3
その後、目の前で人がケーキを食べている姿だけで胸焼けがするという祭は、ケーキ屋に似合わない容姿のせいでじろじろと見られるという二重苦まで長時間背負わされ、車に戻ってきてからはうんざりとした様子で後部座席にもたれた。
その隣で、瑠璃はくすくすと笑い続ける。
「お前なあ・・・人が嫌いだっつってるもんを、2個も3個も食べやがって」
「甘いものは別腹っていうのが、女の子の常識なのよ。知っておいたほうがいいわよ」
「生意気な奴だな・・・・っと」
祭が瑠璃の頭を小突こうとしたとき、彼のポケットで携帯が鳴った。その相手と二、三言話した祭は、運転席にいる男に目的地の変更を告げ、そしてまた電話に戻った。
車が走り始めてしばらくしてから、ようやく祭が通話を切って瑠璃に話かける。
「悪いな、ちょっと寄るところができた。お前んちの通り道だし、すぐに済むから寄り道すんぞ」
「え・・・うん、別にいいわよ」
そんな曖昧な説明で連れてこられたのは、六本木のクラブだった。
蒜生組はしのぎでも稼いでいるというので、たぶん組が経営する店の一つなのだろう。
車に置いておくよりも店内のほうが安心だろうと言われ、祭やボディーガードに連れられて、瑠璃は初めてその店内に足を踏み入れる。
開店前の店内は勿論閑散としていたが、瑠璃の背丈ほどもある花活けや鏡張りの壁、磨き上げられた真っ白な大理石の床、天井から吊るされているシャンデリアなど、煌びやかに演出されている空間に瑠璃は圧倒される。
少しの気後れが、前を歩く祭の袖を瑠璃に掴ませた。
「何だ、怖いか?」
「ち、違うわよ!そんなんじゃ・・・」
祭ににやりと笑われて、さっさと振り払ってしまったが。
けれど祭は、瑠璃の肩を抱いて、自分の側に寄せてくる。
「大丈夫だって。誰もとって食いやしねえよ。ま、でも高倉の親父には言うなよ。未成年を連れ込んだなんて知れたら、大目玉だ」
「だから怖がっていないって言ってるのに!」
臆病者のように言われ瑠璃はますますむくれたが、祭がこんなにも近くにいてくれることにドキドキと心臓を高鳴らせていた。
瑠璃から寄ることはあっても、祭が肩を抱いてくれることなど今までなかった気がする。
「と、ところで、開店前のお店に何の用よ?」
その鼓動の速さを知られないよう、瑠璃はできるだけつっけんどんに尋ねた。
しかし、祭は意味深に笑うだけで、何も教えてくれようとしない。
「ん?まあまあ、こっち来いって」
「何よ?」
促されるままに、大きな鏡が貼り付けてある角を曲がったところで、突然ぱんぱーん!という音が響き渡った。
びっくりして目を丸くする瑠璃に、クラッカーから発した紙テープが落ちてくる。
そして目の前にはたくさんのホスト、ホステスがずらりと並び、拍手で迎えてくれた。
「お誕生日おめでとうございます!お嬢様!」
「・・・・え?」
後ろの祭を振り返れば、彼はいたずらが成功したような楽しそうな表情を浮かべていた。
そして瑠璃の頭をぽんぽんと撫でる。
「今日が誕生日じゃねえけど、まあ、誕生祝い。驚いたか?」
「え・・・、で・・・も、プレゼントもう買ってもらった・・・」
「プレゼント買ってやるだけが誕生日じゃねえだろ。去年もおととしも、忙しくて金やるだけだったもんな。お前、かなりふてくされてたから。だから、今年は派手にやってやろうかと」
「どうぞ、オーナー」
黒服から渡された花束を、祭は瑠璃に差し出した。
「ほら、女の子はこういうの好きなんだろ?」
先ほどの意趣返しのような言い回しをして、瑠璃の両手には余るほどの花束をくれた。
花の匂いにむせ返りそうになっていると、次にはろうそくの立てられたテーブルほど大きな四角いケーキが出てくる。
「ま、祭・・・これ・・・」
「ほら、吹き消せって」
もう驚きの連続でどうしたらいいのか分からなくなっている瑠璃に、祭は笑いながら言った。
もともと薄暗かった店内の照明が消されており、ろうそくの火に赤く照らされた彼の表情は、からかっているというよりも、どこか優しく見えてどきりとする。
それを悟られたくなくて間逆に顔を背けると、「しょうがねえなあ、歌もいるのかよ」と呟いた祭の一言で、店員たちがハッピーバースデーを歌い始めた。ますます気恥ずかしくなったが、歌い終わられた以上、ぐずぐずせずにろうそくの火を吹き消した。
途端に、割れんばかりの拍手が沸き起こる。
再び明かりがともされたとき、瑠璃は花束に顔をうずめた。
「・・・なんだ、照れてるのか?お前、そういうところは可愛いのにな」
耳が真っ赤になっていたせいで、瑠璃の恥ずかしさはちっとも隠せていなかったらしい。
からからと笑う祭に案内されて、瑠璃は革張りのソファの中心へ座った。
すると、ホストの若い男性がすかさず瑠璃に切り分けたケーキを差し出してくれる。もちろん、中心に乗っていた名前入りチョコレートも乗せて。
またしても出てきたケーキに、お腹一杯になっている瑠璃は少し口元を引きつらせた。
そんな瑠璃の頬を、祭が楽しそうにつつく。
「甘いものは別腹なんだろ。頑張って食えよ」
「・・・・祭の意地悪。だったら、先に言ってくれればよかったのに」
「言ったら驚かせられねえじゃねえか。いいんだよ。これは、皆で食う用だから。すぐなくなるだろ」
そう言って気にした様子も見せない彼は、ケーキには目もくれずにさっさとお酒を飲んでいる。
酒があれば目の前でケーキを食べられていても平気なのだそうだ。
「・・・ありがと、祭」
今日二度目のお礼は、案外すぐに口から出てきた。すると、今度は祭も「どういたしまして」とからかわずに返してくれる。
それからは、シャンパンタワーやマジックが行われて、従業員たちを含めて大盛り上がりになった。
もちろん、瑠璃も初めての体験を心行くまで楽しんだ。
しかし、トイレに立った帰りに、瑠璃がいない席をホステスたちが埋め、祭を囲んでいるのを見てむかっとなる。
が、それで怒鳴り込むのもどうかと思うので、瑠璃は近くで料理の残りやケーキにありついているホストだらけのテーブルに割り込んだ。
「た、高倉のお嬢様っ!?」
「なんでこっちに・・・、オーナーはあちらですよ?」
「いいのよ、鼻の下伸ばしてるから」
ふん、と腕を組んだ瑠璃に、下っ端ホストたちはびくびくと怯えている。
極道御三家と言われる高倉家直系の一人娘で、店のオーナーの(一応の)婚約者。雲の上すぎて、下手な反感を買ったらたまったものではないと思っているのだろう。
「あのぅ・・・、ケーキお食べになられます?」
「それとも何かお飲み物を・・・」
「いらないわ。ちょっと黙っていて頂戴」
瑠璃の命令にホストたちは貝のように口を閉ざした。
すると、ついたてをはさんだ向こう側の会話が聞こえてくる。
「高倉のお嬢様のために、お優しいですね、祭さん」
「それもこんな盛大なパーティー・・・。お嬢様がうらやましいです」
「オーナー、NO.1になったら、わたしのためにもやってくださいます?そうしたら、今以上にがんばっちゃいますぅ」
「俺がわざわざやらなくても、客がいくらでも貢ぐだろ。そいつらにやらせろよ」
「ああん、つれない」
「でも、まあ、売り上げが歴代の1位になったら、これ以上の宴開いてやるよ。そのNO.1のために、この俺が直々にな」
「本当ですか!?」
「だったら、死ぬ気でがんばっちゃいますぅ」
「ついでに、オーナーが同伴ついてくれるっていう特権もあったらもっとやる気だしちゃう」
「同伴?ああ、いいぜ。一晩付き合ってやるよ」
語尾に全部ハートマークがついているのでは、と思うほど甘ったるく話していたホステスたちがきゃあああっと黄色い声を上げた。
それと正反対に瑠璃の周りではブリザードが吹き荒れる。
「お、お嬢様!一晩って、店で一晩ってことっすから!」
「そそそうですよ!オーナーについていただけるってのは、ホステスとして最高の栄誉ですからね」
「ほら、店の士気上げるの、オーナーは上手いでしょう?!」
必死にフォローするホストの面々だったが、煮えくり返った瑠璃の憤りを鎮火することなど不可能だった。
おまけに、さらなる続きがあったとしてはもう瑠璃とて黙っていられない。
「じゃあ、約束の印に」
「ずるーい!わたしも!」
「やめろって、口紅がつくだろ。今日は瑠璃がいるんだ。ってかあいつ、戻ってこねえな。どこまで行ったんだ?」
がしゃーん!と瑠璃はテーブルの上にグラスをぶちまけた。
そのテーブルのホストたちは顔を引きつらせ、突然の騒音に驚いた店内全てが静まり返った。
その静けさの中、瑠璃はホストたちを押しのけて、ずかずかと祭のいるテーブルまで向かった。
たぶん祭はそれが自然体なのだろうが、ソファの背もたれに広げた彼の腕の中で、ホステス二人がしなだれかかっている。しかも彼が話していたとおり、唇の端に赤い口紅のあとがついていた。
ぷっつん、と瑠璃の中で確実に切れたものがあった。
「・・・祭の・・・」
「馬鹿、ちげえ!誤解すんなって!」
そのときの瑠璃の怒りの表情がすさまじかったのだろう。
珍しく祭が慌てている。
それを見ていると噴火しそうになっていた瑠璃の中のマグマが、何故かすうっと冷えていった。拳が震えるほどの怒りが、冷たく全身に染み渡る。
瑠璃は、感情とはまったく逆に、にこりと笑った。
それに祭がぎょっとしている。
「・・・仕方ないわね、祭はそういう人だものね。分かってるわよ」
「る、瑠璃・・・?」
「うん、分かってるから。こんなことくらいで、怒らない。私は、大人だから」
でもね、と、その不気味な微笑で店内すべてを凍らせておいて、瑠璃は近くにあったウイスキーの瓶を手で掴んだ。
たぶん、誰もがそれを叩き割ると思ったのだろう。
それに備えて身構えたものは多かった。
が、瑠璃は瓶を口につけてぐいっと一気にあおったのだ。
「っ馬鹿!何やってんだっ!!」
「お嬢様!」
祭が顔色を変え、近くにいたホストの一人が大慌てで瑠璃からボトルを奪い取った。
勢い余って瑠璃の顎の辺りまで、飲めなかった酒が伝い落ちる。瑠璃はそれを手の甲でぬぐうと、キッと祭をにらみつけた。
ちょっとくらくらし、立ち上がった彼がぼやけて見えていたが、とにかくにらみつけた。
そして・・・。
「祭がそうやって浮気するなら、私だってしてやるっ!」
「はっ?」
突然の宣言に唖然とした祭にあてつけるつもりで、瑠璃は先ほどウイスキーボトルを取り上げたホストの胸倉を掴みひっぱると、背伸びをしてそのホストにキスをした。
「・・・、う、わ・・・っ」
彼は目を白黒させ、瑠璃から離れようとしたが、瑠璃はその両頬を掴んでもう一度唇を重ねた。
小柄な瑠璃なら突き飛ばせば離すことができただろうが、高倉の姫にそんな暴挙に出ることはまさかできず、彼はひたすら硬直していた。
すると突然ものすごい力でべりっとはがされた。
勿論、床に転んだのは瑠璃ではなく、その彼である。
「さっさと離れろ」
どす黒いオーラを出している祭ににらまれたホストは、真っ青になり、言葉を失った。
彼は何も悪くなかったのだが、あいにくそんなことが言えるほどの度胸などなかった。
というか、確実に怒っている祭に何か言える人物など誰もいなかっただろう。
史上最悪のとばっちりだった。
そんなとばっちりの元凶は、祭をぼかぼかと殴っていた。
「離してよ!祭の馬鹿!だいっ嫌い!」
「馬鹿はどっちだ。この大馬鹿娘が。未成年が酒飲むんじゃねえ!」
「やくざのくせに、偉そうに能書き垂れないでよ!大体、私より年下の頃から飲んでたくせにっ!」
「俺はてめえみたいに酔って阿呆なことしでかさねえからいいんだよ」
「阿呆ってなんなのよっ!いいじゃない、キスくらい。挨拶みたいなものでしょ!?」
「よくねえよ!ここは日本だ!この馬鹿女っ!」
「な・・・祭だって、誰とでもしてるじゃない!何で私に怒るのよっ!」
「・・・・怒ってねえよ。呆れてるだけだ」
「嘘よ、怒ってるじゃない!」
それから怒ってる、怒ってないの不毛なやりとりを何回か繰り返した二人は、祭が瑠璃を抱えるという強制的な方法で店を退去することになった。
車にぽいっと投げ込まれた瑠璃は、すぐさま起き上がって、先ほどの紙袋を投げつけた。
「祭の女ったらし!スケベ!キレーなホステスはべらせて、鼻の下伸ばしてるなんてサイテー!」
「くだんねえこと言うな、このガキ!何わけわかんねえことでキレてんだよ」
「わけわかんない?わかんなくないでしょ?あの人たちとキスしてた!」
「だから誤解だっつってんだろうが!」
「誤解って何よ!私、聞いてたんだから!同伴って?一晩付き合うって何っ!?」
「それは・・・、単なる仮定の話だろ。大体、何勘違いしてんのかわかんねえけど、同伴なんて店が始まる前に飯おごってやって店に一緒に来るだけだし、一晩ってのは、一晩ボトル入れ続けてやるって意味だぜ」
「・・・信じない」
「何でだよ」
「祭はいつも綺麗な人たちと一緒にいるから。連れて歩いてるの、何回も見たことある・・・べたべたしてたし、キスしてたの見た事だってある」
怒鳴るのを止めると、瑠璃の瞳から、ぼろぼろと涙が出てきた。一度流れ出たそれは、止まることを知らない。
祭が運転席の男を手で車外に出るよう指示したのにも気がつかないほど、瑠璃は泣きじゃくっていた。
「ま、祭が・・・女好きって・・・し、知ってて。しってるけ、ど、好きだった、んだもん。だから・・・大きく、なるまで、がまん・・・しよ・・・って・・・、でも、こう、こうせい・・・なって・・・も、まつり・・・わ、たしのこと・・・」
「瑠璃。瑠璃、泣くな。その・・・・なんだ・・・悪かった」
「本気で、悪い・・・って思ってない、くせに・・・」
「思ってるって。だから、泣き止め。ほら」
祭が自分の指で瑠璃の濡れた頬をぬぐってくる。
たぶん、めんどうがりだからハンカチなんて気の利いたものを自分で持っていないのだろう。
「やっ、痛い・・・祭のバカ・・・」
「んだよ、人が親切で・・・、ったく、仕方ねえ奴だな。これならいいか?」
文句を言うと、瑠璃の首に腕を回し抱えるような形をつくり、シャツの袖の柔らかい部分で拭いてくれた。
非常に大雑把だが、こういうところは優しいと思う。
そしてその優しさに触れれば触れるだけ、何故か苦しくなって涙が出てきてしまった。
「なんでますます泣く?まだ俺が何かしたのか?」
「う・・・ぬぼれないでよ、祭のせ・・・で泣いてる・・・んじゃないもん・・・」
「あ?じゃあ何だよ?」
けれどそれが悔しくて瑠璃は意地を張った。
そして言い訳を必死に考えてみたところ、思い至ったものに、今度はそのせいで本当に涙がどばーっと出てくる。そう、祭が引くくらいに。
「・・・・・キス・・・知らない人、としちゃった・・・」
「は?」
「初めてだったのに・・・、か、顔も覚えてない・・・っ」
「・・・・・・・」
「せっかくのファーストキスだったのに・・・うえぇえん!祭のばかーっ!」
わんわんと声を上げて泣き出した瑠璃の後ろから、げんなりとした声が聞こえてきた。
「・・・つくづく、バカだバカだとは思ってたけどよ・・・」
「バカって言ったぁああ!祭のせいなのにぃいっ!」
ひどく悲しくなって瑠璃の涙はますます止まらない。
小さい頃から祭しか眼中になく、祭のお嫁さんになると真剣に息巻いていた瑠璃だったので、いくら言い寄られようとも誰かと付き合うなんてことは考えたこともなかった。
大人ぶっている性格ではあっても、女子高育ちで思考は完全に乙女系。
加えて祭が遊びまくっている男だったせいで、自分だけでも「初めて」という特別さが欲しくて人一倍、思い入れが深かったファーストキスだった。
いっそ、祭としかキスしないとも思い続けていたのに。
泣きながら逆切れしている瑠璃の心情吐露に、はぁ・・・と祭のため息がかぶった。
「お前が悪いんだろ」
「悪くない!祭が悪いの!」
「・・・はいはい。俺が悪くていいから、いい加減泣き止め」
「どうでもよさそうに言わないでよ!私が、どれだけショックだと、お、思って・・・」
瑠璃はまたびーびーと泣き始めた。
それが一向に止まらないと知ると、祭は頭を掻いてまた大きなため息を一つ吐く。
「あー、もう。分かった。こうすりゃいいんだろ」
「え・・・?」
彼は瑠璃から腕をはなすと、代わりに顎を摘んでくいと持ち上げた。
目を見開く瑠璃の唇に、一瞬だけ祭の唇が触れる。
すぐに離れた祭はふいとそっぽを向いて、その大きい手で瑠璃の視界を奪った。
「ほら、これで満足だろ。さっきのことは犬にでも噛まれたと思って忘れろ」
呆然とする瑠璃の前髪を照れ隠しのようにくしゃくしゃと混ぜながら、彼はそんなことを言う。
けれど、瑠璃の口から出たのは。
「・・・忘れろって、そんな簡単にいかないわよ・・・」
「ああ?」
「・・・・・・二回もしちゃったもん。なによ、祭なんて三番目じゃない」
思わぬ言い草に、祭は思い切り鼻白んだ。
「三番目ってお前」
「何よ、三番目のくせに・・・偉そうなこと言わないでよ。三番男くせに」
瑠璃はしゃっくり上げながら、そんな風に祭を詰った。
すると「三番」を連呼された祭もむかっときたらしい。剣呑な表情で、瑠璃の顎をもう一度つかみなおした。
「だったら、したことないやつしてやる」
そう宣言をして、瑠璃の口に噛みつくようにキスをしてくる。
そのまま、たっぷりばっちり舌を絡められて、瑠璃は翻弄されるばかりだった。
他人の口の中の温度や唾液を飲まれる音が、想像よりもはるかに生々しく、恥ずかしくて心臓が壊れそうだった。
初心者には荷が勝ちすぎるディープキスに、瑠璃はくたりとなった。
祭がふふん、と笑う。
「忘れただろ、あんなお子様なファーストキスとやらは。・・・・って、瑠璃?」
しかし負けず嫌いな祭の言葉はもはや瑠璃に届いていなかった。
くたっとなった先の祭の肩で、すぅすぅと寝息を立てていたからだ。酔いも回って、いろいろ限界に達したのである。
祭はそんな瑠璃をまじまじと見下ろした後で、吐息で笑った。ぽんぽん、と瑠璃の頭を撫でる。
「・・・・・・何、俺もムキになってんだか」
苦笑が祭の面を覆った。
少しして、運転役の部下が戻ってきた。ぎゃあぎゃあと騒いでいた瑠璃の声が聞こえなくなったことに不審を抱いたのだ。祭は瑠璃に右肩を貸したまま、彼に手で運転席に戻るように指示する。
「お嬢さんは・・・」
「見ての通り、酔っ払って管巻いて寝ちまった。酒が抜けきらねえまま家に帰すわけにはいかねえし、このまま本家へ戻れ」
「かしこまりました。・・・あの、若」
すぐに頷いた部下は、しかし、エンジンをかける前にためらいがちに声をかけてきた。
「何だ?」
「差し出がましいこととは思いますが、お嬢さんのことは・・・これからどうなさるおつもりで?」
「どうって?」
「このまま、お嬢さんと縁を結ぶおつもりですか?」
「そりゃ、ねえな」
問いかけに、祭は即答した。
ただ、瑠璃の髪を撫でる手つきは他の誰に対してよりも優しく、まるで慈しむようですらあった。
瑠璃が起きているときには絶対にしない仕草だ。
「若・・・お嬢さんは・・・」
「たとえば俺がよ」
瑠璃の気持ちをよく知っている舎弟の一人である運転手の言葉をさえぎって、祭は話し始める。
「俺が、こいつの兄貴だったら、俺みてえな男を可愛い妹の相手とは絶対に認めねえな。不幸になるのが目に見えてると思わねえか?」
「若・・・」
「こいつは何を思ってか、俺をいつまでも追いまわしてるけどよ、俺なんてろくでもねえ人間だぜ。何不自由なく生きることができる高倉のお嬢の相手としては、最低ランクだろ。それが分ってて、こいつを受け入れることができるほど、俺はこいつをどうでもいい相手だとは思ってない」
大切だからこそあきらめさせたい。それが瑠璃のためだと、祭は信じて疑っていなかった。
「いつか自分で気が付いて別のところに行くと思っていたんだがな。それでも俺が好きだって言うんだから、こいつは全く馬鹿だな。馬鹿の一つ覚えみてえに、いつまでもまとわりついてきて・・・」
その先を祭は語らなかった。ただ、無言で瑠璃の寝顔を見つめた。
「・・・出します」
「おう」
運転席の彼の言葉に頷いた後も、祭は瑠璃の髪を撫でながら肩枕を提供し続けた。
『いっそ、気まぐれに優しくするのを止めて差し上げる方が瑠璃様のためではないですか』
重宝し側に置いている年上の部下の言葉を、繰り返し思い出しながら。




