第九十二話 色男
男は口笛を吹きながら女の掌を取って女と目を合わせた。
すると女は腰が砕けた様にへたり込んだ。その顔は恍惚としており何かを思い出している様だった。
「いやぁ、危なかったな兄ちゃん。ここの店はぼったくりだぜ?女はいいが酒が高くてやってられん。まぁ、俺みたいに女を満足させて料金を払わせればその限りじゃないがな」
そう言って男は気障ったらしくルイスにウィンクをすると俺の方へ向いた
「おいおい、坊ちゃん。その歳で女遊びか?そんなんじゃ碌な男にならんぞ?俺みたいにな!」
そう言って手で顔を押さえるとこれほど面白いことはないと言った風でゲラゲラと笑った
気づけば他の店先からも綺麗なドレスを着た女達が顔を出して男を一目見ようとしていた。その事に気づいた男はヒラヒラと手を振って白い歯を見せて笑いかけた
女達は黄色い悲鳴をあげて店の中へと戻って行った
「ははは、商売の激戦区なだけあってこの街の女はレベルが高いな。次はどの店に邪魔するかな」
そう言って男は指で店を指差しながら次の店を探している
俺はその間に女の子の手をそっと解くとルイスの元へ駆け寄って頬を引っ叩いた
それと同時にルイスはハッと目を覚ますと深く息を吐いた
「お前、女性経験なかったのな」
「うるさい。お前だって……。いや、ルークはそれが健全か」
俺たちがお互いに軽く笑って大通りに戻ろうとすると男が振り返った
「なぁ、今ルークって言ったか?」
男の先ほどのヘラヘラとした様子は鳴りを顰め、目は獲物を見つけた猛禽類の様な目をしていた。
その目を見てルイスは俺を背中に庇うと男を睨んだ
「だったら、なんだ?」
「ルークと言うとバックハウス家の倅か?」
「だったらなんなんだと聞いている!」
ルイスが叫ぶと男はブーツを鳴らしながらルイスの腕をすり抜けて俺へと顔を近づけた
「なぁに、そんなに心配すんなって。俺はフランツの盟友、ヒューズ・シューマッハというものだ」
「盟友?本当なのかルーク」
「い、いや。フランツから紹介されたことはない」
俺の言葉にルイスはキッとヒューズを睨んだ
睨まれたヒューズはおどけた様に数歩距離を取るとヘラヘラと笑って肩をすくめた
「はぁ、俺は悲しいぜ?あれほど熱い夜を過ごしたフランツの息子にこんなこと言われるなんて」
「ふざけたことを言うな。フランツに男色の気はない」
俺がジトっと彼を睨むとヒューズは肩をすくめて息を吐いた
「ちょっとした冗談だよ。なぁ、酒でも一杯行こうや。腹割って話せば俺が敵じゃねぇってわかるって」
ヒューズはルイスと肩を組もうとするがルイスは慌てて彼を振り払った
「なんだよぉ、ツレねぇなぁ。まぁいいや。俺はこの辺りにいつもいるからよ。帝国の目を避けながら首都であるワルツまで戻るのもお茶の子さいさいだ。必要になったら俺に声かけなぁ」
そう言ってヒューズは近くの店へと吸い込まれる様にして入って行った
俺たちは先ほどまでの喧騒が嘘の様に静まり返った路地裏に取り残された
「ふざけた野郎だったな。だが、アイツの言ったことは魅力的だ」
「あぁ、そうだな。ルイスも助けて貰ったしな」
「うるせぇ」
ルイスはムッとした顔をすると大通りへと歩いて行った
「悪い悪い、一休みしたらアイツを頼るのも手だ」
「まずは、アイツの素性を洗ってからにしよう。これで帝国の憲兵にでも突き出されたらたまらないからな」
どっと疲れた俺たちはひとまず宿へと戻った
宿ではヘレナが湯浴みができて嬉しい様でホクホクとした顔でベッドの上でゴロゴロとしていた
「あ、おかえり!ってどうしたの?そんなにげっそりとした顔しちゃって」
「いや、色々あった」
「ふーん?」
俺が答えるとヘレナは気の抜けた声をあげて枕を抱えてベッドに座った
「俺たちが次にする事はヒューズとか言う胡散臭い男の素性を調べる事だ」
「そのヒューズってのは誰なの?」
ルイスは席に座ってこの街の地図を広げていた
「どうやら俺の父のフランツの盟友らしくてな。首都までの抜け道を教えてくれるそうだ」
「ふーん、そんなに胡散臭いんだ」
ヘレナはクスクスと笑ってベッドに寝転んだ
ルイスはそれを横目に地図を指差した
「俺はひとまず表通りを調べる。ヘレナは酒場や人の集まる所で聞き込みだ。ルークは裏の歓楽街を調べてくれ」
「俺が歓楽街!?」
俺が声を上げるとルイスは深く頷いた
「俺やヘレナが行くと要らぬいざこざを起こす事になってしまう。小柄で色街にいても下働きと勘違いしてもらえるだろう」
ルイスのいう事は確かに一理ある。俺以外に歓楽街を探索できる者はいないだろう
「わかった。明日はそれで動く」
「じゃ、今日はもう寝ようか」
そう言って俺たちは明日の動きを決めて寝床についた
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