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それから瑠璃の無茶な要求どおり、短縮に短縮を重ね、瑠璃は無駄に大きな日本家屋の屋敷に到着した。


「瑠璃様?お早いお帰りで・・・きゃあっ」


出迎えた女中に挨拶もせず家の中に駆け込む。廊下で何人もに悲鳴を上げさせながら、一目散に客間を目指した。

けれど母屋の客間を勢いよく開けても、誰の姿も見つからなかった。


(え・・・、どこ・・・?どこにいるの、お父様たちは!)


◇◇


慌てて別の場所を探しに瑠璃は奔走し始めた少し前のこと。

隠居した瑠璃の祖父が住む離れの客間は、厳かな雰囲気に支配されていた。

高倉家当主である瑠璃の父(喜一)と兄(雅)の対面に、祭は畳に膝をつけ深々と頭を下げた。


「うちのシマでの不手際、お詫びの申し上げようもございません」

「当たり前だ!瑠璃をあんな目に合わせて、よくも顔を出せたものだな!」

「雅、落ち着きなさい。まずは、礼を言わねばならないな。娘を助けてくれて、感謝している。大事に至らなくてすんだのは何よりだった」


高倉当主の言葉にも、祭は微動だにしなかった。

その感謝に透けて見える怒りを知っているからだ。


「しかし、祭。娘があんな場所へ向かったのはお前を追いかけてのことと聞いたが。しかも、以前に一度、お前があの店に瑠璃を連れて行ったとか」

「何一つ、申し開きはございません」

「だから、瑠璃をこんな男に近づけるのは反対だったのです。そうでなければ、瑠璃があのような目にあうことなどなかったはず!即刻、蒜生との関係は清算すべきです!」

「雅、黙っていろ。お前に同席を許したのは、高倉当主としての判断を聞かせるためで、お前の意見などもとめてはおらん」


率直な怒りに燃える雅とは異なり、喜一はあくまでも冷静だった。

しかしその冷静さが、肌に痛いほどだった。

御三家の一角を担う高倉当主。言霊を操るとまで言われる一見優男の迫力は、蒜生の組長・・・もしかしたらそれ以上かもしれなかった。


「祭、私は瑠璃がお前を好いていることをよく知っている。そして、お前の成りも人柄も知っているつもりだ。お前は男気があって義理にも厚い。つくづく極道によく向く男だと思っている。だから、お前に関東を任せることを決め、だからこそ、可愛い娘の相手としてあまり気が進まんかった。それでも、瑠璃を任せたのは、お前を信じてのことだったのだ。お前ならば困難があっても、娘を守ってくれると信じていた。しかし、現実はどうだ」


より瑠璃を危険な状態にさらし、愚かにも自らの店の前で誘拐をされた。

無事だったというのはただの結果論に過ぎないのだ。

信用を失うには十分な事実だった。


「私は見込み違いをしていたようだな」

「申し訳ございません」


言い訳をせず、潔く謝罪を繰り返す祭を喜一はじっと見つめた。

微動だにしない祭の丹力を見極めるように。


喜一は、こほん、と一つ咳ばらいをした。


「父親としては、お前の顔など二度と見たくもないというのが本音だ」

「もっともなことです」

「・・・お前は本当に動じないな」


まっすぐに喜一の瞳を見つめる祭に、今度は苦笑を顔に乗せる。ここで保身に走ればすぐにでも切り捨てるものを、と小さな声で漏らした。


「祭、よく聞け。此度の件、私の腹の虫は収まっておらん。しかし、娘を迅速無事助けた手柄、手引きはわが配下の者が行ったこちらの不手際、そして、お前の父とは杯を交わした仲であり蒜生は私の妻の実家でもあること。これらに免じて、今回のお前の失策は大目に見よう。高倉は引き続き、蒜生を後見する。また、連合会へのお前の不信は提出しない。蒜生をこれからも盛り立てていくがよい」

「お父さん!?」


連合会は御三家当主と一定規模以上の組の組長で構成される。

そのメンバーたる組長には、連合会の信任がいるのだ。

翻れば、連合会に不信を出されれば、組長の座を追われることにさえなりかねない。


祭を徹底的に排斥すると息を巻いていた雅は、父親の沙汰に不満の表情を浮かべた。

それを無視して喜一の話は続く。


「とはいえ、女一人を守れない男に、関東連合を任せることなど到底できはしない。会長代行への推薦の約束は一時凍結させてもらう。失った信用は、これからお前自身の力で取り戻しなさい。お前のこれから、みせてもらうとしよう」

「はい」


“撤回”ではなく、“凍結”という言葉に、祭は喜一のさらなる温情を感じた。

他の誰かと密約を結ぶつもりはない。だから、今の会長代行の任期が切れるまでにその力を見せ付けてみろ、とそう言いたいのだ。


祭の顔などみたくないといいつつも、私情に流されきらない喜一の冷静さは、尊敬しつつ、憎らしいほどでもあった。

嫌でも死に物狂いで信頼を勝ち取らなければいけない。

そうしなければ、負けだと思わせることで、高倉は蒜生をさらに盛り立てようとしているのだ。

祭は深く深く頭を下げた。


「だが、瑠璃との婚約の話はなかったことにしてもらおう、これは永久にだ」


しかしそんな冷静な判断を下したあとに、一変して鋭くなった声音が祭をはっとさせた。

今度は高倉当主としてではなく、一人の父親としての言葉。そして、これが喜一の本音。


「ついでにいろいろ調べさせてもらったが、お前の行動には目があまる。娘を預けるだけの信頼もできん。そんな奴に、瑠璃をやるわけにはいかん。今までは瑠璃の気持ちを優先してきたが、それは間違いだったようだ。瑠璃もいつまでもお前の側にいるから諦めがつかんのだ。金輪際、娘に近づかないでもらおう」


それは、予想というよりも、確信していた命令だった。

雅もようやく満足そうに、大きく頷いている。

けれど、祭は一瞬、返事をためらってしまった。

何故か自分でもわからないけれど、頭が、唇が、首が、頷くのを拒絶した。

元気で、ともう瑠璃に別れを告げたくらいだったのに。

ただ、いつもいつもまとわりついていた「祭!」という甲高い呼び声が耳の奥にこだました。


「祭、どうした。不満か?」

「いえ・・・、当然のことです」


喜一の声に、祭は一度顔を上げ、それから再び頭を下げた。


「高倉のお嬢には二度と会わないと・・・この場で誓約申し上げます」


ざわざわと胸がざらついたような変な感覚のまま、祭はそう誓い上げた。

これで瑠璃に悩まされずに済むという開放感は、意外にもどこにも存在しなかった。


「では、あらためて高倉の当代として蒜生の若頭へ申し渡そう。蒜生と高倉における密約の凍結、及び、高倉瑠璃との婚約破棄、この二事を以って、今回の処罰は手打ちとする。以上を誓えるか」

「この名に懸けて」

「では、いじょ・・・」

「待って!!」


全てを終わらせようとしたその部屋に、ものすごい勢いで飛び込んできたのは瑠璃だった。


「待って、お父様!祭は何も悪くない!悪いのは全部私なのよ!だから、祭を処罰するのはやめて!」


走ってきた荒い息のまま、瑠璃は必死に訴えた。


「私が勝手なことをしただけなの!祭は駄目っていつも言っていたのに。でも私、わがままだから、間違ったことをしてしまったの。勝手に一人であそこにいったから、あんな奴らにかどわかされてしまっただけ。全部私のせいなの!祭は何一つ悪くなんかないのよ!」

「瑠璃。下がっていなさい」

「嫌!お父様、お願い!今の話は取り消して!せめて、密約の話だけでも!祭は天辺にふさわしい人だわ!それを私のせいで・・・そんなの絶対に駄目!!」

「瑠璃・・・。まったく、誰も取り次がないように言ってあったはずだが、仕方がない奴だ」


話の内容が聞かれていたと知り、喜一はふうとため息をついた。


「雅、瑠璃を下がらせなさい」

「はいお父さん。瑠璃、来なさい」

「嫌よっ!お父様、取り消して!」


瑠璃は立ち上がって側に来ようとした兄の手から逃れるように、部屋の隅に逃げ込んだ。


「お父様!お父様だって分かっているでしょう!?祭が悪いんじゃないわ。それに私があの場所に行かなくても、私の行動はあいつらに筒抜けだったのよ?祭のせいじゃなく、誘拐されていた可能性が高いじゃない!あ、で、でも唯は悪くないの。ちょっと魔が差してしまっただけよ。お金に困って、お父さんの命も懸かっていたのだから、仕方がないわ。それに私、唯にはひどいことをしてしまったもの。嫌われたって当然だったのよ、でも唯は思い直してくれたわ。だから、唯も許してあげて」


ついでに唯についても頼みごとを始める瑠璃に、喜一は大きく息をついた。


「瑠璃、出て行きなさい。これはお前の問題を離れている」

「私の問題よ!被害者は私よ?その私がいいって言ってるんだから、いいにして・・・」

「瑠璃。わがままはいい加減にしなさい。そんな簡単な話じゃないんだ」


珍しく厳しい声を娘に向ける父に、瑠璃はびくりと肩を跳ねさせた。


「これは高倉の体面の問題だ。ここで対応を誤れば、高倉の威信が揺らぐ可能性もある」

「・・・体面体面って・・・ッ」


しかし、父の言葉に瑠璃の中で何かが切れた。


「いつも体面だ、威厳だ、名誉だって、お父様はそればかり!私の気持ちなんて一度も考えたことなんかないのね!私が本当に欲しいものも知ろうとせずに、わがままという言葉で片付けてしまう。お父様の頭の中は高倉でいつも一杯!私のことなんて結局、どうでもいいのね!!」

「る・・・瑠璃?」


物心付いたときから、父親に対しては甘えるばかりだった手中の珠の瑠璃の詰りに、喜一は目を見開いた。


「私は、物なんて欲しくなかったわ!これが欲しい、もういらない、あれが欲しいって、わがままばかりしたのはかまって欲しかったからよ!お父様が新しい物を買ってくれると遊んでくれたから・・・それがいつしか物だけ送ってくるようになって、お兄様も叔父様も伯母さまもみんなそう!私はただ、みんなに会いに来て欲しかったのよ!一緒に過ごしてほしかったのよ!ずっとずっと、寂しかったのよ!」


怒っているような悲しいような複雑な気持ちで、ぼろぼろと涙がこぼれ出た。

厳しかったはずの喜一と、そして隣の雅もが唖然とした顔をしている。


「お兄様の頃は違ってたわ。家族でいる写真が多かった。私には全員でいるものなんて、一枚もないわ。だからいらない子なんだと・・・ただ、気まぐれに可愛がるだけのお人形なだけで・・・私、私・・・毎日つまらなかった。みんな私の言うこと聞いてくれる。それがどれだけむなしいか、寂しいか、お父様、分かってたのっ!?それでも忙しいみんなのために、寂しいって言えなかった私の気持ちを分かっていてくれたのっ!?」

「瑠璃・・・」

「祭は分かってくれていたわ。最初から他の誰とも違った。私をただの子供として見てくれた、叱ってくれた。寂しいのだって本当は分かっていてくれた!だから私は祭が大好きになったわ。祭が私の足りなかったものを全部くれた。その祭の足を引っ張ることだけは、絶対に嫌なのよ!それなのに、お父様は私から祭まで奪おうとする。体面が大事っていって、私の一番大好きな人の邪魔をする。そんなお父様なんて大嫌いよ!お兄様も、だいっきらいよ!高倉の家なんてだいっ嫌いよっっ!こんな家なくなってしまえばいい!!」


はぁはぁと息を荒くする瑠璃とは対照的に、その場の誰もが口を開かなかった。


返答のないことにさらに暗い怒りを燃やした瑠璃は、客間の生け花用にとしまわれている生け花鋏を引き出しから取り出す。

そして、カールした自分の長い髪を手で一つにまとめると、いきなりジョキンと耳の辺りで切りおとした。


「瑠璃!?」

「瑠璃!!止めなさいっ!」

「馬鹿、止めろ!」


その場の全員が、瑠璃から鋏を取り上げようと立ち上がった。

だが瑠璃はかまうことなく、ザンバラに髪を切っていく。そのなれない手つきに下手に触れれば怪我をするのでは、と三者がすくんだ。

そうこうしているうちに畳の上に、瑠璃の金色に近い茶色の綺麗な髪がばさばさと散った。

いびつなショートカットになった瑠璃は、不敵な笑みを父や兄に向ける。


「そんなにも体面が大事というのならば、こうしましょう?高倉瑠璃は誘拐されてなんかいない。犯人たちは間違った女性を誘拐した。なぜなら、高倉瑠璃は前日、蒜生祭に失恋して髪を切ってしまったから」


唖然とする家族二人の視線を、瑠璃は逆に冷ややかな瞳で受け止めた。唇だけは微笑んだまま。


「それともこっちのほうがいいかしら?瑠璃の見た目が好きだった父と兄は勝手に髪を切り、可愛げのない瑠璃に怒り、勘当した。だから、誘拐されたのがたとえ高倉瑠璃本人であったとしても、勘当した娘がどうなろうと高倉家の体面は何一つ傷つきません、って」

「・・・瑠璃・・・」

「ほら、これで祭を処罰する理由なんて何もなくなるじゃない。同じく唯もね。唯も、ずっと私の側にいてくれたわ。お父様たちとは違って」


ふふっと笑った瑠璃は、心底楽しそうであった。だが、その次の瞬間、瑠璃の白い頬を涙の雫が伝い落ちる。


「・・・っ・・・だいきらいよ・・・お父様なんて・・・だいきらい・・・何にも分かってくれないお父様なんて・・・病院にも、来てくれなくて・・・こんな、こんな高倉当主として沙汰をする方が大切だなんて・・・お父様は私が本当にどうでもいいんだわ・・・いつも、いつも、いつだって・・・っ」

「瑠璃、違うんだ。お父さんはな・・・」

「お兄様はいいじゃない!お兄様はお父様に愛されているのだもの!後継者として連れ立ってもらえる、気にしてもらえる!お父様は私がどんなに頑張ったって、運動で一番になっても、勉強で満点をとっても、瑠璃は可愛いな、ってそれだけしか褒めてくれなくて。それって私の中身はどうでもいいってことでしょう?!お兄様には期待をして、私は何も期待されていないということでしょう!?何をしたって、私はお人形以上になれないってことでしょうっ!!」


にらみつける瑠璃を、喜一はしっかりとその目に映した。そして、ゆっくりと口を開く。


「・・・すまなかった。お前にそんな思いをさせているとは思いもよらなかった。父親失格だな・・・だが、瑠璃。勘違いしないでくれ。お前は私の可愛い娘だ。雅と同じように、私はお前を愛しているよ。可愛くて、可愛くてたまらないんだ」


しかし、喜一のその言葉も、瑠璃の暗い心には響かなかった。


「・・・可愛い・・・?だったらもっと可愛くなくなればいい?そうすれば、お父様は私を嫌いになるかしら?祭や唯を罰しなくて済むかしら?」

「瑠璃!やめなさい!」


瑠璃がさらに髪を切ろうとした瞬間、何か奇妙な感触が鋏を持つ手に伝わってきた。


ぽたり。


畳に、赤い染みが落ちた。


「・・・え・・・」


半ば呆然と見上げれば、祭が鋭い生け花鋏の刃先を掴んでいるではないか。

勿論その手から血があふれている。


「まつり・・・祭!祭!大丈夫っ?!」


力が抜けた瑠璃の手から鋏を奪い取った祭は、慌ててすがりつく瑠璃の頭を空いているほうの手でゴン、と殴った。パーではない。グーだ。


「この馬鹿!それ以上みすぼらしくなる気か!」


しかも怒鳴られ、瑠璃はびくっと身をすくめた。とはいえ、祭の袖を掴む手は離さない。


「んなあぶねーもん振り回すな。髪を切りてーなら、美容院行け、美容院。誰もがそのザンバラな髪に卒倒するぞ」

「・・・わ、訳分からないこと言わないで!それより、手!しかも怪我してる方にまた怪我したじゃない!」

「一つ怪我してたらどれだけしても使いにくさは同じだろ」

「同じなわけないわよ!祭って何で時々馬鹿なの?!」

「お前に馬鹿と言われる筋合いはない。お前ほどの馬鹿はそんじょそこらにはいねえぜ」

「なぁ・・・馬鹿なのは祭じゃない!中学レベルの問題もわからないくせに!」

「ろくすっぽ授業出てねえのに知るわけねえだろ」

「開き直った!今、開き直ったわね!?この間はちょっと忘れただけだってゆったのに!時々どころかいつも馬鹿なんじゃない。基礎学力ないんじゃない」

「あ?俺も素養はあるんだよ。鍛えてねえだけだ。ただし、その代わりお前と違ってたっぷり常識と世間の渡り方ってやつを学んでるんでな。学力とどっちが生きるために必要だと思ってんだ?いまさら反抗期のお子様が」

「はんこ・・・違うわよ!そんな思春期の痛い時期なんてとっくに過ぎてるわよ!私、もう高校3年よ!大人よ!」

「年は関係ねえよ。自分の親にぶつかることもできねえくせに、大人なんて言えねえだろ」

「―――!」


祭はいまだどくどくとあふれ出している血を気にした様子もなく、二人の言い合いを呆然と眺めている喜一と雅を指差した。


「さっきが、ずっと言いたかった本音だろ。この際だ、全部ぶちまけとけ」


改めて言われると、自分の吐いた暴言の数々に手の平が冷たくなった気がする。

一応・・・一応ではなく、父は高倉の当主であり、瑠璃をどうにでもできる立場だ。

猫かわいがりしまくる父とはいえ、家への冒涜すら口にした瑠璃をどう思うのか。冷や汗を浮かべた瑠璃の肩に、祭が抱えるように腕を回した。そしてぼそりと耳元で言うのだ。


「まあ、本当に勘当されたら、仕方ねえ。うちの子にしてやるよ」


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