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入れ替わりの真実2

「社―、そういえば俺、お前に言うことがあったわ」

「何だよ?」


社の部屋でごろごろしながら漫画を読んでいた祭が、真面目に宿題をやっている社の背に突然言った。

祭が邪魔をするのはいつものことなので、社は振り返りもせずにただ言葉だけを返す。


「彼女ができた」

「・・・俺の名前使ってないだろうな」


一瞬、脳裏をよぎった忌まわしい記憶に社はいったん手を止めたが、祭はすぐにそれを否定する。


「いや、ちゃんと、“俺”が告られた」

「なら、俺には関係ないだろ」


すると途端に興味をなくす社に、祭は拗ねた声で続ける。


「なんだよ。せっかく教えてやったのに」

「お前に彼女がいようがなんだろうが、どうでもいい。俺にとばっちりがこなければ」

「ちょっとはうらやましがれよなあ」

「どうせ長続きしないだろ、お前の場合」

「わかんねえよ。今度はさすがに俺もちょっとは好きだった奴だし」

「へえ、お前にそんな相手がいたとは知らなかった」

「さすがに子供の頃からの長い付き合いだもんな。情はあるさ、いくら俺だって」

「・・・は?」


祭の意味深な言葉にひっかかりを覚えた社が、初めて振り返った。そこで祭は楽しげに笑った。


「美江子だよ、新しい俺の彼女」

「・・・・・・・っ」


すっと社の表情が変わるのを、祭は楽しげに眺める。

ここ最近で一番の動揺の仕方に、祭は楽しくて仕方がなかった。


「今日、告られたんだ」

「・・・・・へえ」

「へえ、ってそれだけかよ?」


社の気持ちを知っていて、祭はわざとそんな言い方をした。優越感がたまらなかった。


「別に、俺には関係ねえし」


社はまた机に向き直る。耐えているその背中に、もっといたずらをしたくなった。


「ってことで、邪魔すんなよ」

「いつ、俺がそんなことをしたんだよ。・・・わかったから、出てけよ」

「なあ。あいつ、俺になんて言って告ったと思う?」

「知らねえよ!出てけっつってんだろ!」


簡単に社は激昂した。胸倉をつかまれ、鼻先でにらまれたとき、祭はにぃっと悪辣な笑みを浮かべた。


「“このあいだ、助けてくれてありがとう。祭くんがいてくれて、すごく安心したの。祭くん、私が考えているよりずっと大人なんだね。年下の男の子だとばかり思っていたから・・・、でもあれ以来、祭くんのこと気になって仕方がなくて、意識しちゃって”って」


声真似をした祭の胸倉を掴む手を、社はきつくした。

怒りに手が震えているのを、祭は知っていたけれど、へらりと笑い続けた。


「・・・それで、うなずいたのか?」

「今更あれは俺じゃありませんっていうのか?俺も、お前も、困るんじゃねえの?結構大事な事件だ。入れ替わってたのが、親父にばれたらコトだぜ」

「・・・っ・・・」

「誤解しちまってるもんはしょうがねえだろ。嫌だったなら、あのときいえばよかったんだ。礼に来たときでも。あれは俺だったって。それを今更がたがた言うなよ」

「おまえ・・・・・・」


社は射殺しそうな目で祭をにらみ、だが、ふとあきらめたようにその手を離した。


容赦なく掴まれたせいで、Tシャツの襟首が伸びている。祭はごほっと小さく咳をこぼした。


「・・・つか、どうしてもっていうなら別にいいぜ。あれは祭じゃなくて、社だって言いたかったら言っても」

「・・・・いい。美江子が、そうやってお前に言ったのなら・・・それでいい」


挑発した言葉は、しかし、社を奮起させることはなかった。ただ、低い声だけが返ってきて、社は机に向かっていた。

先ほどまであった怒りもすべて飲み込んでしまったかのように、静かに。


「いいのかよ?お前、美江子が好きだったんだろ」

「美江子が幸せならそれでいい」

「本当に?」


その問いかけに、社は答えなかった。

祭の中で、また苛立ちが強くなった。

何故、こいつはちゃんと怒らないんだろう、と。どうして本音をぶつけてこないのだろう、と。


「・・・・美江子を、ちゃんと大切にしてやれよ」

「さあ、どうかな。俺は飽きやすいし」

「祭・・・!」


苛立ったまま、祭は立ち上がった。

社の非難の声にも、振り返る気はなかった。


「まあ、次に興味がある奴が見つかるまでは、ちゃんと扱ってやるんじゃね?」


社があっさりと譲ってしまったことで、すでに美江子への興味はほぼ尽きてしまった気がした。



結局、嘘から始まったものは、最初から破綻していた。

美江子はよく社の話を祭に聞かせるので、祭の苛立ちは日に日に強くなっていく。

祭にとっても美江子は少しだけ特別な女だった。

けれど、ここまでいらいらさせられると、その「特別」という感情も祭の中でなくなっていく。

所詮、美江子をつかって社をからかうのが好きだっただけだと気がつかされた。


「祭くん、社くんと喧嘩でもしたの?」

「別に、そういうことはねえよ」

「でも、最近は全然一緒にいないじゃない。何かあった?」


お前だよ、と問いかける美江子に祭は心の中だけで答えた。社は、祭だけでなく、美江子とも会わないようにしている。美江子は気がついていないのだろうか。

そう思うと、美江子にもいらついた。

すべてがむかつく。

あっさりとあきらめてしまった社にも、何も気づかずに無神経な美江子にも。

最初は楽しかったのに、どんどん、つまらなくなっていく。


何をやっているんだろうと、自分がわからなくなっていく。どうしたら満たされるのか、ちっとも答えがでない。

こんなのだったら、前のほうがずっとよかった。

馬鹿をやって、社にたしなめられて、美枝子が笑って、3人でいた前のほうが楽しかった。


「・・・わかんねえよ。俺はなんとも思ってねえけど、社はなんか怒ってるんじゃないのか?」


結局、祭は苛立ったまま、そっけなく答えた。

すると美江子は納得してないのか、小首をかしげて祭を見た。


「そう?・・・でも、社くん、謝れば許してくれると思うよ?」

「喧嘩してねえって言ってんだろ!何で俺があいつに謝んねえといけねえんだよ!」

「ご、ごめんね?だって、祭くん、悲しそうな顔をするから」

「いつ!誰が、そんな顔したんだよ!」

「・・・今も。社くんに、本当は謝りたいんじゃないの?祭くん、最近ずっと元気がないし、後悔してるみたいな顔をするから」


(後悔?俺が?こんなことをしたから?本当のことを言わなかったから・・・?)


そんなわけがない、と祭は自分の思考を即座に否定した。

社に対して、そして美江子に対して、罪悪感なんて覚える義理はない。

他人なんてそんなに気にしてなんかいない。

したいことをしただけで、それが案外つまらなかっただけだ。

後悔なんてするわけがない。


祭は歪んだ笑みを浮かべた。


「何言ってんの、お前。俺が社に謝りたいとか、全然見当はずれだ」


絶対に違う、と嘲るように。けれど、美江子は悲しそうに瞳を曇らせた。


「祭くん、嘘をつくときこっちの目の下がぴくぴく震えるんだよ」

「な・・・!」


彼女は自分の左目の下をちょん、と指差した。

自分でも知らない癖を指摘されて、祭はかあっと頭の中が熱くなった。


「そんなのお前が勝手に思ってるだけだ!」

「そんなことないよ。だって、ずっと見ていたから。・・・ね、謝ってみたらどう?社くんは優しいから、きっと許してくれるよ?なんなら一緒に・・・」

「っうるさい!違うっつってんだろ!」


衝動のままに、近くにあったゴミ箱を蹴る。

その音に美江子がびくつき、周りの視線も一気に集まってしまった。

祭はちっと舌打ちをして、そのまま踵を返した。


「帰る」

「ま、祭くん・・・!」

「ついてくんな!」


横向きに転がっているゴミ箱をもう一度蹴って、祭はポケットに手をつっこんだままその場を後にした。

残された美江子のことなど知ったことではなかった。


(なにかにつけちゃ社、社って・・・そりゃ、そうだろうよ。社は俺と違って、人間できてるからな)


むかつく。


もう、誰にむかついているのかわからないくらいに、とにかくむかついた。

どうして何もかも思い通りにならないのだろう。

満たされないのだろう。

黙々と歩く祭の前に、ふと影が立ちはだかった。


「よお、この間はどうも」


この間の高校生たちだった。人数がこの間よりも多い。


「この間は油断しちまったが、今度はそうでもねえぜ?」

「・・・雑魚がどれだけ集まっても同じだ」

「んだと!!」

「来いよ、相手してやらあ」


ばさり、と祭が路地に上着を脱ぎ捨て、すぐに乱闘が始まった。


もちろん、祭が勝った。当たり前だ。ただの殴りあいだったら、この界隈で祭に勝てるものはまずいない。彼の・・・半身を除いては。


「けっ。つまんねえ」


祭は、切れた口の端をぐいっとぬぐって、転がっているリーダー格の男を踏みつけた。

人を殴っても、気分は晴れない。何をしてもつまらない。


不意にすべてに興ざめた。


「・・・あーあ、やーめた。もう、いいや」


ごろりと男を足で蹴飛ばして、祭は暢気な声をあげた。

こんな茶番はもういいや、と。


そして祭はある日、終わらせるために、一本の電話をした。

どんな日だったかは覚えていない。

ただ、夕方学校帰りに駅の公衆電話電話から家に電話をした。


『・・・なんだよ、用なら帰ってから言えよ』


社が電話口で不機嫌そうな声を出していた。

なんだか久しぶりに彼の声を聞いた気がした。


「いやー、それがさ、ちょっと頼まれろよ」

『嫌だ』

「馬鹿、切るなって。お前にしか頼めないんだって」

『・・・なんだよ?』

「お、さすが。優しいね、社」

『切るぞ』

「冗談だろ。怒るなって。悪ぃんだけど、俺、今日帰らないから、ごまかしといてくれよ」

『・・・そんなの、いつも勝手にしてるだろ。何で俺に・・・』


怪訝そうな社の声が、途中でひどく硬質なものに変わった。


『・・・ああ。美江子の家のほうか?』


その声音に複雑な感情が見え隠れして、祭は吐息だけで笑った。馬鹿にしたわけではない。

自然と漏れていただけだった。


「ちげーよ。けど、美江子については頼みたいことがある」

『・・・・・・何だよ?』

「河川敷んとこで待ち合わせてたんだけど、俺、別の用事できたから、お前が行ってきてくれよ」

『はあ!?どういうことだ?』

「それがさあ、ちょっと仲間内でナンパしたら、いい子がひっかかちゃって。もったいないから、遊んでこうかと」

『ナンパ?お前、美江子は・・・』

「だから、お前に頼んでるんじゃん。早く行ってやってくれよ?待ち合わせた時間からもう1時間以上経ってんだよ。あいつ、律儀だから多分まだ待ってるだろうし」

『馬鹿・・・お前!何考えてんだよ?!』

「だって、もう飽きたし」

『祭!!』

「いいよ、あんな女、つまんねーし。お前に返してやるって。んじゃ、あとよろしくなー」

『ちょっとま・・・っ』


カシャン。社がまだ文句を言おうとしていたが、祭は受話器をフックにかけた。


自然とふうっとため息が漏れる。それを少ししてから自覚して、祭はうろたえた。

何故、ため息など出るのだろう、と。

清々するはずだったのに。

振り返れば名前も知らない女が擦り寄ってくる。


「誰に電話してたの?」

「ん?彼女」

「うわー、ひどーい。さいてー」 


何も知らずきゃらきゃらと笑う彼女の軽さが、自分には似合っていると思った。

美江子のように真面目で正論を突きつける人間はもううんざりだった。


「いいのー?彼女は?」

「別にいいって。さ、どこいく?」


中学生にしては体格が大きく、しかも独特の雰囲気をもつ祭は夜になっても、補導されることはほとんどない。

学ランさえ脱いでしまえばいろいろまぎれられるし、見逃してくれるところを選んでいるためでもある。

そういうことは組の兄さんたちからいくらでも聞かされていた。

女の肩を抱いて歩き出した祭は、自分が浮かべている笑顔が必死に作っているものだと気がつかないふりをした。

帰ったら、すべてが正常に戻っている・・・はずだった。

社は嫌がるだろうが、また3人でいられる日常に帰れるはずだった。



けれど、現実はまったく違っていた。

翌日、朝帰りをした祭を、開口一番に父親が殴りつけた。


「どこに行っていた!?この一大事に!!」

「・・・え、何?」


呆然とする祭は、そのまま病院に連れて行かれた。

そして愕然とする。

集中治療室、とのプレートが掲げられた病室に、社の姿があったからだ。


「な・・・んで、何があったんだよ!?」


「河川敷にいたところ、Y会のもんに襲われたらしい。車につっこまれて、その轢いた車もろとも川に流されたんだ。ここのところ、おかしな動きがあるから護衛をつけろと忠告したばかりだというのに、一人で飛び出して行ったらしい。馬鹿な奴め」

「・・・そんな・・・」


祭のせいであることは、明らかだった。

タイミングが悪く重なってしまったのは確かだったけれど、祭が社をあんなところに呼びつけなければ起こらなかった事故だった。


「・・・み、美江子は?美江子も一緒だっただろ!?」


すると父親は表情をしかめ、ただ黙って首を振った。

目の前が真っ暗になった。


「う・・・そだろ・・・?」


祭はずるりとその場にへたりこんだ。

どうして、とその思いだけが祭を支配した。

どうして、こんなことになったのだろう、と。


(・・・お・・・れが・・・、俺の・・・せいだ・・・)


ぽん、と父親がうなだれる祭の肩を叩いた。


「玉城には気の毒だったが・・・。社はしぶとい奴だ。せめて美江子がこちら側に引き止めてくれることを祈れ」


珍しく優しい父の言葉が、あまりに痛かった。

祭は、声もなくその場で泣いた。

そして1日がすぎ、2日がすぎ。3日めに、ようやく社は目を覚ました。


「社!?」


ずっと病室についていた祭が声をかけると、頭に包帯をまいた社はぼんやりと彼を認めた。


「・・・ま・・・つり・・・?ここは・・・おれ・・・?」

「ちょっと待ってろ!医者呼んでくる!」


目を覚ませばもう大丈夫、と言われていたとおり、社はすぐに起き上がれるようになった。

左腕と左の大腿骨、そして肋骨を折っているため、しばらく入院の運びとはなったけれど。


「よかった、若だけでも無事でなによりです」


だが、玉城の父が見舞いにきたとき、社はひどく憔悴していた。


「・・・俺・・・美江子を助けられなかった・・・。あいつは、巻き添えで、泳げなかった・・・のに」

「若、いいんですよ。若がご無事なら、娘も喜ぶでしょう」

「・・・っ、ちがう!俺は、一度ちゃんと、美江子の手をつかんだんだ・・・!なのに、あいつ、つかんでろって言ったのに・・・っ、離しちまって・・・俺は、もう一度つかめなかった・・・。俺がもっとしっかりしていたら・・・!」

「・・・そうですか」

「ごめん、勇蔵さん。俺が、悪かったんだ・・・謝って、すむことじゃないけど・・・俺が・・・っ」


社が拳を震わせていると、玉城はそっと社の拳の上に手を置いた。


「若、自分を責めないでください。これも、あの子の運命でしょう。そりゃあ、一人娘がいなくなって悲しいですが・・・私は、蒜生家に仕える者として美江子を誇りに思いますよ」

「なにいって・・・」

「あの子は、二人は助からないと思ったのでしょう。だから、自分であなたの手を取らなかった。美江子は若を守ったんです。それだけで、十分です」

「・・・・っ馬鹿な・・・!」

「若が助かって、あの子は心から喜んでいると思いますよ。主君を救えたのですから」


玉城の瞳には涙が溜まっていたけれど、その表情は確かに誇らしげだった。

社はそれを泣きそうな表情で見て、その後で急に黙り込んでしまった。

その場はまだ感情の整理がつかないだろうということで、社はすぐに一人にされた。


やはり、社たちを襲ったのはY会で、蒜生組の傘下にシマを奪われ、勢力が衰え始めたことから始まった凶行だったようだ。

裏では、別の組が糸を引いているという噂もあったが、それをつきとめるには至らなかった。

Y会は主犯者を差し出して、組長がけじめをつけることで手打ちとなった。

もちろん、次期組長となるはずの社を狙った犯行に、蒜生傘下の内部では甘いとの意見もあったが、他でもごたごたが起きている最中、いま全面戦争をしかければかならずつけ込まれるとの現組長以下、幹部の判断が働いた。


「悔しいだろうが、あっちは仁義を通した。もう、この件を蒸し返すことはできねえ。今回は、これで耐えてくれ」


父親が状況を説明してたときも、社は一切しゃべらなかった。まだ、ショックが抜けていないのだろうと周りの大人たちは判断した。

しかし、祭には分かった。

社は怒っていた。

静かに、静かに怒りをためて、憎しみを膨らませているのだと。

そして、その憎しみの対象には、自分も含まれていることを、社のまなざしから理解していた。


社が退院できたのは、学年が変わろうかというときだった。

社と祭の部屋は襖一枚で仕切られただけのものだった。

だからいつでも行き来ができた。

けれど、帰ってきてから社は部屋の配置を替えた。

祭との部屋の境に棚を置き、祭を拒絶した。

当然だと、祭はそれを責めなかった。

けれど、やり場のない怒りはますます祭を荒れさせた。

あちこちで喧嘩を繰り返し、一帯のボスになりあがった。

この頃から、祭は髪を染めた。

社と間違われないように。もう、社を巻き込まないように。それが祭なりの誠意の示し方だった。

だが、リハビリを終え、通常よりもだいぶ早くながら、すっかり社の怪我も元通りになった桜の舞う頃。

半年以上溜め込んでいた社の怒りは、ついに爆発した。



ある日、ふらりと社がいなくなった。

そのまま、一日帰ってこなくて、祭だけじゃなく、組全体が慌てたとき。一本の電話が鳴った。

警察からだった。

そして、そのときにはもうすべて変わってしまうことが決定付けられていた。


◇◇


「何故、こんなことをした?」

「・・・・・・・・・」


幹部がずらりとならぶ中での糾弾にも社は、何の弁解もしなかった。

警察、新聞社に手を回し、公にはならなかったが、極道の世界には激震が走った。

―――Y会事務所壊滅。

それも、それをしたのはひとりの14歳の少年だった。

死人は出なかったものの、重傷者は多数。

周到な少年は銃の保管庫をまず確保し、銃撃戦を回避した。それから持ち込んだ日本刀で暴れ回り、誰も見たことがない真紅の炎でそこにあった全てを燃やした。

とくに組長は、顔の原型がなくなるほど殴られ、全身火傷を負い、再起不能と言われた。


「弁護士先生によう頼んだ。おそらく正当防衛が認めれる。あとはたまたまそこで火事が起こっただけだ」


鬼火という存在は、人の世界ではさばけない。

いや、この妖の血が混ざる世界ですら、そのような力を持つものはもはやいなかった。

社はこの世界の中ですら異質に成り下がったのだ。


「だが、お前は渡世の秩序を乱した」

「・・・よく、存じております。命よりも固い極道の掟、それを破ったことへの申し開きの言葉など一切ございません。手打ちでも何でも、慎んでお受けいたします」

「よう言うわ。その度胸、別のところでみたかったものだ」


すっと社が手をつくと、父は、苦笑を漏らした。

しかし、一瞬でまた厳しい顔に戻り、ぱしんと扇子を閉じた。


「仁義を見せた相手に牙を向くとは言語道断。・・・とはいえ、怨恨の素は向こうにも非のあること、またお前はまだ子供だ。まして貴重な先祖返りを傷つけては代々当主にも名目がたたん。よって、直の処罰はなしとの結論に至った」


その言葉に、後ろで聞いていた祭はほっとした。

下手をしたら指の一本や二本なくなってもおかしくない程度のことだったからだ。


だが、まだ続きがあった。 


「しかし、このような掟破りを、由緒正しく仁義を貫く蒜生の跡目とするわけにはいかん。よって、お前を本家の籍から抜くことになった。これより、蒜生の身代は祭が継ぐものとし、社は分家の養子に入るものとする」

「な・・・っ」

「寛大なご処分、心よりお礼申し上げます」


何の抵抗もなく、すっと頭を下げた社に対して、祭はますます目を見開いた。


「祭」

「・・・は、はい・・・!」


混乱の最中に呼ばれ、祭は社の隣に正座をした。


「このたびの不祥事大きいぞ。また、身代が途中で変わるなど滅多にないこと。困難はあると思うが、そなたにも器量があることは重々承知している。この先、蒜生の支えとしてしっかりと務めよ」


その言葉に、呆然と顔を上げたままの祭の袖を、隣から社がひっぱった。

頭を下げて、受けろといいたいのだろう。ちらりと見ると、社はまっすぐに祭を見ていた。

穏やかな瞳だった。

まるで、「よかったな、お前の思い通りになって」とそう言っているように聞こえた。


そのとき、祭の中で何かが切れた。


「っふざけんなよ!」


突然立ち上がった祭に、その場がざわめいた。

その無礼と、なによりも彼の周りに舞い上がった黄色がかった紅蓮の炎に。

深い怒りは、常闇の底に眠る力を引き出すのかもしれない。

赤く染まった瞳が見つめる先にゆらりとゆらめく小さな炎が集まっていく。

不思議と自身への畏れはなく、初めからそこに当然あったかのように意のままに炎が動く。

このまま全てを燃やしつくしたい衝動がわきおこり、祭は気づかず残忍な笑みを浮かべた。


「馬鹿!止まれ!!」


社が慌てて祭の胸ぐらを掴んだ。


「呑まれるな!!祭ッ!!」


社が祭の頬をひっぱたき、そのまま広間の前の石の日本庭園に投げ飛ばした。

その衝撃に酩酊したかのようの興奮していた祭の思考が止まる。追いかけて庭に降りた社がもう一度祭の胸ぐらを掴んだ。


「戻ったか?」


黒に戻った瞳を見下ろし、ほっと社が息を吐くのがわかった。


「落ち着け。ソレはやばい。好きにさせるな」


同じ経験をしている片割れの言葉に祭はしばし呆然とし、それから、じわじわとさきほどの社の表情が蘇り、自分の怒りの原因を思い出した。


「ふざけんなっ!なんだ・・・なんなんだよ!そんな満足そうな顔して・・・っ」

「祭・・・」

「許せねえんだよ!」


またしても身を燻るような熱を感じ、祭の周囲から抑え切れない炎が巻き起こる。


「やめろ!!」

「っ!!」


それを止めたのはやはり社で。

祭のゆらめきを帯びた明るい炎よりも暗く、真紅と呼ぶにふさわしい重苦しい炎が祭を包む。

咄嗟に身構えたがしかし熱さは正気に戻す為のほんの一瞬のみで、まだ燃えているのに不思議と感じなかった。


目の前にある社の瞳が変化しているのを見、息を呑んだ。

自分の瞳もこうなっているのかと、こんなにも禍々しく、ヒトとはかけ離れたモノになっているのかと。


嗚呼、確かに自分達は違うのだ。

今まで散々、騒音としか思っていなかった周りの言葉が思い出された。

極道であり、チンピラであり、そして、畏怖し触れるべきではない妖であると。

この家族と呼ばれる一家の中ですら感じる孤独感と祭の埋められない飢餓感は似ているとさえ不意に思った。

母は既になく、父はさほどの興味を見せず、周囲はただ付き従う。

外に出れば知るものからの嫌悪と、知らないものからの侮りと。その挙句は数代に一度しか出ない妖の先祖返りという化け物。

誰にも理解されない。

たったひとりの片割れを除いては。

それなのに、その片割れは選ばれた側で、自分は選ばれない側で、自分の気持ちをどこに持っていけばいいのかずっとわからなくて、もがいていた。

それなのに社は平然とした顔で逃げようとして、それに成功してしまったことが悔しかった。

こんな風に跡目になりたいなんて一度も思ったことがない。ただ、社と、本気の社を負かしてみたかった。

社に正面から勝ちたかった。

それで、認めてもらいたかった。

なにより、社に。


なのに、社は降りてしまった。

不戦勝なんて、そんなもの許せない。

祭はぎりっと奥歯をかみ締めた。


「祭、やめとけ。やめるんだ」

「ぐ・・・」


またしても無意識にオレンジ色の炎をポツポツと浮かべた祭の腕を後ろ手につかんで地べたに這いつくばらせ、社が祭の

炎をまたしても飲み込んで消した。


鬼火すら平気で使いこなす社に、祭はここで初めて悲壮な声を上げた。

社に押さえつけられながら、キッと壇上の父を見上げる。


「親父・・・いや、組長。あれは、俺です。俺が、社のふりをしてやったんだ!むかついたから!あいつらのせいで美江子が死んだから、社が生死をさまよったから!だから、俺が報復してやったんだ!」

「祭・・・!?何を・・・」

「だから、俺を処分してください!社は、何も関係ないんだ・・・っ」


何を口走っているのか分からなかった。

けれど、ただ、こんなことで・・・社が自分の前からいなくなるのは嫌だった。

社の方がこの場所にいるのがふさわしい。

所詮、祭は弟だ。分家になろうがなんだろうが、かまわない。

どうしても欲しいなら、いつか自分の手で後継ぎの座を取る。それくらいの気概はある。

けれど、社は・・・もともと望んでいなかった社はもう這い上がろうなんてしない。祭の前に立つことはもう絶対にしない。祭の前からいなくなる、、

そんなのは嫌だった。


「・・・祭、黙りなさい」

「嫌だ。社の処分を取り消すまでは・・・」

「黙れ!」


一喝され、祭は初めて父親の形相に怯えた。

鬼火を使える自分の方が有利だと思うのに、その迫力は臓腑に響いた。当代の主らしく、その場の全員がビリビリと感じる威圧感は、やはり鬼の血筋のせいだろうか。

あれでも普段は父は息子に甘かったのだ。

ぎくりと体がすくんだところで、隣にいた社に無理やり頭を押さえつけられた。額が地面につくほどの力の強さだった。


「・・・ありがとな、祭」


一緒になって頭を下げたとき、ぼそりと社がそう呟いた。

え、と隣を見れば、社が笑っていた。どこか嬉しそうだった。


「お前なら、安心して組を任せられる。ずっとお前のほうがふさわしいと思っていたんだ」

「はっ、てめ、何ねぼけたこと・・・」

「申し訳ありませんでした。弟の不始末はまとめてお詫びを」


凛とした社の声が響く。

小声で反論した祭の声は、それにかき消された。


「なにゆえ今まで影の身。今はまだいたらぬところがございましょうが、皆様のお力添えがあれば、必ずや私以上の身代に成長すること、僭越ながらも生まれてから共に成長してきた私が保証いたします。この場のご無礼は、ふがいない私めを思うゆえ、若輩者としてどうぞご容赦をいただきたく存じます」


ぐいぐいと頭を抑えられ、社の誰に対しても臆することのない口上を聞きながら、祭は泣きたくなった。


(どこが、ふさわしくねえんだよ・・・お前のがよっぽど、若頭が似合うじゃねえかよ。俺なんかよりずっと・・・)


頭上での、幹部の感嘆の声に悔しさが募る。

もったいない、という一方で、本当にあの力を分家へ放逐して良いのかという不審すらあるほどの圧倒的な存在のくせして。


「皆様がご不審を抱かれるのも無理はございません。しかし私は二度とこの力を私情で使うことはしないとこの場で宣誓いたします。万が一にも私が暴走した場合は、必ずこの弟が私を消します」

「な・・・」

「今は私が目覚めるのがほんの少し早かっただけのこと。弟の方が力を蓄えているとこの命をかけてお約束します。すぐに私を凌駕すると」

「何勝手なこと・・・っ」


すぐに荒れ狂おうとする炎とそれを押さえつける炎とがせめぎ合いを始め、ザワザワとざわめきが大きくなる。


「祭!何卒寛大なご対応お願い申し上げます。私の全てを賭けてでも、弟を導きますゆえ。弟は、誰よりも、この組の役に立ってみせましょう」

「社がここまで言うのだ。・・・・・祭、よいな?」

「祭、頷け」


プライドはずたずただった。

敵わない、社には。すべてきれいにして去ろうとする社には。

ぐいっとまた頭をつかまれ、敗北を認めざるを得なくなった。


「・・・ご拝命、慎んで、お受けいたします」


それ以上どうすればいいかを考えることができなくなった祭は、うながされるまま、自ら深く頭を下げた。


そうして社は本家の籍から、外れることになった。

それでも蒜生の中でその武勇伝は称えられることになったし、同じ顔をしている祭が跡目である以上、場末にするわけにもいかず、父の弟の養子に入った。

だが、同じ蒜生の苗字ではありつつも、もう社は本家の人間ではなくなった。

社は約束通り二度と私情では力を使うこともなく本家から出ていき、彼が持っていたものはすべて、祭が引き継いだ。


やがて高校も別になり、二人はまったく別の道を歩くことになる――・・・。




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