真実はいつも残酷です
◇
「あれ、社長・・・いつの間に外に?」
「ああ、さっきな。悪いが、忘れ物をしたので、入れてもられるか?認証カードを、だから、正面から入れなくてな」
「珍しいですね、相模さんがついていながら」
「玲人の目を盗んで出た」
「ははは。どうぞ」
裏口の守衛は完全に疑っていない様子で、ゲートを開けてくれた。紗枝も社長の連れということでスルーパスだ。
「ふん、警備体制が甘いな」
ちょろい、と笑う祭の後ろで、紗枝はげんなりとしていた。誰が、ここまでそっくりな偽物がいると思うのだろうか。
いつも一緒にいる紗枝だって最初は騙されかけたのだから、守衛が騙されても文句は言えないだろう。
初めて来た社の会社は、大きなビルで、紗枝は本当にすごいと驚いてしまった。
下のフロアはほとんど真っ暗で、夜のオフィスはやたら不気味だったけれど。
「何階だったかな、社長室」
「・・・知らないんですか?」
「いや、一度来たことはあるが忘れた。・・・まあ、一番上だろ」
「・・・・・」
適当すぎる祭に、紗枝はため息をつくしかなかった。
確かに誰に見咎められてもごまかせるだろうという自信ゆえのいい加減さだろう。
「その髪、染めたんですか?」
エレベーターの中が気まずかったので、紗枝はそんなことを尋ねた。
「ああ。もうどうせ根元は元に戻っていたし、それに・・・」
祭は何故か言葉の途中で紗枝を見た。そのままいつまでも答えない祭に、「なんですか?」と問いかけると、ほぼ同時にチン、という到着の音が響いた。
「ん、正解だったみたいだな。まあ、そうだよなあ、上のほうが安心だからな」
その階にはまだ明かりがついている部屋があった。
その位置をフロアガイドで確認した祭がにやっと笑う。
「祭さん、本当にこんなことしていいんですか?」
「静かにしてろ。玲人にばれたらうるさい」
「・・・社さんはいいんですか」
「あいつはなんだかんだで俺に甘いからな」
その社に殴られたくせによく分からない理屈をこねた祭は、紗枝にとにかく静かにするように促して廊下をすすんだ。
唯一明かりが灯る部屋のそばにいくと、もう誰も残っていないことを知っているせいか、無防備にもドアが少し開いていた。そのため近づくと会話が聞こえてくる。
「どうするんですか!」
(・・・っ?)
ばんっとテーブルを叩く音と共に聞こえてきたのは玲人の声だった。
びくっとなった紗枝の口を手のひらで覆った祭は、もう一度しぃっと自分の唇に人差し指を立てた。
「・・・うるさい。今考えている。騒ぐな」
低い低い声は社のものだ。
不機嫌そうなそれは、紗枝はあまり耳慣れなかった。
特に怒っているときくらいしか。
「考えている?そんな悠長な。落札日まであと3日ですよ?」
「そんなことくらい知っている」
「どうするんですか、あの土地がなかったら、開発計画なんて上手くいくわけないでしょう。それともここまで手がけたプロジェクト全部おじゃんですか?どれだけ損害被ると思っているんですか?」
「・・・うるさい。いまそんなことを言っても仕方ないだろう。無理なものは、無理だ。大体、お前の計画にそもそもの無理があったんだ」
「人のせいにしないでください!」
「俺は反対したぞ」
「でも結局頷いたでしょうが」
一触即発といわんばかりの室内に、紗枝はびくびくとし続けるしかない。
「とにかくそんなこと今更言ってもどうしようもない。代替案は?」
「一応、作ってありますけど・・・試算ですら大して利益が出ないですから、そもそも強行するかも微妙になってきます」
「前門の虎、後門の狼ってやつか。設計図は?」
「一応ここに」
「・・・おい、鉄骨の値段とか書いてあるやつ」
「そこに転がってます」
「施工業者の・・・」
「はい、どうぞ」
玲人はてきぱきと社の要求に答えている。
むかつく人だけれど、仕事はできるんだな、とそんなことを思った。
「でも、無理ですよ。何度シュミレートしたって、他の方法は見つかりませんでした」
「・・・お前がそういうなら、そうかもな」
「ちょっと、投げやりにならないでください」
「俺のやる気をなくすようなことを言うからだろうが」
はあ、と重苦しい空気が外まで伝わってきた。
「・・・あ、あの、やっぱりこんなところにいたら駄目なんじゃ・・・」
「もう少し待ってろ」
神聖な、しかもこんな大変そうなときにふざけている場合じゃないと伝えたのに、祭は紗枝の腕をつかんで逃がさなかった。
「大体、社長は甘すぎるんですよ」
「・・・あ?」
「あの子供、使えないのは当初から分かっていたんですから、もう少し何とかしておくとか」
「何とかって何だよ」
「自分の立場分からせて、言うこと聞かせるようにしつけるとか」
「そんな趣味はねえな」
「なんなら僕にやらせてくれればよかったんです。結局、自分の家政婦にしていると知ったときは、殴ってやろうと思いましたね」
「いや、お前そのとき、俺の飲み物に怪しいもん入れただろ。腹壊した」
「ええ、そりゃあもう。あまりに腹が立って腹が立って」
「お前な」
社が地の底に沈みそうなため息をついた。玲人の底知れぬ恐ろしさに、紗枝だって怯えかける。けれど。
(・・・あれ、なんか・・・話が・・・)
自分のことっぽいと知った紗枝が首をかしげると、祭が後ろで頷いた。
「お前のことだぜ」
「・・・なんで?」
「聞いてりゃわかる」
そういわれて、紗枝は今まで以上に真剣に耳を澄ませた。いけないとは思いつつも、知りたかったのだ。
「それにしても、役立たずにもほどがある」
「玲人」
「だってそうでしょう。やっと探し当てたと思った朝丘昌直の孫娘があんな鼻柱の強い女だったなんて。挙句にあの騒ぎですからね。あまりに浅はかすぎます」
「仕方ないだろ、あいつは正義感が強いんだ。最初の頃なんて、牙を向けられてばかりだった」
「その態度だってむかつきましたよ。恵まれてることにちっとも気づかないで」
「そう言うな。お前の気持ちはわからないでもないが。あいつはあいつなりに一生懸命棘出して生きて来てたんだよ」
「あなたがそうやって甘やかすからすべて台無しになったって自覚してください!まったくもう、あの女のどこかそんなに気に入ったんですか。全く理解できませんね。そもそもあなたの趣味は、まだあの子の母親寄りだったと思いますが?」
「ああ、写真で見ただけだが、確かに可愛らしい人だったようだな」
(・・・どういうこと?!)
思わぬ話題に紗枝はパニックになりかける。
何故、社たちが香苗を知っているのだろう。
その答えはすぐに得られた。
「そりゃあ、朝丘のご隠居が館ひとつ与えて溺愛したという妾の一人娘ですからね。ご隠居も大層可愛がっていたとかで。・・・まったく、せめて母親の面影でもあればあのくそじじいだってまだ態度を和らげたかもしれないのに、全く似てないんですから。でかいし、可愛げはないし。よりにもよって、ご隠居から可愛い娘を奪った父親似なんて、本当に最悪ですよ」
「そんなことを紗枝に言っても仕方がないだろ」
(・・・お母さんが・・・あの、あのおじいさんの、娘・・・?)
震えが走った。
香苗には親戚がいないと聞かされていた。ずっとそれを信じていた。
それなのに、あんな権力者の娘?
父とは・・・駆け落ちでもしたのだろうか。
初めて知ることだらけで、紗枝はどうしていいかわからない。
中では勝手な会話が進んでいく。
「せめて性格が大人しければまだよかったんですよ。ご隠居にだって、自分の血を引いた女ってことだけで利用価値がありますからね。それを・・・初対面のご隠居の孫に喧嘩を売るなんて、どういう神経をしているんだか。どう育ったらあのお嬢さんからあんな性格の娘ができるんですかね?」
「自由に育てたんだろ。自分が抑圧されて育った分」
「女で可愛げがないのだけは最低ですよ。見た目からしてきついなんて二重で最悪ですね」
「玲人」
「だってそうでしょう。少しは役に立つかと思って助けてやればちっともで、むしろ迷惑をかけられたんですよ。これを最低といわずして何というんですか!」
「・・・お前は何もしてないだろうが。むしろ紗枝と喧嘩ばかりしていた気がしたが?」
「僕は甘ったれた子供が大嫌いなんですよ」
「自分を思い出すからか?八つ当たりだぞ」
「・・・・・っ」
社の言葉に玲人が息を呑む音が聞こえた。それがくらくらとする頭に、やたら大きく響いた。
「とにかく、俺はこれでむしろよかったと思っている」
「っ。あなたが途中からぶち壊す方向にもってこうといていたのを必死で軌道修正した僕にいいますか、それ」
「そもそもあのじじいは気に食わなかった。あいつを交換条件に、土地を売り渡すなんてな」
(・・・・こうかんじょうけん?)
「仕方ないでしょう。やくざあがりってことであなたは疎まれているんですから。まあ、自己の関連会社が軒並み競り負けたからかもしれませんけど。無理難題ふっかけて溜飲を下げたかったんでしょうよ。あとは、単純に会いたかったのかもしれませんね、娘の形見に」
「灯台下暗しだったがな」
「それを見つけるために捜し歩いたのは僕ですけど」
「・・・手なずけたのは俺だぞ」
「威張らないでください、結局失敗ですから。劉盛会を敵に回して、身銭は・・・あなたのですから別にいいですけど、まあ一応身銭切って、それなのにプロジェクトは敢行できない。まさに無駄でしたね」
「だから、それをやれと言ったのがお前だろう。俺は気乗りしないと何度も言った」
「社長が訳の分からない情けなんてかけるから悪いんです!
計画としては万全でした!」
「そうか?とてもそうとは思えないんだが。そんな都合よく、人を動かせるか」
「けれど初期の段階では成功だったじゃないですか。店に行っていた頃は結構簡単に懐かれていましたし。まあ、多少強引な手段で連れてくることになりましたが、それは劉盛会のせいだったから、僕のせいじゃないですし。その後だって、また擦り寄る程度にはなったじゃないですか。それをあなたの詰めが甘いから」
「お前、紗枝にあのくそじじいの犠牲になれと?政略結婚の道具にされるのがオチだぞ。聞いたか?あの礼儀知らずの、見た目も淑やかとは程遠い女子が、わしの何の役に立つ、って、何様だあいつ。殴り飛ばしておけばよかったな」
「だからっ!あなたがそんな情を持つから悪いんです。見ず知らずの子供なんて、利用しておけばいいじゃないですか。なにせ、朝丘ですよ。劉盛会に売ろうってわけじゃない。いい暮らしできるんだから、問題ないじゃないですか」
「あのしきたりにがちがちの家にあいつが合うか」
「そんなこと気にしてやる必要がないって言っているんです。所詮利用されるほうが悪いんだ」
「玲人、お前は・・・」
「僕を責めるんですか?善人ぶらないでください。あなただって、利用しようとしたじゃないですか。あんな趣味ないくせにあの店に通ったりして。自分のためにあの子を騙して、味方に引き入れようと行動したのはあなただ。責められるいわれはありませんよ」
がたん!
中腰がもう支えきれなかった。
力が抜けた紗枝を祭は支えてくれなかった。
だから紗枝は床に転び、身を隠していた低いガラスケースにぶつかった。
「誰だ!?」
途端に鋭い声が飛んだ。そして。
目の前が白い光に包まれる。ドアが開かれたのだ。そしてそこにいたのは。
「・・・紗枝・・・?お前、なんで、ここに・・・」
「社さ・・・」
仁王立ちした社の顔を見た瞬間、紗枝のなかで壊れたものがあった。
ぼろぼろと一気に涙が出てくる。
「紗枝、まさか聞いて・・・」
「・・・う・・・」
うそつき、と怒鳴ってやりたいのに、紗枝の喉は干からびて何も言葉にならなかった。
「おい、どこから聞いてたか知らんが、誤解するなよ」
「どう誤解だってんだよ?」
社の焦った声がする。
へたりこんでいる紗枝の前に膝を折ろうとした社より先に、背後から強い腕が紗枝を引き上げてくれた。
「祭・・・!?そうか、お前が紗枝を・・・。なんのつもりだ!」
「俺が何を忠告しても、お前を信じてるから可哀想になってな。紗枝、これで分かっただろ」
涙が止まらない紗枝は、祭の問いにただ頷いた。
「紗枝、聞け。祭が何を言ったか知らないが、俺は・・・」
弁明をしようとした社から逃げるように、紗枝はぎゅうっと祭に抱きついた。すると祭が抱き返してくれる。
「てめえ手を離せ!」
「紗枝が離してくれないからだろ。な?」
社がそれにかっとなって引き剥がそうとしたが、祭は紗枝を前面に出して乱暴な手を止めさせた。
その上ひっくひっくと、言葉もなくしゃっくりあげる紗枝の髪に優越感をにじませて頬ずりする。
「祭、あれじゃ殴られ足りなかったのか」
すぐにでも爆発しそうな怒気を、祭は笑って受け流した。
しかし、いつもの軽薄な笑いではない。組の仕事をするときの、強気を持ち込んだ笑みだ。
「殴れば良いだろ。それでお前のやったことが変わるならな」
「・・・っ」
「弁明したければすればいい。止めねえよ。紗枝が聞くかどうかは知らないがな」
紗枝はぶんぶんと首を振った。社から何もききたくない。
こんなところにいたくない。
ひりつく喉を酷使して、紗枝は祭に願った。
「お姫様のお願いだ。お前と同じ空間にいたくないってよ。これは俺がもらっていく」
「な・・・おい!」
「紗枝は嫌がっているんだぜ?それでも呼び止めるか?紗枝、こいつの話、聞いてやる?」
「・・・や・・・だ・・・!」
かすれた声で紗枝は叫んだ。
「だとよ」
「紗枝、ちゃんと聞け。あのな、俺はお前を・・・」
「っ社さんのこと、なんて・・・何もききたくな、い・・・!!」
「紗枝!」
紗枝は耳を押さえた。幸いにも祭はしっかりと抱えてくれているから、揺らぎはない。
「これが紗枝の意思だろ」
「祭、何でお前はっ!!」
「俺も紗枝が気に入ったって言わなかったか?欲しいものはどんなことをしても手に入れる性質だって知ってるだろ」
「てめえは・・・」
「言っておくけどな。俺を詰る資格なんか、お前にはねえよ。最初から」
「・・・・・っ」
「じゃあな」
息を呑んだ社の表情は、紗枝には見えなかった。
ただ、世界が真っ暗になってしまったことだけは良く分かっていた。
これで3章は終わります。




