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第七十四話 別離

 それから半年後、父ウッツが病気の悪化で起き上がることもままならなくなった。

 担当の医師には今夜が山だと告げられた。


 その夜俺は父のベッドの横で椅子に座り父を見つめていた。


 ベットで寝息を立てる父は長い寝たきり生活で骨と皮だけになって居て若い頃の精悍さは見る影もなかった。俺を産んだ母はいつまでもカナリア解放に心血を注ぐ父に愛想を尽かして出て行ってしまった。

 母の考えでは父は10年もすれば諦めてパンドラで暮らしてくれるだろうと思ったのだろう。しかし父はこんな歳になるまで片時も忘れず祖国の奪還を目指した。


 そんな父を見ているとあの同期や若者達の言葉が脳裏に蘇って来た。


 彼らの主張に対しては理解こそしても納得はできていない

 俺たちにとってカナリア解放は悲願であり、それは全員に共通の目的だと考えていた。しかし、俺が信じた奴らは次々と脱退を表明していった。


 亡命当初は5000人いたそうだが、俺たちの代が前線に赴く時は戦死などが重なり2000人弱に減っていた。そこからさらに1200人が脱退を表明していた。

 残る800人も内訳は老人や学生が300人、まともに戦える人間は500人にも満たなかった。


 これでは今までのようにパンドラ正規軍と肩を並べて戦うことはできない。

 パンドラ軍との約定としては

 1,カナリア解放軍は防衛戦に参加するコト

 2,カナリア国内への侵攻に関してはパンドラ軍は協力しない

 という二点の約定を結んでいる。


 そのため、戦況が押し返せそうな時はパンドラ軍は休み、カナリア解放軍のみでの進軍となっていた。当然、その分被害は増えるし作戦の成功率も低くなる一方だった。


 そんな中で兵力が半分以下になったとあってはカナリア奪還はもはや外部からの切り崩しのみでは不可能となってしまった。

 俺は自身の不甲斐なさに歯噛みする。

 もっと早く彼らの心境に気づいてそれに合った立ち回りをすればよかったし、パンドラ国内にも働きかけて反抗作戦に協力してもらえるように世論を動かす努力をすればよかった。


 結局はこの長引く戦争に惰性で望んでいたのは同期等だけでなく俺も同じだったということだろう。

 そうして、溜息をつきベッドに横たわる父に目を戻すと彼は真っ直ぐな目で俺のことを見つめていた。


「なんだ、起きてたのか。調子はどうだい?粥でも持ってこようか」

 俺が席を立とうとすると父は弱々しく手を伸ばして俺の服の裾を掴んだ


「粥はいい」

「そうか、じゃあせめて水を……」

「水もいい」

「だけど、久しぶりに起きたんだ何か口にしておかないと」

 父は俺の言葉を聞いて鼻から息をはいた


「どうせ、長くはねぇんだ。今更水だの粥だのでギャーギャー騒ぐなよ」

 発言こそ弱音らしいことを言うが言葉の端々に宿る覇気は俺が生まれた時と変わっていなかった。


「それより、お前に伝えておくべきことが二つある。」

 俺はその言葉を聞いて椅子に座り直して姿勢を正した。


「一つ目は謝罪だ。お前には苦労をかけてたな。これからも俺の望みのせいで苦労をかけちまうだろう」

「別に、気にするなって。今更だろう?」

 俺がそう言うと父はフッと笑おうとしてゲホゲホと咳をし始めてしまった。慌てて体を起こさせ楽な体勢をとらせる


 父は一呼吸おいてポツリポツリと言葉を紡いだ

「これは、俺の独り言だ。聞いても聞かなくてもいい。

 俺はよぉ、多分最低な父親だったと思う。お前には幼い頃から無理を強いてきちまった。遊びの盛りのお前を捕まえて兵法を教え込んで、成人したら軍に放り込んでよ。若いののまとめ役まで任せてしまった。その上でお前は俺が死んだら好きに生きてもいい」


 そんなことを父が考えていたなんて予想だにしなかった。カナリア解放以外には無頓着で戦場から何年も帰ってこない時期もあった。その頃からこの父に一般的な親子の愛情は期待しなくなって行った。


 そんな父からカナリアを諦めてもいいなんて言葉が飛び出すなんて


 しかし、深い感慨のあとに沸々と怒りが湧いてきた


 今更そんなこと言われても無責任だ。俺をこんな風に育てたのはアンタでそれ以外の生き方を奪ったのもお前だ。


 と、叫んでやりたかった。しかし、いつもは快活とした父の節目がちな表情を見るとその言葉は出てこなかった。


「それで、二つ目はやっぱり俺のわがままを貫いてくれるならコレ以上の喜びはない、

 俺は亡き友達と約束したんだ。いつか、お前達の骸はキチンとカナリアの土の中に葬ってやるって。俺もそうでありたい。だから、これは俺の最後の頼みだ。カナリアの田園がよく見える所に俺を葬ってくれ」


 そんなのズルいじゃないか。この父は俺が断れないことを知っていてこんなことを言うのだ。俺は父の言葉に頷くことしかできなかった。


「すまねぇな。無理な願いであることは承知の上だ。それでもきっと頼んだからな」

 父はそう言うとベッドにゆっくりと体を沈めて行く


「あぁ、ルフェイン、バフリル爺さん。すっかり遅れたが俺も今そこへ……。」

 そうしてウッツは目をゆっくりと閉じた。

 彼の目の裏には数十年前に別れた友人の顔が浮かんでいるのだろうか。


 俺は父の顔を覗き込む。すると父は最後にボソッと言葉を出した

「トリノ、俺はちゃんとお前も愛しているからな」

「そんな、最後にとってつけたように言うなって」


 俺がそう言葉を返したが父の耳には届いていただろうか。聞こえたのかどうかはわからないが彼はフッと口の端に微笑を浮かべたまま動かなくなった。


 徐々に胸が上下しなくなり鼻息も聞こえなくなった。





 そして、ウッツ・コルネイヤはこの世を去った。齢にして73。30代からの約四十年間をカナリア解放のために捧げた人生だった。

次回投稿は明日月曜日の予定です。

次回はルーク君視点に戻る予定です

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