悪巧みに巻き込まれててしまいました
◇
その夜。
「おーっす」
「・・・祭さん、このあいだ社さんに怒られませんでしたか?」
祭がふらりとマンションに現れた。社は仕事があるとかで、あのあとまた会社へ行ってしまい、一人の紗枝が出迎えることになってしまう。
「なんだよ、けちけちせずに入れろって」
「駄目です。社さんに怒られるから」
「というか、紗枝もう化粧おとしちまったの?真紅の薔薇のような美人が怒ってるって評判だったのによ」
「・・・は?」
なんのことだ、と一瞬怪訝な表情になると同時に力も抜けていたらしい。押さえていたはずの玄関のドアから祭がするりと入り込んできた。
「ちょっと祭さん!!」
「大丈夫大丈夫、社が会社出たら連絡来るようにしてあるから。ばれねえって」
「そういうことじゃなくてですね!」
「ん?ああ。なんで知ってるのかってことか?そりゃ、俺んとこもあのパーティーに呼ばれてたからな」
「え?」
「お前だけだって、一般人で蒜生の名前にびびんないのって。一応これでも由緒正しい極道の家系だぜ?地元有力者とは切っても切れねえ仲だっての」
祭によると、今回はたいしたパーティーでもないから、会長代行が行っていたらしい。それって偉い人?と聞けば、彼は爆笑していたが。
「まあ、やらかしたらしいじゃねえか、紗枝」
「う・・・」
「あの馬鹿息子には常々むかついてたんだ。話を聞いたときにはすかっとしたぜ?」
「でも・・・社さんにすごく迷惑をかけてしまって・・・」
「いいんじゃねえの。あいつにはそれくらいしたって」
「よくないですよ!」
きっと視線をきつくすれば、祭は肩をすくめた。
「人に裏切られるのが好きだな、お前。助けた相手に、関係ないって言われたって?」
「・・・別にいいんです。そんなの、慣れてるから」
祭の指摘に、ずきりと胸が痛んだ。
「じゃあ助けなきゃいいだろ」
「・・・それはそれで後味が悪いからイヤです。いいんですよ、こんなのどうせ自己満足なんですから」
紗枝は半ば自棄に笑った。少しすれば、忘れるのだから、こんなこと気にならない、と。
するとソファで偉そうに座っていた祭が、突然紗枝の腕を引っ張った。畢竟、立っていた紗枝は彼に覆いかぶさるように乗り上げてしまう。
「ままま祭さ・・・!」
「お前さ、もっと自分勝手になれよ」
ぎゅっと背中に腕の感触があって、紗枝は心臓を跳ね上げた。
「怒ればいいだろ、何で笑うんだよ?わけわかんねえ」
「ちょ・・・はなしてください!」
「自己犠牲?そういうのってイラつくんだよなあ」
「・・・っ。離して・・・」
「まあ、お前のことは嫌いじゃねえけど」
すぐ近くで顔を覗き込みながら、祭が言う。先ほどひどいことをいったその口で。
「むしろ潔いところは好きだぜ」
好き。
その言葉に、ばくんと心臓が鳴った。
社と同じ顔で言わないでほしい。
「また・・・か、からかって・・・」
「マジだぜ?俺、紗枝みたいな女がタイプなんだよなあ」
間近でにやりっと笑った顔。祭らしい表情だなと思う。
今度は不思議とどきりとしない。
だから冷静に紗枝は切り替えした。
「祭さん、女たらしだって、社さんが言ってました」
「・・・くそ、社の奴・・・」
「もう、手を離してくださいよ」
ちっと舌打ちをする祭を笑って、紗枝はその腕から逃げようとした。良くも悪くも祭はごまかしたりしない潔さがあると思う。自分の感情に素直なのだ。
「つまんねえ。さっきは動揺したくせにな」
「・・・祭さん、よく性格悪いって言われませんか?」
「おう、褒め言葉として受け取っておくわ」
はあ、と紗枝はため息をついた。
それでも憎みきれないのは、祭の悪びれない笑顔があるからだ。人を食ったような表情なのに、いっそ気持ちが良くて、なんとなく許してしまう。
多分社も同じような気持ちで祭と付き合っているのだろう。
(これも人徳の一種だな~・・・)
ぺしっと実力で祭の腕を跳ね除けようとすると、しかし、逆にひょいと抱えられて膝の上に横抱きにされた。
「な・・・!?」
どうしてこの兄弟は紗枝を軽々と持ち上げるのだろう。小さくはないはずなのに。
祭が暴れる紗枝を上から覗き込んだ。
「なあ、お前。社のこと、どう思ってんだ?」
「どうって・・・。それより、離れてくださいよ!下ろして・・・」
「真面目に聞いてんだから真面目に答えろって。あいつのこと、好きなのか?」
「すすすきとか、そそそそんなわけな、ないし・・・っ」
「見事な動揺だな」
ふっと祭が唇の端に笑みを刻んだ。
その笑い方は社がよくするのと同じだ。
何故かそれを見て紗枝は真っ赤になる。
「ふうん、やっぱり・・・か」
「ななな何がやっぱり・・・ですか?」
「やっぱり社が好きなんだろ?」
「ちっ・・・違いますよ!恐れ多い!何言ってるんですか!!」
「そうか?だったら、俺が社の真似をするとやたら動揺するのは?」
「どっ、動揺なんて・・・」
「してないって言うなよ。むなしいくらい無駄だから、それ」
「うぅ・・・」
確かに反論はできなかった。
紗枝は下唇を軽くかみ締める。それから意を決してじろりと祭をにらんだ。
「し、仕方ないじゃないですか!私、男の人の傍にいるのって慣れてないんですから!祭さんだって分かってやってるんでしょうが!」
「そりゃそうだが。だからこうやって遊んでるんだろ」
「遊ばないでくださいッ!」
「だが、同じように遊んでても、俺が社の真似したときだけ激しく動揺するからよ。その理由聞いてるんだ」
「べ・・・別に同じですよ。気のせいです」
紗枝はぷいっとあさっての方向を向いた。
「紗枝、ほら、機嫌直せって」
祭はにやにやと笑いながらその紗枝の顔を追っかけてのぞいてくる。
そのたびに反対を向く紗枝は、もうからかわれるもんかと必死だった。
「もう慣れたから、平気です」
「・・・ふうん」
その言葉に納得したのかしてないのかわからないが、祭は一度紗枝を膝から下ろしてくれた。
緊張の意図が解けてほっとした紗枝だったが、祭がくいっと顎をつかんで紗枝の視線を捉えた。
「そんなに拗ねるな。紗枝?」
くしゃり。鼓膜に響く静かな声音とともに、大きな手のひらが頭を撫でた。
「~~~~っ」
耳まで赤くなるのをどうやって避けたらいいのか分からない一瞬だった。
同じ声でも、話し方やトーンが違えば違う印象をうける。けれど、今の祭の声は、本当に社そのものだった。
髪の色が違うのに。これは祭なのに。そう思うのに、社が重なった。
「・・・ほら、実験成功。お前ほんとにわかりやすいな」
「やっ、社さんの真似するなんてずるい!」
「うん?何でずるいか言ってみな」
「そ・・・・んなの、わかんないけど!とにかくずるいっ!」
答えられない質問に、紗枝は一瞬詰まったあとで、やけっぱちに返した。
だって分からない。
ずるいと思うけど、その理由なんてまったくわからないのだから。
「ははは、紗枝はマジでガキだな。おもしれえ。ますます気に入った」
「気に入らなくていいです!」
「何でだよ、俺に気に入られたらいいことあるぜ。たぶん」
「・・・絶対ない気がします」
「全否定とは、ひどいな」
「だって祭さんって・・・いじめっこじゃないですか」
「まあ、それは否定しないが。けどな、ちゃんとメリットもあんぜ?」
「例えば何ですか?」
「んー・・・上手くいけばこの辺り一帯を牛耳れる」
「なんですか、それは」
突拍子もない“メリット”に、紗枝はうんざりとした表情をつくった。
「お前な、これは結構すごいことだぜ?俺がちゃんと組を継いだ暁には、叶わないことなんてほとんどないも同然だ。欲しいものでも何でもお前が望めばすぐに手に入る。どんな高価なものだって、どんなに苦労を伴うことだって、いくらでも差し出す奴らがいるからな」
「はあ・・・」
「なんだ、その信じてない目は」
「信じてないっていうか・・・、別になんかいいことなのかわかんないし、それ」
大体紗枝はやくざが嫌いだ。
本人を目の前にしていうのもなんだが、やっぱり嫌いだ。まあ、祭はチンピラとは違うから、毛嫌いというわけじゃないけれど、それでもその職種を好きになる日がくるとは思えない。
大体、何でもかんでももらってもそう嬉しいと思えない。
「何でもだぜ?欲しいものとか、したいこととかないのかよ?」
「したいこと、ですか?うーん・・・お父さんと、お母さんのお店をずっと続けていくことかな?欲を言えばお客さんがたくさん来てくれたらもっと嬉しい」
「はあ?」
しかし、紗枝の望みは祭には全く理解されなかったようだ。思い切り怪訝な顔をしている。
「金があるとしても働きたいのか?」
「別にお金だけのためにやってるわけじゃないですもん。あそこはお母さんとの思い出がたくさんあるから、あの家にいれば、家族みんなでいるみたいで・・・。それで、私、可愛いものが好きだからそういうものでお客さんが喜んでくれるのを見るのが好きなんです。私の作った商品をすごく嬉しそうに買って大切にしてくれたり、私が選んだプレゼントがすごく喜ばれたって言いに来てくれたりするときが一番嬉しい。お金がもうかるとかもうからないじゃなくて・・・」
「・・・・・」
「あ、いや、借金あるし。そりゃあ、お金も大切ですよ!ちゃんと稼ぎますよ!」
そういえば社にたんまりと借金がある身だったことを途中で思い出して、紗枝は慌てた。祭の沈黙が怖かったからだ。
「・・・お前、権力とか興味ないわけ?贅沢とか」
すると祭が解せない顔で尋ねてくる。
「え、別に私は庶民だから権力とか言われてもわかんないし・・・贅沢といえば、最近ずっと贅沢させてもらってますよ。もう、ホントに信じられないくらい、別世界ですよね」
「何でも手に入るのって気分良くないか?」
「さあ、そういう状況になったことありませんから」
「人ってよ、高いところ好きだろ。あれって、高いところから見下ろすと征服欲が満たされた気がするからなんだってよ。お前、そういう気持ちねえの?」
「・・・・。あのですね、祭さん」
「何だ」
「人より偉い、とか、何でも手に入るっていうのが、かっこいいっていうのは、たぶん違うと思いますよ。祭さんは偉い人で、本当に私とは世界が違うんでしょうけど。でも、そんな偉い祭さんじゃなくて、こうやってただからかってくるだけの祭さんのほうが好きだと思います。社さんを怒らせているただの祭さんの方が、蒜生組の跡目をちらつかせるよりずっとかっこいいですよ。だって、祭さん、社さんを困らせるとき、すごく魅力的に笑うから」
あ、でもからかわれるのはあんまり好きじゃないですけど。
そう付け加えて、見上げると、祭は複雑な表情をしていた。
そのまま動かないので、もしかして怒らせた?と紗枝はぎくりとなる。
どうして今日はこうも人を怒らせてばかりなんだろう、と手のひらを握りこんだとき、快活な笑い声が耳に届いた。
「あー、おもしれ。お前、ほんといいな。いつもの俺のがいいって?」
「・・・あ、いや・・・その、お仕事している祭さんを知らないので、断言はできませんが・・・」
「ま、お前なら俺の仕事みてもそういうかもな。そうか、ただの俺、ね・・・」
祭は抑え切れないように笑い続けた。
「そんなにおかしいですか?」
「いや、おかしくはねえよ。ただ、意外だったからよ」
「そうですか・・・意外、ですか?」
「ああ、俺を次期組長って枠からはずしてみる奴ってそうそういないからな。ずっと俺にはその価値しかなくて、そればっかり見て、追いかけてきたんだぜ。どんなことをしても、手に入れてやるって。でも手に入れてみたらいろいろ・・・重かったかもな。後悔はしてねえつもりだけどよ」
「・・・・・・」
「っと、電話だ」
皮肉気に歪んだ表情を見せた祭は、ポケットで鳴る携帯を取り上げた。それから二、三言話して切る。
「社が帰ってくるってよ。んじゃ、俺はばれないうちに帰るわ」
「祭さん・・・あの、私、別に祭さんのしていることを否定するつもりは・・・」
「ん?何だ、気にしたか?」
先ほどの発言はやはり失礼にあたると思い直して、紗枝は祭を見送るついでにそう切り出した。
すると祭は彼らしい人を食ったような笑みを浮かべる。
「気分を害したならごめんなさい」
「礼なら違う方法がいいな」
「え?」
祭の言葉に引かれて顔を上げると、ちゅっと頬にキスをされた。
「ぎゃあっ!?」
「可愛くねえ叫び声だな、おい」
そこを押さえて飛びのいた紗枝を喉で笑い、祭は玄関のノブに手をかけた。
しかしすぐに帰らずに、再び紗枝を振り返る。
「あ、そうだ、紗枝」
「・・・・・・・なんです?」
ものすごく距離をとりながら尋ねると、肩をすくめられる。大げさな仕草は外人のようだが、彼には良く似合っていた。
「俺はお前が心底気に入った」
「・・・はい?」
「だから、かわいそうなお前を社から助けてやるよ」
「・・・はああ?」
何を言い出したのかとぽかんとする紗枝に、祭は一瞬悪そうな笑みを見せた。
「じゃあな」
綺麗なウインクを残して去っていく祭については、結局意味がわからない。
(助けてやるって・・・何が。また冗談か、はあ)
しかし、ウインクとか気障なこと似合うなあ、と紗枝は能天気なことを考えて、玄関の鍵をかけた。とりあえず、祭の前で隙をみせることだけはやめよう、と熱くなった頬を抱えて誓った。
◇
それから数日後。
(今日も遅いのかな?)
ソファでクマと一緒にテレビを見ていたが、もうすぐ23時になる。最近は夜中すぎに帰ってきて、朝早くに出かけるので、紗枝はあまり社と話していない。
社は寝起きがよくないので、朝が早いとぎりぎりに起き、身支度をするだけで出て行ってしまうからだ。朝ご飯も夕ご飯もしばらく作らなくていいと言われている。
とすれば紗枝はまたしても時間をもてあますことになった。夜があまりに長いのでプール行こうとも思うが、その間に社が帰ってきたら嫌だなと思って、結局、昼間に通っている。
だからいつもテレビをみているだけで、暇だった。
社が買った大きなくまが、今の心の慰みだ。
社と一緒にいた時間を知っているだけに一人きりの状況があまりに寂しくて、部屋にいたのをリビングに移したのだ。
それをみて社はかすかに苦笑しただけで、何も言わなかった。というか、この間、ここで枕にして寝ていた・・・。
(それはそれでひどい・・・)
悪気はなかったと言っていたが、最近、社は可愛いものに対して冷たい気がする。前は撫でて遊んで?いたのに。
「ほんと、ひどいよ。こんな可愛いのに、枕とか」
紗枝はむっと唇を尖らせて大きなクマを抱いた。
すると、かすかに社の匂いがする。コロンと煙草の匂い。
(・・・匂いがついてるってことは、この子のこと見えないところで可愛がってくれてるのかな?)
紗枝はぎゅっとクマを抱きしめて、ソファに転がった。
時間の区切れ目はCMばかりで面白くない。
大体、最近は何のテレビ番組を見ても面白くない気がしていた。
だからこんなときは考え事をしてしまう。
(あ・・・、そういえば社さんにあげてなかった)
前に頼まれた手作りのふわふわくま。
完成直前に社が来なくなり、出来上がってからも生活が一変して忘れていた。
というか、当初、社に対して怒っていた頃にタンスの奥底にしまってしまったのだ。
もう知るもんか、と思って。
それからずっと忘れていた。
紗枝はむくりと起き上がると、自分の部屋からそのくまを取り出した。
乱暴に詰めてしまったので、くまの右手がちょっと歪んでいる。ちょちょいとそれを直して、紗枝はそのくまをダイニングテーブルの上に置いた。
(遅くなったけど、今日あげようっと。暇つぶしのマフラーもできたから、ついでに)
あまりに暇で暇で仕方がなかったので、自分のマフラーと父親のカーデガンを編んだ。
社が量を加減しなかったせいで毛糸がまだあまっていたので、ついでだからと社の分のマフラーも編んでみたのだ。
うざい?重い?と思いながらも、まあ暇つぶしだからどうでもいいや、と思って作ってしまった。
(うん、そうそう、凝った編み方してみたかっただけだし・・・さ。いらないって言われたらお父さんにあげよ。あ、でも若すぎ・・・いやいや)
ダークグリーンのマフラーは、柔らかい毛糸で編み目をわざと緩くしてあるのでほわほわとしている。それをたたんだ物をくまの下に差し挟んだ。ころん、とくまが転がる。何度かチャレンジしたが無理そうだったので、鳥の巣のようにマフラーで形を作ってその中にくまを入れた。小さなディスプレイだ。
(可愛いって言ってくれるかな?)
紗枝はそれを見てほわりと笑った。
だが、24時ちかくなっても社は帰ってこない。
お風呂から出た紗枝は、段々眠くなってきたので、一言メモをしようと広告メモ帳を引っ張り出した。
もちろん、紗枝が裏白の広告を切ってつくったメモ帳だ。
それを途中まで書いたところで、ピンポンと玄関から音がした。
「あ、帰ってきた」
書きかけだったメモをくしゃりと潰して、紗枝は玄関に向かう。いつも入ってきているのにまだドアが開いてなかった。
「・・・あれ?」
これはまた祭か、と思ってパジャマだった紗枝は、玄関についている丸い穴を覗き込んだ。
だが、見えたのは金の髪ではない。
「おかえりなさい。どうしたんですか?」
安心してかちゃり、と玄関のドアを開けた紗枝は、たたずんでいる社に、ぎょっと目を見開いた。
口の端と目元に貼られている絆創膏のせいだ。
「ど、どうしたんですか?!」
「ちょっとな。祭と・・・」
「喧嘩したんですか?」
「まあ、そんなもんだ」
「だ、大丈夫ですか?消毒しますか?それにしてもなんで喧嘩なんて・・・」
「いや、たいしたことない。理由もささいなもんだ」
「とりあえずどうぞ。鍵、持ってなかったんですか?」
「ん・・・ああ。お前がいるから気にしてなかった」
すいっと紗枝が押さえるドアをくぐった社に、紗枝は妙な違和感を覚えた。
何が、はよくわからないけれど、はっきりとした違和感。
「どうした?」
「・・・あの・・・」
「何だ?ああ、今日も何もなかったか?」
いつもと同じようにくしゃくしゃと紗枝の頭を撫でる手。同じ言葉。だけど。
「・・・・・・・・・・祭さん?」
目の前の彼が、驚いた顔をした。それで確信する。
同じつくりだけど、社の表情と違った。
「祭さん!祭さんですよねっ?何してるんですか?髪、黒いですよっ?!」
「・・・おお、すげえ。ばれた」
「ばれた、じゃありません!何してるんですか、社さんのふりして!」
「いや、お前、本当にすげえなあ。社への変装がばれたのなんて、いつぶりだか」
「ふざけないでください!」
「ふざけてんじゃなくて褒めてんだよ。よく分かったな。髪黒くして、目の傷隠したらまずばれないのに」
社のふりをしていた祭はそう言って、目の下の絆創膏をべりっとはがした。けれど口元のはそのままだ。よくみれば本当に口の端が赤紫に腫れている。
「その傷・・・」
「ああ、これはマジで社にやられた」
「えええっ?」
「まあ、これぐらいで済んで意外というか」
「・・・何をしたんですか?」
「教えねえ」
からからと祭は笑い、そして紗枝を見下ろした。
じろじろ見られるので、紗枝は自分がパジャマだったことを思い出す。
「ちょ、ちょっと待っててください!着替えてきますから!」
「別に俺はかまわねえぜ?」
「私が構います!」
「社ならいいのかよ」
「社さんは同居人だから今更!祭さんは別!」
「・・・へえ」
祭が面白くなさそうに鼻を鳴らしたのを、紗枝は聞いてはいなかった。
そして数分後、普段着に着替えた紗枝は、珍しく玄関から動いていない祭の元へ行った。
「それで、何がしたかったんですか、そんな格好までして」
祭は髪だけじゃなく、服装まで社そっくりだった。
体格が同じなんだから、同じような服を着れば見分けがつかないくらいそっくりだ。
「いやー、ちょっと面白いもんを紗枝に見せてやろうと思ってな」
「・・・面白いもの?」
「よくあるだろ、スパイ映画とかで。変装して潜入っての」
「はあ、だからなんですか」
「つまり、だ」
「――――!?」
突然。本当に突然祭が紗枝を肩に担ぎ上げた。
「今から社んとこに、潜入捜査するってことだ」
「はっ!?」
祭は紗枝を抱えたまま、玄関の外へ出てしまった。
ばたん、とドアが閉まり、オートロックの音がする。紗枝は青ざめた。
「ちょっと・・・鍵持ってないんですよ!?何するんですか!入れないじゃ・・・」
「今から社に会いに行くから平気だ」
「何それ!?勝手に出たら怒られるんですけど!」
「あーあ、可哀想に。あいつに騙された上、すっかり手なずけられてるからな、紗枝は」
わたわたと暴れていた紗枝は、祭のその言葉にかちんっとなった。
なんとなく祭は嫌いではないが、彼に社の悪口をいわれたくはない。
「なんで、そうやって社さんのこと・・・っ」
「お前のためを思ってやってんだぜ。あいつ、腹黒いから」
「喧嘩したからってそういう言い方はっ」
「ちげえよ。まあ、そのうち分かる」
「祭さん!だって、外を勝手出たら危ないって!」
「俺がついているから平気だ。・・・それに、もう危ないことなんてねえんだよ。とっくに」
「・・・・え?」
「だから騙されてるって言っただろう?」
意味深な言葉に思わず動きを止めてしまった紗枝の額を祭がはじいた。
「これから教えてやるよ」
「ま、祭さん!戻らないと社さんに・・・!」
「全部知ったら、戻りたくないって言うと思うぞ」
「意味がわからない!帰してよ!」
「駄目だ。俺と来い」
「祭さん!!」
そのまま紗枝はあっさりとさらわれてしまった。
社もどきの祭に。




