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「祭の馬鹿ッ!!」
そこまで耐えていた瑠璃は、ついに我慢ができずに叫んだ。ついでにつかつかと寄っていって、グーパンチをくれてやる。
「痛!な・・・にすんだっ!」
「祭が馬鹿だからよ!なにそれ、なにそれっ!格好つけてるつもり?言っとくけど、マジ迷惑っていうか、何様って感じなんですけどっ!」
「はぁっ?んだと、このガキ・・・っ」
「だってそうじゃない!何が幸せにする自信がないよ?別にあんたに幸せにしてもらわなくたって結構です!ていうか、祭ってちっとも私のことわかってないじゃない。私が幸せかどうかなんて、祭にわかるわけないじゃない。それなのに、偉そうなこと言わないでよ。私の幸せは私が決めるわ。それを、ぐちぐちぐちぐち・・・祭は男っぽいと思ってたけど、案外女々しいわね」
ふん、と鼻で笑ってやれば、祭の目つきが軽く据わった。
「人が気を遣ってやればその言い草か。お前は本当に人の神経を逆撫でする天才だな」
「気を遣ってもらわなくて結構って言いたいのよ。そもそも祭が気を遣えるなんて思ったことなんかないわ。人が必死で誘惑してやろうとしてたって無視した挙句、私の目の前で女と電話するっ!?それで、ほっぽりだしてどっかに行くってこと何回やったと思うのよ!こんな一応でも婚約者よ、婚約者!気を遣えるならせめて私のいないところでやりなさいよ!散々好き勝手女遊びしておいてその言い草にはむかつくったらないわ!」
「しかたねーだろ!お前何を言ってもあきらめねえし、しつけーし!ていうか、その頃は大して好きなんかじゃなかったんだよ。小生意気なガキくらいにしか思ってなかったんだよ。なんだよ、裏表がなくていいじゃねえか!」
「うっわー、そういう言い方する?しちゃう?それでよくもまあ、人の幸せ語っちゃえるわね」
「うっせえな!だから俺といたってろくなことにならねえって最初から言ってんだろ」
「うるさいのはどっちよ!どうだっていいわよ、そんなこと。私が祭を好きだって言ってるんだからそれでいいでしょ!私はあんたが私を好きになってくれればそれだけでいいのっ!」
胸倉掴んで、勢いよく揺さぶってやると、祭が絶句したのがわかった。
「ほら、またそういう顔する。やっぱり何もわかってないんじゃない。言っとくけど、片思い暦伊達じゃないのよ?あんたがこっち向くようにありとあらゆることやったのよ?今まで全部、あんたに好きだって言ってもらうためにやったのよ!幸せにする自信がないからなんて、わけの分からない理由で振られるためじゃないわ!」
瑠璃の剣幕に、祭は呆然としているようだった。
背後からは、ため息が聞こえてくる。喜一が肩をすくめていた。
「後は本人たちで好きにしなさい。・・・祭、お前も尻に敷かれるタイプだね」
彼はそう言い残して、部屋を出て行ってしまう。
残された瑠璃は次に何を言っていいのか分からなくなって、とりあえず祭の胸倉をもう一度揺さぶってやった。
「祭の馬鹿、鈍感、意気地なし、ろくでなし、女ったらし・・・えーっと後は・・・」
そのまま必死に悪口を考えていると、突然祭が腕をひっぱって抱きしめてきた。
「え・・・っ、ちょ・・・」
背の違いのせいで瑠璃はつま先立ちになり、ひどく苦しい体勢だ。
それを訴えようと顔を上げれば、唇に温かいものが触れた。
限界まで見開いた瞳に、さらりと金色の髪が映る。
そういえばこないだ暗い色に染めていたと思ったのに、大分色が落ちたんだなとかなりどうでもいいことを不意に思った。
「まつ・・・んっ」
呼びかけたはずの言葉が喉の奥に消える。
車の中でされたときよりもさらに一段階強く不躾で、それでいて深く長い口付けだった。
今度は酔っ払っていないはずなのに、くたりと体から力が抜ける。
それを支えた祭は、今度はそっと瑠璃を抱きしめた。
ただやはり体格差から瑠璃の負担になると考えたのか、そのまま畳の上に腰を下ろす。瑠璃は胡坐をかいた祭の膝の上にちょこんと乗る形になった。
「・・・う・・・なんか、いかがわしい」
「は?お前、実際は無経験の子供のくせして、妙な想像力だけはやたらあるな」
気恥ずかしさからその体勢に文句を言えば、心底呆れたといわんばかりの祭の声が頭上から降ってきた。
「心配しなくても、これ以上手はださねえよ」
「え?だ、出さないの?」
「どっちだ」
げんなりとして言う祭に、瑠璃はしどろもどろになった。
「そ・・・の、困るんだけど、全くだされないのも・・・また困るっているか・・・でも、やっぱここは困るっていうか・・・場所変えればいいわけじゃないけど・・・あ、そ、そう簡単にいいって言うのもなんか嫌よ?でも、じゃあいつならいいかって言われるとさらになんて言ったらいいか・・・」
「・・・・・・・落ち着け」
段々と何をいっているかわからなくなり収集が付かなくなっている瑠璃の頭を、祭がぽんぽんと叩いた。
「安心しろ。しばらくはしない」
「ええっ!じゃあどうするの!?やっぱり付き合う気ないとか今更言わないでよ!そしたら、家出してどこかの川に飛び込んでやる」
「重えよ、お前。だれが付き合わねえつったんだよ」
「だって、祭がしないっていうから・・・じゃあ、どうするのよ?」
「どうするって・・・お前、それ以外にも別にすることあんだろ。付き合うってのはよ。どっか行くとか、飯食うとか」
「・・・祭からそんなまともな言葉を聞く日がくるとは思ってなかったわ」
「てめえ・・・」
度重なる失礼な言い分に、祭はひくりとこめかみに怒りを浮かべた。
しかしここで怒っては負けだと、彼はふーっと大きく息をついてごまかす。
「俺は良識ある市民なんでな。お前まだ未成年だし、下手したらこっちが犯罪者だ」
「もう十分犯罪者な気もするけど?」
「・・・俺はヤクやってねえし売ってねえぞ」
「銃刀法違反と傷害罪はあると思う。あと恐喝?」
「・・・交渉の手段と正当防衛の結果だ」
しかし、瑠璃の舌好調は止まらず、舌打ちをした彼は苛立ちのまま瑠璃の頭を軽く叩いた。
「痛っ!なにするのよ!」
「生意気なんだよ、お前は」
「事実じゃない。事実指摘されて怒るなんて・・・」
「あー、うるせえうるせえ。分かった、ちゃんと言やいいんだろ。お前の兄貴が言ってたじゃねえか、本気で付き合うなら身辺整理してからにしろって」
「あ」
そういえば祭にはいろいろとあるのだった。いろいろと・・・。
思い出してむっと眉を寄せた瑠璃の眉間を祭が人差し指でぐりぐりと押した。
「しわ寄ってるぞ」
カチン。
「誰のせいだと思ってるの?」
その手を叩き落した瑠璃は、じろりと祭をにらむ。すると、悪びれた様子もなく祭は肩をすくめた。
「俺のせいだな」
「わかっていてその態度?」
「謝ったって仕方ねえだろ。それにこの間から大分片付けてあるしな、そう時間かかるもんでもねえよ。しかも、後腐れのない性格の奴ばっかりだし、そうでなくても、お前相手に喧嘩売る命知らずはいねえから安心してな。自分が消される方を怖がるだろうよ」
「・・・それじゃ私が何か悪の親玉みたくて嫌」
「似たようなもんだ」
「違うわよ!」
笑う祭にすかさず噛み付いてから、瑠璃はふとひっかかりを尋ねた。
「ところでどうして、この間から大分片付けたの?衣替えの季節?」
「お前は何気に人でなしなことを言うな。ちげえよ、何か、一気にむなしくなっただけだ」
「むなしく?何故?祭は女と遊ぶのが好きだって自分で言ってたじゃない」
「まあ・・・言ったが・・・」
そこで言いよどんで祭は瑠璃の鼻をぎゅっと摘んだ。その手をべちべちと殴ったら離してくれたけれど、鼻がなんか痛い。
「何すんのよ!」
「お前が好きなのかもって思ったから」
「は?」
「かも、っていうか、薄々分かってたんだが、認めたくなかったっていうのが正しいか。そんなことをいろいろ考えていたら、適当に女と遊ぶのも馬鹿馬鹿しくなった。片付けたら、何か分かる気がしたってものある。だから片付くまではお前に会わないようにしようかと思ってたら、またタイミング悪くお前は親父がいるときに来るし、こっちは気持ちの整理つかねえでイライラするし、俺だってごちゃごちゃだったんだよ。でもお前にあんなこと言ってからのほうが胸糞悪ぃしよ、その気分のまま話を切り出したら、何事も後腐れにこなしてきた俺が何回かビンタ張られたぜ」
「・・・・・っ」
正直な祭の言葉に、ぶわわわっと顔が熱くなった。
だったら、祭は瑠璃が原因になって周辺を片付けようとしていたということか。あの祭が、瑠璃に動かされているということ。
「瑠璃?お前顔が赤いぞ」
「きゃあっ!」
覗き込んできた祭に、動揺していた瑠璃は思わず頭突きをしてしまった。
「・・・んだ、てめえ!」
「だ、だって祭が急に顔を近づけるからでしょう!?」
「はあ?今まで散々迫ってきたくせに、何を今更」
「そうだけど!何か違うのよ!だってこんなに心臓がおかしくならなかったもの!」
よく考えず素直な心情を申告した瑠璃に、祭はぶっと思い切り噴き出した。
「何よ、何よなによっ!笑うなんて失礼だと思わないのっ!」
「いや・・・やっぱお前は飽きないな。下手な色気出すより、素直な方がよっぽどいいぜ」
「な・・・わ、わけのわからないことを言わないで」
「わからなくないだろ。俺に好きかもって言われて、しかも自分のために女整理してくれたのが照れくさくて、素直に喜べないで憎まれ口叩いているお前が可愛いって言ってやってんだよ」
にやり。いや、にたり?
とにかく、悪魔のように笑った祭はすべてわかっている上で瑠璃をからかっているのだ。
瑠璃はぱくぱくと口を動かすしかなかった。
「まったく、初心な奴。見てておもしれーけど」
「・・・さ、さ、サイテーッ!!」
好きだと言われたのに、負けた気がするのは何故だろうかと、叫びながら思った。
祭に好きになってもらえば、それで大満足になるはずだったのに。
却って口を尖らせた瑠璃は、彼にぷいと背中を向けたが、「あ、やべ」という呟きにすぐ振り返った。そして一気に血の気をひかせる。
「血、とまんねえなあ。畳はな・・・汚すのはまずい」
「きゃあ、ちょ、ちょっと・・・!止血止血!」
祭の手の平からど赤い血が流れ続けていた。
すっかり忘れていたけれど、結構深い傷だったはずだ。
とはいえ、あわてているのは瑠璃だけで本人はけろりとしている。絶対痛いと思うのに。
「おい、服汚れるぞ」
それどころか、瑠璃の服に血がついてしまうことを気にしているのだ。そんなの別にいい、と喚きながら、引き出しをひっくり返してようやく見つけたティッシュでとりあえず傷口を押さえ、制服のリボンで上から縛った。
「へたくそ」
その結び方がぐちゃぐちゃで、すぐ大量に重ねたティッシュがずれてしまう瑠璃に祭が笑う。
むっとしたが、とにかく先に誰かに救急箱でももらおうと思って立ち上がった。
ところが後ろから引っ張られて、今度は背中を向ける形で祭の膝に乗っかってしまう。
「ちょ・・・祭?!」
逃げられないよう腹に祭の腕が巻きついていて、瑠璃は慌てた。いつも追いかけてばかりだったのに、こうやってくっつかれると却って瑠璃のほうが落ち着かなくなってしまう。
「離してよ!手当てできる何かもらってくるから」
「いい。何を持ってきても、お前じゃどうせ今と大して変わらん」
「失礼な!ちゃんとできるわよ!」
「いいから、少し大人しくしてろ」
「大人しくって・・・だって祭、怪我・・・」
「なら、手ぇ貸せ。んで、ここ押さえてろ」
瑠璃の目の高さで前に回ってきた祭の腕のひじの辺りを、いわれるがままに押さえた。保健でやった止血法と似ていたので止血なのだろうと、瑠璃はぎゅっと力を込める。すると背後でふっと笑う気配があった。
「そんなにたいした怪我じゃねえぜ」
「そんなことな・・・、ひゃあ!」
突然瑠璃の喉から、驚いた声があがった。
祭が髪がなくなったせいですっきりと現れているうなじに、ちゅっと唇をつけたからである。
そのくすぐったいような変な感覚に瑠璃は嫌がって首を振る。顔は真っ赤だった。
「な、なななに・・・っ」
「もうこんな馬鹿なことすんなよ」
しかし、祭は瑠璃をからかうわけではなく、真剣な声で言う。おかげで瑠璃もぴたりととまった。
それを幸いとして、祭はますます腕に力をいれ、瑠璃の背と密着した。
「俺のためなんかに、こんな無茶苦茶しやがって・・・。本当にお前は、人の心臓に悪いことしかしねえ」
その言葉どおり、背中に感じる彼の鼓動は速い。
「・・・・・・・ごめん、なさい」
意外と素直にその言葉が出てきた。ぴくりと祭の腕がそれに反応したのがわかる。
「その・・・迷惑・・・ばかりかけて・・・ご、ごめんね・・・」
「・・・ったくよ」
さらに、舌打ちのような、ため息のようなものを漏らした祭は、ごんっと自分の額を瑠璃の頭にぶつけた。
「痛い!何するのよ!せっかく謝ったのにっ!」
「やっぱりお前は素直じゃなくていい。こっちの調子が狂う」
「何それ!わがままっていつも怒るのは祭じゃない!だからちょっとは・・・、祭?」
思わぬ仕打ちに怒り心頭で振り返った瑠璃は、振り返った側と反対の肩に顔をうずめた祭に不審そうに呼びかけた。
無理やりに同じ方向を向くと、祭のやわらかい髪に口が触れてびっくりする。
その勢いのまま思い切り身を引いてみると、少し空間ができて、彼の耳が赤くなっていることに気がついた。
「・・・・え・・・っと・・・祭?どうしたの?」
「うるせえ。黙ってろ」
「うるさいって・・・、もしかして照れてるとか?」
ぶっきらぼうなその反応もあいまってみると、それしか考えられない。
瑠璃は珍妙なものでも見たかのように目を丸くした。
「え?でも、何で?何かした?」
「黙れっつってんだろ」
「嫌よ、こんなチャンスめったにないもの。ねえ、何で?何で?」
しかし、そっぽを向いた祭をみているうちに楽しくなってきた瑠璃は、瞳を輝かせて祭をのぞきこもうとする。
しばらく嫌がって瑠璃を押しのけようとしていた祭だったが、いつまでも瑠璃があきらめないのを見て、地の底に沈みそうなほどのため息をついた。
そしてようやく顔をあげ、じろりと瑠璃をにらみつける。とはいえ、赤くなっているせいで、いつもの威力の半分以下だ。
「お前、覚悟しておけよ」
「え?何を?」
突然意味不明なことを言い出した祭は、「わー、本当にめずらしい」とぶしつけに見つめていた瑠璃を引き寄せて耳元でぼそりと呟いた。
「素直だと、お前はすげえ可愛いんだよ。誰にも見せたくなくなるほどな。自分でもこんな独占欲があるとは知らなかったぜ」
「~~~っ?!」
低く心地のよい祭の声で直に鼓膜が震えた瞬間、瑠璃は祭以上に真っ赤になった。
そのまま小刻み震えて固まった瑠璃に気がつき、今度は逆に祭がにやりと笑った。
「何だ、そんなに嬉しいならもっと言ってやろうか」
可愛いとかそこが好きだとか、意地悪をするためにであれば、いくらでも言えるらしい。
先ほどの嫌がりぶりが嘘のように、聞くほうが恥ずかしい台詞を耳元で囁き続ける祭の腕を、瑠璃はたまらず放り投げた。
「いてえな、おい」
「しっ、知らないわよ!ちっとも平気じゃない!元気じゃない!もう心配なんてしないわよ!祭の馬鹿っ!意地悪っ!」
「何を今更。それくらい知ってた上で、俺がいいんだろ」
欠片の不安もなくそう言い切る祭が憎たらしい。嫌いだ、と突っぱねられないのも悔しい。
しかし黙り込んだところをさらに突っ込まれるかと思っていたが、祭は無言で瑠璃の腕を引き寄せて、向かい合う形で瞳をあわせてきた。
その表情は意外にも真剣そのものだ。
「なあ、瑠璃」
「な・・・によ・・・」
「これまで、悪かったな」
何を言われるのかとどきどきしていた瑠璃は、さらに意外な言葉に目を見開いた。
「今までの分も大事にしてやるから、ずっと俺を好きでいろ」
「・・・・・・うん」
祭の意思の強いまっすぐな瞳に吸い込まれるように、横柄な命令にもうなずいてしまっていた。
だってどうしようもなく好きだから。この身勝手で、でも魅力的な男が好きだから。
(好きって強く思った時点で負けたままなのかも・・・)
半ばあきらめの境地に達しかけた瑠璃の目の前で祭が、ふっと笑みを浮かべた。今までの意地悪するためのものではない。とても優しい笑みだった。
どきり、と心臓が跳ね上がる。
「俺もこの先ずっとお前を好きでいるから。お前にだけ、振り回されてやる。だから、お前が高校を出たら俺と結婚してくれるか?」
突然のプロポーズに、涙が出てきた。
今日は本当によく泣く日だと我ながら思う。でも止まらない。
瑠璃はぎゅっと祭の首に抱きついた。
「わかってる?一度した約束は取り消せないのよ?」
「安心しろ、撤回したりしねえよ。で、返事は?」
「うん!うん、するわ。絶対に祭と結婚する。そうずっと言ってたじゃない」
「そうだったな・・・」
「祭が好きよ。今までもこれからもずっと、好き。大好き」
「・・・本当に、悪趣味な奴」
祭は、またいつもの憎まれ口を叩きながら、そっと瑠璃の背を撫でた。宝物に触れるような、ひどくいとおしげな手つきで。
「ありがとな」
しばらくしてからぽそりともらされた感謝の声は優しく、甘く響いた。
意地っ張り二人がようやく落ち着いてくれるところまできました。明日は後日談的な話を投稿予定です。




