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瑠璃はびっくりして間近にある祭の顔を見つめた。
『やだあああ!祭の家の子になる!祭といっしょに暮らすぅ!』
『仕方ねえな。大人になったらうちの子にしてやるから。だから、泣くんじゃねえよ』
仕方ない、という響きは同じなのに、表情は幼かった瑠璃に言ったあのときとは違う。
もっと何か真剣な色を浮かべていた。
「・・・・ほん・・・き・・・?」
「仕方ねえだろ、頷きたくねえって一瞬でも思っちまった以上はよ」
どういうことかよく分からなかったけれど、祭が決して冗談だけで言っているのは違うと分かった。
だから瑠璃は、ぎゅっと拳を体の横で固めて、しっかりと声にして尋ねた。
聞くのが怖かったこと。でもずっと聞きたかったことを。
「お父様、お兄様、嘘をつかないで答えて。私のことを必要としてくれたことはある?それとも、役にたたないから、いらなかった?いつか誰かと結婚して家から出て行くだろうと思って・・・、高倉にはいらなかった?」
「そんなわけがないだろう。生まれたときからずっとお前を愛しているよ」
「瑠璃は、我が家の宝物だ」
否定が、すぐに返ってきた。
祭を見上げれば、彼はぐしゃぐしゃと無事な方の手で瑠璃の頭を撫でてくる。
よく言えた、という代わりに。
そして、とん、と瑠璃の背を押した。
そのまま前によろけ出た瑠璃の手を兄がつかみとる。その上から父も手を重ねた。
「すまない、瑠璃。お前がそんな風に考えているなんて思いもよらなかった。小さなお前が可愛く、嫌われたくなくて、ただただ甘やかすことしかできなかった。成長していけばいくほど、どう接していいのか分からなくなり・・・向き合おうとする気持ちが減っていたんだ。お前の言うことをかなえればそれでいいと・・・。だからこそ、お前の本当の気持ちを察してやることができなかった。すまなかった」
「私もだよ、瑠璃。お前が可愛くて可愛くて、そう思えば思うだけ嫌われるのが怖くて、ちゃんとお前の話を聞いてやらなかった。お前が私にそんな風なコンプレックスを持っているとは思わなかったんだ」
父の手も兄の手も、温かかった。大嫌いといったのに、それ以上の温かさを二人は返してくれる。
どうして、愛されていないなんて思えたのだろう、と思うほどの温かさだった。
瑠璃を前にすると、威厳のある父も兄もいつもとろけるようなまなざしを向けてくる。それはたとえ、瑠璃の完璧なまでの容姿が損なわれたとしても、何も変わらない。
「・・・瑠璃。白状すると、私も瑠璃に嫉妬していたよ。無条件で愛される妹。お父さんは私を次期当主として厳しく育ててきたからね。それなのに、瑠璃にだけはとても甘くて。正直うらやましいと思ったことは両手の指どころでは足りない。でも、お前もお前で苦しんでいたんだね」
「お兄様」
「もっと早く話せばよかった。兄妹なのだから、喧嘩をしたってよかった。ああ、いや、でもお前が可愛すぎて喧嘩なんてできないか。でも、本音は言いあえたんだろうな。お前は、祭とはああやって言い合えるんだね。私の中には、泣き喚くイメージしかなくて」
「・・・小さい頃よ、それ。お兄様、私、結構気が強いし、したたかよ」
「そうだな、それは今日よくわかった」
雅は瑠璃のぼさぼさの頭を撫でた。醜い、とののしることもなく。
「お前の中にそこまで強い気持ちがあるなんて知らなかった。いや、知っていたけど、認めたくなかったんだ。でも、本当に・・・そこまで、あいつのことが好きなんだな」
「ま・・・まあ・・・唯の・・・ためもある、し・・・」
しかし、率直すぎる兄の言葉には、瑠璃はちょっと赤面をして、ぼそぼそ答える。
何かいろいろ平静になってみると気恥ずかしかった。
「瑠璃」
「お父様・・・」
顔をあげると、体躯の良い父が瑠璃を抱きしめてくれた。そんなことは本当に何年ぶりかわからず、瑠璃は目を真ん丸くする。
「どんな姿になっても、お前はお前だ。いつまでも私の可愛い娘だよ」
もっと早くにこうすればよかった、と父は後悔をしているようだった。
「すまない。私は、・・・私は、当主として冷静な判断を下すべきだと思って、むやみにお前に近づきすぎないようにしていた。それがそんなに寂しい思いをさせていたなんて」
「お父様?どういうこと?」
「お前は私たちにとって麻薬のような存在だからだ。お前が望めば何もかもをかなえたくなる。それが、高倉の利にならないことであっても」
喜一の腕の中で首を傾ける瑠璃に、喜一はため息をついた。
「瑠璃、お前は妖狐の一族にとって女王なのだよ」
「女王?」
「ああ、そうだ。誰もがお前に魅了される。お前の前にひれ伏し、お前の望みを叶えることが至高だとそう洗脳される」
「・・・・・・どういう?」
「言葉にするのは難しいが、お前は生まれながらにそういう妖力をもっているんだろうね」
だからこそ喜一は、その「なんでも言うことを聞きたい」という欲求に逆らうために、瑠璃を常にそばに寄せることは避けてきたのだ。
初めて聞く事実に、瑠璃は目を見開いた。
「え、私、お兄様とは違って無能だと思っていたのに、実はすごかったの?」
「いままで散々周りを振り回してきて気づいてなかったのか?」
雅がびっくりしたような顔をした。
高倉の家は他の家より比較的、妖の力を持つ者が生まれやすいと言われる。そのなかで当主の手の娘ながら何の力もないのはひどく恥ずべきことだと瑠璃は思っていた。
それがまさか、狐の一族を従わせることができる能力を持っていただなんて・・・。
だが、その能力だけが欲しいわけではない。能力があるから従ってほしいわけでもない。
瑠璃は率直な望みをぼそぼそと口にし始めた。
「あの、お父様・・・私、別に、言うことを聞いてもらいたいわけじゃないの・・・そのままの私を好きになってもらいたいわ」
「瑠璃」
「おしゃれをがんばらなくてもいい?わたし、本当は家ではズボンでいたいわ。浴衣もいいわね。可愛い格好も好きだけど、家にいるときは窮屈なの。お父様がいるからって、髪をセットして気にするのも本当は面倒。それに本当はベッドじゃなくて布団がいいの。畳が好き。部屋もレースよりも、紺とかもっと落ち着いた色のカーテンがいいわ。天井には星のパネルを貼って・・・私、星が好きなのよ。祭に連れて行ってもらった山で見た景色がとても綺麗だったから。いつか山登りをしてみたい・・・お父様が抱いている女の子像とは違うかしら?こんな私でもお父様は好きだと言ってくれる?」
瑠璃は心の中のおそれを、吐露した。
たくさんの興味があることに興味のない振りをし、興味のないことに興味のある振りをした。
父親が抱いている”だろう”娘の像を壊すことが怖くて。
そうでなければ愛されないような気がして。
愛されない怖さで塗り固めた自分を、瑠璃はずっと嫌いだった。
「勿論だ。しかし・・・心を鬼にしてでも駄目なことは駄目だと言うぞ。お前のためを思ってな。だが、お前の言い分もきちんと聞こう。私に反対したからといって、お前を嫌いになったりなどしないよ。ああ・・・お前にその言葉をかけると思うだけで辛い」
「お父様・・・!」
声を上げて泣き出した瑠璃の背を、喜一は何度も撫でた。
自分の愛情が伝わるように、優しい手つきで。
「・・・祭、すまなかった」
ふと、喜一は祭にそんな言葉をかけた。
二人の様子を微笑ましく、かつ、やれやれといったような表情で見守っていた祭は目を見開く。
「お前は、この子の親代わりまで務めてくれていたんだね。ふがいない私たちの代わりに」
「・・・俺は単に、高倉のお嬢というだけで特別扱いをするのが癪だっただけです」
「それでもお前はこの子の寂しさに気が付いていた」
一つ目は飄々と返した祭だったが、次には何というべきなのか言いよどんだ。
「お前はこの子にとって本当に必要な人間のようだ。私たちにはないものを確かに持っている」
「いえ・・・俺は・・・そんな大層な人間じゃありませんよ」
面映さにそれだけ主張すると、喜一はため息を吐き、仕方ないという表情を浮かべた。
「正直、私は今回のことについてまだ腹立ちが収まっていない。お前へ信用が置けんと思う気持ちもある。だが、今度ばかりは瑠璃に免じて全てを水に流そう。あれはなかった事件だったと」
「え・・・?」
祭は今日一番の驚愕を見せた。しかし、雅ですら反論を申し出なかった。
「お父様!許してくれるの?!」
「今日まで娘の気持ちを理解してやれんかった私が、娘が体を張ってまでかばいたがる男を裁けんからな。高倉家当主としてではなく、高倉喜一としての英断だ。ただし、今回だけだぞ」
「おやっさん・・・!」
「お父様!ありがとう!ありがとうっ!」
祭は深く頭を下げ、瑠璃はぎゅうっと父の首に抱きついた。
すると今まで黙っていた雅が、無言で祭りに近づき突然その頬を叩いた。
とはいっても、ぱちんと、軽い音がした程度だったが。
「お兄様っ!?」
「私はお前が嫌いだ」
突然、しかもたった1つしか違わない男にはたかれたとあって、さすがに祭も不愉快そうな表情を浮かべた。
そもそもこの二人は父親たちとは違い、昔から仲があまり良くないのだ。
というか、係わり合いになりたくないという意識がお互いに強すぎる。
「こんな乱暴者のどこがいいのか、私にはさっぱりわからん」
そんな嫌味にも全く反応しないくらいに。
「それでも瑠璃がお前がいいというのだから、口は出さないでいてやる。だから、もう瑠璃を泣かせるな」
「お兄様・・・」
「お前の行動一つで瑠璃は泣く。手がつけられんほど物を壊すのもお前関係のときだけだ。私はもうそんな瑠璃を見たくない」
「雅・・・・さん」
完全にとってつけた「さん」付けに、雅が嫌そうな顔を見せた。
「お前に敬称をつけられるのは気味が悪い。雅でいい、雅で。せいぜい今のうちは好きにしていろ。いずれ、お前が私に跪く日が来る」
「・・・・・・・じゃあ俺はその前にあんたと対等になってやる」
「今回許されたからといって調子にのるな!慢心で身を滅ぼすぞ。いや、むしろ滅ぼせ」
頂点を極めてやるとにやりと笑った祭に、雅は眉間に深いしわを刻んだ。
そしてふいと部屋から出て行った・・・と思えば、再び振り返り、ぴしりと祭を指差す。
「お前、本気でうちの妹と付き合う気だったら、綺麗な身になってからにしろ。そうでなければ、絶対に認めんからな。勿論、片手間など論外だ。あらゆる手を使って潰してやる」
「お、お兄様っ!口を出さないって言ったのに!」
「口は出さん。手を出すだけだ」
屁理屈をこねて今度こそ姿が見えなくなった雅に瑠璃は膨れたが、喜一は鷹揚に笑っただけだった。
「許してやりなさい。お前を可愛いと思うが故の兄心だよ」
私も同じ気持ちだ、と喜一は瑠璃の頭を撫でた。
そして、祭に向き直る。
「祭、これは今回のことがなくてもいずれお前と話さなければならなかったことだ。今まで何かにつけて先延ばしにしてきたが、いい加減はっきりしなさい。お前は、瑠璃を幸せにする自信があるかね?」
「・・・・・・・・」
「お父様、それは今言わなくてもいいじゃない。祭は怪我をしているのよ。手当てしなきゃ」
「ああそうだな。だから、早く答えをくれないかね、祭?」
「お父様!」
強引に祭の答えを迫る父に、瑠璃は非難の目を向けた。
祭の怪我が心配でもあったし、答えを聞きたくない気持ちもあった。
「答えられないか。それでは私は認められないな。どんなに瑠璃が望んでも、私は諾と言わん。たとえ今はどれだけ憎まれたとしても、それが瑠璃のためと信じるからな」
「やめて、お父様!そんな話・・・」
「瑠璃、お前もいい加減に覚悟を決めなさい。一人で恋愛はなりたたないのだよ。お前は駄々っ子と同じだ。それを許してきたのは私たちだが」
瑠璃ですらうすうす感じていた事実の指摘に、瑠璃はぐっと詰まった。
「このままではお前たち二人ともが中途半端のままだ。それはよくないと思う。一人の親として、そんな相手は認められない。だが祭、お前にその覚悟があるのなら私はお前を歓迎するよう努力しよう。正直なお前の気持ちをきかせてくれ」
それでも、まだ答えない祭に、喜一は重ねて言った。
「子供の頃からの長い付き合いだ。ここでどんな答えを言ったとしても私はお前を冷遇したりしない。それは約束しよう」
「・・・・・・・」
「祭、瑠璃のことが嫌いか?」
「違います」
問いかけに重なるほどの速さで祭が答えてくれたことに、瑠璃はほっと息を吐いた。
「では、他に結婚したい女でもいるか?」
「いません。そんなこと一度も思ったことがない」
「ほう、あれだけの相手がいてもかね?」
「・・・・まあ、それは・・・」
父親の皮肉に、祭はちらりと瑠璃を見て気まずそうな表情を浮かべた。すると喜一はふっと表情を和らげる。
「意地悪がすぎては瑠璃に怒られるな。では、本題だ。祭、お前は瑠璃が好きか?」
「・・・・・・・・・・・・はい。そうだと思います」
長い沈黙の後の返答に一番驚いたのは瑠璃だった。
喜一はかすかに不快の色を浮かべて、祭を律した。
「思いますでは納得がいかんな。いい大人が。はっきりしろ」
「すみません。答えは、はい、です。俺は瑠璃が好きだ」
この話を始めて、初めて祭が喜一をまっすぐに見た。
瑠璃は悲鳴を上げそうになる口を、手で押さえた。
祭の言葉をさえぎったり、聞き逃したりしたくない。
「それはたとえば、妹としてじゃないね?」
「はい。・・・・ずっとそうなのかと思っていましたが、違うと、分かりました。瑠璃を本気で離そうとしてみて、初めて違うと・・・」
「気が付くのに、随分かかったものだ」
「・・・・すみません」
「いや、私たちの先走った行動がお前を惑わせたという側面もある。それはすまなかった。だが、だったら何の問題もないじゃないか。どうしてお前は最初の問いにすぐに答えなかったんだ?」
「俺は・・・瑠璃を幸せにできるとは到底思えません」
祭の声が低く沈んだのを受けて、瑠璃の心臓もどくりと嫌な音を立てた。
「だから、結婚なんて・・・俺には無理です」
「何故?お互いを思う気持ちがあれば、あとは努力次第でなんとでもなるものだ。お前はその努力ができないというのか?」
「俺は、人を死なせている。俺のせいで、最低でも二人の人生を駄目にした。そんな俺が何をどう努力したところで、人を幸せにできるわけがない」
「・・・社の事件か」
抗争相手による暗殺に巻き込まれ、死んでしまった幼馴染。ままごとみたいな恋人で、でも好きだった美江子。
そして、その抗争相手に、掟を破りたった一人で乗り込み壊滅状態にさせた挙句、後継ぎの地位を失った双子の兄。
すべて祭の愚かな振る舞いが原因だった。大切な二人の人生を一人は絶ち、一人はめちゃくちゃにしてしまった。
そんな自分が、瑠璃を幸せにする資格などまったくないのだ、と祭は暗い胸の内を吐き出した。
「だから俺は、瑠璃とは結婚できません。待っていてもらってもそれは変わりません。だからやっぱり婚約話はなかったことにしてもらえませんか?俺は、瑠璃にはちゃんとした奴と幸せになるのを見届ける方が・・・」




