら地表から浮いているし、影響は出ないはずだ。
手のひらで砂紋の広がる地面に触れる。
少し無茶かもしれないけれど、最大限の効果範囲までスキルを広げた。
「戻れ……」
僕のスキルレベルは現在70。
バナナ一本から始まった「戻す」力の集大成かもしれない。
世界の一部を過去の姿に。
メイを救うため。哀しみの運命を背負った彼女の重荷を無くすため。
どうか……この場所が始まりの地なら、その姿を僕らの前に現してくれ。
甦れ――
念じ続けると、砂紋がみるまに動き始めた。
巻き戻すように、描かれては消えてを繰り返す。
時は加速し、地表面が大きく揺れた。
目の前に砂煙が立ち上がり、巨大な建造物がせり上がる。
白い大理石で覆われた巨大な四角錐。王家の文書にもある金字塔だ。
イレーナがぽかんと口を開く。
「どこかのタイミングで陥没して地中に沈んだみたいね……たぶん、サンドワームの類いかも……にしてもおっきいわね。マスト込みのスターティアラ号の三倍以上あるかも」
金字塔の周囲に清水が湧き、緑が生い茂る。
オアシスだ。
僕の脳は焼き切れんばかりに発熱した。
千年……戻す。
全力疾走を二時間続けたみたいな疲労感で、僕は立ってもいられず顔から砂の大地に沈んだ。
「ちょ! セッくん! 大丈夫!? しっかりして!」
イレーナが船から飛び降りて僕の頭を抱き上げ、胸でぎゅっとする。
弾力と弾力の間に挟み込まれて呼吸ができない。
「く、苦しい……」
と、船上から声がした。
キャビンで休んでいたメイたちだ。
「あっ! 抜けがけとは卑怯なり! 船長といえどメイは許しませぬ!」
「メイ様、お手伝いします!」
「シャチ子はイレーナ船長を確保! メイが触手くすぐり尋問で落としますから!」
シャチ子とメイが船の上から飛びかかり、イレーナが拘束されて触手に絡め取られるまで、瞬きをする間も無かった。
船長の悲鳴と嬌声と絶叫が響く。
「お尻は! お尻だけは堪忍してッ! ――ッアアアアアアアア!」
僕はゆっくり目を閉じた。
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