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「誠実ねえ・・・お前が何をもってそれを言ってるのだかわからんが、気がつかないならお前は本当に鈍いよな」

「鈍くないっ!」

「鈍い。よく考えてみろよ。あの用意周到な社がそんな思いつきだけで、指輪なんて束縛しいもの贈るわけねえだろうが。しかも左の薬指だぜ。親に見つかったら、何て説明すんだよ」


確かに、紗枝は祭の家に半分住んでいるが、それはあくまでも社が借金を清算してくれて、この土地のオーナーであることから、せめてもお礼に引き続き家事一般をやらせてもらっている、とかいう理由をつけていたはずだ(紗枝からはそうやって聞いている)。

そうでなければ、なかなか娘を一人暮らしの男の家に通わせたりしないだろう。

そりゃあ、うすうすは理解しているのかもしれないけれど。


「あ、それは大丈夫ですよ。社さんがお父さんに挨拶に来てくれたので」


うろんげな目つきになった瑠璃に、紗枝はあっさりと言った。驚いて視線を上げれば、彼女は何の含みもなくにこにこと笑っている。


「社さんとのことはちゃんとお父さんも知ってます。ちょっと驚いていたみたいですけど、社さんだったら安心できるって。むしろ本当にいいのかって恐縮していました」


当然の反応ですよね、と言う紗枝に、なんとつっこんでよいかわからない。

すると、祭がそれみたことかと肩をすくめた。


「親にまで挨拶したなら、そりゃもう偽装でもなんでもねえじゃねえか。苦し紛れの言い訳しねえで、大人しく結婚の約束したって言えよ」

「け・・・っ?してませんってば!だって・・・社さんはこれは違うから、って言ってました」

「あ?」

「え?違うの?社ってやっぱり何考えてるか分からないわね」


全面的に祭の見解に賛成だった瑠璃は、腕を組んで眉をよせる。さらに、隣にいる祭に向かって「付き合ってるのに、失礼な言い草よね」と口を尖らせた。

すると、社を非難されたと知った紗枝が強く首を振ったのだ。

「違うってば。そうじゃなくて、その・・・これは急拵えだからって」


正確には、今は急ごしらえだからありきたりのものだけど、落ち着いたら、こんな安物じゃなくてもっとまともな指輪をやる、と言われた。

安物と言い張る品物には到底みえず、怖いから値段も聞いていないけれど、紗枝には手が出ない品であることは、綺麗な白銀の光が証明している。


「んだよ、結局ノロケじゃねーか」

「ちがいます!」


呆れ果てたと言わんばかりの祭に、紗枝が頬を染めて強く首を振った。

それを見ていた瑠璃はなんだか面白くない気持ちになってくる。


「紗枝ばっかりずるい」

「は?」

「瑠璃ちゃん?」


ぽつりと口を付いて出た言葉に、自分が抱えているもやもやの正体を知った。


「ずるい!私だって、指輪くらい欲しい!」


不審そうな顔をする二人に向かって、瑠璃はお得意の駄々をこねだした。


「何で紗枝は指輪もらえて、私は何ももらえないの?」

「そりゃ、紗枝が付き合ってんのが俺じゃなくて社だからだろ」

「じゃあ何で祭は何もくれないのよ。社はくれるのに!」

「何でっつったってな・・・」

「何で?晴れて婚約に至ったんじゃないの、私たち」

「だから、その話はお前が高校出てからだって決まっただろ。それに、指輪なんてガキには無用の長物だ」

「そんなことないもん!彼氏にもらって指輪つけてる高校生はたくさんいるのよ。なによ、固いことばっか言って。祭ってやっぱおじさんよね」

「・・・んだと、コラ」

「るっ、瑠璃ちゃん!祭さんも落ち着いて」


ぴしりと青筋を立てた祭と、腕を組んでそっぽを向いた瑠璃との間に紗枝は慌てて仲裁に入ろうとした。けれど、瑠璃の不満は止まらない。


「祭のことだから、この先何があるかわかんないって思って、くれないんでしょ?まだ卒業まで1年近くもあるから無駄になるかもしれないって思ってるんでしょ?祭の馬鹿!」

「馬鹿はお前だ。つまんねーこと言ってんじゃねえよ」

「つまらなくない!約束破る上、指輪一つ買ってくれない彼氏なんてサイテー!」

「指輪指輪ってうるせえな。どうでもいいじゃねえか。どうせ紗枝が持ってるのがうらやましくなっただけで、実際は大して欲しくもねえんだろ。お前欲しいものなら何でもすぐ口にしてきたくせに」

「そ、れはっ」


図星である。

というか思い当たらなかったのだ、本日まで。

しかしそれを口にするのは負けた気がする。


「っ相変わらず女心がわかんない奴よね!指輪ってねだってもらうものじゃないのよ。相手から予想もしてなかったのに、突然プレゼントされて喜ぶものなのよ!」

「ほー」

「なにその反応!」

「いや、いま、散々お前欲しい欲しいってねだってんじゃねえかと思って」


咄嗟に返す言葉を失った。


「だ、だって!」

「祭さん、意地悪やめてあげたらどうです?」


見かねた紗枝が瑠璃の味方をした。やっぱり紗枝は王子様と思う。

瑠璃はひしっと紗枝に抱きつく。


「紗枝、大好き!やっぱり祭より紗枝の方がいい!!」

「えっ?」

「おいコラ」


またしても爆弾発言をする瑠璃を、祭が紗枝から引き剥がそうとする。それに対抗して瑠璃はぎゅううっと紗枝にしがみついた。


「おい、紗枝から離れてやれ」

「祭がひっぱるから悪いんでしょ!」

「お前が手を離せば済む話だろ」

「やだ!」

「あの、く、くるしいんですが」


本気で紗枝がギブアップをかけようとしたタイミングで、さすがに瑠璃も反省をして手を離した。

その勢い余って祭にドンとぶつかる。

多分に自分のせいであったが「何するのよっ」と噛み付くのが瑠璃である。

祭は気にした様子もなく、瑠璃をひょいと小脇にかかえあげた。


「ったく、うるせえなあ」


そのことにギャアギャアと騒いだ瑠璃の口は物理的に塞がれた。

驚きに目を見開く瑠璃に対して、祭は落ち着き払った態度で瑠璃の唇を味わいつづける。

キスが上手いのはずるいと思う。

紗枝がいるのに、とか、こんなことでごまかされないとか、そういう気持ちが薄らいでしまうから。


「ほら、さっさと行くぞ。紗枝、邪魔したな」

「え、ええと、はい。あの、お気をつけて」


うっかり魂が抜けかけた瑠璃と同様、はにかむ紗枝の顔は赤い。

紗枝の性格だったら、直視していたということはないのだろうが、目の前でキスシーンなんか始められて照れないわけがないだろう。

連鎖してさらに赤くなった瑠璃は、顔を上げられなくなり、祭にかかえられたまま、彼の胸を拳でボスボスと殴った。

その攻撃も子猫にひっかかれたとくらいに鷹揚に受け止める祭はにやにやと楽しそうに笑っていた。


だが。

どさり、と奥の倉庫がある側から変な音が聞こえてきて、3人は一斉にそちらを振り返った。


「お・・・っ、お父さん!?」


紗枝がひどく驚いたというか、焦った声を上げた。


「紗枝・・・ちょっと待て。これはどういうことだ?社くん?その髪・・・いや、その女性は?」

「違うの!この人は社さんじゃないの!誤解しないで!」


社が双子だと知らない父の勘違いに紗枝は慌てふためく。

瑠璃もさすがにまずいと思い、祭から急いで離れようとする。


「誤解って、この状況で誤解するなというほうが無理だろう。一体どういう・・・」

「この状況もあの状況もないから!お父さん、よく聞いて。この人は社さんじゃなくて、社さんのおと・・・」

「どうも、お父さん」


しかし、必死に説明をしようとする紗枝を遮って、何故かやたらと笑顔で祭が挨拶をした。

確かに祭も前に紗枝の父に会ったことがある。けれど、そこはのんびりと挨拶をしている場合ではないだろう。どうせだったら、そこではっきり自己紹介をしてくれ、というのが紗枝の心の叫びである。


「社くん、これはどういうことだい?その人は?」

「こいつですか?こいつは一応俺の婚約者ですよ。次期ですけど」

「祭!?」

「祭さん!?」


何を言い出すんだと祭を呼ぶ瑠璃と紗枝。

店内は一気に険悪なムードになった。


「祭!何言い出すの?!紗枝のお父様、固まってるわよ!」

「何って、事実を言っただけだろう?」

「祭さん!悪ふざけも大概にしてくださいっ!お父さん、お父さんってば。違うからね?ちゃんと話を聞いて」

「祭!紗枝とお父様に謝りなさいよ!」


瑠璃まで泡を食って祭にそう厳しく言うと、彼は何故か楽しそうな表情のまま、紗枝の肩をつかんだ。そして、眉を下げて半分涙目の紗枝の顎に指をかけ、ちゅっと頬にキスをする。


「~~~~!!?」


声にならない悲鳴を上げた紗枝に、祭は社とよく似た、しかし、悪魔のような笑みを浮かべた。


「じゃあ、またな。今日はこいつのことで面倒かけたな」


紗枝はぱくぱくと口を無意味に動かす。

祭は、彼の思いがけない行動に驚きとショックで固まっている瑠璃の肩を抱いて、平然と店から出て行った。


「お、お父さん!大丈夫?!お父さん!もう、祭さんの意地悪――ッ!」


からん、という軽やかな鈴の音の後、紗枝の悲痛な叫び声が聞こえてきた。


「ちょ、ちょっと祭!紗枝、大変なことになってるわよ!いいの!?」


自分の着ていたジャケットを瑠璃に頭から着せかけながら、雨の中を歩く祭に瑠璃は戸惑いと非難の目を向ける。

紗枝の頬にふざけてキスをしたことに腹を立てるよりも紗枝が心底気の毒だった。

瑠璃が説明をしてあげたくても、祭にがっちりつかまれているから戻れないのだ。

少しすると、祭の部下が二人に傘を持ってきて、すぐに車が横脇に寄ってきた。

そこに押し込まれた瑠璃は、完全に弁明のチャンスを失った。


「ねえ・・・紗枝が可哀想よ」


濡れた髪や服をタオルでぬぐっている祭が戻る気がないことを良く分かっている瑠璃は、それでも非難を続けた。


「何も悪いこと言ってねえだろ。ちょっとした人違いなんだし、すぐに誤解も解けるだろうよ」

「そうかもしれないけど。でも、あんなことして・・・紗枝に嫌われてもしらないわよ」

「紗枝はお人よしだから、これくらいで嫌ったりしねえよ。安心しな」

「それより、社が怒るわ」


社の名前を出した瞬間の表情を、瑠璃はしばらく忘れないだろう。

なにせ、祭は今までで一番と言っていいほど楽しそうに笑ったからだ。


「だからおもしれえんじゃねえか。あいつが困るのなんて滅多に拝めねえしな」

「・・・・とんだブラコンね」


ぽそっと呟いた言葉は、幸いにも祭の耳に届かなかったようだ。

本当に祭は社にちょっかいをかけるのが大好きらしい。


「それより、だ」


やれやれと窓の外を見ていた瑠璃は、突然ぽいと渡された雑誌に視線を向けた。


「その中から選べ」

「・・・何を?」

「今からじゃ遠出できねえが、お前の見たがってた夜景くらい何とかなるだろ。さっさと決めろよ。途中でどっかの店で着替えるんだからよ」


その雑誌の見出しには、夜景の見えるレストラン特集、との文字が躍っていた。

今度は祭が頬杖をついて窓の方へ視線を流した。それが照れ隠しだと分かって、瑠璃は真ん丸くしていた目を次第に和ませる。


「祭!」

「・・・っ、んだよ。馬鹿、濡れるぞ」

「着替えるんでしょ?だったら別にいいわよ」


押しのけようとする祭に負けじと、腕にぎゅっとしがみついていると、やがて祭の方があきらめた。


「えへへ、ありがとう、祭」

「別に。お前が大人しく本家にいたら港の方まで行かされてたからな、かえってよかった」

「もう、素直じゃないの」


せっかく感謝をしても憎まれ口しか返してこない祭に、瑠璃は頬をふくらませたが、やっぱり嬉しくて猫のように祭の腕に擦り寄っていた。


「祭って案外、理想の彼氏かも」

「案外ってなんだ、案外って」

「だっていつもは優しくないもの。でもお願いはちゃんと叶えてくれようとするから」

「・・・・叶えないとお前がうるせえからだろ。わがままの塊のくせして」

「ほんっと素直じゃない。褒めてあげてるのに」

「お前に褒められても」

「もう!」


ぷいとそっぽを向いた祭を、瑠璃は彼の足に手で乗り上げる形で追った。

そして、外の車のヘッドライトに照らされている祭の頬に唇をくっつける。

唇同士が触れたときの柔らかさではなく、少し硬さ感じた。


「意地っ張りな祭にお礼してあげる」


にこっと皆から愛らしいと評判の笑顔を向けると、驚いて振り返った祭は何故かむっと黙り込んだ。

そして瑠璃の顔を押しのけるように、その大きな手のひらで覆ってしまう。


「ちょ・・・なによ!」

「ガキのくせに生意気だ」

「なによ、せっかく・・・」


文句を言いかけた瑠璃は、しかし、平静な声を保っている祭の耳が少し赤くなっているのに気が付いて、それを飲みこんだ。

ここで指摘するのも面白いと思ったが、逆切れされそうなので賢明にもやめた。

それだけ、瑠璃にも余裕ができたということだろうか。


(祭って、案外照れ屋?)


よくよく考えてみれば、祭が瑠璃をからかうというか茶化すのは、大概瑠璃が素直に祭を好きだと示したときの気がする。

つまり、それにどう反応していいのかわからないから、意地悪をしてごまかしてしまうのだ。


(何でもできるって思っていたけど、結構可愛いところもあるのね)


しかも、子供っぽい意地悪をする相手は(社をのぞいて)瑠璃だけだ。

それだけ、瑠璃に心を許してくれているのだろう。そう思うと、くすぐったいような気持ちになって、笑えてしまった。


「何だよ、気持ち悪い」

「ううんー、別に。さ、どこにしようかな」


訝しげな視線を向けてきた祭だったが、瑠璃はその笑顔のまま雑誌を開いてごまかした。


「せっかくだから、うんと高価いところにする」

「・・・まあ、別にいいけどよ」


ふぅ、とため息を付いた祭を、雑誌の影から盗み見て、瑠璃はさらに笑みを深くした。


(祭って、私のこと思っていたよりも好きでいてくれているのかも)


だから逃げようとしたり、照れたり、意地悪したり。

知ってしまえば祭の行動は、全部嬉しく感じる。

よかった、と瑠璃は思った。

あきらめないでよかった。ずっとずっと好きでいてよかった。

最後に手に入れることができたから。

これから先もきっといろいろなことがあるだろうけれど、あきらめない。幸せになりたい、じゃない。幸せになる。いつでも最高の結末を、引き寄せ続けてみせる。

祭と一緒にいるために。


*おまけ*


『てめえ、ふざけんなっ!!』


怒鳴りつけられるのを予期していた祭が耳から話していた携帯から、怒鳴り声が響いた。


「なんだよ、開口一番に。うるせえな」


しかし、祭はといえば、にやにやと笑いながらそ知らぬ風を装うのだ。

向かいで食事をしていた瑠璃は「うわー」と他人事ながら顔をしかめる。


『何でかは分かってんだろ。二度と紗枝に近づくな』

「別に紗枝に近づきたかったわけじゃねえよ。うちのお姫様を迎えに行っただけだろ」

『瑠璃にも伝えろ。紗枝に関わるなと』

「そりゃ無理じゃねえ?紗枝と瑠璃はオトモダチなんだとよ」

『何が友達だ。迷惑しかかけてこねえくせに』

「狭え奴だな。紗枝の交友関係に口出しするのはやめてやれよ。あんま介入されんの、息苦しいだろ。お前がそこまで独占欲が強い奴とは思わなかったぜ」

『くだらねえことを言う暇があったら、そのクソガキをちゃんとしつけておけ。それでてめえは二度と来るな!』

「本当に余裕ねえなあ、お前らしく・・・、チッ、切りやがった」


ブチっと切れた音を聞き、祭は心底つまらなそうに携帯をしまった。


「・・・祭、何でそう社に嫌われるようなことばっかりするのよ?」


けれど、くっくとすぐに笑い始め、機嫌よくお酒を飲んでいるのだ。

それ見て、瑠璃はいい加減気になったことを尋ねてみる。

祭が社を気に入っていることは分かっている。気に入っているレベルではなく、好きなのだろうと思う。きっと父親や叔父や慕っている部下よりも。


だから祭のやっていることは、子供っぽい愛情表現だろうと思うのだ。

けれど、絶対社には嫌われていると思う。


「社は他人に興味ない男だけど、紗枝に関してはまったく別よ。それをわざわざヤブをつつくみたいなことして・・・」

「逆だ。あいつが反応するのが面白いんだろ。何をしても取り澄ましてた奴がよ」

「だから嫌われるわよ」

「そんなもんとっくに嫌われてるに決まってるだろ。それでもあいつは何だかんだいって俺に甘いから」

「えー・・・?」

「ま、負い目もあるんだろうけどな」


その瞬間、祭の表情が少しだけ歪んだ。しかし、すぐにいつものにやり、とした顔に戻る。


「あいつな、昔から表情一つも変えねえつまんねえ奴だったわけだ。それを崩せるとあってはちょっかいかけたくなるのも当然だろう?」

「当然かしら・・・?」

「当然だっての。まあ、あんまり続けると本気でキレるからな。ほとぼりが冷めたころにまた何かやるか」

「・・・・・・・」


そう言う祭の顔はやんちゃな少年のようだ。


(ていうか、祭が一番好きなのは、社じゃないかしら?)


意外なライバルの登場に、瑠璃はむぅっと考え込んでしまった。

瑠璃の戦いはまだまだ続く・・・・のかもしれない。



FIN


ようやく完結になります。

ここまでお付き合いいただいてありがとうごさいました!


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