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そしてそんな雰囲気で連れ出された車内が居心地がいいわけがなく。

瑠璃はただ黙って後部座席から流れる景色を見ていた。

そうでもしていなければ針の筵のようなこの雰囲気にはとても耐えられたものではなかった。

いっそはっきりと怒ってくれればいいのに、社は瑠璃に声をかけたりしない。口を聞くのもわずらわしいという感情がみえみえの社に、瑠璃は、それでもしばらくしてから声を掛けた。


「・・・ねえ。紗枝と私と、どこが違うの?」


それはとても聞きたいことだった。一度目は無視されたので、瑠璃はもう一度同じ問いかけを繰り返す。


「全部」


今度はそっけなく返答があった。

瑠璃はそれにむっとして、「全部ってどういうこと?」と居丈高な口調で聞き返した。


「紗枝は思いどおりにならなくても癇癪おこさねえし、わがままを貫いて誰かに迷惑をかけたりもしない。お前のように」

「・・・・・わがまま・・・じゃ、ないわ」

「へえ」


バックミラー越しに社が皮肉気に笑ったのが見えた。

今のお前はなんなんだ、と言いたいのだろう。瑠璃はむっとして反論した。


「わがままじゃないわ!そりゃあ、前の私はわがままだったとは少しは思うわよ。でも、今はちゃんとありがとうって言えるようになったわ。さっき社にだって言ったじゃない!」

「そうかよ」


しかし、社の反応は冷たいままだった。


「俺はお前のそういう、当たり前のことを偉そうに言うところが気に食わないがな」


祭と同じ声で冷たくされると胸がひどく痛む。紗枝はぎゅっと膝の上で拳を握りこんで、唇を噛んだ。


「・・・・・んで・・・よ・・・」


しばらくして瑠璃のふっくらと厚い唇から出てきたのは、涙混じりの声だった。


「どうしたら・・・・いいのよ・・・なんで、私・・・私は、ただ、祭に・・・す、好きになってほしいだけなのに・・・」


瑠璃は袖で必死に涙をぬぐいながら、幼さを感じさせる口調で言った。


「なんで、祭・・・、わた、わたしのこと・・・ちっとも、あいてにしてくれないの・・・?ずっと、まつりが・・・すきなのに・・・まつりが・・・う・・・え・・っく・・・」


ぐすぐすと泣く瑠璃を社はしばらく無言で放置していたが、高倉の家の近くまで来て、初めて振り返った。


「泣くな、ガキ。うっとおしい」


社はダッシュボードに入れてあったボックスティッシュを瑠璃に差し出す。

丸ごと受け取った瑠璃は、それで鼻を噛んだ。

それで少し落ち着いた瑠璃は、気恥ずかしさも手伝って憎まれ口を叩いた。


「なによ、社の馬鹿。冷血漢。人でなし。こんな美少女が泣いてるってのに、うっとおしいだなんて・・・」

「・・・俺はお前のその性格が、本気でむかつく」

「いいわよ、私、社に好きになってもらいたいわけじゃないもの」

「ああそうかよ。俺だって、お前みたいなクソ生意気なガキの面倒みるのは御免だからちょうどいいな」

「・・・・・・・・祭も、そう思ってると思う?」


ぽそりと、弱音が口を付いて出た。

すると社は一瞬黙り込み、「さあな」とだけ答えた。


「さあな、って何よ。あんたたち、双子なんでしょ?だったら、片割れのこと少しは分かりなさいよ」

「馬鹿か、双子だって性格違うんだよ。だからお前、俺のことは好きじゃねえんだろうが」

「だって社は昔から何を考えてるのかわかんなくて、つまらないんだもの。いつも暗い顔してるし、陰険だし」

「お前、二度とうちに来るな」


確実に社の怒りを買いつつも、瑠璃は頬にひとさし指を当てて考え込んだ。


「でも、紗枝といるときはいい顔してるわよね。社、本当に紗枝が可愛くて仕方ないって感じ。メロメロ?」

「その生意気な口、閉じてろ。この場でたたき出すぞ」

「・・・しないわよ、社は。だって、お父様に怒られたら困るんでしょう?」


冷静に判断し、切り替えした瑠璃の声は、しかし、してやったりというものではなかった。

むしろどん底の暗い声だ。


「祭も、そう。みんな、そう。私が“高倉瑠璃”だから、大切にしてくれる。本当は・・・嫌いなくせに。嫌で仕方なくても私の面倒をみているのよ」


胸にわだかまる悲しさを吐露すると、社がはあっと大仰なため息をついた。


「それをお前は望んできたんだろう?ちやほやされるのが大好きで、わがままを聞いてもらえるのが楽しくて仕方なかったくせに」

「・・・・っ、でも、今はちっとも楽しくないわ!」


瑠璃は叫んだ。

確かにかつての自分はそうだった。

けれど、そのむなしさを知ってからは、日々、痛みが増すばかりなのだ。


「瑠璃」


ふと、真剣に社が瑠璃の名を呼んだ。


「はっきり言ってやる。俺がお前に対して何かしてやるのは、全部、高倉に関わりを持つ蒜生の家のためだ。お前のためなんかじゃねえ」

「―――ッ!」


知っていたことでも余りにはっきりと言われると、心は傷つく。

瑠璃はぎゅっと制服の胸元を握りこんだ。


「だから、お前がわがまま放題で人に嫌われようが、迷惑かけようが、俺に関係ない限りはどうでもいい。それでお前がどうしようもない人間になろうが知ったことじゃない。お前の人生だ、お前の好きにすればいいと思う」


興味ないというのはまさにこういうことだといわんばかりに、社はひどい言い草を続ける。

だが、もう止めろと瑠璃が叫びだす前に、社の話は核心へ迫った。


「けど、祭は違う。お前のわがままが過ぎればたしなめるし、怒りもする。あいつ、よく言うだろ。そんなんじゃロクな大人になんねえって」


確かに祭は、瑠璃に怒るときにそう言う。

もっと分別をつけろとか、まともな人間になれとか。


「あのな、お前みたいな気位の高い女の一番簡単な扱い方は俺みたいに放置しておくことなんだよ。どんなわがまましたって、はいはいと流してやる。そうすりゃ機嫌を損ねることもねえし、面倒なこともない。利用するところだけ利用させてもらって、あとは隠れて好き放題が一番楽だな」

「・・・好き放題って・・・浮気し放題ってこと?」

「まあ、そんな感じだな。当たり前だろ、利用できさえすれば、どうでもいいと思っているんだからな。でも、祭はそうしなかった。お前がちゃんとした大人になるように、面倒でもいちいち説教してた。俺はそれを見て、ほっときゃいいのに、って何度も思ったくらいだ」


それから社は、一つ息を吐いて、「この先の話は、俺が言ったことを言うなよ」と忠告した。


「一回だけ、聞いたことがあるんだよ。瑠璃なんかほっとけばいいじゃねえかって。そうしたらあいつ、何て言ったと思う?」

「・・・何て言ったのよ」

「いつもいつもまとわり付かれてたら情も沸くってよ」

「・・・情・・・?」

「お前は強がっちゃいるが、本当は寂しがりなんだと。親父や兄貴に可愛がられているとはいっても、年のほとんどは家にいない。その上、小さい頃から同年代のやつらと外でろくに遊べずに、大人の中でわがままするしかなくなったせいで、人付き合いが下手すぎる。だから、かまって欲しいときにどう表現してわからなくて、駄々をこねてるだけ。ある意味、気の毒な境遇だし、見捨てらんねえだろ、って。妙なプライド振りかざして、必死に気を引こうとするのは見てておもしれーけど、っていうのもついていたが」


思わぬ話に瑠璃はかーっと真っ赤になった。

つまり、小さい頃から続けていた瑠璃の強がりは、すっかり祭に気づかれていたようだ。


「祭は、俺より情が深いからな。お前のことは、チビの頃から知ってるし、妹みたいに思ってたんだろ」

「妹・・・」


しかし、その単語にはずん、と沈み込む。

それをミラーごしに確認した社は、少々バツが悪そうに言った。


「・・・まあ、だから・・・それなりにお前のことは、気に入ってるぞ。あいつなりに」

「誰も・・・妹なんかになりたいわけじゃないわ」


しかし、瑠璃の本心はまさにそれだった。


「だから、好きだってちゃんと言ったわ。わかりやすく、誘ってもやったわ。でも、全部、本気にしてくれないのよ」


瑠璃の愚痴に、はぁ・・・とため息がかぶせられる。


「そりゃ・・・いきなりは無理だろ。お前と10年近く付き合いがあるのに、いきなり好きだとか言われても。婚約話だって、あいつはそのうち壊れるだろうって言ってたくらいなんだしな」

「嫌よ、そんなのっ!だって、ずっと好きだったんだから!だから、あんまり乗り気じゃないおじい様やお父様に必死でおねだりして、やっと話をまとめてもらったんだもの!」

「・・・・・そうか、そこまでしてたのか」


初めて知った事実に、社は半ば感心しているようだった。


「お前、本当に祭が好きなんだな」

「だからそう言ってるじゃない!」

「いや、そこまでとは初めて知った。祭だって同じじゃねえのか?」

「同じ?」

「お前が、祭と結婚するだなんだと言っていたのは、祭のことを兄みたいというか、一緒にいると面白くて周りにいないタイプの奴だから、ものめずらしくて執着しているからだと思っていたんじゃないのか。それが急に、本気で好きだとか迫られても、あいつだって戸惑ってるんだろ」


だから瑠璃の気持ちを茶化したり、勘違いだろうと本気にしなかったりするのだろう、と社は言う。


「俺はいきなり関係を変えろというのは無理だと思うぞ」

「・・・だったら、どうしたらいいのよ?」

「知るか、自分で考えろ」

「社の馬鹿!」

「うるせえな。てめえのことはてめえで解決しろよ。・・・まあ、まずはお前の本気を分からせるしかねえんじゃねえのか。無理やり迫ったりせずに、もっと普通の態度でな」

「普通の態度って?」

「まずはそのクソ生意気な性格を直してみたらどうだ?」

「生意気ですって・・・きゃ!」


ひどい言い草に腹を立てた瑠璃が憤ろうとしたとき、急ブレーキを踏まれたせいで瑠璃は前座席に額をぶつける羽目になった。


「着いたぞ、降りろ」

「・・・・・」

「さっさと降りて、自分で帰れ。俺は高倉と関わりたくないんでな」

「・・・社の薄情者」


ちっとも協力してくれない社に恨み言を言って車を降りた瑠璃に、社は最後に一言だけ付け加えておいた。


「どうせお前のことだからどっかのハウツー本を実践してみたりしてんだろうが、あいつにそんなことが通用すると思うなよ。本気ならもっと正攻法に行け、地道にな」

一冊まるまるやってからそんな忠告をされても嬉しくない。


瑠璃は、ぷい、とそっぽを向いて、見送りもせずに頭を深く下げる見張りがいる裏門のほうから実家へ入った。

正門から入ると、玄関までたどり着くのに軽く5分はかかるから、社はこちらへ車をつけてくれたのだ。

後からその気遣いに気がついたが、送ってもらったことへのお礼も言えない瑠璃は、結局紗枝に連絡して代わりに言っといてもらうことにする。

それでも瑠璃にしては大分進歩だった。



それから瑠璃は予定さえ会う限り祭の元へ通いつめた。とはいっても、祭は家にいないこともしばしばで、舎弟たちから祭の好みを聞いて回るということにひたすらいそしむことの方が多いくらいだったが。


「・・・お前、また来たのかよ?」


週に二度目の顔合わせとなったその日、祭が大げさなため息と共に、入ってきたばかりの自室を出て行こうとする。


「何で出て行くのよ!」

「お前がいたらうるさいから」

「うるさくなんてしないわよ!」

「ほら、うるせー」


指摘されて瑠璃はむっと口をつぐんだ。


「・・・うるさくしないわよ。だから出てかなくたっていいでしょ?」

「いや、俺、昼寝したくて来ただけだからよ。お前の相手できねえし」

「何で、いい大人が昼寝なんて・・・」

「夜は何かと忙しいんでな」


お子様にはわからんだろうが、とからかうように言われ、

瑠璃はカチンっとなった。

しかし、うるさくしないと言った手前、癇癪は精一杯抑える。


「ああ、そう。大変ね」


抑揚のない口調ではあったが、微笑を浮かべて言った瑠璃に、祭は変なものでも食べたような顔をした。


「・・・何企んでる?」

「何も?私も大人になろうと思って。もう、祭につっかかるなんて子供みたいな真似は卒業しようかと」

「へーえ、お前がね」

「・・・・。いつまでも子供だと思わないでよ。昼寝、どうぞ。私は帰るから」


平常心を必死に自分に言い聞かせて、瑠璃はすっと立ち上がった。


「帰る?来たばっかじゃねえのか?」

「祭の顔が見れたからもういいわ。いつもいつも私につき合わせてたら悪いもの。好きな人の迷惑にならないのも大事、って何かで読んだし」

「・・・・・・気味悪ぃ。お前、最近変だぞ」

「そう?ほら、私、紗枝と付き合い始めてから、大人になったから」

「紗枝か。・・・社に変な入れ知恵でもされてんじゃねえだろうな?」


心底嫌そうに、祭が尋ねてくる。瑠璃はそれに一瞬どきりとしたけれど、何でもなかったような態度を貫いた。


「社なんて、私のことに興味ないもの。紗枝の邪魔するなってそればっかり。相変わらず、陰険なんだから」

「あいつにそんな言い草すんの、お前だけだぞ」


それは成功したようで、祭は苦笑しただけだった。瑠璃はにっこりと笑い、襖に手をかける。


「そう?じゃあ、邪魔者は帰ってあげるからごゆっくり」

驚いたような声が後に続いた。


「ホントに帰るのか?」

「何?帰って欲しくないならいてあげてもいいわよ」

「・・・いや、帰ってもらったほうがありがたいが」

「そ。じゃあ、バイバイ。おやすみなさい」


部屋に祭を残して、瑠璃は廊下を歩き出した。

すると、少しためらったような声で祭が呼び止めてきた。振り返るが、姿は見えず、声だけで彼は言う。


「今度の土曜なら予定ねえから、来るならそんときにしろ」


思わぬ言葉に、瑠璃の目が丸くなる。


「え・・・、来てもいいの?」


未だ開けっ放しの襖をのぞくと、祭は本当に寝る気らしく、座布団を折りたたんで頭に敷き、廊下に背を向けて寝転がっていた。


「今月、誕生日だろ。好きなもん買ってやるから、考えとけ」


その背中で、祭が言う。瑠璃の表情がぱあっと明るくなった。


「うん!」


大きく頷き、そして、瑠璃は必死にプライドを捻じ曲げて言った。素直な自分の気持ちを。


「あ・・・あの、あの・・・あ、ありがとう、祭。楽しみにしてる、から。じゃあ!」


早口で言うのが精一杯で、言い終わった後は走って逃げ出した。

とてもじゃないが、驚くに決まっている祭と顔を合わせられない。

舎弟たちにもろくすっぽ挨拶せずに蒜生邸を飛び出していく。


「・・・な・・・んだよ・・・、あいつ・・・」


瑠璃の予想通り、残された祭は心底驚いた顔をして、固まっていた。



分別ある大人の女作戦?が思わぬ功を奏し、瑠璃はひどくご満悦だった。

まさかいくら誕生月でも祭から買い物に誘ってくれると思っていなかったのだ。

しかし、祭はなんだか瑠璃を扱いかねているようで、約束の土曜当日も、調子が崩れるといわんばかりの戸惑った表情を何度も見せていた。


「おい、瑠璃。別に、両方買ってもいいぞ」

「いいの。どうせ一個しか使わないから。無駄なものは買わないことにしたの」

「1時間も悩むくらいなら、両方買えばいいだろ」

「うるさ・・・っ、あとちょっと待ってよ。待たせて悪いと思ってるわよ」


うるさいと怒鳴りつけそうになるのを、瑠璃は慌てて普通の言い方に直した。

先ほどから瑠璃が悩んでいるのは、某ブランドバッグの春の新作だ。同じ形のピンクにしようか、白にしようかで、ずっと唸っている。

今までの瑠璃なら、欲しいと思ったものは全部買わなければ気が済まず、結局タンスの肥やしにしてしまうことが多かった。

でも、常識人の紗枝と付き合ううちに、使われないままなのは可哀想とか、せっかく買ってもらったものは大事にしたほうがいいとか、そうやって思うようになってきたのだ。

だから、今日もどうせ1個しか使わないバッグは1個しか買わないと心に誓っている。


「あの、高倉のお嬢様?どちらのお色もお洋服に合わせて使い分けできますし、2つお持ちになられていても決して損をするものではないと思いますが?」


いつもの豪胆な買い方との違いに、祭だけでなく、特別室に案内してくれた店長も困惑気味だ。


「いいのよ。ねえ、使いやすい色ってどっち?」

「そうですねえ、お洋服に合わせやすいお色はホワイトかと。このホワイトは、アイボリーテイストでございまして・・・」


ぺらぺらと淀みなく話す店長との会話を通じて、瑠璃は結局白を選んだ。


「本当にそっちだけでいいのか?」

「うん」


満足そうに頷く瑠璃に、祭はやっぱり不思議そうな表情を浮かべたが、それ以上何も言わずに支払を済ませた。


「お前、他に欲しいもんねえの?」


店を仰々しく見送られて出ながら、祭が尋ねてくる。

それに瑠璃は首を振った。買ってもらったばかりのバッグが入った袋を、祭には持たせず、自分の腕に抱えて。


「ううん、これでいい」

「・・・本当にか?」

「そうよ。なんで?」

「いや・・・予算が大分余ったからな」


今買ってもらったのも十数万するバッグだったが、祭は随分と莫大な予算を組んでいたらしい。

前に、祭のかなり高限度のカードを上限一杯まで使ってやったことがあったので、誕生日のように思い切りねだれるときはここぞとばかりにたかられると思っていたのだろう。


瑠璃は我ながら子供っぽい気の引き方を思い出して、苦笑した。


「あれは、おばあ様へのプレゼントを買ったからよ」


年のために病院療養中の祖母へ、宝石をプレゼントしたからあんなことができたのだ。

最初はただお金を使うのが目的だったので、もちろん、祭が怒ったら返すつもりだったが、祭が勝手にしろと匙を投げてしまい、返すに返せなくなった瑠璃は、それを祖母に贈ったのだった。


「高倉の大叔母か。元気か?」

「うん。随分良くなっているらしいわ。もうじき、退院して、療養施設に移るそうよ」

「そうか。今度会ったら、俺からもお大事にと言っておいてくれ」

「いいわよ。伝えるわ」


こうやって本当に他愛もない話を続けることが、こんなにも嬉しいものだと瑠璃は知らなかった。

いつも祭との会話は瑠璃がわめきたてて、祭がため息をついて・・・というものが多かった。

だから、なんだか違う今日が新鮮で、楽しい。


「・・・・あの、祭・・・」


だから、素直に言いたいことも言おうと思えたのかもしれない。


「何?」

「え・・・あ、あの・・・、その・・・コレ、ありがとう。買ってくれて・・・、う、嬉しい」


上手く笑えていただろうか。

感謝を伝えるときは、笑顔もある方が伝わると言うから、顔が熱いのも我慢して、瑠璃は祭の目を見つめてちゃんと言った。

すると、祭が絶句したのが分かった。

それから、突然瑠璃の頭を上からぐしゃりと押しつぶす。


「い、いたっ!何するのよ!」

「・・・馬鹿。そんな改まられたら調子狂うだろうが」

「改まって・・・って・・・ただ、ちゃんと言ったほうがいいって思ったからなのに。ちょっと!髪ぐちゃぐちゃにしないでよ!せっかくセットしたのよっ?」

「お前はそうやってわめいてるほうがらしいんだよ。偉そうにしてるのが一番、らしいんだからよ。今更感謝なんてされても薄気味悪いだけだ」

「ひどい!何で人が素直にお礼を言ったらそういうこと言うのよ!だから、髪やめてって!なんで、祭はそうデリカシーがないの!?」


ぐしゃぐしゃと強引に頭を撫で続けられるのが嫌で瑠璃がわめけばわめくほど、祭は楽しそうな笑みになる。


「祭の馬鹿っ!」

「おお、やっと瑠璃といる感じになってきたな。もっとわめいてもいいぞ」

「・・・っ、私は大人だから、くだらない言い合いなんてしないわよ」


完全におちょくられていると思った瑠璃は、一つ大きく息を吐いて、ぷいっとそっぽを向いた。


「すぐ拗ねるのも子供だと思うぜ?」

「おあいにく。挑発には乗らないから」

「あっ、こら待て。勝手にどこか行くな」


そのまま人ごみにまぎれようとした瑠璃の肩を、祭が捕まえる。


「あぶねーだろ。誘拐でもされたらどうする。少しは自覚しろ」

「・・・・・・・」

「悪かったよ。そんなにふてくされるな。からかって悪かった」

「・・・・・・・」

「・・・なんだ、あー・・・好きなもん奢ってやるからよ。機嫌直せ」

「好きなもの?何でも?」


機嫌を取ろうとする祭の言葉に、瑠璃はようやく振り返った。そして、いたずらっ子のような笑みを浮かべる。

祭がぎくりとしたのが分かった。


「何でも・・・つーか、俺は甘ったるい匂いがするところは・・・」


祭が拒否する前に瑠璃は、さっさと希望を口にした。


「この先に新しくできたケーキ屋さんがあるの。そこのケーキセットが評判なのよ。食べたい」

「ケーキはまた今度に・・・」

「嫌よ。せっかく新宿にまで来たんだから。今日食べたいの」

「・・・だったら、あいつらに買わせて来るから、うちで食えば?」

「駄目。だって喫茶限定のケーキもあるんだから。それに紅茶も美味しいんだって。だから、付き合って。それで許してあげるわ」

「・・・・・・・ケーキ屋か・・・」


地の底に沈みそうな呟きを漏らした祭に、瑠璃はふふんっと勝ち誇った顔を見せた。




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