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◇
「・・・って言うのよ!ひどいと思わない?」
「でも、大事なお仕事だし、仕方がないんじゃないかな?」
「別に仕事を入れたことに文句を言っているんじゃないわ。約束を反故にしたくせに、ちっとも悪びれないのが許せないの!」
「うーん・・・、でも謝ってはくれたんでしょう?」
「謝ればいいって問題でもないわよ!それなりに反省の意をみせてくれないと」
「うぅーん、祭さんに反省って・・・」
すっかりさめてしまったお茶を片付け、新しい茶を淹れなおしながら、紗枝は苦笑を浮かべた。
ゴールデンウィークの真っ最中、瑠璃は紗枝の店に居座り、祭への愚痴をひたすら並べ立てていた。
近くにある私立中高生が客のほとんどである店は、今日はちらほらと小学生たちやカップルの姿が見られる程度だ。
祝日にこんなことで潰れるのではないかと世間知らずの瑠璃でさえ少し不安に思ったが、平日は学校帰りに学生たちが紗枝を目当てにくるのでかなり盛況らしい。
それに、天気や時間帯ごとにかなりばらつきがあるのだと紗枝に教えられた。
瑠璃としては、客が少ない分、紗枝と話していられてよいのだが。
「ま、いざとなったら社がなんとかしてくれるものね」
「瑠璃ちゃん?何か言った?」
「なんでもないわ」
儲けなくてもいいが、とにかく独立採算を目指している紗枝に、社にお金を出してもらえばいいとは、さすがに言えない。
その辺りの空気が読めるようになったのも、紗枝と付き合いはじめてからだった。
ラッピング用の飾りを器用に作っている紗枝をじっと見つめると、その視線に気がついた紗枝が首をかしげ、すぐ近くまで顔を寄せてきた。
一瞬たじろいでしまったのは、紗枝がカッコイイせいだ。凛々しくも甘くも見える顔立ちは、ジャ○ーズ系で間違いない。
むしろ、バックで踊っている名前も知らない彼らよりよっぽどか整っている。
いや、瑠璃の好みやその性格の良さを加味すれば、トップアイドルよりずっとカッコよくみえる。
整った顔は、化粧をしたら美人になるだろうなとも思うけれど。
「髪、やっぱりだいぶ短いね」
そんなことをぼんやりと考えていると、さらりと紗枝の指先が瑠璃のショートカットになってしまった髪に触れた。
もともと癖毛でやわらかい瑠璃の髪は、パーマをかけたように毛先が散ってしまっている。
「でも、ショートカットって一度やってみたかったのよ。これはこれで似合うでしょう?」
「うん、可愛いよ」
よしよしと頭を撫でられると、「当然!」と言おうとした口が止まってしまい、かあっと頬が熱くなった。
紗枝は不思議そうに、でも、そのままにこにこと笑っている。瑠璃は頬を手で押さえた。
(あー、もう、紗枝の笑顔って本当にどきどきするわ。顔だけなら、祭よりも好きかも)
祭も整った顔をしているが、いかんせんやはりやくざらしく、目つきがよくないし、迫力がある。そこをいくと紗枝は完全に王子様だった。しかもいつも穏やかで優しい。
「・・・紗枝が男だったら、祭と悩んでいたかも」
心の中で呟いただけだったはずが、しっかり口に出していたらしい。紗枝の顔に、苦笑が浮かんだ。
「私じゃ、祭さんにはまったく太刀打ちできないよ」
「そんなことはないわ。紗枝は優しいし、気が利くし。祭なんて、自分勝手で意地悪ばかりするの。せっかくおしゃれしても、可愛いって言ってくれないどころか、何も気がつかないのよ」
「でも、そんな祭さんが好きなんでしょう?」
「それは・・・」
「瑠璃ちゃんをたくさん嬉しくさせたり、悔しくさせたりするのは祭さんだけでしょう?」
「・・・・・・」
「私は、二人はとってもお似合いだと思うよ」
黙りこんだ瑠璃の頭に手を置いたまま、紗枝がおっとりといた声で言った。
「ね、そんなに怒らないでいてあげたら?確かに約束していたところに行けなかったのは悲しいと思うけど、きっと祭さんも残念に思っていると思うよ。瑠璃ちゃんを喜ばせることができなかったから。だからたまには、瑠璃ちゃんから許してあげてみたらどうかな。祭さん、忙しかったのにどうにか瑠璃ちゃんのためにしてあげようとしていたんでしょう?瑠璃ちゃんが許してくれたら祭さんも嬉しいと思うな」
「・・・・不思議ね」
「え?」
「紗枝の言葉は腹が立たないわ。そうなのかなって素直に納得できるの。催眠術みたい」
催眠術という表現はよくないが、紗枝の言葉ならば従う気になれるのだ。
いつも瑠璃の話をちゃんと聞いていてくれるからだろう。
「仕方ないわね、今回は許してあげてもいいかしら」
「さすが、偉い」
不遜な態度ではあるが頷くと、くりくりと紗枝がほめるように頭を撫でてきた。
「やだ、子供扱いしないでよ。2歳しか違わないわよ」
「あっ、ごめんね。でも瑠璃ちゃんが可愛いから、つい」
天性のタラシかしら、と思う台詞をこぼした紗枝は、ぱっと瑠璃から手を離した。
そのとき、ふと紗枝の左手に光るものを見つけた。
「・・・あれ、紗枝?それ・・・」
「え?あ・・・っ、ここここれは・・・!」
左の薬指にはめられていたのは、石のはめこみすらないシンプルな指輪だった。
瑠璃はとっさに隠そうとした紗枝の手を掴み、まじまじと見つめる。滑らかな白っぽい輝きを見せるのはプラチナだろう。いいものを幼いころから見続けている瑠璃は、それが紗枝の店でも売っている銀製品ではなく、高価な品物であることをすぐに見抜いた。
「社にもらったの?」
「え、ええーっと、これは・・・その・・・・ね」
珍しく紗枝が焦っている。
ごまかすのが苦手なのか、顔が真っ赤で、視線もうろうろと定まっていなかった。
(可愛いっていう言葉、そのまま紗枝に返してあげるわよ)
普段の落ち着きようとのギャップが大きい分、なんだかきゅんとなってしまう。
そりゃ社もまいるわね、と思いながら、瑠璃は厳しく追及した。
「隠さなくてもいいじゃない。それ、社にもらったんでしょう?」
「る、瑠璃ちゃん・・・だから、これは・・・」
「いつもらったの?社は何て言った?恥ずかしがっていたかしら、あの冷血漢が」
「瑠璃ちゃん、社さんを何か誤解してるような・・・」
「誤解じゃないわよ。社が優しいのって紗枝に対してだけだもの。ねえ、それよりちゃんと答えてよ。プロポーズでもされた?」
「ち、違うよ!瑠璃ちゃんが思ってるような意味じゃないの!これはただ・・・」
「ただ?社にもらったことは認めるのよね?」
「え・・・っ」
しまった、という顔をする紗枝に、瑠璃は祭譲りのにやりとした笑みを浮かべる。
紗枝みたいな素直な人を相手にするのは、簡単だった。
「いいじゃない、隠し事はなしにしましょうよ。ねえ、それでそれで?」
「あ・・・あの、だから、瑠璃ちゃん・・・」
ずずいとせまった瑠璃に、紗枝が身を引いたときだった。
来客を告げるドアの鈴の音が、店内に響く。
紗枝が、明らかにほっとしてそちらを振り返った。一方の瑠璃はちっと舌打ちをして、紗枝から離れた。
「いらっしゃ・・・・、祭さん?」
だが、驚いた紗枝の言葉に、瑠璃もぎょっとして入り口を振り返った。
確かに、店の入り口に立っていたのは祭だった。
外は雨が降り出しているようで、彼の金髪や肩口が少し濡れていた。
「祭?なんでここに・・・。商談相手は?」
急な用事ができたと自分との約束を反故にして、出かけていったはずの彼が何故ここにいるのか。
呆然と尋ねると祭は大きなため息をついた。
「てめえの行くところなんて、実家かここくらいなもんだろう。ったく、本家で待ってろっつったのに」
「何よ、ちゃんとSPつけてるわよ」
「へ?」
SPなど寝耳に水だった紗枝が変な声を上げたが、瑠璃はそれは置いておいて祭に噛み付いた。
「大体、蒜木本家にいたって面白いことないもの。祭もおじ様もいないし。せっかくの休みなのに、そんなのつまらないじゃない。だったら、紗枝に会いに行こうと思ってなにが悪いのよ」
「お前、紗枝の迷惑も考えろよ。・・・一応やってんだろ、この店」
客が一人もいない状況を見て、さっくり失礼発言をした祭に、紗枝は若干意気消沈しながら答えた。
「や、やってます・・・一応。でも、別に今は忙しくないし、瑠璃ちゃんが来てもぜんぜん邪魔じゃないですよ。話し相手になってくれて助かりました」
「ほら見なさいよ」
「馬鹿、気ぃつかってるに決まってるだろ。大体、ここに出入りしていると社に怒られるぞ。目立つことするなってな」
「目立ってないわよ。私がこういうところに来て何の違和感があるっていうのよ。むしろ、ここになじんでないのは祭のほうじゃない」
瑠璃の言い分に、隣で紗枝がぷっと小さく吹き出した。
確かに、祭の容姿はファンシーショップからかなり浮いている。気を使ってスーツにカラーシャツとか、金ぴかのネックレスや時計とかを避け、無難に無地の白シャツと黒のスラックスのみにしたのだろうけれど、金色の髪や独特の雰囲気は隠せていない。
出会った始めの頃、社がかなり苦心して自身を目立たなくさせようとしていたことを思い出して、余計に笑えてしまった。
「・・・笑うな、紗枝」
「すみませ・・・、少しいろいろ思い出して・・・ふふっ」
「笑われたわね、祭」
瑠璃がふふん、と勝ち誇った顔をみせると、祭はさらにむっとしたらしい。嫌味な口調を瑠璃に返してきた。
「俺はどこかの誰かのように高級車で店の前に乗り付けるようなことはしてねえぜ。あんなもんあったら何事かと思うだろ」
「ちょ、ちょっと離れたところに停めさせているわよ!乗り付けてなんかいないわ」
「馬鹿か、この商店街にあんなでかい車が来たら、どこに行くのか注目されるに決まってるだろうが。あと、てめえの運転手はいつ呼ばれてもいいようにこの辺りをうろうろとしていたぞ」
「嘘!」
「しつけがなっちゃいねえな。忠告しといてやったんだ。感謝しろ」
形勢はすぐに逆転してしまった。
「てことで、お前の足はねえから、さっさとこっちに来い。帰るぞ」
忠告ついでに、車を帰してしまったと主張する祭に、瑠璃は呆気にとられたあと、頬を膨らませた。
「帰るって、勝手なこと言わないでよ。私、紗枝とまだ一緒にいたいわ」
「瑠璃ちゃん・・・」
隣にいる紗枝が、何を意地張ってるの・・・と言いたげな視線を向けたが、瑠璃はそれに気がつかないふりをした。
「祭が最初に約束を破ったんじゃない。なのに、今更現れて、命令しないでよね」
「駄々をこねるな」
「そういう言い方が気に食わないの!そっちが悪いんだから少しは下手に出るとかしてくれてもいいじゃない!」
先ほど紗枝の助言を受け入れるつもりだったことをすっかり忘れて、瑠璃は不満を爆発させた。
紗枝は手の平に額をうずめ、頭が痛そうにしている。
言葉にすれば「あちゃー」という感じだろう。
「大体、祭は私のこと邪険にしすぎよ。仕事なのはわかってるけど、もう少し大事にしてくれたっていいじゃない。少しは社を見習いなさいよ」
そう主張した瑠璃は、強引に紗枝の左手を引っ張って指輪を見せ付けるように、祭に向けた。
祭が驚いた表情を見せる。
「・・・なんだ、お前ら、結婚の約束でもしたのか?」
「ちちちちがいます!そんな大それた話じゃなくって・・・」
紗枝はぶんぶんぶんと千切れそうなほど首を振った。
けれど瑠璃は不満顔だ。
「別に大それた話じゃないでしょう?紗枝には少し早いかもだけれど、社にはちょうどいい頃だわ。祭、私の予想のが正しかったじゃない。祭ったらね、紗枝と社が別れることもあるかもって、この先どうなるかなんてわからない、ってひどいこと言ったのよ」
「う・・・それは嫌だけど」
「そうでしょう?祭は大概ひどいやつなのよ。予想が外れてざまあみろ、って言ってあげて」
「い、いや言えないよ・・・。あの・・・だからね、瑠璃ちゃん。そうならないように頑張りたいけど・・・でもね、これは本当に違うの。そんな、特別な意味があったわけじゃなくて・・・これは、ただ・・・えーっと、社さんのためっていうか・・・社さん、困っててね・・・」
あまり歯切れのよくない紗枝に代わり、その先の説明は祭が引き取った。
「ああ。そういや、何かあったな。どっかの会社の娘に見合い迫られたかなんだか」
「お見合い?!」
何よそれ、と怒った表情を浮かべる瑠璃を、当事者である紗枝の方がたしなめる。
「瑠璃ちゃん、瑠璃ちゃん、そんな怖い顔をしなくても大丈夫だよ。何も社さんが望んだわけじゃないし、大体その話、もうなくなったから。というか、強引になかったことにしてしまったって方があってるような・・・」
つまり、紗枝の説明によればこうだった。
どこかの取引先との関係で紹介を受けた娘さんに好かれて困っている。しかも、秘書である玲人は、機嫌を損ねないように2、3回付き合うくらいいじゃないかと言い張って、ちっとも役にたたないどころか、勝手にその親との会談を入れてくる。そんなもの娘連れてこられてくるに決まってるじゃねえか、ふざけんな、と面倒くささにキレた社は、だったら正式に何か言われる前に無理だってこと分からせる、との決意に至った。そもそも、年頃の娘がいる取引先や自分の会社、どこかの仕事相手などなど、いろいろ周りがうるさいことにいい加減うんざりしていたらしい。
それらをいちいち断ることも避けられ、角が立ちすぎない方法が、「もう決まった相手がいるから」と公表してしまうことだ、と社に言われたのだという。そして、指輪をしてたら言わなくても相手が勝手にわかるだろう、と。
「それで、自分だけするのは馬鹿みたいで嫌だからって、コレをくれたんです。だから、そんな・・・特に約束とかという意味では・・・」
「ええ~?何それ。社って、相変わらず無骨よね。女の子にとって指輪って特別な意味があることくらい分かるじゃない。そんな理由でもらっても嬉しくないに決まってるのに・・・」
ホント、空気読めない。
人ごとながらむうっと口を尖らせた瑠璃に対して、紗枝は首を振った。
「そんなことないよ!社さんがくれたものなら、どんなものでも嬉しいし大切にするよ!・・・・あ」
しかし、思い切り本心を暴露してしまった紗枝は、かああっとすぐに耳まで赤くする。素直な反応がほほえましくて、瑠璃は笑ってしまった。そして、ぎゅうっと紗枝の腕に抱きつく。
「もー、紗枝って可愛い!」
「か、可愛いって・・・瑠璃ちゃんに言われたくない・・・」
「紗枝は見た目カッコイイけど、性格が可愛いんだもの。もう本当にツボよ。やっぱり社にはもったいないわ」
学校にも紗枝がいてくれたらいいのに、と瑠璃はきらきらとした瞳を向けた。
そうしたらどれだけ毎日が楽しいだろう。
いや、唯がいてくれるのも、最近は楽しいと思うようになったけれど。
「確かに、お前にはないよなあ。その素直さは」
そんな高揚した気分だった瑠璃に突っ込んだのは、もちろん祭だ。
「ほら、手離してやれ。紗枝が困ってるぞ」
祭は、ごろごろと猫のように紗枝にじゃれている瑠璃の肩を引いた。
瑠璃は引っ張られる力に任せるまま、ととと・・・と後ろ向きに数歩下がる。
「何するの!」
その先の祭に背中をぶつけた瑠璃は、後ろを不満げに見上げた。
「大体なによ、私が素直じゃないって言いたいの?」
「ん?違うとでも言いたいのか?」
「失礼な!私だって本当は素直なのよ。それだけど、祭が、私が素直だと困るって言ったんじゃない。照れるから嫌だって」
「さあ、覚えがねえな。夢でもみたんじゃねえか?」
恥ずかしい秘密を暴露してやったと思うのに、祭はしれっとして妄想だと笑う。瑠璃は地団駄を踏んだ。
祭が冷静すぎて、これでは瑠璃の方を信じてもらえなさそうだ。現に紗枝は、瑠璃を微笑ましそうに見ている。
「もう!あんたたち兄弟って、どっちも最低!何で、彼女に対して誠実に対処にできないのかしら?」
悔し紛れにそんなことを言うと、祭が鼻で笑った。
長くなってしまったので分けます。夜に投稿予定。




