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19/42

小狐襲来しました


「祭!どういうことっ!?」

「・・・げ」


それから2日後の土曜日。紗枝が父親に差し入れに行くつもりのプリンを作っていたところ、屋敷中に轟く甲高い声がした。

台所(どちらかといえば厨房)の片隅を借りて紗枝がボールの中でたまごと牛乳を混ぜているのを見ていた祭が、それを聞いてすぐさま逃げ出そうとする。


「お嬢さん!お待ちを・・・っ」

「うるさいわね!私に命令する気・・・あ、見つけたっ!!」


後ろから追いかけてくる舎弟の声をものともせずに、台所からまさに逃げようとしていた祭を、鈴の音のような可愛らしい声が呼び止めた。


「・・・・よお、瑠璃。お前、また外出届出してきたのかよ?」

「そうよ、嬉しいでしょ?」

「いや、どちらかというと、寮にいてくれたほうが有難いんだが」

「何よ、迷惑って言うの?」

「まあ・・・迷惑までは・・・」


いつも自信満々の祭が、いろいろと戸惑っているようだ。

それに驚いて、対極側を見れば、そこに立っているのは髪の長い小柄な女の子だった。

ふわふわカールの髪をサイドでふたつ結びにしており、切りそろえられた前髪の下の眉も丁寧に手入れされ、目はまつげがぱちぱちしていて、唇はぷっくりとしている。鼻のあたまに少しそばかすがあるのはご愛嬌だ。


(うわ・・・かわいー)


お人形みたいだな、と紗枝は愛でたい衝動に駆られた。

しかし、吊り目気味の瞳が、おもいきりきつくなったのを見て、すぐに近づくのを止める。どうやら怒っているようだ。


「そんなことより、どういうことよ!祭がここに女連れ込んだって!」


(・・・へ?)


「連れ込んではいない。連れ込んでは。ちょっと保護しているだけだ」

「そんな言い草信じると思うっ?!あんたの女好きは実証済みなんだから!それでも、今まで、本家に連れてきた女はいないじゃない!だから我慢してたのに・・・どういうことっ!!」

「本当に保護だっての。諸事情により」

「諸事情って何よ!」

「そりゃ、部外者のお前に話すことじゃない」

「なによ、なによ、なによぉおおっ!!」

「うわ!!」


祭が本当のことを言わないせいで、その子はぶつりと切れたらしい。

厨房に入ってきて、手近にあったボールやら鍋やら、おたまやらを投げ出した。


「こら、何するんだっ!?」


「祭の馬鹿っ!馬鹿馬鹿馬鹿っ!おたんこなすっ!!地獄に落ちろっ!」

「止めろって、瑠璃!」


なんとも口汚く罵りながら物を投げ続けた瑠璃と呼ばれた少女は、投げるものがなくなったせいか、逃げ遅れた紗枝の持っていたボウルを奪おうとした。


「よこしなさい!」

「え、え・・・これはちょっと・・・、あのっ」

「瑠璃!」


しかし、中身が入ったボウルをぶちまけられる前に、祭が瑠璃の手を止めた。こうしてみると、祭と比べてだいぶ小さい。

祭は子供でも抱えるように、瑠璃を小脇に抱えて、畳のほうへ投げ捨てた。

もちろん手加減はしていただろうし、若い衆が慌てて瑠璃を受け止めたから何事もなかったけれど。


「な・・・なにするのよ!?」

「お子様に頭を冷やしてもらおうと思ってな。わがままが何でも通ると思うなよ」

「祭・・・、この仕打ちに加えて、そんな口聞いていいわけ?お父様に言いつけるわよ」

「あいにくだな。親父なら海外だ。てめえの親父に泣きついても無駄だぞ。このわがまま姫」

「何ですって!?侮辱にしたわね!この私をっ」

「ああ、それがどうした。俺に何してもたいていは許してやるが、客人に手え出すんじゃねえよ」

「私に指図するんじゃないわよ!」


ばちばちっと二人の間で火花が散った。その迫力に周りの皆が慌てる。もちろん紗枝も。


「客人?今、客人って言ったわね。・・・あ!その女でしょ!」


びしっと瑠璃に指を突きつけられて、紗枝は思い切りびくりっとなった。

にらみつけてくる迫力が並じゃない。なまじ可愛い顔をしているだけに、怖い。


「なによ、普通の女じゃない。祭のことだから、淑やか美人か、それともお色気先行のばばあつれこんでるかと思えば、なーんだ。どうみても、普通。普通以下。色気もそっけもないし大きいしホントに女?」


けれど紗枝を見て、ころっと態度が変わった瑠璃に、紗枝は、はははっと乾いた笑いを漏らした。


よくいるのだ、こういうタイプは。自分が可愛いと分かっているからこそ、あっさりと他人の傷つく言葉を並べる。ある意味取り繕わなくて潔いのかもしれないけれど、それで傷をえぐられる人も多いに違いない。


(まあ、私はこれくらいじゃまったくえぐられませんけど・・・。せっかく可愛いけど、あんま仲良く慣れそうにないタイプだなあ。うん、まさにわがままなお嬢様って感じ。君子危うきに近寄らず・・・)


もう達観して遠い目をしていると、ふいにぱしん!と乾いた音が響いた。


「な・・・」

「ま、祭さん・・・!?」

「若・・・!」


祭が平手で瑠璃を打った音だった。水を打ったかのように静まり返るその場で、まず最初に立ち直ったのは瑠璃だった。


「今・・・ぶった、わね・・・?」

「ああ、それが?」

「それが、どういうことか分かってるの!私を、殴ったって・・・っ」


しかし、屈辱に震えて怒鳴り散らそうとした瑠璃の顔色がさっと変わったのがわかった。


「言ってもわかんねえお子様には、体で覚えさせるしかねえだろ?」


紗枝には祭の顔は見えなかったけれど、その声から、彼が怒りをたたえていることだけは良く分かった。


「誰がこいつを侮辱していいっつった?客人だって言っただろ」

「・・・・祭・・・、な。なによ、祭のくせにっ!そんなつまんない女かばっちゃって」

「まだわかんねえのか!」

「祭さん、駄目!」


再び手を振り上げた祭に、瑠璃はぎゅうっと目をつぶる。紗枝は慌てて祭の前に立ちふさがった。


「何でお前がかばう?」

「だって、叩くほどのことなんかしてないでしょう?それも、こんな小さい子にかわいそう」

「小さいったって、そいつはもう高2だぜ。いいことと悪いことくらいの区別はつけれんだろ」


帰ってきた答えは意外だった。

小さくて可愛い少女は、その幼いような口調からも中学生くらいに思っていたからだ。


「いや、その辺のガキどものがまだましか。いい年して分別もできてねえんだからよ」

「で、でも叩くことはないと思います。私、何も気にしてませんから、やめてあげてください」

「聞いたか、瑠璃?紗枝はお前と2つしかちがわねえぜ。お前とどれだけ違うかわかるか?お前とは大違いだ。人間として恥ずかしくねえのか?」


辛辣な言葉に、瑠璃の表情が歪んだのが分かった。こういう素直な表情が幼く見える要因だ。


「若、どうかそれくらいに。瑠璃お嬢さんも、反省していらっしゃいますから」


若い衆たちも、瑠璃に同情して祭を見上げた。ちっと祭が舌打ちをする。


「周りが甘くてよかったな。だが、そういうのが欲しけりゃ、俺につきまとうんじゃねえ」

「・・・・・・・によ・・・なによ!」


瑠璃が突然叫んで、立ち上がった。大きな瞳にいっぱいの涙を溜めて。


「覚えてなさいよ!そんな大口叩けなくしてやるからっっ!!」

「あ!」

「瑠璃お嬢さん!」


脅迫めいた捨て台詞を吐いて、瑠璃は勢いよく厨房を出て行ってしまった。ぱあん、と襖を力任せに開ける音と、舎弟たちの慌てる声が遠くでする。


「・・・若、お嬢さんをお引止めしなくていいんで?」

「言わせとけ。あんなの口だけで、どうせ何もできねえよ」

「しかし・・・」

「くどいぞ。放っておけばまたケロリとして来る」


さして興味もない様子で鼻を鳴らした祭は、振り返って紗枝を見下ろした。


「悪いな。しつけのなってない奴なんだ」


瑠璃の発言の詫びを入れる祭は、苦々しい表情をしていた。


「そんな・・・。昔からよく言われてたことだし、あんなの、何も気になりませんから。それより、あの・・いいんですか?」

「何が?」

「あの子、怒っちゃってたみたいですけど・・・。やっぱり謝ってあげたほうがよくないですか?祭さんも叩いちゃったし・・・」

「手加減をしているから平気だ。それよりお前は!へらへら笑っているなよ」

「・・・え?」

「侮辱されたなら怒れ。不愉快だっただろう」

「でもそんな・・・たいしたことない・・・」

「言いたいことは言えって言ってんだよ。ああくそ、お前もイラつく奴だな」

「・・・っごめんなさい」


祭が本当にいらついた様子で髪を掻き揚げたので、紗枝はびくりとなった。感情がそのまま態度に出る祭は、そういえば短気だと自分でも認めていた。


「とにかく、まあいいかとか流してるんじゃねえよ。だからああいうこと言われるんだろ。止めなきゃ、瑠璃の馬鹿はエスカレートしてたぞ。嫌なら嫌だとかむかつくとか、はっきり言えよ。分かったな」


だからこそ紗枝のように、笑ってごまかしてしまうのがむかつくのだろう。見ていて歯がゆいのが腹立たしいのだろう。


「分かったな?」

「は、はい・・・」


苛立つ祭に促されて、紗枝はこくんと頷いた。すると、「よし」と祭が頭を撫でてくる。


「俺はうじうじはっきりしねえのが一番むかつくんだよ。ごまかしてんじゃねえ」

「わ・・・かりました」


祭の言葉は正論だろう。自分の信念は曲げず、他人と衝突することを恐れない。強い人だと思った。でも。


(みんなみんな、祭さんみたくなれるわけじゃない・・・)


祭は正しい。でも強引だ。自分の基準ですべて世界を回そうとする。

社だったらなんと言っただろう。彼も多分、紗枝が自己を卑下するといい顔はしない。でも、押し付けはしないと思う。上手く、紗枝自身にその愚かさを気づかせようとさせる。納得できるように。


(・・・なに、考えてるの!) 


無意識で祭を比べてしまって、紗枝は自分を叱咤した。


「あ!あの、それよりあの子は誰なんですか・・・?」


失礼なことをした、とそんな罪悪感から紗枝は自分から話題を変えてみた。すると祭が何故か顔を引きつらせて答えてくれる。


「高倉瑠璃。高倉一家の長女だ。つっても、上に年の離れた兄貴が2人いるから、末っ子で甘やかされまくって育ってんだが」

「高倉一家?」

「まあ、一般人は知らないよな。関東連合っつって関東地方一帯の極道が集まってできてる連合があるんだが、そこの会長を務めれるのが御三家っつって、木佐貫、大内、高倉の家なんだが。その高倉」

「はあ・・・」


祭の説明によると、関東連合を立ち上げたのがその御三家だそうで、今ではそんなにシマも広くないのだが、名誉的な家柄なのだそうだ。関東での話を通すときには、かならずその御三家の了承がいるし、連合に属している以上、儲けの一部を年一回、上納しなければならないらしい。後見人とか、相談役みたいな感じだと教えてもらった。

ちなみに高倉は古く狐の血を引いているそうだ。

連合に属する古来からある家はどこも妖の末裔なのだとも。

柔らかそうな瑠璃の茶髪を思い出して、あの可愛さなら化かす妖もならさもありなんと思ってしまった。


「つまり、あの子は偉いお家柄なんですね」

「ああ。だが、御三家は実際に関東で実権を握ってるわけじゃねえ。だから、持ち回りで会長の座が回ってくると、傘下の中から自分らの代わりに仕切る代表者を選ぶ。実際はこの選ばれた団体が関東を仕切る」


たいていは、その選んだ団体の後継ぎと杯を交わすのだそうだ。当事者の合意が得られれば、姻戚関係を結んだりもするらしい。


「で、あれが自称俺の婚約者」

「・・・・・・・えええ?!」


しかし、淡々とした説明の中で、とんでもない爆弾発言が出てきて紗枝は目を見開いた。


「ここ婚約者?」

「あくまで、向こうが言ってるだけだがな」


祭は苦笑だ。

何でも、今の会長が死ねば次の会長は高倉の家から選ばれる。そして、高倉の家は昔から蒜生と縁が深いのだという。瑠璃の母親は、祭たちの父親(つまり現組長)の従妹で、瑠璃とは親戚関係にあるのだそうだ。けれど、瑠璃には関係なく、蒜生と高倉の家の間ですでに杯が交わされており、次期関東代行は蒜生の者との密約も定まっている。

だから、別に瑠璃と結婚しなくても何らの問題はないのだが。


「じゃあ、なんで婚約者とか・・・」

「・・・口は災いのもとだったんだ」

「へ?」


祭が話してくれたのはこんなものだった。

瑠璃は子供の頃から母親とともに蒜生の家に来ていたらしい。12歳も年が離れた子供を社も祭も扱いたくはなかったが、父親に厳命されてあえなく面倒を見る羽目になった。無愛想な社よりも、気性のはっきりしている祭に瑠璃はなついていた。だからいつしか瑠璃の担当は祭になったのだが、8歳くらいのときに、しばらく蒜生の家に来られないと知った瑠璃が大泣きした。

それはもうわんわんと。蹴飛ばしてやりたいぐらいうざかったが、一応お偉いさんの愛娘なので我慢した・・・らしい。

それでも“この家の子になるーっ!まつりと一緒に暮らすーっ!”とわめき続ける瑠璃に辟易した祭が。

“わかった。じゃあ、大きくなったら一緒に暮らしてやってもいい。ただし、泣かないと約束できるなら”

と、適当なことを言ったらしい。

“いっしょに暮らす?ほんとう?”

“まあ、そのときに瑠璃がそうしたかったらな”

“したい、したい!じゃあるりは、大きくなったらまつりのおよめさんになってあげる!”

“おお。じゃあ、俺好みのナイスバディーになってろよ”

“ないすばでぃ?”

“んー、わかりやすく言うと、胸がでかいってことか?あ、ボン、キュ、ボンっておぼえときな”


「・・・子供になんて言葉を・・・」


回想話に思わず突っ込みを入れてしまった紗枝に、祭はふうっとため息をついた。 


「ちょっとした冗談じゃねえか。つうか、それで俺が冗談で言ったってのが分かるだろ。その場だけの適当な口約束で、すぐに忘れると思ったんだよ」


ところが瑠璃は忘れなかった。

家に帰ってまず、彼女を溺愛している祖父に、「まつりのおよめさんになる!」と宣言した。そしてそれは何年も会っていなくても忘れられず、ついには祖父を動かした。親同士で勝手に話がとんとん拍子に進み、よかったよかったと双方が満足する運びとなった。もともと高倉と蒜生は仲が良いから障害はないし、より強い結びつきはまさに大歓迎だったのだ。

本人を除いては。

祭がそんな口約束無効だ、と何度言っても、男に二言はないはずと言い張られ、すっかりその気の瑠璃に付きまとわれ、大変なのだそうだ。


「えーっと・・・瑠璃ちゃんは知っているんですか?その、冗談だったってこと」

「何度も言った。が、あいつは、私を振るなんてそんなことは絶対許さない!ていうか、今からあんたが私にメロメロになれば問題ない!と高らかに宣言して、今に至る。メロメロってなんだよ。死語か」

「はあ・・・」

「あのとおりの性格だろ。無駄だって言ってるのに、ますます意固地になりやがって。一回りも違う俺を追いかけてるより、普通に同世代に目を向けろっての」


忌々しそうに祭が舌打ちをした。


「でも、瑠璃ちゃん可愛いし、そんなに一生懸命ならちょっとは考えてあげるとかはできないんですか?」

「あん?俺はガキが嫌いだからな。とくにああいう甘ったれたガキが一番嫌いだ。そもそもあんなちっこいナインペタンは論外」


(・・・えっとぉ・・・)


なんだか最後のところが一番力説されて、紗枝は返答に困った。身体的特徴はいかんともしがたい。確かに高2にしては幼い容姿だが。


「でも、祭さんに認められたいって一生懸命みたいですし・・・」

「はっ。あいつが欲しいのは、蒜生の姐の地位だぞ」

「え?」

「別に俺、じゃなくてもいいんだよ。関東一のやくざの姐って名前が欲しい。つまりこの家を継ぐのが俺じゃなければ、社に擦り寄っていただろうな」

「・・・・・・」

「そんな奴の相手をしていられるか。大体、すぐ癇癪を起こすしよ。向こうから破棄してもらえるなら、幸いだな」


吐き捨てるように言う祭は、とても不機嫌だった。

自分じゃなくて立場を見られているから。

祭は怒っているようだったけれど、それは同時に悲しんでいるようにも見えた。


「あの・・・私、祭さんのことは、その、なんていうか、すてきな人だと思いますよ」

「あ?」

「・・・えっと、何と言っていいかはわからないですけど、祭さん自身が魅力的だと思うから、その、別に若頭とかそういう立場がなくても・・・」


紗枝の言葉に、祭は一瞬目を見開いた。それから、ぷっと吹き出す。


「ありがとよ。まあ、気にしてねえけど。俺も若頭の名前好きだし」

「あ、そ・・・そうですか」

「けど、お前の気持ちはありがたくもらっとく」

どうでもよさそうに言いながら、それでも祭は、楽しそうに笑った。


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