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祭と瑠璃のその後のお話になります。社と紗枝も登場します。ツンデレ万歳。

「祭!祭ってばっ!」

「忙しいっつってんだろ」

「だからちょっとでいいから聞きなさいよ。あ、いや、き・・・聞いて、ください」

「・・・・・・どうした?」


初めてかもしれないお願い口調に、蒜生祭は怪訝な顔をして足取りを止めた。

まるで化け物でもみるような顔つきに、いかに自分が今まで尊大な態度ばかりを取ってきたのかを思い知らされる。


高倉瑠璃は気恥ずかしさにどんな顔をしていいのかわからず、その場でうつむいた。

ただ、掴んだ祭の袖口はしっかりとつかんだままである。


「瑠璃?」

「あ・・・あの・・・」

「何だ?急にしおらしくなって。気味が悪いから早く言え」

「ちょ、ちょっとくらい心の準備させなさいよ!」

「は?心の準備?お前が?」


こっちは一世一代の勇気を振り絞ろうとしているのに、その言い草は何だ、と瑠璃は唇を尖らせる。

そういう仕草は子供っぽいとからかわれてやめたいのに、すぐ出てしまうのだ。


「んだよ。忙しいっつってんだろ。言いてえことがあるならさっさと言え」


とはいえ、相手は短気な祭だ。すぐにイライラした様子が伝わってきて、瑠璃は一度息を大きく吐いた。


「ま、祭!」

「何だ?」

「今、好きな人いないよね?紗枝のことはあきらめたんでしょ?」

「・・・おっまえ、人の傷をよくもまあ抉るな」


瑠璃の問いかけに、祭の表情が歪む。

彼が、双子の兄の恋人に横恋慕していたことはよく知っていた。

とはいえ、当事者の紗枝からしてみれば、祭はただ兄である社に対抗していたかっただけだということらしい。

祭は嘆息して、瑠璃の手を振り払った。


「ああ、もうあいつらの邪魔はしねえよ。綺麗さっぱりあきらめた。これでいいか」

「じゃ、じゃあ、私のこと好きになってよ!」


そのまま背を向けた祭に、瑠璃は精一杯の根性で言った。

意地もプライドも投げ捨てて。


「はあ?」


思い切り不審そうに振り返る祭に、体の横で拳を作り必死に言い募る。


「私、祭のこと・・・、祭のこと、ずっと好きだったんだから!だから、祭も私のこと好きになって!」

「・・・・・は?」


あっけにとられた、と表現するのがぴったりの表情になった祭は、しばらくそのまま固まっていた。

そしてようやく出てきた言葉は。


「何だ?何か変なもんでも食ったのか?病院行くか?」

「~~~~っ!!」


ただでさえ赤かった瑠璃の顔は、さらに真っ赤になった。


「こっちは真剣に言ってるのよ!変に茶化さないでっ!」

「真剣って・・・お前・・・。熱ないか?」


少し心配そうに祭が瑠璃の額に触る。

そのうえ、「よくわかんねえな」とかがんで自分の額をくっつけてきた。まるで子供にするように。

その瞬間、瑠璃の中で何かが切れた。


「ってえな!!」


気がついたら彼の頬にビンタを張っていた。


「人が心配してやって・・・って、瑠璃?」


殴られた祭が怒って瑠璃の腕をつかんだが、すぐに驚きが取って代わる。

瑠璃の目から涙があふれ出ていたからだ。


「おい、どうした?瑠璃?手ぇ、痛かったのか?そんな強く掴んでねえぞ」

「・・・っ・・・ま、祭の・・・」

「瑠璃?」

「祭のばかーーーー!!!」


とことん相手にされていない。


瑠璃は思い切りよく祭を突き飛ばして脱兎のごとく逃げていった。

廊下に唖然としたままの祭と、遠巻きに見ていた舎弟たちを残して。



大泣きした瑠璃が駆け込んできたのは、唯一友達といえる香具谷紗枝の店だった。

ファンシーショップと題して、ぬいぐるみやキーストラップ、髪飾り、アクセサリーなど女の子受けする商品がたくさん並んでいる。


店番をしていた紗枝は、ぐしゃぐしゃの顔をしながら高級車で乗りつけてきた瑠璃を驚いて迎えた。

人目を気にしない瑠璃は客がいようがいまいが、さっきからずっと紗枝にくっついてべそべそと泣いている。


ただ、紗枝は客の間では「お姉様」と人気が高い上、無類の可愛らしさを誇る瑠璃がそんな紗枝に取りすがって泣いている姿は女の子たちの間でツボだったらしい。

きゃあきゃあと人が人を呼び、何故だか膨れ上がってしまった。

さすがに瑠璃がかわいそうだと紗枝が仕入れから戻ってきた父親と交代して二階の家に上がる頃、瑠璃もようやく泣きつかれて落ち着いたようだった。


「それは・・・祭さんがひどいね。瑠璃ちゃんが可哀想」

「う・・・で、でしょう?祭のやつ・・・こ、この私を、何だと思って・・・」


瑠璃から話を聞いた紗枝は、祭の態度にため息を

ついた。

すぐさま瑠璃も同調して、頬をふくらませる。


「でも瑠璃ちゃんはまだ祭さんが好き?」


けれど紗枝の問いかけには耳まで真っ赤にして、口ごもってしまった。

仕方ないのだ。5歳のとき、初めて会ったときから瑠璃はずっと制御のつかない感情に取りつかれている。


人の輪の中で自信に満ちて笑っている祭を一人占めしたいと。自分だけが特別に扱われていたいと。そればかり。


すると、うつむいた瑠璃の頭頂部をぽんぽんと優しく撫でる感触があった。

顔を上げれば、紗枝がにこりと人好きのする笑顔で瑠璃に笑いかけてくれている。


「じゃあ、あきらめちゃ駄目だよ。頑張ろう?」


頑張って、ではなく、頑張ろう。


そうやって親身になって考えてくれるから滅多に他人を対等に見ない瑠璃でも、紗枝のことは信用しているし、好きだ。

瑠璃は紗枝の首にぎゅうっと抱きついた。


「うわわ・・・っ、る、瑠璃ちゃん?」

「紗枝が男だったらよかったのに・・・。そうしたら私の彼氏にしてあげたわ。自慢の彼氏よ。かっこよくて優しくて、気が利いて、貧乏だから別に何でも買ってくれるってことはないけどそのかわり料理が上手くて手作りのケーキ作ってくれるし、センスは抜群だし・・・どれだけみんなからうらやましがられることか。でも残念ね、女なんだもの」

「あ・・・はははは・・・」


さっくり失礼発言をされているようにしか聞こえないが、これがお嬢様の瑠璃の精一杯の褒め言葉だ。

それを分かっているから紗枝も乾いた笑いをこぼすに留まった。

そしてそっと瑠璃の前髪を撫でる。


「でも瑠璃ちゃんが好きなのは祭さんなんだから。自分がもう無理だって思うまであがいてあがいてあがききればいいと思う。・・・って私もレンアイ初心者なんだけど。でも、自分の気持ちをあきらめない、妥協しないっていうのは大切だと思うよ。ね?だからたった一回のことでそんなに泣かないで。瑠璃ちゃんは笑ってるほうが可愛いよ」

「~~~っ紗枝!やっぱりあんたってすごい男前っっ!!」

「えっ?ちょ・・・!?」


しかし、至近距離での殺し文句(もちろん本人に自覚なし)に興奮した瑠璃に、ばたーんと思い切り押し倒されて、紗枝は後頭部の痛みと再び複雑な気分を背負い込む羽目になった。



「瑠璃様、どうなさったの?そんなに真剣に雑誌など見て・・・」

「瑠璃様がそんなものを読むとは知りませんでしたわ」

「・・・・・・」

「それでなくとも最近は寮に直帰せずにどこかへ行っていらして・・・瑠璃様がいらっしゃらない寮など寂しいですわ。そうですわ、今日は神学の宿題を一緒にやりませんこと?」

「あ、ずるいです!私も、瑠璃様とは是非ご一緒したいですわ!」

「わたくしもよ」

「・・・・うるさいわ。少し黙ってくれないかしら?」


取り巻き達が騒ぎたてるのを、瑠璃は『春のドキドキ初体験~男をその気にさせる秘テク~』と露骨なあおりのついた雑誌に目を向けたまま黙らせた。


瑠璃の頭の中は今『街中100人にアンケート 色気を感じる服装トップ20』というページでいっぱいなのだ。


しかし、その上位の服を着ているモデル達はもちろんたっぷりの胸元で、瑠璃とは雲泥の差である。

どうしろっていうのよ、と瑠璃は雑誌をひきさかんばかりに両側へひっぱった。


「る、瑠璃様・・・?」

「姫のご機嫌はかなり斜めみたいね」

「何があったのかしら?」


後姿からでも怒りのオーラを出しまくっている瑠璃に、クラスメートたちからのこそこそ声が聞こえてくる。

その容姿、家柄から必然的に注目を浴びてしまう瑠璃は、ついにがたんと席を立った。

もっと静かなところに行こうと教室を出るものの、家からお世話役として一緒に学園に放り込まれた真田唯が慌てて付いて来た。


「瑠璃様、お昼休みが終わってしまいますよ?」


大人しいお付は視聴覚室でいつまでも雑誌を読んでいる瑠璃に対して、おどおどとしながら教室に戻るよう促す。

けれど、瑠璃は行儀悪く牛乳パックのストローを銜えたまま、ぷいとそっぽを向いた。


「うるさいわね。だったらあんた一人で戻りなさいよ」

「そういうわけには・・・。私は、瑠璃様のお世話するよう、だんな様にきつく仰せつかっているのですから」


いつもの唯の言葉に、瑠璃はイラっとした。

瑠璃が、“高倉瑠璃”だから唯は従うのだ。

瑠璃が好きだからでは決してない。

そんな生まれてからずっと当たり前だったことに、今更ながらに考えて不愉快になる。


瑠璃は生まれながらの姫だった。

妖狐の血を引く高倉は男腹と言われ、直系の女性は少ない。しかし最も妖力を持ったとする白色金毛九尾が雌だったことから、妖力は女の方が強く受け継ぎやすいと言われている。

古い血を受け継ぐ家系に12歳も離れた跡取りの兄のあとに生まれた瑠璃は、その弁に魅了の才を強く持つ父や全智の力を一族で最も多く継いだと言われる天才の兄のように狐の能力は全くない。

だが、柔らかな金色にも透ける天然での茶色の髪と愛らしい顔立ちから誰もが瑠璃にそごうを崩したことから、その容姿自体が魅了の化身とも言われた。猫「またたびではないが、狐に瑠璃というだけで、ふにゃふにゃと一族は骨抜きだった。

家のことを気にすることもなく、誰よりも大切に甘やかされ、母を幼くして亡くしてからは男所帯のなかでますます甘やかされた。

望めば全て叶えられたと言っても過言ではない。


でもそれは所詮、瑠璃の力ではなく、高倉の力なのだと全く言うことを聞いてくれない祭に出会って知った。

それでも、高倉瑠璃、であることが瑠璃のアイデンティティであり続けた。


それなのに全く外の世界な人間…紗枝に、ただの瑠璃のほうが可愛いとそう言われてから、当然として受け止めていたことが、奇妙な形になって瑠璃の足元をくずしていく。


「・・・だったら、“主人”の命令よ。私を一人にしておいて」

「瑠璃様・・・」

「お前は、私の言うことが聞けないの?主人を不快にして、それでお世話役といえるの?」


唯の表情が悲しげに歪む。それを見て、瑠璃の胸はもっとずきずきむかむかした。


「・・・・・かしこまりました」


唯が頭を下げて去っていったときも、瑠璃は持て余す感情にそっぽを向いていただけだった。

そんな自分にまた、もやもやとした気分が広がっていったけれど、瑠璃は何をどうすればいいのか今更わからなかった。



その次の休みの日。

とりあえず、雑誌にあったとおりタイトなミニスカートと胸元が開いたレースキャミソール、それにVネックのカットソーを着て、蒜生の屋敷と呼ぶにふさわしい家に行ってみた。ところが。


「・・・お前、何をやってんだ?」


祭が帰ってくるまで大人しく客間で宿題をしていた瑠璃を見つけ、祭がまさに呆れたという表情でそう言った。

そして、はあ・・・と盛大なため息をつき、顔を手で覆った。


「・・・宿題よ。文句ある?ちゃんと学生やってるのよ。祭と違って」


その反応にむっとしながらも、瑠璃は立ち尽くしたままの祭に開いていた教科書を突きつけた。


「それより、ここ教えてよ。高校くらい出てるでしょ?」

「覚えてねえ。そういうのは社の専売特許だ。俺に聞くな」

「大人でしょ!?ちょっとは考えてよ!」


しかし、拒絶する祭の腕を無理やりひいて隣に座らせると、瑠璃は彼にシャーペンを握らせ、ぴたりと体をくっつけた。


「ほら、早く解いて」

「無理。つか、離れろ」


しかし、あっさりと肩を押されて、こてんと畳の上に倒れる。すぐに起き上がった瑠璃は、瞳をきつくして祭に食いかかった。


「何すんのよっ!痛いじゃない!」

「勝手に体重かけんな。重いから」


けれど、しらっとした態度で返され、ますます瑠璃は拳を握りこんだ。


「重くないわよ!私、クラスでは一番軽いもの!」

「そりゃ、チビだからな。ていうか、お前、その格好似合ってないぞ。全然」

「な・・・!」

「大方なんかの本で余分な知識仕入れてきたんだろ。くだらないことをするなよ。まだ寒いんだから、風邪ひくぞ。ほら、これでも着ておけ」


そう言って祭は自分が着ていたジャケットを瑠璃に着せ掛けた。そしてはあ、とため息をつく。


「大体、嫁入り前の娘がそういう格好してんじゃねえ。物好きがふらふら寄ってくんぞ。お前は非力だし足も遅いんだからな。いいか、家の中だからって安心してんじゃねえぞ。うちの組ではそんな阿呆はまずいないとは思うが・・・それでもお前は女なんだから、自衛しろ」


どう考えてもだぶだぶの服の襟を重ね合わせ、瑠璃のかがむと見えそうな胸元を隠そうとする。


まったく似合っていないといわれたのは腹立たしかったが、祭のイライラとした手元を見ているとなんだかそれも少しは消化された。


「それって、私のこと心配してくれてるの?」


期待のままに尋ねると、祭は一瞬ぴたりと手を止めて、「そりゃ一応は」と頷く。


「本当?本当に?やっぱり私って魅力的ってことだよね?」

「ああ?だから似合ってねえっつってんだろ。調子に乗るな。そうじゃなくて、うちに来て風邪をひかれたり、危ない目にあった日には、俺は高倉の親父に何て説明すりゃいいのかわからん」


けれど次に来たのは、瑠璃をどん底まで落とす冷たい言葉だった。一瞬、期待をした分それはあまりにも重い。

唯に対して感じていたあの不快な感じと胸の痛む感じが、もっともっと強くなって瑠璃に襲いかかった。


「・・・・・・祭は・・・」

「ん?」

「祭はただ・・・私が高倉だから・・・?」


高倉瑠璃だから、仕方なく構っているのか。

そう聞こうとして、瑠璃は聞けなかった。

答えがあまりに当然だったからだ。

それは瑠璃こそが言い続けていたことだったのだから。


“私は高倉の一人娘よ。伝統と格式ある御三家の一つである”高倉“を手に入れられるの。光栄だと思いなさいよね”


小さい頃からそう言い続けた。

そう言って、わがままを続けた。

だから祭が瑠璃を“高倉”としてしか価値を見出さないのは・・・当然だ。

それを今更何のつもりなのだろうか。けれど、瑠璃の胸はきりきりと痛んだ。


「瑠璃?」


今にも泣きそうな表情になって黙り込んでしまった瑠璃を、祭は心配そうに覗き込んできた。

でも、それも高倉に言い訳できなくなるから。ただ、それだけ。

そう思うと、どんどん気分が沈んだ。


「お前、この間からおかしいぞ?やっぱりどこか・・・調子が悪いのか?ほら、どうしたのか言え。いつもみたいにわめいて騒げばいいだろ?」

「・・・・・・」

「言わなきゃわからねえよ。どうしたんだ?どうしたいんだ、お前は?」

「・・・・っ・・・」


その言葉に、ついにこらえていたはずの涙がこぼれおちた。必死で唇をかみ締め、せめて嗚咽だけは漏らさなかったけれど。


「る・・・瑠璃?おい、どうしたんだ?どっか痛いのか?」


戸惑い、困惑した祭の声。

彼は率直に感情を表すから、きっと心配してくれているのは事実なのだろう。

けれど、心配されればされるだけ悲しくなる。

祭は、もう、忘れてしまったのだろうか。

瑠璃が、言ったことを。彼が好きだと、そう言ったことを。


「・・・ま・・・」

「ん?」


瑠璃がかすれる声で言葉を発しようとしたことに、ほっとした表情を見せる祭はきっと忘れたのだ。

何も、変えられていない。

この距離感は、なにも変わっていない。


「祭の・・・っ、馬鹿ぁああっ!!」

「痛え!」


前回とまったく同じく、祭に平手打ちを食らわせた瑠璃は泣きながら蒜生邸から脱兎のごとく逃げ出した。


◇◇


しかし、それでも懲りないのが高倉瑠璃という人間である。何せ10年越しの片思いは伊達じゃないのだ。

が、手を変え品を変え、なんとか祭に意識させようと雑誌に載っていた誘惑集を全部やってみたものの、見事に玉砕。

今度は一転、家庭的な女がモテるという記事を見つけ、生まれて初めて洗濯に挑戦してみたところ洗濯機を壊しその辺り一帯を泡と水で覆いつくし、それならばと掃除をすれば大切なものはことごとく壊すし、やっぱりこれでしょと料理に挑戦してみたところ、その破滅的な味に「俺を殺す気か!」と祭にキレられてしまった。


「・・・で?何でここにいるんだ?」

「あら、社。ちょうどよかったわ、お父様に連絡しておいて。ここなら大丈夫ですって」


リビングの入り口で顔をひきつらせた表情を浮かべる社は、相変わらず髪の色の違いと目の下の傷さえなければ、祭とそっくりだ。


「瑠璃?俺は、何でお前が俺の家にいるのかを聞いているんだが?」


しかし、無表情で嫌味ったらしく話す様子は、祭とはまったく違う。

だから、瑠璃は戸惑うことなく相変わらずの不遜な態度で答えた。


「何故って、紗枝に会いに来たのよ。どこがいけないの?紗枝は社のものだけじゃないわ」


それにあきらかに社が苛立ったのが分かったが、慌てて仲介に入った紗枝のおかげでそれ以上の嫌味を言われるということはなかった。


「ああああの!瑠璃ちゃん、私に相談があるって来てくれたんです。で、外泊届も出してあるから私の家に泊まっていけばいいって思ったら・・・」

「お父様やお兄様がそんな危ないところじゃ駄目だっていうの。だから、セキュリティ万全の社の家に来たのよ」

「すみません、社さん。でも、瑠璃ちゃんがせっかく来てくれたし・・・。一晩だけでも駄目ですか?」


その上、紗枝が滅多にしないお願いモードなので、結構あっさりと折れてくれた。


「仕方ない。ただしこれ一回きりだぞ。次勝手に来たら速攻で高倉の家にひきとってもらうからな」

「何よ、けちね」


とはいえ、二度目はないと厳命され、瑠璃は感謝の念もなく頬をふくらませた。

すると社ががしっと瑠璃の頭を片手で一掴みにしてすごんでくる。


「いますぐ追い出されたいか、クソガキ。俺は祭とは違ってお前に甘くないんでな」

「なによ、ずいぶん偉くなったものね。社」

「お前は相変わらずだな。紗枝に聞く限りでは、少しはマシになったかと思っていたが」

「や、社さん!瑠璃ちゃんも!」


二人の間でにらみ合いがはじまったので、慌てて紗枝が間に入った。


「すみません。勝手に瑠璃ちゃん連れてきちゃって。怒るなら私に怒ってください」

「・・・別に、お前が悪いわけじゃない」


紗枝がぺこりと頭を下げれば、社はむっとした表情のまま瑠璃の頭から手を離した。

その行動に瑠璃はにたりと笑う。


「まあ。さすがの社も紗枝だけには甘いわね。あの社が」

「余分なこと言うんじゃねえよ」

「そんなににらんでも怖くないわ。社が年下の女の子に骨抜きだなんて、今までの・・・」

「瑠璃!てめえっ」

「わぁあん、社が怒る~」


あおるだけあおっておいて、瑠璃は紗枝の後ろにぺたりとくっついた。


「事実じゃない。社が紗枝に甘いのは。紗枝だって社が特別扱いしてくれるの嬉しいわよね?私はそれを教えてあげただけ。なにも悪い事していないのに、ひどいわ。そう思わない?」


しかもくすん、と泣きまねで紗枝のかわいいもの好きの本能をくすぐるものだからタチが悪い。

軽く頬を染めた紗枝が「う・・・うん」と曖昧に頷いてくれたのをみて、瑠璃は社にだけ見える角度で勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

社が確実に怒りを溜め込んでいるのを見て、ますます溜飲を下げる。

けれど、振り返った紗枝に諭されてそれは一変した。


「でもね、瑠璃ちゃん。社さんにお世話になるんだからちゃんとお礼は言わないと駄目だよ」

「え・・・」

「ね?」


紗枝のにっこり全開の笑顔は頭ごなしに命令されるより数段断りづらい。

困った瑠璃は、眉を寄せたまま、「・・・・泊めてくれてありがとう」と蚊の鳴くような声で言った。

社が目を見張るのが悔しかったが、それでも紗枝がよくできましたとばかりに頭を撫でてくれたのでプラマイゼロだった。


「なんて言うか・・・偉大だな、紗枝は」

「へ?何がですか?」

「分かっていないところがまたお前らしい」


首をかしげる紗枝に社は苦笑して、自分のコートをハンガーに掛けた。

紗枝と暮らすようになって、最低限のことはやる癖が身についたのだ。

だが、紗枝は慌てて社の傍に、スーツの上着をもらいにいった。

一人でできるとは言っても型崩れする物の世話をするのが、紗枝の日課になっているからである。

「クリーニングは・・・」と話している二人を見て、瑠璃は唇を尖らせた。

紗枝は瑠璃に優しいし、親切にしてくれる。

けれど、やはり一番は社なのだ。あんなに嬉しそうな顔を瑠璃に見せてくれたことはない。

何より、新婚のような二人の様子にうらやましさが募る。


(どうして祭は・・・)


祭は、瑠璃をそういった対象として見てくれないのだろうか。


瑠璃はその辺の女よりよっぽど可愛い自信があるし、そりゃ、胸はないけど、つれて歩いて人に自慢できないわけがない。

母親だって美人だったし、もう少ししたら絶対綺麗になるのに。なにより瑠璃は妖狐の至宝とまで言われるのだ。


紗枝は確かに整った顔をしているけれど、かっこいいというのが客観的評価だろう。

普通に考えたら、瑠璃の方が男にはもてる要素が多いと思う。

なのに紗枝は祭にも好きになってもらえて、瑠璃は論外なのはどうしてなのだろう。


(どうして、私じゃ駄目なんだろう・・・)


最近、瑠璃は自分に否定的だ。

あれだけ自信があったのに、その自尊心はどんどん砕けて、粉々になってしまっている。

そしてその後に現れたのは、不安と恐怖。


何をやっても駄目なのではないか、どれだけあがいたってこの先好きになってもらえる確率なんてゼロじゃないのか。


「・・・瑠璃ちゃん?」

「きゃ!」


そんなことを考えているうちにぼんやりとしてしまっていたらしい。紗枝が心配そうな表情でのぞきこんできていた。


「どうしたの?具合悪い?」

「ち・・・ちがうわよ。ただ二人でいちゃいちゃして、見ていて恥ずかしくなったのよ。あっついたらないわ」


本音を悟られないよう、わざとからかって顔を手であおぐ仕草をすると、紗枝が目の前で真っ赤になった。


「いちゃ・・・、そそそんなつもりじゃ・・・た、ただ、皺になるから・・・」


焦って言い訳を始める紗枝。その様子を見ていて、祭はこんなところを好きになったのかもしれないと思う。

素直で、駆け引きに弱いところに。

瑠璃には、欠片もない・・・そんなまっすぐな性格に。


「おい、瑠璃。紗枝を困らせるなら、出ていけ」

「社さん!ちが・・・」


社が紗枝を後ろから抱え込んで、瑠璃をにらんだ。

それを見て、瑠璃の中で暗いもやもやがどんどん広がっていく。


「・・・ばっかみたい」


居場所がない。


「瑠璃ちゃん?」


ここにも居場所がない。なんて、居心地が悪いのだろう。気分が悪い。


「帰る」


瑠璃は感情のままに、かばんを拾い上げて踵を返した。


「る、瑠璃ちゃん?!」

「帰るわよ!これでせいせいするでしょ?」

「何で?どうしたの、急に」

「私はどうせ邪魔者よ。お邪魔しました!」


勢いにまかせ、追いかけてきた紗枝を振り切って玄関のドアを閉めようとしたところで、瑠璃はものすごい力に引っ張られて、部屋の中に転んだ。


「い・・・痛いわね!何をするのよ!」

「このクソガキが」


瑠璃の腕を力任せに引っ張ったのは社だった。


「勝手に押しかけてきて、勝手に帰るとはいい度胸じゃねえか」


彼はこの上なく不機嫌な顔をしていた。何に怒られているかわからず、瑠璃も表情を険しくする。


「何よ、帰れって言ったのはそっちでしょ?」

「ああ、言ったな。だが、そんな喧嘩腰の態度で出てけとは言っていない。それなりの態度ってもんがあるだろうが」

「それなり?」

「お前、紗枝にどれだけ迷惑掛けてると思ってるんだ?何かあればすぐ駆け込んできて、こいつの店の邪魔をして、家まで押しかけた挙句に、ふてくされて帰るってのはどういう了見だ?」

「・・・べ、別にいいじゃない。紗枝は迷惑なんて言ってないわ」

「迷惑といわなければいいと思ってんのか?」

「や、社さん!!私、迷惑なんて思ってませんから!」


紗枝のことだけは厳しく詰問する社に、紗枝は慌てて制止をかけた。瑠璃の表情がどんどん歪んでいったからだ。


「瑠璃ちゃん、ごめんね。嫌なことがあったんだよね。ごめんね、直すから言って」

「紗枝、甘やかす必要はないぞ」

「でも・・・。瑠璃ちゃん、社さんは少し心配性なだけで、私、本当に迷惑なんて思ってないよ。気にしなくていいから。今日はもう遅いし・・・せっかくご飯作ったんだから一緒に食べていかない?ね?」

「・・・・嫌よ」

「瑠璃ちゃん」

「帰るわ。帰りたいの。帰る!」


駄々をこねる瑠璃に紗枝が悲しそうな顔をする。

紗枝の馬鹿、と瑠璃は思った。


優しくされればされるだけ、胸が痛い。自分が惨めになる。


何故それを分かってくれないのかと恨みがましく思う。


「瑠璃」


我知らず泣き出してた瑠璃に、社の低い声が飛んだ。

びくっと瑠璃は一度だけ肩を跳ねさせる。

本気で怒ったときの社の声に聞こえたからだ。


「社さん・・・」


しかしなだめるような紗枝の声が続いて、ふぅっとため息が取って代わった。


「・・・・・仕方ねえな。高倉まで送り届けてやるよ。お前に何かあったら、親父や祭に顔向けできねえ」

「・・・・・・・」

「来い。高倉家のお嬢」


嫌味で瑠璃を呼ぶ社に、瑠璃は動かなかった。

すると今度は舌打ちが向けられ、腕を引いて立ち上がらされる。


「社さん、私も・・・」

「いい。お前はここにいろ。高倉の本家にはできるだけかかわらねえ方がいい」

「でも・・・・」

「心配しなくても叱りゃしねえよ。そんなことする気もおきねえ。ほら、さっさと来い」

「あ・・・あの、瑠璃ちゃん。また・・・来てね?」


紗枝のおずおずとした声に答えず、瑠璃は引きずられるようにしてマンションを後にすることになった。




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