表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

25/42

選ぶのは…


「馬鹿だよな、あいつ。激情にかられやがって、本当に馬鹿としかいいようがない。もう、笑うしかねえよ」


言葉は辛辣だったが、祭の表情は悲しそうだった。

はっきりとその色がみてとれるのは、酔いが回っているせいなのだろうか。


「恵まれてたもん全部捨てて、会社つくって、自分の力で生きようとしてんのに、俺と同じ顔してるから、蒜生の名前に振り回されんだぜ。そりゃあいい面もあるだろうが、結局ほとんど苦労してんだ。あそこまでなるのに、どれだか泥かぶったんだよ。ばっかじゃねえの、格好つけるからだ。ざまあみろ」


笑い声をこぼす祭を見ているのは、つらいと思った。

笑えば笑うだけ、祭の傷はどんどん大きくなっていくのだ。


「祭さん・・・」


それを止めたくて祭を呼ぶと、彼は皮肉気に笑ったまま、言った。


「何だよ、お前も俺が最低だって言いたいのか?いいぜ、なじればいいだろ。俺はそんなこと、なんとも思わねえ。むしろ、気分がいい。それだけ、あいつを追い詰めれたってことだからな。俺に何もかもを置いていったあいつを、俺に対するあわれみからあんなことをしたお優しいあいつを、な」


人生棒に振るくらいなら俺は優しくなんてなくていい、と祭ははき捨てる。自分こそが勝ち組なのだと。

紗枝は彼を非難したかったわけではなかったが、そんな風に言われてしまうと言葉が出てこなくなった。

黙ったままの紗枝を嘲笑をうかべて見ていた祭だったが、ふと、真顔になって呟いた。


「・・・なのに、俺はまだやめれねえんだよ。まだ、あいつにちょっかいかけることをやめられねえ。もう、昔とは違う。俺が、勝ったんだ。俺が、認められた。俺のものになった。なのに・・・何で俺はいつまでもあいつにこだわっちまうんだよっ」


祭がだんっと怪我したほうの手で、テーブルを殴りつける。紗枝が慌てて止めると、素直にその手を差し出してくれたが、傷が開いていないか看たその手は震えていた。


それはきっととても複雑な感情で。


「俺だってあいつにかかわりたくなんかねえ。けど・・・何をしても、いつまでもあいつが俺の前にいる気がして、ちっとも満たされない。・・・あいつが逃げたから悪いんだ。俺と正々堂々と争いもしないで、勝手に逃げるから悪い。こんなんじゃ俺は、不完全燃焼のままだ。他のやつが認めたって、俺は認められたことになんてならねえ。そうだろ?だから許せねえ」


きっと何度も何度も自問したのだろう。兄にこだわる理由を。

そうして祭なりに出した答えが、怒りだった。


「あいつのものを奪ってやりたい。奪えたら、あいつより俺の方が優れていると証明できるから」


それを晴らす手段がたとえ、非道と呼ばれても。祭とてあがいていた。


「お前も・・・いや、ちゃんと、俺を認識できるお前が社より俺を選べば俺は今度こそあいつから自由になれると、そう思うだろ?今度こそ、俺のほうが優れていると・・・そうやって自信を持てるだろ?なのに、お前は社を選ぶ。俺と社の何がそんなに違うんだ?何をすりゃ俺はあいつに勝てるんだよ?」

「・・・・・・・・」

「紗枝、教えろよ。俺は、何で、どこがあいつに劣ってるんだよ?教えろ」


祭は指のあとが残るほどの強さで紗枝の肩をつかんだ。その力の強さに、紗枝の表情が歪む。

そのまま首を振った。


「違う・・・と思います」

「答えられねえのかよ?」

「そうじゃなくて・・・うまく、言葉にできないかもしれないけど・・・祭さんは、ただ、社さんに謝りたいだけなんじゃないですか?勝ちたいとか、そういうことじゃなくて・・・。きちんと社さんに許してもらいたい・・・って、そういう風に思って・・・、忘れられたくないって思うから、かかわり続けたいんじゃないんですか・・・?」


紗枝は、祭の目を正面から見つめた。

祭が驚いているのがわかる。けれど、ひるむ気はなかった。


「祭さんは、社さんを嫌っているみたいに言いたがるけど・・・、でも本当は社さんが好きなんですよね?だから、社さんにちゃんと許してもらいたい。そういうことじゃないんですか?」


怒られるかもしれないけれど、紗枝はそう思ったから。

率直な言葉に、祭はしばし言葉を失ったようだった。


「あの、いろいろ考えているより、素直に謝ったほうが・・・謝るって、なんか傲慢な言い方ですけど・・・その、素直な気持ちを社さんに伝えたらどうですか?祭さん、すごく・・・苦しそうだから。そういう気持ちを伝えたら、少しは楽になれると思いますよ。社さんにただ対抗するよりはきっと・・・対抗しようとすればするだけ、いつも後悔、してるように思えて・・・私がこんなことをいえる義理じゃないんですけど・・・でも、きっと。社さんなら謝ればきっと許してくれると思うから・・・」

「・・・・・・・美江子と同じことを言うんだな」

「え?」


ぼそりと呟いた祭の言葉は紗枝からは想像がつかないものだった。

彼は力なく笑い、紗枝の肩をつかんでいた手を離した。


「お前ら、似てんな。顔は全然似てないけど。社がお前を気に入ったのもそんなところがあるからかもな」


代わりにそっと頬に左手を添える。

祭の言葉に気をとられて身を引くのが遅れた。


「紗枝、俺を好きになれよ。あいつに見せ付けたいからじゃねえ。俺が、お前を欲しいと思うから」


何の憂いもなく、自信にあふれた表情で祭が笑った。

紗枝は息を呑む。


「お前がいたら、楽になれる気がする」

「・・・・そ、・・・私・・・そんな・・・たいしたことない・・・」

「いいよ。俺がお前を本当に気に入った。それだけで十分だ」


一度決めると祭には迷いがないようだ。はっきりしているその意思に引きずられるように、

どくりと鼓動が跳ねる。どきんどきんと早くなる心臓の音を紗枝は必死で聞かないようにした。


「祭さん。私は・・・」

「今、答えなんて聞かねえ。分かりきっているからな。でも、あんな薄情な奴を思っていることなんてそう長くねえよ。お前にとってもそれがいい」

「ま、待ってください・・・そんな・・・」


紗枝が困惑しきった声を出したとき、携帯の音が鳴った。紗枝の携帯の着信音だ。


「あ、で、出ないと・・・」

「ほっとけよ」

「でも、あの・・・困るので」


結局祭が折れて、紗枝は着信に応えることができた。


「・・・あ、瑠璃ちゃん?え、今?今は・・・えっと・・・」


ぴくりと祭が反応したのが横目に見えた。彼は小さく舌打ちをして部屋から出て行く。

電話を受けたままそれを見送った紗枝は、複雑な表情を消しえなかった。


『ちょっと・・・聞いてるの!?』

「う、うん。聞いてる・・・よ。ごめんね」


うるさい瑠璃の話を半分聞き流しながら、紗枝の思考は祭に向かった。


(祭さん・・・、本気で言ってた・・・よね?)


冗談だと思いたいのが本音ながら、そうは思えなくて、しかもそれを拒絶できずにただ戸惑っているだけ自分にもさらに動揺して、紗枝は困惑のきわみにいた。


(瑠璃ちゃん、ごめんね・・・)


祭のはっきりとした意思に不覚にもどきどきとしてしまった自分を、ただ瑠璃に心でわびることしか今はできなかった。



それから祭は紗枝の傍にいる時間を増やすようになった。

それが彼の「本気」発言と関係しているのか、もうごたごたがほぼ片付いて人に任せてあるから暇という彼の言い分のままなのか、紗枝には分からない。

祭は確かに楽しい話題をたくさんもっているし、優しいとも思う。

ただ、やっぱり自分のペースですべてをすすめようとするし、紗枝の趣味には理解をしめそうとすらしない。

いいものはいいし、気に入らないものは気に入らない。

裏表のない祭の性格にあこがれる一方で、どこか寂しい思いもした。

大概紗枝も気が強いが、瑠璃ほど強固な主張ができないからだ。


それに、何より祭は・・・・。


部屋の縁側でぼんやりと考え事をしていると、不意に携帯が鳴った。

ディスプレイにあったのは知らない番号で、紗枝は首をかしげる。けれど、一度は切れてしまったものが再び鳴ったので、一応出てみることにした。


「はい?」

『紗枝か。よかった、通じて。お前、まだ祭のところにいるんだよな?』

「・・・社さん」


切羽詰ったような声に、どきん、と心臓が鳴った。


「あ、あの、番号・・・どうして・・・」


どうして、自分の携帯でかけないのか。

そんなことを聞きたいのではなく、むしろどうして今更電話をしてくるのかを聞きたかったはずなのに、それがちゃんと言葉になってくれない。


『あ?ああ、俺の携帯は壊されてな』

「こわされた?え、壊れたじゃなくて?」


しかし、思いもよらぬ言葉に驚く。


『お前が出てったあと、祭にやられたんだよ。あいつ用意周到に・・・いや、そんなことはどうでもいい。それより祭に金を借りたってのは本当なのか?』

「え?ええ・・・」


本当に今更その話を持ち出されて紗枝は面食らってしまった。

あれからもう、2週間近く経つのだ。


「でも、今更何でそんなことを?」


率直に尋ねると、社は一瞬押し黙ってそれから歯切れ悪く言い訳を始めた。


『会社の方で、いろいろあってな・・・。それが終わるまでは、私情で動くわけにもいかなかったんだ。やっとそれが一段落した。というかそれまでは、玲人が邪魔をして通話記録とか調べることもできねえから、お前への連絡がとれなかったっていうのが本当だな。本家にかけても、祭はお前には絶対に取り次がないし』


つまりそれは社が紗枝に連絡を取ろうとしてくれていたということだろうか。

もうどうでもいいから放っておいたわけではなくて?

また、鼓動が速くなる気がした。


『お前、なんて言って丸め込まれたんだ?』


自分の感情にとらわれていた紗枝は、だから社の言葉が最初何について言っているのか分からなかった。

え?と問い返すと、苛立たしげに社が応答した。


『え?、じゃない。祭はお前が言いだしたことだと言っていたが・・・あいつにとったらお前みたいな子供を騙すなんて簡単なことだろう。何を言われた?』

「何って・・・、何も言われてません。祭さんは最初お詫びにただで土地を取り戻してくれるって言ったけど、それは申し訳ないからって私が言ったんです」

『何でそんなことを言ったんだ?!』


社が怒鳴るので、紗枝はびくっと電話口で震えた。


『何でお前がそんなことをする理由がある?少し考えればわかることだろう?お前は巻き込まれただけだろ!』

「っでも最初にもめたのは私たちですから!ちゃんと社さんにお金を返して清算したかったんです!」

『・・・・俺は・・・』


けれど負けじと紗枝が反論すると、社は息を呑んで、言葉に詰まったようだった。

少しして、意を決したように紗枝に告げた。


『今更白々しく聞こえるだろうが、あれは本当に俺個人の金だし、俺は金に困ってないつもりだから、取り立てる気なんて全くなかった。むしろお前には迷惑をかけたから、あの土地をやったっていいくらいの気で・・・』

「でも、私何の役にも立ってませんでしたから」


社の言葉を紗枝のはっきりとした声がさえぎった。

彼の言葉を信じなかったからじゃない。

ただ、罪悪感にまみれた社の声を聞いていたくなかった。

そんな風に憐れまれたら、社といた時間まで悲しい思い出になってしまいそうで、嫌だった。


『紗枝』

「社さんには感謝しています。それは本当です。・・・社さんが思っていたとおりの結果になれていたら、きっとこれでちゃらにしてくださいって言ったと思います。でも、違うから・・・。私、何ひとつ社さんのためになれなかった。感謝してるからこそ、ちゃんと受け取ってもらいたいんです」

『何でそんなことが言える?お前はどこまで人がよければ気が済むんだ!怒ればいいだろ。というか、怒ってくれ。そんな風に言われるほうが・・・こたえる』

「どうして、ですか・・・?」


社の声が本当にゆらめいたのを、紗枝は不思議な気持ちで聞いていた。

そしてすぐに悲しくなる。

社を困らせているという事実に。


「あの、ごめんなさい。私、もっと可愛ければよかった。そうすれば、全部上手く言ったのに。私がこんなだから・・・」

『馬鹿!何でお前が謝るんだよ。つーか、どうしてお前はすぐに自分を駄目だって思うんだよ。・・・くそっ。違うんだよ。俺は、最初からお前のことが気に入ったから、助けてやろうと思ったんだ。そうじゃなきゃもっと・・・、こんなこと信じてもらえるとは思ってねえけどな、俺は一番はじめは・・・』


(一番はじめ?お店で会ったときのこと?)


『・・・くそ、見つかった』

「え?」


切羽詰ったように言い募っていた社が、途中で舌打ちとともに話と似つかわしくない言葉を発した。

それから電話の向こう側でがたがたという音。

しばらくしてからは言い争う声が聞こえてくた。

それがいったんはおさまるとわずかに息を乱した社が小声で言った。余裕がないのか返事は求めていないようだった。


『頼む。一度だけ弁明の機会をくれないか。ちゃんと全部を話す。祭が言っただろうことも、あいつがしらないだろうことも全部。ちゃんと、謝らせてくれ。俺はそっちには行けないから、もし、聞く気があるなら今晩、大森に言付けて俺のマンションに来てくれ。流石に組の車は使えねえし、危ないからタクシーで来いよ。俺は外で待っているから。じゃあな』

「社さん・・・!」

『ああ、言い忘れてた。この間、部屋を片付けてくれてありがとな』


そこで突然ぶつっと切れた電話。まだ耳にあてたままだった紗枝は困惑の極みにいた。


「全部・・・って・・・」


聞きたくない気持ちが本当は強い。全部を知ってようやく立ち直れたものをまた突き落とされたくはない。

けれど。


(待ってるって・・・言った・・・)


待ちぼうけをくらわせるわけにもいくまい、と紗枝は自分に言い訳をつける。

本当は、「気に入った」と言ってくれた本心が知りたい。

そんなほんのわずかな期待が胸にあるから、そして、何より社に会いたいから、紗枝は怖い気持ちを覆い隠して出かける決意をした。



「・・・どこいくんだ?」


足音を忍ばせていたはずが、背後から声をかけられて、紗枝はぎくんと身をすくめた。

振り返れば腕組をしている祭が立っている。


「ちょ、ちょっと・・・庭に散歩に」

「へえ。じゃあ、俺も行くか」

「え・・・っと、つまらないと思いますし。そんなついて来ていただくほどのことじゃ・・・」


我ながら下手な言い訳だと思いながらも、他にどうしていいのかわからず紗枝はしどろもどろになりながら答えた。

すると、祭が顔をしかめてずばり言った。


「社のところに行くのか?」


それにすぐに答えられなかった紗枝の完敗だった。言い訳をあきらめ、紗枝はこくりと頷く。


「今更なんの用だよ?」

「・・・社さんが、話があるって。謝りたいからって・・・そう、言ったので」

「で?お前はそれを聞きにのこのこ出かけるわけか?」

「あの、全部を話してくれると言ったので・・・」

「聞く必要ないだろう?教えてやったこと、あれがすべてだ。それとも俺の話が信用できないからか?」

「違います!でも、社さんにだって、きっと祭さんが知らない言い分があると思って。そ、それに、社さんを待ちぼうけさせるわけにもいかないし」

「そうだ。そもそもあいつ、何でお前に連絡がついたんだよ?俺のいない間に誰かが取り次いだのか?」

「そうじゃなくて、通話記録がなんとかって・・・」


苛立った様子の祭に、紗枝は断片的に思い出した社の言葉を告げた。

すると、祭がちっと舌打ちをする。

何故そこで舌打ちを、と思ったが、そういえば社が祭が取り次いでくれないから、と言っていたことを思い出した。

祭は紗枝を社と話させたくなかったのだろうか。


「あの・・・」


それを尋ねようとした瞬間、祭が紗枝の腕をつかんで、紗枝を部屋の中に連れ戻した。


「行かないほうがいいぞ。いや、行くな」

「痛・・・っ」


食い込んでくる指の力の強さに、紗枝は顔を歪める。けれど祭の力は緩まなかった。

引っ張られてどさりと尻餅をついた紗枝が見上げると、彼は怖いまでに真剣な声音で言う。


「紗枝、お前のためを思って言ってやる。行くな」

「・・・・な・・・んで、ですか?」


おののきと共に尋ねた言葉には、衝撃が返ってきた。


「おかしいと思えよ。何で今更説明するなんて言うんだよ?いや、説明する気はあるかもしれねえけど、説明して謝ったとしてそれからどうしたいんだと思う?今まで放っておいたくせして、何故このタイミングなんだと思わなかったのか?あいつ、朝丘の件で本当に困ってるんだよ。また、お前を使ってどうにかしようとしているんだろ?」

「・・・・っ・・・」

「朝丘のじじいも一応、血がつながっているお前のことを気にしてはいるみたいな話は俺も聞いている。社だってそれを知っているだろう。あいつだって会社がやばくなりゃなりふりかまっていられないだろうし。行ったらまたお前利用されるだけだぞ」

「・・・社さんの会社、あぶないんですか?」

「さあ。実際どこまでやばいかは知らねえ。だが、今回のプロジェクトにはかなりつぎこんでいたみたいだったからな。それが駄目になったなら損失をかなりかぶることになるだろうな。けど、そんなのはお前には関係ないことだ。あいつの見通しが甘くて、ろくな手段を使わなかったせいで失敗しただけのことなんだから、放っておけ」


ぎゅっと心臓をつかまれたような苦しい気分になった。


確かに玲人と社の会話で彼らが苦難しているのは伝わってきていた。

社も会社関係で忙しいということを言っていたし、会社が苦境にあるということを彼があえて黙っていたということも考えられる。祭の言にはひどく信憑性があった。


しかし、それは紗枝が罪悪感を感じる話ではないはずだ。

社たちが選んだ手段は、紗枝が祖父という朝丘に興味がない以上、決して綺麗なものとはいえないし、彼らの会社のために紗枝が利用されてやるまでの必要はない。

何せ、生活が変わってしまうほどのことだ。

今までの紗枝なら、人の意向を完全無視してふざけんな、と即座にぶちきれていたことだろう。

けれど。それでも。


(・・・でも、社さんが困るのは、嫌・・・だな)


結局、助けてもらった恩だなんだといっていたけれど、紗枝の気持ちはそこにあるのかもしれない。

いくら恩があっても、好きでもない人だったらきっとここまでは思わないのだろう。

祭が言うとおり、社たちの手段にそもそも間違いがあったのだと割り切って、放っておいたと思う。

けれど、社のことは好きだから、彼が苦難に立つのは嫌だと思う。恩があると感じてちくちくと胸が痛む。


「また騙されにいく必要はないだろ。この間のことでお前はどれだけ泣いたんだ?傷ついただろ。それでもうあいつへの義理は果たしているはずだ。俺はこれ以上お前が傷つくのは・・・」

「・・・私がいれば、少しはお役に立てますかね?」


だから紗枝はぼそりと口を開いた。


「紗枝?」

「こんな私だけど・・・、何か社さんの役に立てるなら、それがいいです。社さんは私を助けてくれたから、少しでもなにか返したい」

「おっまえ、何考えてるんだ!?利用されるだけだって言っただろう!それに、あいつへの恩っていってももう借りた金も何もかも返したじゃねえか!」

「それだけじゃなくて、だって、借りた分のお金がたとえあったとしても、あいつらは絶対納得しなかっただろうし。だから、こんなに尾を引いてしまっているんだし・・・社さんにも相模さんにも言われました。売り飛ばされるのがオチだって。今なら私もそう思います。だから、社さんはお金以上に、安心ってものをくれたんです。それは絶対お金じゃ返せないから・・・・」

「だからってなんで、お前がそこまで犠牲になる必要がある?!」


祭はちっとも納得ができないのだろう。目に見えて怒気が湧き上がっている。瞳の奥に炎が見えた気がした。

紗枝はそれにひるみそうになったが、しっかりと自分の言いたいことを主張した。


「社さんが困っているのが嫌だからです」


妖に変わりかけている瞳すら真っ直ぐ見て言い切った紗枝に、祭は息を呑んだ。


「・・・なんで、そこまで・・・。あいつは、お前をだましていたんだぞ?」

「それは、ちょっと悲しいです。でも、全部嘘じゃなかったんだと思います。私に付き合って可愛いものが好きだって言ってくれていたのかもしれない。でも、社さんはいつも興味深そうに私の話に付き合ってくれたし、すごいなって褒めてくれました。コンプレックスのある私を励ましてくれました。そういった言葉全部が嘘とはどうしても思えないんです。やっぱり社さんは優しいと思う。そのことに、私は感謝しています。あの時間が楽しかった、その恩返しはしたいんです」


今度こそ祭は言葉がないようだった。

紗枝はそれにちょっとだけ困った笑みを向ける。


「あの・・・せっかく心配してくれているのに、聞かなくてすみません。でも、祭さんが心配するほど社さんはひどい要求をするとは思えないんです。さっきだって何で怒らないんだって、祭さんと同じことを言っていて・・・、説明させてほしいって言った社さん、本当に申し訳なさそうにしてくれました。そんな社さんだからきっと無理難題は言わないと思います。大体、もし朝丘の人に会って欲しいとか、引き取られて欲しいとか、そういう話だったとすれば、私にとってそんなにデメリットとも思えないし・・・どこかに売り飛ばされるわけじゃないんだから」

「・・・・・あくまでも、あいつを信じる。あいつのために、動く・・・か」


長い長い沈黙の後で祭が苦々しく呟いたのが聞こえた。


「よくもそこまで犠牲的精神があるな」

「別に、犠牲的なつもりはないんですが」

「・・・もう、わかんねえよ。お前。理解できねえ」

「そ、そう・・・ですか・・・」


馬鹿じゃねえの、と吐き捨てられ、紗枝は微妙な表情になった。

けれど自分でも確かに馬鹿かもなあと思わないでもないので、反論まではしない。


「そんなに裏切られたかったら好きにしろ。もう、俺は助けてやらんぞ。社、社ってこんな強情な奴、もう興味がなくなった」


斬り捨てられる言葉に、少し胸が痛まないでもなかったけれど。紗枝はきちんと頭を下げた。


「・・・・はい。今まで、ありがとうございました。借りたお金は一生かかってもちゃんと返しますから」


すると頭上でふう、というため息の音がする。


「最後まで、むかつく奴だな。振った相手からの恩はいらねえってか」

「ふふふ振ってませんが!?」


突然の“袖にした”発言に紗枝は、ぎょっとして顔をあげた。祭はそっぽを向いている。その表情は何かに耐えているようだった。


「そういうことだろ。俺の忠告無視して、何があったって社を信じるってことを言うんだから。もういいさ。どうせ、俺は社には勝てねえよ」

「祭さん、そういうつもりじゃ・・・」

「もう言い訳はいい。言っておくが、今何を言われても、傷口に塩塗られてるようなもんだぞ。せっかく本気になれたのに、結局社を選ばれるなんて、な。こんなガキに振られるとは俺もヤキが回ったもんだ」

「・・・・あの・・・」

「もういい、黙れ。・・・・・・ああ、さっきの話は嘘だ」

「え?」


言われたとおりに一度は口をつぐんだ紗枝だったが、祭の言葉に再び口を開いてしまう。


「嘘って?」

「だから、社がまたお前を利用しようとしたとかなんとか。あいつ、ちゃんと別口から行政指定うけて、プロジェクトに着手したんだよ。だから、会社も無事。連絡してきたのはお前に単に謝りたかったんじゃねえの?」

「・・・・・・祭さん」


とんだ思い違いをするところだった、とちょっと恨みがましく祭をみると、彼は自嘲を浮かべた。


「こんなせこい手をつかってまで、それでも社を選ばれるなんて格好悪いことこの上ねえな。とんだ道化だぜ」


それでも彼が悲しそうな目をしているから、紗枝はそれ以上責められない。

祭が言っていた自分の中の空虚を、彼は今、強く感じているのだろう。


「ほら、早く行け。お前にいられるとますます惨めになる」


紗枝にはそれを埋めることができない。

けれどそれは、たとえ紗枝が彼を選んでもきっと同じだったと思う。


「・・・祭さん、これだけは言わせてください。祭さんは、私というよりも、美江子さんを見ていたんじゃないんですか。だから、私にこだわろうとしたんじゃないんですか?社さんを理由にしていたけれど、祭さんは本当は美江子さんが好きだったんじゃないですか?」

「――――!」

「美江子さんが亡くなった罪悪感から、人を好きになったら駄目だって自分を露悪的に演じ・・・」

「っ出てけ!!」


びりびりとする厳しい声で祭は怒鳴りつけた。


紗枝はそれ以上は何を言わずに、ただもう一度頭をさげると、部屋を出て行く。

ぱたぱたと廊下を走る音が遠ざかるのを聞いて、祭はぐしゃりと頭を抱えた。

その場で携帯電話が鳴っていることも知っていながら、しばらく動こうとしなかった。


これで第4章は終わります。

ラスト5章で完了予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ