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設定を間違えてしまったので昨日投稿と分けました。
最後の部分のみが追加分になります。
不屈の精神で立ち直った瑠璃は、学院に戻る前に蒜生の家に行くことを決めた。
一つのことに頭が行ってしまうと、他をおろそかにしがちなのが瑠璃の性質である。
増して、いつも影のように付き添ってきた唯のことともなればすぐ頭から抜け落ちてしまった。
結果、唯に謝るどころか、「祭のところに行ってくる」とメイドに伝言だけ残して、さっさと一人で車に乗り込んでしまったのだ。
だが、いない可能性も高いと踏んでいたとおり、やはり蒜生本家にはその姿はなかった。
ただ、舎弟の一人がふと漏らした「店」という言葉を聞き逃さず、瑠璃は繁華街へと車を回させる。
着いた先は、この間連れてきてもらったクラブだった。
「お嬢様、このようなところ、危険です」
白髪の運転手が不安を訴えたが、瑠璃はそれを無視して車から降りた。
「お嬢様!」
慌てて運転手もドアを開け、瑠璃の手を掴む。いけません、と首を振る彼に、瑠璃はむっと口を尖らせた。
「大丈夫よ、ここは祭の店だもの。このあいだ来たの。みんな親切だったわ」
そう言い張ってまだ開店していない店に入ろうとした瞬間。
「ぐ・・・!」
「上川!?」
がつっという鈍い音が聞こえ、荷物が地面に落ちたかのような音がそれに続いた。
瑠璃が驚いて振り返った瞬間、背後から大きな手に口をふさがれた。
「―――!?」
「高倉家のお嬢様ともあろう方がこんなところ来たらいけませんなぁ」
悲鳴をあげることもできない瑠璃は、いつの間にか5人の男に囲まれていた。
彼らは角材やナイフなど、それぞれ武器を持っていた。
さすがに凍りついた瑠璃の足元には、頭を殴られて転がっている上川の姿がある。
それでも強気の視線でどうするつもりだと問いかけた瑠璃に、背後にいた男が笑った。
「見た目と違って、気の強いお嬢様だ。とりあえず、俺たちと来てもらいましょうか」
「っ!」
そのまま首の裏を手刀で打ち付けられ、瑠璃は意識を失った。
◇
「・・・・ま・・・瑠璃様」
「う・・・ん?」
呼ばれる声を知って、瑠璃はのろのろと目を開けた。すると視界に、唯の姿が飛び込んでくる。
「・・・・唯?ここは・・・?」
ずきずきと痛む首を自覚しながら瑠璃は起き上がった。手首と手足がそれぞれまとめて縛られている。見渡せば、どこかの事務所の一室のようだった。
染みだらけの薄汚れた壁に、棚がいくつか備え付けられているだけの殺風景な部屋だ。
「閉じ込められたようです。あの人たち、鍵を掛けて行ってしまって・・・お金がどうとか言っていました」
「そう、身代金目的誘拐ね。ありそうなことだわ」
誘拐の事実を自覚しても、瑠璃は動じることなくため息をついただけだった。
幼い頃に何度か誘拐され、そうではなくともかなりの数の誘拐未遂にあっているせいで、今更怖がる神経は持っていない。
ただ、このまま家に電話されれば、祭を探しに治安のよくないところへ行ったことがばれ、彼に迷惑がかかることを恐れた。
「それにしても、唯は何故ここに?あなたもつかまったの?」
唯は置いてきぼりにして家を出てきただけに、瑠璃は何故唯まで一緒に閉じ込められているのか理解できなかった。
「・・・はい。お恥ずかしながら、瑠璃様を探しておりまして。蒜生のお宅で聞いたところ、もしやということで繁華街へ行きましたらちょうど・・・」
警察に電話しようとしたところを見つかってつかまったのだと、唯は申し訳なさそうに謝罪をした。
「いいのよ。あなたに怪我はない?」
「は・・・?え・・・ええ、何も」
しかし瑠璃が役立たずと罵ることなく唯をいたわったので、彼女は唖然とした表情を浮かべた。
それに苦笑し、瑠璃は唯をじっと見つめた。
「瑠璃様・・・?」
「・・・・あの・・・ごめ・・・んなさいね」
「!」
さらに唯が驚愕するので、瑠璃はこそばゆい気持ちになり、視線を微妙に外した。
「二つ・・・あるわ。謝らなきゃいけないこと・・・。1つはその・・・昨日、八つ当たりをしたこと。怪我をさせてしまって・・・そんなつもりはなかったの。でも、ごめんなさい・・・本当に、ごめんなさい」
瑠璃の頬はかすかに赤くなっていた。けれど、ようやく言いたいことが言えて、ほっと息を吐く。
そして一度言ってしまえば、楽なものだった。
「それに、こんなことに巻き込んでしまったこと。唯に黙って勝手に出かけなければ、唯がちゃんと止めてくれていたと思うの。そうしたら、唯もあいつらにつかまることなんてなかったのに・・・勝手なことして、ごめんなさい。いえ・・・今回のことだけじゃないわ。今まで、唯に対してたくさんひどいことをしてきたの。ごめんね。今更謝ってすむことじゃないかもしれないけれど・・・ごめんなさい」
頭を下げると、唯が息を呑んだのがわかった。
「瑠璃・・・さま・・・?」
「どうしたの、って言いたい?そうよね、私、最低の人間だったわ。分かっていたけど、謝れなかった。でも、それじゃいけないっていい加減気がついたの」
「・・・・・・・」
「許してくれない?それならそれでいいわ。お父様に頼んで、唯を別の仕事に就かせてもらうようにしてあげる。学校も今までどおり通わせてもらうわ、安心して。唯は何も心配しなくていいわよ」
瑠璃の口癖は、「私の世話をするから、唯は庶民が通えもしないようなこんな綺麗な学校に入れてもらえたのよ」だった。そう言って、唯を縛り続けていた。
でもそれももうやめる。
「ごめんね、唯。今まで我慢をしてくれてありがとう」
唯はどうしたらいいのか分からないといった表情を浮かべて、それから泣きそうに顔を歪めた。
「唯?どうしたのよ?何、私、またいけないことを言ったの?」
「・・・・っ、すみません・・・すみません、私・・・!」
唯が体を折り、丸まって謝罪を始めたときだった。
「おう、説得はついたか?」
ばん!と安っぽいアルミのドアを開けて、男が数人室内に入ってきた。はっと瑠璃と唯は顔を上げる。間違いなく、誘拐犯人たちだった。
瑠璃はキッと彼らをにらみ、唯を後ろにかばった。
「ん?付き人をかばうつもりか?案外やさしいじゃねえか、お嬢ちゃん」
「唯は関係ないでしょ!解放しなさい!人質は私一人で十分のはずよ」
唯がその言葉に息を詰めたのと同時に、男が近くにあったアルミのゴミ箱を蹴倒した。
「今どういう状況かわかってんのか?あ?あんたは、俺らに命令できる立場にはないんだよ」
瑠璃はそれに一度びくついたものの、負けじと睨み返した。
「・・・合理的な取引をしようと言っているのよ」
「何だと?」
「唯には人質の価値はないわ。人質の数は多ければ多いほど、邪魔になるものよ。それよりも、唯に高倉へ交渉の連絡を頼むといいわ。電話って足がつきやすいもの。今の警察の力を舐めちゃいけないわ。あなたたちが家に電話すれば、発信源を突き止められて終わりよ」
「ふん・・・、なかなか肝の据わっているお嬢ちゃんだ。いいだろう、その提案に乗ってやるよ。こっちにとっても好都合だ」
「瑠璃様!駄目です!」
「大丈夫よ、唯。安心して。この私を殺しはしないわ。お金だけなら見逃されることがあっても、高倉の娘の命を奪ったとあったら、地の果てまでも追い続け制裁をうけることになるから。なかなかそんな度胸はないわよね?」
リーダーの男は肩をすくめて、唯の腕をつかみ引っ張り起こした。
「瑠璃様・・・」
「こっちに来い」
不安そうな唯に、瑠璃はにっこりと微笑んでやった。
背を突き飛ばされた唯は、何度も振り返りながら部屋を出て行く。
ぱたん、と再び扉が閉められて、瑠璃は大きく息を吐き出した。
すると途端に恐怖が襲ってきて、全身ががくがくと震えてくる。
殺されない、と言ったが、そんな保障は本当は何処にもない。
それでも大きな深呼吸を繰り返し、瑠璃は必死に自分の中の恐怖を押さえ込もうとした。
(大丈夫・・・大丈夫、お父様たちが助けてくれる)
今までそうであったように。無事に帰れるから。
そう言い聞かせ、瑠璃は泣き言がこぼれそうな唇を噛んだ。
しかし、突然隣の部屋から怒鳴り声と、何かをなぎ倒す音が聞こえてきて、ぎくりとなった。
「ふざけんな!今更どういうつもりだ!女だからって容赦しねえぞ!!」
今度はパイプ椅子か何かがぶつかる金属音。血の気が引いた。
「ゆ・・・唯!?唯!唯に何かしたの?!許さないから!」
瑠璃は芋虫のように這って壁の側にいくと、必死にそう叫ぶ。
ついでにがんがんと薄そうな壁を蹴ってやった。
すると、喧騒が収まり、再び部屋の扉が開く。
「唯!!」
男の手には、ぐったりとしている唯の姿があった。彼は唯を部屋の中に投げ込むと、転がった彼女に唾棄する。
「ちっ、怖気づきやがって。今更後にはひけねえんだよ」
唯の頬には明らかに殴られた跡が残っていた。制服のスカートから出る左足の太ももの辺りも腫れあがっている。苦痛に表情を歪める唯の額にはびっしりと脂汗が浮かんでいた。
骨が折れているのかもしれないと、瑠璃から血の気が引く。
「唯・・・唯・・・。しっかりして!あんたたち、なんてことを・・・病院に連れて行きなさい!」
「病院だ?そんな屑、用済みだ」
「屑ですってっ?唯は私の大切な世話役よ!暴言は許さないわ!」
憎しみを込めて男をにらみつけると、彼は突然笑い始めた。
「大切な?お前、散々とその娘をこき使ってたそうじゃねえか。よく言うぜ」
「・・・・・!それは・・・」
「おい、聞いたか?唯さんよ?案外、使用人思いだったようだぜ、あんたの主人。とんだ裏切りしちまったなぁ?」
「・・・う・・・」
「唯?しゃべらなくていいわ。あんたたち、何わけのわからないことを言ってるのよ。唯が裏切るわけがないでしょう!?」
唯が切れた唇で何かを言おうとするのを見て、瑠璃は慌てて制した。
そして唯の代わりに、反論を向ける。
すると、何故か男はますます笑った。
「何にもしらねえで哀れだな。この女はあんたを俺らに売ったんだよ」
「・・・・は?」
「親父の借金に首が回らなくなって、この誘拐に加担したんだよ。あんたなんて、大嫌いだって言ってな。やたら手際がいいと思わなかったか?あんたの行動、この女が俺らに伝えてくれていたからだよ。捕まえたあとはあんたを丸め込んで、うまく連絡役を果たしてもらうつもりだった。ところが、ここに来て嫌だとぬかしやがって」
男は靴のつま先で、唯の肩を蹴った。瑠璃は慌てて、唯に覆いかぶさり、これ以上の暴力を阻止しようとする。
「何言ってるのよ。そんな嘘で、動揺なんてしないわよ」
「嘘じゃねえよ。本人に聞いてみな」
「唯は痛がっているのよ。そんなくだらないこと・・・」
「・・・・・っ・・・も・・・うしわけ・・・ありませ・・・」
しかし、瑠璃の強気に反して、唯はか細い声で謝罪を口にしたのだ。
「唯?」
「・・・わ・・・たし・・・、わたし・・・なんてこと・・・申し訳ありません、申し訳・・・」
「ゆい・・・?」
ぼろぼろと泣きながら謝り続ける唯を見ていて、瑠璃は彼らの言葉の方が正しいことを悟った。
心臓をつめたい手で掴まれたような感覚だった。
凍りついた瑠璃を見下ろし、男たちはげらげらと笑う。
「気の毒だなあ、お嬢ちゃん。まあ、せいぜいその裏切り者に恨み言でも言ってな。おい、計画変更だ」
彼らが再び部屋を出て行った後も、瑠璃はしばらく何も言葉を発せなかった。
ただ、唯が申し訳ありませんとだけ繰り返すことが室内に響く。
「唯・・・お父さんの借金って・・・?」
「・・・ぅ・・・ち、父は・・・昔に母の手術代を、用意できなくて・・・それで・・・あいつらから、お金・・・を・・・。返済期限・・・っく・・・、もう、何年もすぎて・・・利息がふくれ、あがって・・・、誰にも言えずに・・・でも、最近・・・ほ、保険金を掛けて死ね・・・ってあいつら・・・が・・・」
それを知った唯は、父親に高倉の家にお金を貸してもらうように頼めばいいと主張した。
けれど、父は恩義ある高倉の対面を傷つけるような申し出はできない、申し訳ないとの一点張りで、融通が利かなかった。それを聞いた唯は間近で瑠璃の散財を見ていて許せなかったらしい。
そのお金を貸してくれれば助かるのに、と。
そんな折、彼らからこの誘拐のそそのかしをうけた。
それでも自分を学校に行かせてくれている高倉の家を裏切ることはできずにずっと決心がつかなかった。そんな唯の背中を押したのが、昨日の瑠璃の愚行だ。
唯では買えないような高価な品を惜しげもなく壊し、八つ当たりされ、怪我までさせられた。
そのとき自分は悪魔に魂を売ったのだと、唯はむせび泣きながら言った。
「・・・も・・・しわけ・・・ありません・・・!許されることでは・・・ないですけど・・・わたし・・・私・・・どうしても、許せなくて・・・こんなに困っているのに助けてくれない、高倉のだんな様まで恨んで・・・っ!お父さんが、わ、悪いのに・・・でも・・・わたし・・・お父さんに死んでほしくなくて・・・お金があれば、って・・・馬鹿なことを・・・っ」
「唯、唯。もう泣かないで。いいの。分かったから」
瑠璃は、そんな唯の頭を縛られたままの手でそっと撫でた。かすかな微笑みと共に。
「ごめんね、唯。私が気づいてあげられなかった。唯が困っていること、一番近くにいた私がわかってあげられなかったのが悪いの。だから、もういいわ」
「瑠璃様・・・瑠璃さ・・・・っうぅ・・・・」
「唯が怒るのは当然だから。私は唯にひどいことばかりしてきた。唯の気持ちを考えず、知ろうともせずにいた。だから、唯は言えなかったんでしょう?ずっと一緒に育ってきたのに、そんな大切なことも言えなかった。一人で苦しんでいたのに、気がついてあげられなかった。憎まれて当然よ。でも唯、そんな私をあなたはやっぱり裏切らないでいてくれようとした。とても嬉しかった」
「・・・・る・・・りさま・・・」
「だから唯、そんなに自分を責めないで。私、あなたを許すわ。あなたも身勝手だった私を許してくれるかしら?本当は唯が一番私のこと、わかってくれているの。だからこれから・・・仲良くしてくれないかしら?」
おそるおそる問いかけた瑠璃の言葉に、唯はますます泣き崩れた。何度も頷きながら。
瑠璃の目にもじわりと涙が浮かんでくる。
「よかった・・・だったら、二人で無事に帰らなきゃね」
潤んだ瞳のまま笑った瑠璃に、唯はもう一度謝ると、「はい」と強く頷いた。
二人いれば、一人ではできないこともできる。
「GPSは?」
「それが、別の場所に捨てられています。かばんについた発信機も、こことはまったく逆の方向へ」
「そう・・・、唯、ここの場所はわかる?」
「はい、大体は。盲点といいますか、裏手には交番があります」
「いいじゃない。ここから逃げられれば勝ちね」
まず、唯はガムテープでぐるぐる巻きにされている瑠璃の腕を歯でどうにか解こうとした。
かなりの悪戦苦闘の末、それをはがせば次はその下の荷物を縛るビニール紐である。
硬すぎて結び目は無理だったが、歯で噛み切ることにはどうにか成功した。
今度は手が自由になった瑠璃が唯の腕を解いた。
男たちが戻ってくる前に全てを終わらせようと二人は慌てて自分の足の拘束を解こうとする。
しかし、手とは違い、足のビニール紐は特に頑丈に巻かれていて、なかなか解けなかった。
そうこうしているうちに、突然扉が開いた。
「なにしてやがる!」
「唯!」
怒気をまとわりつかせた男が、唯の頬を平手で張った。勢いで、唯は思い切りよく床に転がる。
「とんだコウモリだな。あっちもこっちも裏切りやがって」
「唯になんてことするのよ!」
瑠璃は男の足を掴んだが、すぐに蹴飛ばされてしまった。そのまま瑠璃は男に抱え上げられる。
「瑠璃様!」
「ぎゃあぎゃあうるせえよ!てめえは用済みだって言っただろ。あとで、始末してやるよ。それまでおとなしくしてな」
深くみぞおちを蹴られた唯は、もんどりをうち、そのまま意識を失ったようだった。
「唯!唯!」
「死んじゃいねえよ。まだ、な。わめくな」
「許さない・・・絶対、許さないからっ!」
「その状態で何ができるってんだ」
にらみつける瑠璃をあざ笑い、男は隣室に瑠璃を連れてきた。
そこには、思った以上の人数がいた。5人組かと思えば、その倍はいる。
主犯格と思われる男が、床に座った瑠璃に受話器を差し出してきた。
「お嬢さん。悪いんだが、この電話でお家に電話してくんねえかな」
コードとパソコンにつながれた電話はきっと、場所を撹乱するための仕掛けがしてあるのだろう。
黒縁のめがねを掛けた細い男が、イヤホンを耳につけてパソコンの前に座っていた。
「・・・・・・・嫌よ」
「そう言わずに。無事に帰りたいだろ?」
「無事に帰すつもりがあるとは思えない雰囲気だけど?唯にひどいことをしたくせに」
「そりゃあの女は俺らを裏切った。制裁はうけてもらわねえとなあ。けど、お嬢さんは別だ。後々面倒がおこるっつったのはあんただろ」
「唯も一緒に帰るわ!」
「あんな裏切り者、捨てちまえばいいじゃねえか」
「嫌よ!唯は私の友達なんだから!」
「友達・・・また面白いことを言う。けどな、そんなままごとはどうでもいいんだよ。さっさとしやがれ」
ぐいっと頬に押し付けられた携帯を、瑠璃は邪険に手で弾いた。
「貴様!」
「痛い!」
床を滑った携帯に、隣の男が激昂して瑠璃の髪を掴んだ。それを主犯の男が止める。
「止せ。目つきを見ろ。この女はそんなことじゃ折れねえぜ」
暴力などに屈するものかと瞳を燃やす瑠璃を見て、男はタバコをふかしながら立ち上がった。
「それにせっかくのお可愛らしい顔してんだ。傷つけたらもったいねえじゃねえか」
しかし、ゆっくりと大きな事務机に盛られかかる姿は不気味で、瑠璃は必死にお腹に力を入れていた。そうでなければ、恐怖に負けそうだった。
「ここで素直に電話してくれりゃ話は早かったんだが・・・仕方ねえな。おい」
指で招かれた別の男は、小型のビデオカメラを持っていた。
「お嬢ちゃんが男だったら指の一本や二本送りつけてやるんだが、俺たちは紳士だからな。女の子にそんなひでえことはしねえよ」
「・・・な・・・にするつもりよ・・・?」
「なぁに、ちょっと人に顔向けできないビデオ撮るだけだ。高倉のお嬢が公にされたら困るような。おい、腕押さえろ」
「っ離しなさいよ!」
数人がかりで押さえつけられた瑠璃は必死で逃れようとしたが、まるで無力だった。
床に強かに頭を打って歯を食いしばりながらも男をにらみつける。
「俺らも命は惜しいんでね。こいつは保険のつもりだったんだが、こうなったら最初から使わせてもらう。じっくり楽しめないのは残念だがな」
舌なめずりしそうな男を見て、瑠璃の顔に嫌悪の色が浮かんだ。
嫌悪どころではない。気持ち悪くて吐きそうだ。自分の身が危険だということはもう嫌というほど分かっていた。
いままで散々危ない目にもあいかけてきたが、彼らはその中でも程度が低く、短絡的にもほどがある。高倉を相手に身代金目的で誘拐するならもっと頭を使ってやれば、と心の中で罵ったくらいだ。
唯の父親はよほどタチの悪いところに騙されたらしい。
「っ下衆が・・・!」
「お嬢様がそんな汚い言葉を使うもんじゃねえぜ」
「離して!離しなさいっ!!」
瑠璃はようやく拘束から解放された足を(何のためかなどは考えたくなかった)、振り回したが、何人もの手に掴まれて一矢報いることも敵わなかった。
「離してよ!許さないから!泣き寝入りなんて絶対しない!何処へ逃げたって、絶対に捕まえてやるっ!!絶対にぜったいにお前たちに復讐してやるから!!」
せめて口だけはわめいていたが、無力な瑠璃に嘲笑が向けられただけだった。
「まったく、気の強いお嬢さんだ。あんたはよくても、高倉のだんなたちはどうかな。体面を重んじる御三家じゃ、あっちゃならないことだろ。あらゆるところに口止めして闇に葬って終わりだろうよ」
瑠璃は唇を噛む。
とにかくかわいがってくる家族や一族全般を相手にわがまま放題しているが、瑠璃とて高倉の恥になること、父や兄の評判を汚すことは絶対にしたくない。
(悔しい・・・ッ)
じわりと、瑠璃の瞳に涙が浮かんだ。
「泣かなくてもいいだろ。心配すんな、あんたにもいい思いさせてやるよ」
どこぞの三文芝居の使い古された台詞を吐いた男がのしかかってくる。
清楚な白シャツのボタンがはじけとび、ころころと床を転がった。
急激におぞましい想像が実感を伴い、背筋がぞっとした。
ヤニ臭い男の体躯が自分の体の上にあると思うと耐えられない。
「いやだ!!触らないで!!嫌だってばっ」
肌に直接触れる湿った生温かい温度に鳥肌が一斉に立った。
瑠璃は下着にかけられた手から逃れようと体を揺すったが、ほんの少し肩が揺れた程度だった。
「離れて!触んないで!嫌だ!嫌だっっ!!」
「うるせぇな、口ふさいどけ。おい、ちゃんとカメラも回せよ」
「アオさん、あとで俺らにもやらしてくださいよ」
「自分だけはずるいっすよ」
「分かってるっての。まずは送りつける一本だけだ。そのあとで好きにしろよ」
「うぅー、うー!」
手足どころか、口まで押さえられた瑠璃は、苦しげなうめき声を上げる。
それでも彼らが下卑た笑みを浮かべているのを、必死ににらみつけた。
ぞわぞわと怯気が走り、折れそうになる気持ちを必死に耐えながら。
それでもかちゃりと聞きたくもないバックルの金属音が聞こえたときには、こらえきれずにぎゅっと目をつぶった。溜まりきっていた涙がこめかみに吸い込まれる。
そのとき、俄かに外が騒がしくなった。




