自分の気持ちを認めざるをえません
「祭さん、なんであんなひどいことをするんですかっ?」
「るっせえ。それよりこっちが聞きてえよ、なんだあれは?」
「・・・あれってどれです?それより、何でまた入れ替わってたんですか。社さんは祭さんがそうしろって言ったって・・・また、私をからかって楽しいですか?!」
「そうだ、それもだ。なんでわかった?社がばらしたのか?散々吹き込んでおいたのに」
「違いますよ。私が途中で気がついたんです。話し方とか雰囲気とか匂いとか。そういうのがちょっと違うじゃないですか!それくらいいくら鈍くても分かりますよ」
「・・・へえ、自分で気がついたわけだ」
瞬間、祭の雰囲気がぴりぴりとしたものに変わった。剣呑なそれに紗枝はびくりとなる。
「大体の奴はわかんねえのに。瑠璃だって。なのに、お前は分かるのか」
「・・・な・・・にを、怒っているんですか?」
「怒ってねえよ。お前にはな。ただ、なんであいつばっかり・・・むかつくんだよ」
「―――っ」
一瞬、悲鳴をあげかけて、紗枝はそれを呑み込んだ。祭の表情が見たこともないほど物騒になっている。
自暴自棄な様子に、紗枝の本能が下手な刺激はよくないと思ったのだ。
「紗枝」
「っな、何ですか・・・」
「俺のどこか劣ってるっていうんだ?」
「・・・は・・・?」
がしりと両頬を挟まれてすごまれると、怖い。
けれど、尋ねかけられた言葉の意味がそもそもよくわからなかった。
「俺と社と、何がそんなに違うんだよ?」
「何って・・・、そりゃあ、二人は違う人じゃないですか。むしろ違っていて当然じゃ・・・」
「じゃあ、なんであいつばかりいい目をみるんだよ。あいつの周りにばかり、俺の欲しいものがあるんだよ!?」
「祭さん・・・?」
「あいつに成り代わって、それで満たされると思ってた。けど、ちっとも変わらねえ!あいつは、落ちたのに。俺のほうが偉くなったはずなのに、だ。いつもあいつは俺より恵まれてる・・・っ」
「祭さん?どうしたんですか、おかしいですよ・・・?」
「俺の、どこが、あいつに負けてるっていうんだ!なんで、お前は俺より社を選ぶ?!」
まっすぐに紗枝の目をにらみつけて祭が問いかける。燃えるような強さを持った黒い瞳が怖くて、紗枝は小さく震えた。
それに、その言葉は知りたくない紗枝の本音を暴きそうになっていた。
「わ・・・わたし・・・、社さんと祭さんを比べてなんか・・・。社さんを選ぶってそんなこと一言も・・・」
「何で、社を許すんだよ。何であいつを憎まないんだよ。あいつに、礼なんて言えるんだよ。なんで、あいつのために、義理はたそうと俺に借金頼むんだよ?俺に頼らねえで、あいつへの義理立てがそんなに大切なのかよっ!?」
「だって・・・社さんは親切にしてくれた、から。あのとき、助けてくれたから・・・だから、それはお礼を言わないと駄目だと・・・」
「あいつが自分のためだけにしたことだろうが」
「・・・そうかもしれないけど。でも、助けてもらったから、その後も親切にしてくれたのに、私あの人の役には立てなかったから・・・」
「あいつには頼れても、俺には寄りかかれねえと?俺からは、施しうける義理もねえって?ちゃんと契約結んどかなきゃ不安だって?」
「え?そんなこと言ってない!祭さんにも感謝して・・・」
「あいつへの恩義を果たすためなら、やくざ相手にまた借金抱えてもいいって思えるくらい、あいつがいいってことだろ!?あいつと対等になりたいってのはそう言うことだろ?!」
祭の鋭い指摘に、紗枝は息を詰まらせた。借金をなくしたかった。負い目をなくしたかった。
そうしたら、少しは救われる気がした。
ちっとも自分の苦境は変わらないのに。
家だって、土地だって全部他人に渡る危険があったのに。それでも、社に対する負い目がなくなったことに、ほっとした。
それは、何故?
(・・・知りたくない・・・)
紗枝は唇を震わせて、うつむこうとした。
とても、答えられる状態じゃなかった。
すると、許さないとばかりに祭が紗枝を無理やりに上向かせた。
「・・ぅん・・・!」
無茶苦茶なキスだ。
紗枝がばたばたと暴れても、祭はびくともしない。
「・・・やっ・・・」
「つ・・・!」
逃げようとした拍子に、自分の舌ごと祭の舌を噛んでしまった。それが幸いして、祭はぱっと離れる。
ついでに彼の唇も歯で傷つけたようで、祭は指で口を押さえていた。その指先に血がにじんでいる。
「・・・ぁ・・・ご、めんなさ・・・でも・・・っ」
「何だよ、この間はここまで拒絶しなかったくせに」
「そんなことは・・・っ」
「社に会ったからか?この間は社にむかついてたから?今日は違うから、嫌がるのか?」
「な・・・!社さんは関係ない!」
「・・・関係ねえかどうかは俺が決める」
「まつりさ・・・!?」
がたん!と畳の上に倒され、ひっくりかえった視界に紗枝は目をしばたかせる。
すると上からのぞきこんできた祭が、見たこともない顔で笑った。目がぎらついていて、獣のようだった。
ぎくん、と紗枝の四肢の動きを一瞬で奪ってしまうような、凶悪な笑みを張り付かせたまま、
祭はしゅるりとネクタイをはずした。
「・・・・あ・・・の、まつりさん・・・?」
声が震えるのは仕方がない。
昔、似たような状況に陥った記憶が脳裏をよぎったからだ。あれは紗枝に言うことを聞かせるためだった。
では、今度は・・・?
「祭さん、冗談は・・・」
「冗談?お気楽でいいな、紗枝」
「じょ、冗談は・・・ほどほどに・・・」
どんどんと語尾が小さくなった。祭の目が何より本気を証明していたからだ。
震えが一気に紗枝に襲い掛かった。
「どいて・・・ください!」
紗枝は必死で祭を押しのけようとしたが、無意味だった。邪魔とばかりにネクタイで手を縛られて、首筋に吸い付かれる。またちくりとしたので、跡をつけられたのだとわかった。
「やめ・・・!」
手際がいい祭がうらめしい。暴れているはずなのに、さっさと上着のボタンをはずされてしまった。
おまけにジーンズのボタンまではずされかかり、喉が鳴った。
「・・・っいや・・・!助けて・・・社さん・・・っ」
紗枝の悲鳴に、ぴたりと祭の手が止まる。それを不審に思い、涙目で見上げると、祭はなんともいえない表情をしていた。
けれどその意味を考える前に、紗枝は慌てて彼の下から抜け出し、襖の前に逃げ込んだ。
いつでもどこかへ逃げられるように。
ただ、祭のすることに一切逆らわないこの家の住人に助けを求めても無駄かもしれないとの不安はあり、紗枝の震えはとまらなかった。
「・・・まつ・・・りさん・・・?あの、こんなこと、おかしいし・・・やめましょうよ」
「・・・・・・」
「わ、忘れますから!ね、祭さ・・・」
「お前、忘れてるんじゃないよな?」
「え・・・?」
「俺に金借りるとき、何て言った?」
祭の言葉にはっと紗枝は表情を変えた。
「“なんでもしますから”って言ったよな?」
「そ・・・れは・・・、そんなつもりじゃ・・・」
「そんなつもりはなくても、そういう約束だった。つまり、金返す間は、お前は俺のもんだってことだ」
祭が近づく。目が怖い。怖くて、物理的に一歩たりとも動けないということを紗枝は初めて体験した。
その間に祭は紗枝の腕をつかんだ。
「・・・っ・・・」
「俺だって別にこんな卑怯なこと言いたかなかったんだけどなあ。お前が悪いんだぜ?社にばっかり気をかけるから」
紗枝の前に片膝をついた祭は、ちっとも笑ってなどいなかった。余裕のない表情で、紗枝の鼻先まで近づく。
「俺じゃなくて、社を選ぶから」
「なに・・・いって・・・」
どきんどきんと壊れそうな勢いで心臓が鳴っていた。そのとき。
「祭!そんなとこで何やって・・・」
「―――!?」
ふすまが思い切りよく開いて、紗枝はころりと後ろに倒れこんだ。予期せぬ出来事に頭を打ちそうになったところ、さすがに祭がひっぱって抱きとめてくれる。
「な、何やってんのよ!あんたたち!」
「瑠璃・・・」
「瑠璃さん・・・」
部屋に乱入し、見咎めたのは瑠璃だった。
紗枝にしてみれば天の助けで、祭にしてみれば邪魔者だっただろう。
さすがに祭とてこれ以上強行に及ぶわけにはいかず、紗枝の腕を解いてくれた。
そして、黙ったまま出ていこうとする。それを瑠璃が阻止しようと立ちふさがった。
「祭!待ちなさいよ!」
「・・・うるせえ。どけ」
「いやよ!何でっ?何で、そんなにあの女がいいのよ!私より、何がいいのよ?!」
「どけ。というか、てめえ何しに来たんだよ?」
「何しに・・・って・・・。祭がいるって聞いたから会いに・・・。会いに来たらいけなかったの?」
「何だ、なんかのおねだりでもあんのか?てめえがそんな風に愁傷に言うのはおねだりのときだけだもんな」
「・・・・そ、そうよ。こないだのカード、もう使えなくなっちゃったのよ。欲しいもの、買えないじゃない。だから、文句言いに来たのよ!けちけちしないでって・・・」
「あー」
「な・・・によ!そのどうでもよさそうな声っ!」
「わかった」
「え・・・っ?わ、わかったって・・・文句、言わないの・・・?」
「言っても無駄だろ、お姫様には。おい」
何故か文句を言っていたはずの瑠璃が驚きに目を見開き、それを尻目に祭は近くにいた舎弟に財布を持ってこさせた。
そしてその中からぽいっと金色のカードを瑠璃に放り投げる。
「好きなだけ使え。それは制限ねえから」
「な・・・!だ、だったら、どうなっても知らないわよ!?いいの!」
「別にいいさ。16かそこらのお前が買えるもんの範囲じゃ、そうそう使い切れねえだろ。だから俺にいちいちつっかかるな。欲しいもん買えて満足だろ?」
「・・・・っ、それは・・・」
「もうガキのお守りはごめんなんでな。おい、車を回せ。出かける」
ひらひらと手を振る祭に、瑠璃は返す言葉がないようだった。祭がいなくなったあとをじっと見つめていた瑠璃は、しばらくして手のひらの中のカードを床に投げ捨てた。
「こんなの・・・!こんなの、別に欲しくなんてなかったわよ!」
そのとき瑠璃が漏らした声は、まるで泣いているように聞こえた。
だから身支度を整えたあとも声をかけるべきか悩んでいた紗枝は、そっと瑠璃を呼んだ。
「あの・・・瑠璃さん・・・」
「・・・っあんたのせいよ!あんたがいなければ・・・!!」
振り返った瑠璃はやはり目に涙を溜めていた。
「こんなことなかったのに!いつもいつも、私が何かするたびに祭は怒ってくれたのに。そのときだけは、私のこと見てくれたのに・・・っ!あんたがいるから、祭は変わっちゃった・・・!」
「瑠璃さん・・・」
思いがけない言葉に、紗枝ははっとなった。
もしかして、瑠璃が無茶な要求をつきつけたり、高飛車な態度をとったりし続けていたのは・・・。
「瑠璃さん・・・祭さんのこと、本当に好きなんじゃ・・・?祭さんにかまってほしかったから、あんな憎まれ口を利いていたの?」
「~~~っち、違うわよ!祭なんて好きじゃないわよ!あんな女ったらし!!」
言葉とは裏腹に、瑠璃は瞬時に真っ赤になった。
そして紗枝に近くにあった座布団を投げつけると、そのままダッシュでどこかに逃げてしまう。
「あ、瑠璃さん!」
初めてみた素直な反応に、紗枝は瑠璃を放っておけなくなった。だからそのまま瑠璃を追いかける。
しかし見つからず、帰ってしまったのかと思いながらも裏庭に回ると、瑠璃が縁側で膝を抱えていた。
それを蒜生の若い衆たちが遠巻きに見つめている。
下手に近づくと瑠璃が癇癪を起こして面倒になることを知っているからだ。
けれど、紗枝は臆せずに近づいた。
「・・・瑠璃ちゃん」
「・・・馴れ馴れしく呼ばないでよ・・・っ庶民のくせに。あなたなんか私と口が聞ける立場なんかじゃないんだから」
相変わらずの言い草だが、泣いている瑠璃はやはり幼く見えて、責める気にならない。
ただ黙ってその場に立っていると、瑠璃はぐいっと涙をぬぐって紗枝をにらんできた。
「なによ、勝ち誇った顔しちゃって」
「・・・そういうつもりじゃなくて。誤解しているみたいだけど、私、別に祭さんとはなんでもないし」
むしろ、被害者なのだが。
「よく言うわよ!あっ、あんなことしておいて・・・っ」
口がごもる瑠璃に紗枝もさすがに平静な顔ではいられないものの、そういうつもりじゃないと強く主張はしたかった。
「あれは、違くて!私が祭さんを怒らせちゃったから。それだけで。瑠璃ちゃん、言ったじゃない。祭さんは社さんのものをとりたがるって。私、よく分かっていなかったんだけど、祭さんはただ社さんになんらかの感情を抱いていて、だから、社さんのそばにいたことがある私のことが気に食わなかっただけ」
「うるさいわよ!そんなこと聞きたくないわっ!」
しかし、瑠璃は耳をふさいでしまった。仕方なく、紗枝は口をつぐむ。
するとしばらくして瑠璃が口を開いた。
「・・・なんで、あんたなのよ・・・。そりゃ、あんただってそれなりに見れる顔だって知ってるわよ。でも、もっと綺麗な人とか、もっと色っぽい人とか、あいつの周りにはいっぱいいるじゃない。そんな人たちが遊びで、なんで、あんただけが特別なのよ。納得できないわよ・・・だったら、私・・・どうしたらいいのよ・・・っ」
「瑠璃ちゃん・・・」
「私が祭の好みじゃないことくらい知ってるわよ。だから、お店のお姉さんのことはあきらめてたのよ。遊びだって知ってるし、私にはないものもってるんだから、仕方ないって納得させてたのよ。それなのに・・・あんたは、全然祭の好みなんかじゃないのに、大切にされてて・・・。じゃあ、私なんなのよ・・・なんで、いつもいつも祭は私だけに冷たいのよっ!?」
「・・・あのね、祭さんは瑠璃ちゃんのこと、誤解しているんだと思うよ?」
「何よ、誤解って・・・」
「瑠璃ちゃんは祭さんの気が惹きたかっただけなんだよね?ただ、かまって欲しかったから、あんな言い方しかできなかったんでしょう?でも、あんなふうに、お金があるからとか、偉い地位にいるからとか、そんなことばかり言っていたら、瑠璃ちゃんの気持ちは伝わらないよ。むしろ祭さんは、瑠璃ちゃんにどうでもいいと思われていると思ってるよ。ただの“コレクション”と同じだと。そんなものになりたくない、って言っていたよ?」
「・・・っ・・・あんたの言うことなんて・・・信じない。どうせ、あんただって祭をねらってるんでしょ?つれないふりして、祭の気を惹きたいだけでしょ?」
瑠璃の言葉に苦笑が漏れた。
本当に、瑠璃は祭が好きなんだと思ったからだ。
だから紗枝も素直に答える。
「違うよ。あのね・・・、私は社さんが好きなの」
「・・・社?」
「うん。社さんにしてみれば迷惑だと思うけどね。瑠璃ちゃんも言ってたじゃない」
「何で、社・・・?だって、あいつ、暗いじゃない。祭のがよっぽどいいわよ!」
「暗・・・、そんなことはないと思うけど。社さんは優しくていい人だよ」
「祭のがずっといいわ!話していて楽しいし、笑わせてくれるし、その場でちゃんと怒ってくれるし、細かいところは気にしないでいてくれるし・・・っちょっとふらふらするところもあるけど、頼りがいがあるもの!」
「うん。そうだね。瑠璃ちゃんは祭さんが好きだから、そう思うんだろうね。私はその逆・・・なんだと思う。祭さんもいい人だって分かってるけどね」
「わ・・・わかんないわよ、そんなの・・・」
「分からないと思うよ。だって、私とあなたは別の人間だから」
「でも祭が一番いいのよ!そうじゃなきゃ許せないわ!」
「そんなに好きなんだ、祭さんのこと」
「・・・あ・・・っ」
紗枝がにっこりと笑うと、瑠璃は首筋まで赤く染めて黙り込んだ。
「そうやって照れている瑠璃ちゃんは、いつものつんけんしている瑠璃ちゃんよりずっと可愛いよ。ちゃんと、祭さんに素直な気持ちを言った方がよかったんじゃないかな?」
「・・・・・・・だ・・・って・・・、だって、みんな・・・私・・・と、取り巻きになりたいって・・・」
祭に冷たくされて常になく落ち込んでいるせいか、紗枝がライバルじゃないとわかったせいか、しばらく黙り込んだ瑠璃は、ぽつりと素直な気持ちを吐露してきた。
「私が選んであげるとみんな喜ぶし、・・・祭だって高倉の力がほしいんだから、私が選んであげれば喜ぶと思って・・・。だって・・・私、それくらいしかメリットないもの!祭の好みに、育てなかったんだもの!どれだけ牛乳飲んだって背は伸びないし、胸だって大きくならないし・・・」
「まさか・・・昔に祭さんが言ったことを気にして?」
瑠璃がぎゅうっと膝の上で手のひらを握り締めるのを、紗枝は驚いて見ていた。
瑠璃は思ったよりもずっと純粋で、祭を思っているようだった。
「あんたみたくでかくなりたいわけじゃないけど、こんな小さかったらいつまでもちびちびって・・・。一生懸命ヒールはいたって、似合わないっていわれて終わりだし。私、可愛い系なんだもの。祭は綺麗な人が好きなのに。どれだけ背伸びしたって見向きもしてくれない」
またぱたぱたと瑠璃の瞳から涙が出てきた。自分を可愛いと自負している辺りは相変わらずだと思うが、それでも素直な瑠璃の愛らしさは薄れない。
「祭の傍には、そういう綺麗な女ばっかりいるのよ。それなのに、どうやって祭に言えっていうのよ。馬鹿にされるだけじゃない。そのまま振られて終わりよ。そんなので言えるわけないじゃない!」
涙声が一際大きくなった。
お前にはわからないだろう、と紗枝に言いたいかのように。
「・・・だから、祭さんにあんな絡み方をしていたの?」
「祭はほっとくとどっかに行っちゃうから、それが嫌で・・・。だから振り回してやったのよ。カードのことだってそう。別に、欲しいものなんてなかったわ。そりゃ、ちょっとは好きにつかったけど。でも、そのカードが使えなくなると堂々と祭に会いに行く理由ができるし。ここで駄々をこねれば、危ないからって一応一緒に出かけてくれるし・・・、それがしたかっただけよ。なによ、悪い?」
「えっと・・・素直に会いに来たって言えば・・・」
「だからそんなことしたら祭に不審がられるじゃない!ていうか、無視されて終わりよ。あんた、馬鹿っ!?」
「さすがに無視は・・・しないと思うけど」
「するわよ。そういう奴だもの」
「そ・・・そうなんだ・・・」
こんなに瑠璃がきっぱりというのだから、そういうものなのだろう。
「でも、瑠璃ちゃんがいつもとは違って普通に頼んだら違ったかも・・・」
「私が祭に頼めって?そんなの嫌よ!」
「・・・え・・・」
「誰かにお願いなんて冗談じゃないわ。向こうが頼むなら付き合ってはあげてもいいけど」
(・・・ひどい意地っ張りだ・・・)
紗枝はあっけに取られた。瑠璃は、自分の主張を通すときにはすべて「じゃあ、してやるから機嫌を直せ」といわれて、それにしぶしぶ頷くという状態を作っていた。
やはり、そこはお嬢さんなのだ。
「・・・あのさ、でも、そんなことじゃあ祭さん、余計ストレス溜まるんじゃ?あんまり、人の言う事を聞くのは好きじゃないみたいだし・・・」
「だからじゃない。祭が言うことを聞いてくれるのは、私だけだもの。それが無茶だって、わかってても何とかしてくれようとするもの。それって特別ってことじゃない」
「そんな方法で確かめなくても・・・」
「なによ、その非難したような顔・・・」
瑠璃ににらまれて、紗枝はため息をついた。
「さっきは可愛いと思ったけど、いまのは可愛くないと思って」
「な・・・!あんた、失礼にもほどが・・・っ」
「あのね、誰だって自分のことを大切に思ってくれる人を好きになると思うよ。瑠璃ちゃんが祭さんを好きなのはわかったけど、それを少しでも態度にだなきゃ。祭さんを好きなら、大切にしてあげなきゃ。意地をはって瑠璃ちゃんのやってることは、むしろ逆効果だと思う」
「・・・、そ・・・そんなこと・・・」
「自分でも分かってたんじゃないの?」
「・・・・・」
沈黙が答えだった。瑠璃は自分のプライドや祭りに対する感情にがんじがらめにされて、自覚しつつもどんどん矛盾した行動ばかりに出てしまったわけだ。
「・・・しょ、しょうがないじゃない・・・自信が持てたら、や、優しくだってして・・やるわよ。もう少し大きくなったら、今は、美容整形だってあるんだし」
「へっ!?」
「なによ、胸くらい簡単に大きくできるもの」
「ちょ、ちょっと待って」
突拍子もない話に、紗枝は慌てて瑠璃の言葉をさえぎった。
「そんなことしなくたって、今のままの瑠璃ちゃんでいいじゃない。そんなに可愛いんだから」
「だから、祭は可愛いのは好きじゃないのよ!」
「あのさ、それって好みかどうかってだけでしょ?好きになるかどうかはあんまり関係ないと思うけど」
「好みじゃなかったら好きにならないじゃない!」
「外見だけじゃ好きにならないと思うよ。大体、見た目なんてすぐ変わっちゃうんだから。中身で好きになってもらわなかったら、新しくもっと好みの人がいたら簡単にとられちゃうんじゃない?それに外見だけがいいって人はあんまりいないと思うな」
紗枝の言葉に、瑠璃はぽかんとなった。
その無防備な表情が幼くて可愛い。
もっと自信を持てばいいのに、と思う。変じゃないほうに。
「一度も素直に言ったことはないんだよね?だったら、やってみればいいじゃない。そうしたら何かが変わるかもしれないじゃない」
「・・・論外って言われたら・・・困るもの・・・ううん、言われるに決まってる」
「どうして?そこであきらめちゃうの?だったら、瑠璃ちゃんが変わればいいじゃない。あ、見た目じゃなくてね。行動で、今までと違うことを見てもらえば?そうしたら、考えてくれるかもしれないでしょう?」
「・・・・・」
「せっかくこんなにも可愛く産んでもらったんだから、それを捨てるなんてもったいない。好みじゃないけど、好きになってもらえたほうが、きっと何倍も嬉しいと思うよ」
紗枝は瑠璃ににこっと笑いかけた。それを見て、瑠璃は頬を染め、うつむく。そして、ぽつりと呟いた。
「・・・・・・でも」
「でも?」
「でも、祭はあんたのことが好きなのに・・・」
「え!それは違うよ!絶対に!」
「そんなことない!祭が自分から誰かを追いかけることなんて一度としてなかった。けど、あんたは違うじゃない!」
「あの・・・さっきも言ったけど・・・祭さんは、単に社さんに対抗したいだけだと思う」
「社に?どうして?」
「わからないけど・・・でも、祭さん、私のことは見てない気がする。すごく社さんを気にしてるの。瑠璃ちゃんのほうが知っているんじゃないの?」
尋ねかけると、瑠璃は少し考えて首を振った。
「知らないわ。祭はいつも社にちょっかいかけてたけど、別に仲が悪いって話は聞かなかったし。むしろ含みがあるとしたら社のほうじゃないの?祭のほうが上にいるんだもの」
「・・・・そう・・・」
確かに祭が社をそこまでうらやむことなど何もない気がする。けれど。
“なんであいつの周りにばかり、俺の欲しいものがあるんだよ!?”
祭の言葉は、確かに社を妬んでいた。その目は、社の背中を見ていた気がする。社から奪ってやったと言う祭が、それでもなお社に拘る理由がわからなかった。
すると考え込んでいる紗枝に、ひかえめに声がかけられた。
「・・・ねえ」
「え?」
「本当に、あなたは祭のことは好きじゃないの?祭でなくて、社がいいの?」
素朴な問いかけの声は震えていた。だから紗枝は何の含みもなく、すぐに頷いた。
「うん。社さんが、いいの」
ひどく穏やかな気持ちでそう言えることに、紗枝は内心驚いていた。
一度認めてしまえば、たいしたことはなかった。
「・・・それは、変わらないの?祭だって同じ顔してるのに?」
「顔で好きになったわけじゃないよ。たぶんね、優しかったから」
(・・・たとえ、それが作られたものだったとしても、あのときの社さんが好きだったから。全く違うと知るまでは・・・変わらない)
「社は、いつも無愛想でつまらないやつなのに?」
「・・・そんなことはないよ。いい人だよ。自信を持てって教えてくれた」
「ふうん、私が知ってる社とは全然違うのね」
「・・・そう、なのかもしれないね・・・」
それでもやっぱり瑠璃の言葉は胸に痛かったけれど。
「わかったわ。そんなに言うなら信用してあげる」
「そう?よかった」
瑠璃が頷いてくれたので、紗枝はほっと息を吐いた。すると瑠璃はうかがうように、紗枝を見上げてくる。
「あなた、何?」
「何って?」
「名前よ、名前。せっかくだから覚えてあげるわ。光栄に思いなさいよ」
つん、と顎をあげて言う瑠璃の態度は変わらないけれど、少し照れたような表情が今までとは違う。
くすっと笑みをこぼしながら紗枝は答えた。
「香具谷紗枝。よろしくね。さっきから呼んでたけど、瑠璃ちゃん、でもいい?」
「べ、別にいいわよ。紗枝、ね。覚えたわ」
「ありがとう」
呼び捨てられても、腹は立たない。
むしろ意地っ張りの瑠璃の言葉がくすぐったくて、紗枝はくすくすと笑い続けた。
「なによ!」
「別になんでもないよ。可愛いなあ、と思って」
「あ・・・当たり前でしょ!私を誰だと思ってるのっ?」
「んー、その言い方は可愛くないかも。瑠璃ちゃんは素直なほうが可愛くて素敵だよ」
思ったまま言うとさあっと瑠璃が頬を染め、うろたえた。
「・・・っ、わ、私を狙っても無駄よ!祭以外には興味ないもの!」
「へ?なんのこと?」
「紗枝って、うちの学校にいる危ない世界の人たちに似てるもの。雰囲気が」
「・・・危ない世界?」
「女子高だから、いるのよ、一部に。そういう趣味の人。私可愛いから狙われるのよ」
「ああ、確かに・・・って私は違うよ!」
「分からないわ。その口のうまさといい、きらきら具合といい・・・。もし同じ高校だったら、完全にハーレムになるに決まってるわ」
「キラキラ?ハーレム?」
「私を惑わそうとしても無駄だけどっ!まあいいわ。また来てあげるわよ。気が向いたらね!」
瑠璃は赤い顔で急に立ち上がると、そのまま脱兎のごとく走り去っていった。
「・・・え・・・あ・・・あの・・・」
残された紗枝はぽかんとするしかない。
すると後ろのほうでこそこそとしていた舎弟たちが、ようやく縁側まで出てきた。
「・・・お見事です、お嬢さん」
「あの瑠璃お嬢を手なずけるとは」
「俺、感激しました」
「へ?」
口々に褒め称えられて、紗枝は困惑した。
よほど瑠璃の扱いに困っていたらしい。
しかしそういえば、瑠璃と話していた内容は筒抜けだったのだと今更ながらに思い出して、紗枝はかっと顔を赤くした。
バレた。
この人たちに、社が好きだと。
するとそんな紗枝の心中を察してくれたのか、彼らは困ったように笑った。
「誰にも言いませんから、安心してください」
「もちろん若にも」
「すみません、若は・・・社坊ちゃんのことになると、見境がなくなっちまうところがあるんで」
一番年配だろう男性が、紗枝にそう頭を下げた。
それを聞いて紗枝は、つい尋ねてしまう。
「祭さん・・・社さんのことが、嫌いなんですか?」
「嫌い・・・ってわけじゃあねえと思います」
「ただ、意識しているだけですよ。小さい頃から比べられて育ってましたし、境遇に不満もあったでしょうし、それに何より社坊ちゃんがあんな事件で・・・」
「あんな事件?」
はっと興味を惹かれて身を乗り出すと、それを漏らした男性が他の舎弟にぽかりと叩かれていた。
「す、すみません。忘れてください!」
「・・・教えては・・・くれないですよね?」
「俺らが言えることじゃないんです。若や社さんがお嬢さんに教えてない以上は、とても」
「わかりました・・・。すみません、困らせて」
紗枝は頭を下げて、その場を後にした。
そういえば祭はほんの少し前に、“あんなこと”と言って、昔話を中断してしまった。
(あの二人に何があるんだろう・・・)
社と祭の境遇が入れ替わってしまうほどの何か。
それを知りたいと思ったけれど、それは深い闇のようにも思えて、紗枝は一瞬身震いをした。
◇
結局その日出ていった祭は帰ってこなかったのだという。
顔を合わせなくて済んだことにほっとしたけれど、それが何日も続くと自分がいるからではと気になり始めた。
本家にいる若い衆は“外泊なんてしょっちゅうですから気にしなくていいですよ”と言ってくれたけれど。
代わりに瑠璃が毎日紗枝のところに来るようになった。
なぜかは分からないが、周りの人間曰く“懐かれている”らしい。
「あの・・・寮なのに、大丈夫なの?」
「平気よ。寮監は私に甘いの」
「そうなんだ・・・」
「それより、早く考えてよ」
「考えて・・・って言われても・・・」
瑠璃は突然来ては、祭に何を素直に言っていいのかを紗枝に聞いてくる。
しかし、そんなことを言われても、紗枝だってわかるわけがないのだ。
何だかんだ瑠璃に諭したところで、恋愛初心者だからだ。
それでも瑠璃と一緒に四苦八苦している時間は気がまぎれた。
祭に早くお金を返さなければならないと焦りつつも、父親が退院するまではやめておけとの祭の厳命で、それが叶わないからだ。
そういった焦りを瑠璃といると忘れられる。
それに、もう一つの気になることも。
「昔のこと?知るわけないじゃない。だって、私が物心ついたときはもう祭が後継ぎだったもの」
ためしに瑠璃に祭たちの確執を聞いてみたが、返ってきた答えはそれだった。おじいさまに聞いてあげましょうか、と言われたが、そこまでして探るのはと断った。




