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6

そのとき、俄かに外が騒がしくなった。

叫び声と何かが激しくぶつかる音。

それからがたがたという錆びた金属のあげる心地悪い悲鳴。

なんだ、と男たちがいぶかしみ、瑠璃もおそるおそる瞳を開いた。


「おい、見て来い」


アオとよばれていた主犯の男の指示で、手のあいていた2人が警戒しながら扉のほうへ近づいた瞬間、ばぁん!!と一際激しい音がして、扉が抜けた。

開いた、ではなく本当に抜けたのだ。


「な!?」


驚き振り返ったアオが、そこに立ちふさがる人影を見て絶句した。

一方、瑠璃はぱっと表情を晴れさせる。

目元を赤くしていて格好悪い状態だとか、助けに来られて素直に喜んでしまうのはなんか悔しいとか、いつもなら散々気にすることはさすがに気にしていられなかった。


「祭!!」

「ひ・・・蒜生の若頭」

「なんでここが・・・」

「みっ、見張りは、な、何してやがった?」


祭を認めるなり今まで圧倒的余裕を見せていた男たちが、無様なほどうろたえはじめた。


「祭、祭、助けて!」


必死に助けを求めたその瞬間の祭の表情を瑠璃は一生忘れないだろう。

心底怒ると人は無に近い表情になるのだと、いまだかつて感じたことがないほどの恐れと共に思い知った。


次の瞬間、祭の姿がゆらっと紅く揺らめいた。それが錯覚ではないと気がついたのは、オレンジがかった炎が瑠璃の体を押さえていた男たちの体に飛びかかってきたからだ。


「うわっ、なんだこれっ!!!」


だが、その炎の近くにいる瑠璃でも不思議と熱さは感じなかった。

まとわりつく幻影のような炎であっても無視はできず、パニックになっている隙に、瑠璃はのしかかったままの男の腹を思い切り蹴飛ばして逃げ出した。


そして気がつくと、扉の近くにいた男の一人が殴り飛ばされ、もう一人の男を巻き添えにして金属の骨組みだけの棚に勢いよく背中から突っ込んでいた。


「・・・てめえら、自分のしでかしたことわかってんだろうな?」


祭はばきばきと指を鳴らしながら、一歩また一歩と近づいてきた。

その声は唸るほどに低い。


「てめえらごときの命じゃ到底償いきれるもんじゃねえぜ」

「ひ、一人で・・・なっ、なに、粋がってんだ!丸腰のくせに!こっちは何人もいると思ってやがる!」


ようやく炎から逃れた男が胸元からナイフを取り出し、見せ付けるように祭に差し向けた。他の男たちもそれに倣う。


「かまうことはねえ、やっちまえ!」


そして一斉に祭に飛び掛っていった。


「祭!」

「死ねや!」


さすがに瑠璃も悲鳴を上げたが、それはまったく無駄だった。

普通は多勢に無勢というべきなのだろうが、祭は全く相手にもしていない様子で、一人ずつ着実に数を減らしていく。むしろ祭の方が相手を殺しそうな勢いだった。

生々しい殴り合いの音と周辺物を巻き込んだ転倒音に、瑠璃は小刻みに震える自分の身を両手でぎゅっと抱きしめた。


怖い・・・それが本音だった。


こんな祭は知らない。

いつも飄々としていて、面倒くさがったりからかったり、時折叱ってきたりする祭とは全然違う。

人を傷つけることも血を見ることも、一切ためらわない獣みたいな祭など。


「くそ・・・っ」

「―――!きゃあ!」


しかし、顔を背けてしまっていた瑠璃の首に突然強い力が巻きついた。

ギラリ、と瞳の側に銀色に光るものがある。

凶器も人数もまったく意味を成さないことを悟ったアオが、一度這いつくばらされた床からすばやく立ち上がり瑠璃を人質に取ったのだ。


恐怖と自らの失態に、瑠璃は血の気を引かせる。

祭の邪魔にならないよう、もっと逃げなければいけなかったのに。

アオは瑠璃の首を絞める勢いで腕を回し、じりじりと距離をとろうとした。

逃げるつもりか、開けっぴろげられた扉へ背を向け、後退していく。


「動くな!こいつがどうなって・・・っ!?」


しかし、勝利を確信したかのように見えた男は、次の瞬間にはぎゃあっと悲鳴をあげ、ナイフを取り落とした。

瑠璃にナイフを突きつけていた手が肉の燃える生々しい匂いと共にバッとオレンジに燃え上がったからだ。


「何か、言ったか?」


カツっと祭が男にゆっくりと足を向ける。その瞳は紅く染まり、彼の周りにゆらゆらと鬼火が浮いていた。


「案外制御できるもんだなァ」


それは燃やしたい相手だけを燃やし、瑠璃にはなんの被害もないことを指していた。

瑠璃を放り出し、のたうち回る男の腕が見たこともない鮮やかさで燃え上がっている。

アオの後ろにいた他の男たちも同様に鬼火に襲いかかられ始めた。

ひたすらに悲鳴が上がる。


「ま、つり・・・」

「あー、社の気持ちがよくわかるぜ。ナニもかも燃やしたらこの胸糞悪いのも随分スッキリするんだろうな」


くっくっと笑う祭はじわじわと人を燃やしあげることを心底楽しんでいるようだった。

古代からの膨大な知識を受け継ぐ兄から聞いたことがある鬼の残酷な本性。鬼は愛情深い代わりに、いつくしんだ相手以外に対しては一切の興味も慈悲も見せないと。獲物と判断すれば、狩りを楽しむように、じっくりとじわじわと苦しむさまを見て楽しみさえすると。

それは瑠璃を祭から離したい兄の誇大と思っていたが、少なくとも、今の祭は彼らをいたぶって楽しんでいる。


「祭さん!駄目です!」


幼いころからの側近の、大森の静止の声は祭には全く届いていないようだった。

それに気が付いた瑠璃は、何度か唾を飲み込んで、ようやく声をあげた。


「祭!」


男たちだけを見つめていた祭がうっそりと瑠璃へ視線を向けた。紅の瞳の中心で金色の瞳孔が開いている。自分もついでに燃やされるのではという本能的な恐怖が喉を締め上げそうになったが、瑠璃はいつものようにキッと祭をにらみつけた。


「なにやってんのよ!もうそいつら何もできないわ!それより私を助けなさいよ!!」


高飛車な瑠璃の言葉に、祭がピクリと指先を動かす。

戦意を喪失した男たちを包んでいた炎がふと消えた。

瑠璃はほうっと息を吐く。ついでに力が抜けてよろめいてしまった。それを近くにいた大森が「失礼を」と断りつつ支える。


「瑠璃様、・・・・お怪我は?」


ひどい様相の瑠璃の服を見て、大森が一瞬、間を置いて尋ねてきた。

その意図を察して、瑠璃はひきつりながらもどうにか唇を笑みの形にする。


「へ・・・へいきよ・・・間に合ってくれたわ」


しかし、声の震えはとりつくろえなかった。

大森が自分の黒いスーツの上着を無言で着せ掛けてくれる。

瑠璃はそれをぎゅっと胸元で握り締めた。

そうした瞬間、がちがちと歯の根が鳴った。涙も止まることを知らないほどあふれてくる。


「・・・ぅ・・・う・・・っ」


手の甲で必死に目元をぬぐっていると、突然バキっと骨の砕けるような音が聞こえてきた。

ぎくりとして音へ視線を向ければ、祭がもはや動かないアオという男に一方的な暴力を振るっていた。

許しを請う声は途切れ途切れで、正気を保っていないことが明らかな相手にも、まったくの容赦はない。

顔などほぼ原型をとどめていなかった。


「ま・・・祭・・・。祭、もういいから!やめて!その人死んじゃうわ!」


さすがに瑠璃は血の色をなくして止めに入ろうとしたが、大森に肩をつかまれて叶わない。


「なんで止めるのよ!」

「ヒトの理性を取り戻したとはいえ、今の若に近づくのは危険すぎます。まだ怒りを制御できていらっしゃらない」

「でもあいつ、あのままじゃ死んじゃうわ!」

「奴のしたことを考えれば当然です。むしろここで殺されたほうが、マシかもしれません」

「そんな・・・、で、でも・・・祭が手を汚すことないわよ!祭!聞きなさいよ!止めて!止めてってば!!」


瑠璃が再度必死で訴えかけると、何度目かの呼びかけでようやく祭は止まった。

ほっと息を吐く瑠璃に対して、彼はいまだ腹立ちが収まらないとばかりに舌打ちをし、最後に男を勢いよく蹴って床に転がした。


「・・・祭・・・っ」


パン!


止まってくれてよかったと安堵して名前を呼んだ瑠璃だったが、その途中で頬に鈍い衝撃を感じた。


「え・・・」

「若!」


大森の驚いた声を聞きながら、瑠璃は呆然と祭を見上げる。そして、全身を硬直させた。


「ふざけんな」


祭が、男たちに向けたのと同じ、凍りつくような目で瑠璃を見下ろしていた。


「自分の身一つ守れねえくせに、勝手に行動しやがって」


がたがたと、瑠璃の体が小刻みに震えだした。

意識を保っているのが奇跡のように思える。謝らなければいけないと思うのに、喉が張り付いて声が何も出なかった。


「若・・・、瑠璃お嬢さんもこのようなことになるとは・・・」

「貴様は黙ってろ」


大森がフォローをいれようとしたが、祭のにらみ一つで黙り込んだ。


「てめえが狙われやすいことは身にしみて分かってんだろうが。だからこそ自重しろといつも言ってたはずだ。それをてめえからノコノコと隙をつくりやがって」


まったく反論の仕様がなく、瑠璃は大森から借りた上着をただぎゅっと握り締めていた。

反省してるわよ、との逆切れなど恐ろしすぎてできなかった。


「だからてめえは迷惑だっつってんだ。毎回毎回面倒しかおこさねえ」

「・・・・っ」


ぐさり、と重い言葉が胸に刺さった。違った意味で涙が出てきそうになる。


「・・・・・・・・・・ご・・・」


ごめんなさい、とそれだけは口にしなければ。

ともすれば固まってしまいそうな唇を必死に動かそうとした瑠璃だったが、そのタイミングで祭の腕が持ち上がったのを見て、ぎゅっと目をつぶった。


(殴られる・・・っ)


だが。


「・・・・ざけんな・・・、どれだけ肝を冷やしたと思って・・・」

「ま・・・つり・・・?」


気が付けば、祭が強く瑠璃の体に腕を回していた。自分の体の一部にでもするように、強く、強く。

身じろぎできないほどの抱擁の中で、瑠璃はとまどったまま視線を動かすしかない。


そして、ふと自分の肩に食い込む祭の指先が血まみれなのを知って、ぎくりとなった。

他人の血が付いたのもあったのだろうが、彼の爪のいくつかが欠け、その下の肉の色を見せていたからだ。


「祭・・・手!その指・・・っ、爪が・・・!」


心配のあまり、干からびていたはずの喉がすんなりと音を発した。

だが、手当てをと言うのに、祭は瑠璃を離そうとしない。


「祭ってば!血が出てる、痛いでしょう?」

「うっせえ、黙れ」

「祭!」


言うことを聞かない祭に、僅かに動く頭で頭突きをしようとした瑠璃だったが、頭の天辺に顎を乗せられて押さえ込まれた。


「このまま大人しくしてろ」

「・・・なんで・・・」


どうして離してくれないのか。


瑠璃は不思議というよりも不審げになった。

しかし、こんなときだというのにどきどきと心臓がうるさい。それは意識すればするだけ、速くなっていくようで、祭に聞かれたくないと思った。

だが、すぐに自分のとは違う心臓の音も聞こえることに気が付く。瑠璃に負けず劣らずに速い鼓動は、祭のものだ。


「祭・・・?」 


祭はいつも落ち着いているものだと思っていた。ちょっと(だいぶ?)短気だし、熱くなることもあるけれど、でもこんなにも速い音を持っていると思ったことはない。

まるで、不安そうにも聞こえるこんな音なんか・・・。


「・・・・・かった・・・」

「え?」

「無事でよかった・・・」


しぼりだすようなその声に、瑠璃はなにも返せなかった。

祭もそれ以上何も言わなかった。

ただ、瑠璃を痛みさえ感じさせる強さで抱きしめ続ける。

代わりに言葉を発したのは、大森だった。


「援軍が待てず、素手で扉の金具を引きちぎったんです。無茶をなさいます」


瑠璃は視線だけを大森に向けた。彼は小さく苦笑している。


「瑠璃様が心配でたまらなかったんですよ」


それだけ言い置いて、大森は部下を引き取って部屋から出て行った。

唯は大丈夫かと気になったが、優秀な彼らのこと。ちゃんと保護してくれているに違いはない。

懸念を一つ減らした瑠璃はいつまでも無言の祭に、そっと擦り寄った。


「・・・・ありがとう、助けてくれて」


祭は答えなかったけれど、抱く腕が強くなったことだけは確かだった。


◇◇


病院の控え室で待っている間、どきんどきんと心臓がかなりわめき立っていた。


(ああ・・・恥ずかしい、今更だけれど、ものすごく恥ずかしい気がしてきた・・・)


ほんの僅かな擦過傷の手当てのほか、一応精神カウンセリングなんてものも受けさせられたが、はっきり言ってそんなものどうだってよかった。

まだ祭の腕の感触が残っている気がする。

それに、病院へつれてこられる車の中でさえずっと肩を抱かれていたので、彼のコロンの匂いが染み付いていた。


(恥ずかしい恥ずかしいはずかしい・・・これからどうやって顔を合わせればいいのよ・・・)


いろいろと試行錯誤して迫っていた割には、キスのときと同様、非常にうぶな瑠璃だった。


「お嬢様」

「じいや!唯は大丈夫?!」


迎えに来た年嵩の執事を見つけて、瑠璃は慌てて立ち上がった。

一人だともんもんとしてしまっていたが、重要な問題が目の前にはあった。


「はい。足のほうはどうにか折れていなかったようです。今日一杯検査入院をして、これ以上異常が見つからなければ明日には退院できるかと」

「よかった」


ほっと息を吐いた瑠璃に、誘拐犯たちに頭を殴られていた運転手の上川も無事だとの報が伝えられる。

ますます胸をなでおろす瑠璃に、じいは言いにくそうに続けた。


「ただ・・・退院後、唯はお役目を外れることになるかと」

「何で!?」

「最終的にはお嬢様をお守りしようとしたとはいっても、一時は確かに犯人どもに加担していたのです。当然の処遇でしょう」

「嫌よ!唯じゃなきゃ嫌!」

「お嬢様、これでも旦那様は寛大なご処置をなされたのですよ。本来ならば誘拐犯の一味として警察につきだすところ、目をつぶってくださったのですから」

「それは・・・、だって、お父様が唯の家族にお金を貸してあげればこんなことにならなかったんじゃない。唯が悪いんじゃないわ!」


瑠璃は何とか撤回させようと、執事に食って掛かる。しかし、彼は瞳を伏せ、首を振った。


「旦那様は真田家の窮状をご存知なかったのです。決して薄情であったわけではございません。真田が申し出ていれば、旦那様はきっと救いの手を差し伸べていらっしゃったでしょう」

「・・・とにかくそんなこと嫌よ。お父様に直談判するわ。じいや、家に急いで戻って!」

「はあ・・・、しかし、旦那様はおそらく今は・・・」

「何よ、いないっていうの?娘がこんな目にあったっていうのに、病院すら来ないで・・・また後援会?!それとも名士とやらの集会っ!?」


瑠璃はじいを思い切りにらみつけた。

執事に言っても仕方がないことながら、悔しくて仕方がなかった。

何でも買ってくれる父、何でも思い通り実現させてくれる父。でも、瑠璃がいてほしいときにはいつもいてくれない父。


優しい父は好きだけど、でも、胸の奥底では少し嫌いだった。


「お父様は私のことなんてどうでもいいのね!!」


じわりと涙を目の端に浮かべた瑠璃に、執事は慌てて否定をした。


「とんでもない!旦那様は今回のことに大層お心を痛めております。それだからこその沙汰を・・・」

「沙汰?」


聞きなれぬ言葉に、瑠璃は眉を寄せる。

執事は一瞬言ってもいいものか迷った末に、瑠璃の血の気を引かせるようなことを口にした。


「ふざけないで!!そんなばかげたことなんてないわよっ!」

「お嬢様!?お待ちくださいっ!」


執事の制止も聞かず、瑠璃は病院の出口に向かって駆け出した。

―――蒜生の領内で起こった今回のことを旦那様は大層お怒りで、密約の撤回を考えるおつもりであると・・・。


密約とは、関東代行の座を蒜生に授けるというものだ。その撤回は、蒜生組が関東一の組から落ちるということを意味する。


―――おそらく今は、蒜生の若頭を呼んで事情を聞いているところでしょう。


(そんなの絶対駄目!!私のせいで、祭たちに迷惑がかかるなんて・・・っ)


瑠璃が悪かっただけなのに。

瑠璃が、邪険にされてもされても祭を追いかけて、愚かな振る舞いをしただけだったのに。

祭は助けてくれたのに。

ふと、病院まで送ってくれたときの祭との会話が思い出された。


祭の方が怪我をしているじゃないかと主張した瑠璃に、彼は馬鹿にした笑みで言った。


"ばーか、やくざは一般の病院にかかっちゃなんねえんだよ。他の患者に迷惑かかるだろ。それに警察でも呼ばれたらたまったもんじゃねえ"

"でも、手当てしなきゃ駄目じゃない!"

"かかりつけの医者がいるんでな、そっちで見てもらう。お前んちに連絡はしてあるから、そのうち迎えがくるだろうよ。それまではうちの部下をつけておいてやるから、離れるんじゃねえぞ"

"・・・祭は一緒にいてくれないの?"


ぽそりと弱い本音を吐露すると、踵を返しかけていた彼は戻ってきてぐしゃぐしゃと瑠璃の頭を撫でた。


"悪いな、俺はちょっと大事な用があるんだよ"

"私より大事ってこと?"

"お前の怪我がたいしたことないことを考えりゃ、まあ、そうだな"


その返答にむっとむくれた瑠璃の頭を押さえて、祭は少し屈んだ。そして、瑠璃の耳にそっとささやきを残す。


"元気でな"


今思えば、まるでもう会えないみたいな、切ない音だった。


見上げた祭がいつもと同じ、仕方ねえ奴って顔で笑っていたから、気のせいと思ってしまった。


"じゃあな。ちゃんといい子にしてわがままするんじゃねえぞ"


祭がふざけるみたいにまた一瞬だけ肩を抱いてきたから、それにどきりとして気を取られてしまった。

ちゃんとその言葉の意味を聞かなければならなかったのに。「用って何」って追いすがらなければならなかったのに。

そうしたら分かったのに、瑠璃がちゃんと弁明できたのに。


(絶対、駄目なんだから!)


瑠璃は病院の正面玄関に乗り付けられていた自宅にある車の一つを見つけ、その運転席を激しく叩いた。


「お、お嬢様っ?!」

「早く開けなさい!それですぐに家に向かうの!すぐに!」

「は・・・?しかし・・・立花さんは・・・」


瑠璃を迎えに行ったはずの執事の姿が共にないことを運転手はいぶかしんだようだった。

けれど、瑠璃は自慢の“絶対命令”で運転手に檄を飛ばした。


「いいから、さっさとしなさい!じゃなきゃ、あんたは今日限りでクビよ!!」

「はっ、はい!!」


急いでかけられたエンジンの振動を感じながら、瑠璃は爪を噛んだ。


(絶対に嫌よ、お父様・・・)


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