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厳しい秘書の登場です

短いです

けれど、悪夢はちっとも冷める気配を見せなかった。


「どういうこと!?」


次の日、水を飲みに出たところを強引に引き止められた紗枝に、衝撃的な事実が告げられた。


「お前の家の借金は、俺が全額清算してやったって言っている。まあ、もちろん違法利子分は値引きさせたが。だからお前が借金を返す相手は俺になったということだ」

「なんでそんな勝手に・・・大体あんな大金すぐに用意できるわけない!」

「金っていうのはあるとこにはあるもんなんだよ。感謝こそすれ非難されるいわれはないつもりだがな。無利子無期限だぞ。あんな悪徳金融よりよほどマシだと思うが?」

「・・・あなた、本家って呼ばれてた・・・、あいつらより偉い、上のやくざなんでしょ?結局、返済が滞ったら同じことの繰り返しになるだけじゃない。ううん、力を持つ相手になれば、より残酷に、それが許されるようになるだけじゃない。まして、ヒトですらない・・・いくらでも私なんか、簡単に・・・どうしてそれがマシだって思えるの?」


キッとにらみつける紗枝に、社は瞳を歪めた。


「ずいぶん疑り深いな。こんなガキから搾り取る趣味はないぞ。大体お前は誤解しているかもしれないが、俺は金融屋じゃねえからそんなことで金儲けしようなんて考えてない」

「うそ。じゃあ、なんでお金を貸してくれるの?・・・親切心なんてふざけたことを言わないでね。到底信じられないから」

「・・・・どうしてだ?」

「何が?」

「どうしてそんなに人を信用できない?他意はないと言っただろう」

「・・・・・・・・・・妖のやくざなんて、信用できるわけがない」


紗枝はぼそりと呟いた。声が小さくなってしまったのは、昨日も似たような言い回しをして社が突如変貌したからだ。けれど、これは偽らざる紗枝の本心だった。

社は今日は黙って何も言わなかった。

そうなれば今度は沈黙が重い。苦しい気持ちになって、紗枝はつい言い訳めいた言葉を続けていた。


「だって・・・、最初お金を借りたときだって・・・それは、銀行の、人だったけど。お母さんが死んじゃって気が弱ってるときに、すごく親切にしてくれて・・・、いろいろ物入りだろうからっていい条件で貸してくれて、そのうちに土地を買うのがいいって、すごく薦めて、お金も・・・大丈夫なようにローン組んだからって、そう言って貸してくれて・・・」


だが、その組み方はめちゃくちゃだった。確かに最初の数年はよかったのだが、途中で金利が変動するために、あるときから突然返済額が跳ね上がったのだ。


「返せなくなったら、借り換えしろって・・・その銀行の人が、薦めたのが、この間のあいつらの金融会社で・・・そうしないとすぐに破産しかないって。お母さんのお店も手放すしかないって・・・そんなのお父さんも私も嫌だったし、最初は違法利息じゃなくって、書類もちゃんとしてたし・・・。返済も待ってくれるからって、親切そうだった。でも、どうしてか、いつの間にか金利がすごく高くなっていて、そ、そういう約束だって・・・。元の借金は全く減らないし、利息はどんどん膨らむし、どうしていいかわからなくなって・・・土地を渡せ、出てけって・・・」


あとから知ったことだったが、あの銀行員は金融業者と通じていて、最初から借り換えをさせるように仕組んでいたようだ。もうその人物は姿を消してしまっている。


「だから、親切なんて信じられるわけないじゃない・・・っ!」

「・・・まあ、そんな目に合えばわからんでもないな」


ふと社の声音が高圧的なものから変化した。どことなくあきらめたようなものに。

視線を上げれば、社は苦く唇を持ち上げた。


「納得できないのなら教えておいてやるよ」 


そしてカバンから一枚の紙を取り出す。契約書、と書かれた書類の下に、父親の名前と印がある。紗枝はぎょっとしてそれを奪おうとした。そういった名のものにはろくな思いをしていないから。

けれどすぐに社に高い位置まで持ち上げられ、手が届かなくなる。

「破られたらたまったもんじゃないからな」

「お父さんに何させたのっ?」

「別に。ただ、無利子で借金の肩代わりしてもらうのはあまりに心苦しいから、せめて店を抵当に入れてくれ、と言われただけだ」

「お店・・・を・・・?」

「最初は断ったんだがな。どうしても、というものだから、了承しておいた」

「うそつきっ!!」


紗枝は思い切り社をにらみつけた。


「あんたが、無理やりお父さんに判子を押させたに決まってる!お父さんがお店を手放すなんていうもんかっ!」

「手放す、とは言っていない。抵当に入れると言っただけだ。お前らがちゃんと金を返せば、店も土地もお前らのものだ」

「そう言って、お店を取るつもりなんでしょう?!返してよ!返せ!そんなの、許さないから!!」


紗枝は必死になって社に殴りかかろうとした。けれど、片手であっさりと両手首をまとめられる。


「落ち着け」

「嫌だ!あそこはお母さんの思い出が・・・たくさん、あるんだからっ!絶対に、絶対に、あんたなんかに渡さないんだから!」

「だから、奪るなんて言ってないだろうが。形式上のもんだ」

「嘘だ!そうやってお父さんを騙したんだっ!お父さんは今まで一度もお店を、あの家を売ろうとなんてしなかった!あんたが騙したに決まってる!それとも脅したのっ!?」

「紗枝・・・」

「そうだよね、あんたたちはそれが得意だもんね。でも、絶対許さないから」


精一杯、瞳に力を込めた。憎悪という力を。


「絶対に、許さない!」

「・・・そう思っていたいのなら思っていればいい。所詮、お前は無力な子供だ」


社はふっと息をつくと、投げやりな口調で言い返してきた。


「お前がなんと言おうと、お前の親父とはもう交渉が成立している。お前がしばらくここに住むってことも込みでな」

「は・・・?」

「あの家に一人でいるのは危ないから、だとよ。ということで、今日からお前の家はここだ」


がん、と頭を殴られたような衝撃があった。


「なんでお父さんがそんなこと!」

「可愛い一人娘が心配だったんだろう。これで安心して眠れる、と言っていた。お前の強がりはから回っていたみたいだな」


しっかりお店を守って、お父さんを安心させてあげたい。そんな紗枝の気持ちを知っている社ゆえの揶揄。かっと頭に血が上った。馬鹿にされた気がしたのだ。


「うるさい!あんたのところにいるほうがよっぽど安心できないのに・・・なんでお父さんは分かってくれないの?」

「膨れ上がっていた借金を肩代わりしてやったんだ。信用を得るのは当然だろ」

「騙したくせに!」

「・・・人聞きの悪い」


社は目を伏せて、どうでもよさそうな音で呟いた。

もう、紗枝に何を言っても無駄だと思ったのだろうか。

簡単にあきらめ、興味を失う様がますます紗枝の不審をあおる。

彼は紗枝の手を離して、手の中の書類を畳んでポケットにしまった。それを紗枝は奪い取ろうとしたが、あっさりと避けられてしまう。

つんのめった紗枝を後ろから支えながら、社は業務連絡のように言った。


「お前の荷物がもう少ししたら届く。客間は好きなようにしていいから、好きなところに置いてもらえ。そのついでに部屋の鍵もつけてやる」

「離してよ!触らないで!」


それが紗枝など意にも返していないようで、むかついた。


「・・・敬語はもうやめたのか」


そういえば、今日は怒りに任せて敬語を使うのを忘れていたことに、指摘されて気がついた。だが、それを今更改めるつもりもない。


「あんたにはそんな価値がない」

「あんた、ね」

「気に入らない?それなら追い出せば?それで、もう関わらないで」

「逆だ。気に入ったんだ」

「・・・・え?」


暴言を吐いた自覚がある紗枝は、その言葉にきょとんと目を見開いた。


「敬語っていうのはどうも好きじゃなくてな。近い人間なら特に」

「あ、あんたと私は近くないっ!」

「これから同居人になるんだろう。いちいちそう目くじらを立てるな」


何故この男は鷹揚としているのだろう。直情的かと思えばそうではなく、むしろ今は紗枝の反応を楽しんでいるようにも見える。


「そんなの私は認めてない!」

「そうだな」

「あんたのことも許さないし」

「らしいな」


何を言っても無駄だと気がついた紗枝は、そこで黙り込んだ。

蒜生社という人間がまったくつかめない。

何を思っているのかちっとも分からない。


(分からなくていい。だってこの人は、敵だから)


そう考え、一瞬つきん、とかすかに胸が痛んだ。きっとそれは何もしらなかった頃の思い出のせいだ。それに紗枝は蓋をした。

もう、心を許すことなんてないのだから、と。

そうして社が用意してくれる食事に手をつけず、丸1日。ペットボトルの水だけは確保して、部屋にこもりきりの紗枝に、彼は何度も声をかけてきた。

その都度、紗枝は扉の前に家具をひきずり、バリケードにした。

今は、棚にもなるテレビ台とローテーブル、椅子、本棚がどっさりと扉の前に並んでいる。

お腹がすいたのに負けて自分が出ていかないように、という戒めにもなる。

さすがに水ばかりでは、お腹のあたりがからっぽのような、独特の感覚がついて回るようになった。はあ・・・と紗枝はため息をつく。

なんでこんなことに、と本当に何度目かわからないくらいに思った。

そのとき。

遠くでドアを開閉する音が耳に届いた。

重い音は、玄関の扉だ。

社が出かけたのだろうか。

昨日は一日中、彼の気配は家の中にあったのに。


(何か、電話していたみたいだったし・・・会社、かな?)


そういえば昨日も平日だったのに、会社はどうしたのだろう。


紗枝はしばらく今の体勢のまま動かなかったけれど、数十分経ってようやく動き始めた。

バリケードを移動させ、つけたきり閉めっぱなしにしていた鍵を開ける。

少しだけ扉を開いてリビングを伺えば誰もいない。

部屋から出てみても、家の中に社がいる様子はなかった。


「・・・お父さんのところに行こう」


紗枝は決意した。

頭ごなしに命令されて冗談ではない。

父に状況を話して、彼と手を切るように言わなくては。

紗枝はもう一度注意深く人の気配をさぐり、ようやく玄関の扉に手をかけた。廊下にも誰もいない。

ほっと息を吐いて、外へ出た。そして急いでエレベーターに向かう。

社が戻ってくる前に、ここから離れなければならないと必死だった。だが。


(開かない・・・!)


ボタンを押しても、エレベーターが反応する様子はなかった。反対側の非常口も鍵がかかっているようでちっとも開かない。

そもそも窓から見える景色が高すぎて、たとえ開いていたとしても階段でおりるのはどれぐらいかかるか知れなかったのだけれど。

もう一度紗枝は、エレベーターのボタンを強く押してみた。やはり、光ることはない。

何度押しても、連打してもそれは変わらない。


「なんで・・・!?なんで開かないの?」


苛立った言葉が紗枝の口から出たときだった。

突然、軽やかな到着音とともに、エレベーターが開いた。社が戻ってきたのか、と紗枝は顔を青ざめさせる。逃げるな、ときつく言い含められたことが頭をよぎった。


「おや。噂どおり躾の悪いペットですね」

「な・・・!」


現れたのは、社ではなく、紗枝とそう背丈の変わらない男性だった。

やたらと綺麗な顔をしていて、細身のスーツを絶妙に着こなしている。

けれど、そんなことよりもぼそりと呟かれた言葉に紗枝は眉を寄せた。


(ペット・・・ってこの人・・・)


「このエレベーターは、カードキィがないと動きませんよ。外部からの侵入を防ぐためでしたが、人を閉じ込めるときにも便利ですね」


一石二鳥とはこのことですね、と表情をまるで動かさずに言う彼は、まるでアンドロイドのようだった。

だが、彼がエレベーターから降りたとき、紗枝ははっとしてその横をすり抜けようとした。

今なら降りられる。外に出られるはずだった。

しかし、紗枝からは死角になっていたのだが、エレベーターの操作板の前にも人がいたらしく、あっさりとその人物につかまった。

細身の彼とは違う、頑強とした黒いスーツの男だった。


「離して・・・!」

「本当に、なっていない。逃げられないと、言われてませんか?」


誰に、とは言われなくても明らかだった。


「家に、帰るの。父に会いにいくのよ。それのどこがいけないのっ?」

「嗚呼・・・確かにこのペットを残して出かけるのは心配でしょうね。あの人も」

「さっきからペット、ペットって・・・!ふざけないで!」

「ふざけてなどいませんよ。事実を言ったまでです。まったく、社長の酔狂には迷惑をかけられまくりだ」


やれやれ、と彼は大きくため息をつく。

いちいち勘に触るが、それよりも紗枝には気になったことがあった。


「・・・社長?誰が?」

「おや、知らないのですか?東征建設社長、蒜生社ですよ。僕はその秘書の相模玲人(さがみれいと)。よろしくしたいわけでも、君に興味があるわけでもありませんが、一応お見知りおきを。毎回自己紹介するのは面倒くさいですから」

「こ、こっちだって、あんたなんかとよろしくしたくないわよ!」

「それはよかった。わめくしか能のないガキに懐かれるのは真っ平御免ですから」


にこっと、ここにきて初めて玲人が笑った。

綺麗な顔なのに、やたらと邪気に満ちているように見えるのは気のせいではあるまい。

よくわからないが、紗枝は玲人に嫌われているようだった。初対面の相手に、それを明らかに示されるとそれはそれでむかつく。


「・・・私、あなたになにかしましたっけ?」


とげとげしく尋ねた紗枝に、玲人は笑みを絶やさずにさらりと答えた。


「いえ。直接は何もしてませんが、君の存在は迷惑きわまりないんですよ。君のせいで、どこぞのボケ社長が仕事をしやがらないから」

「へ・・・?」


(何か、いま、顔に似合わない暴言を聞いたような・・・)


「まあ、立ち話もなんですから部屋に入りましょう。社長から預り物もありますし」

「ちょ、ちょっと・・・!」


玲人が歩き出すと、無言で紗枝の腕をつかんでいた黒い男も紗枝を引きずったまま歩き出した。

逃げるチャンスはもう費えて、紗枝は元の牢獄に連れ戻された。


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