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どういう意図かが読めません

本当はダメですが飲酒があります

「明後日、休みとったから、お前も買い物に付き合えよ」

「・・・えっ?」

「何かまずいことあるか?」


いつもの遅い夕食を食べているときの話だ。

突然の外出宣言に、紗枝が驚いていると、社のほうが気を遣う。紗枝はぶんぶんと首を振った。


「まずくなんてないですけど・・・!あの、いいんですか?」

「・・・ああ。俺といればな。移動は車だし」

「ほんとですかっ?」


その尋ねた瞳がきらきらとしていたのだろう。社が苦笑した。


「そんなに出かけたかったのか?何か欲しいものでもあったのか」

「そういうんじゃないですけど!なんかこう、開放感?ここの暮らしも快適なんですけど、人間やっぱり外に出ないと不健康ですもん」

「そうか」

「それで、どこに行くんですか?買い物って何を買うんですか?」


紗枝は機嫌よく社の隣に座る。

あまり自発的には近づいてこない紗枝が全開の笑顔で寄って来たことに、社も機嫌がよさそうだった。


「それは行ったら分かる」

「わかりました、楽しみにしてます」


社がぽんぽんと頭を撫でたことに、紗枝はただ照れくさそうに笑った。



その日は朝から快晴だった。浮かれた紗枝が連れてこられたのは、都心の高級な店が並ぶデパートだった。


「うわ、人がいっぱいいる。こんなに高そうなお店ばっかりなのに・・・」

「こら、うろうろするな」


エスカレーターを降り、吹き抜けとなっている廊下から下を見下ろしている紗枝の手を、社が掴んだ。

かなり久々の外出と目新しさに、紗枝が子供のようにはしゃいでいるからだ。


「迷子になるぞ」

「なりませんよ、そんな・・・」

「いいから、来い」


手のひらを握りこまれて、紗枝は慌てる。けれど、社がまったく手を離してくれる気配がないので、すぐにあきらめて大人しく付き従った。

それからあちこちを連れまわされて、疑問と目まぐるしさにくらくらとしていた紗枝が腰を落ち着けたのは、もう夕方になってからだった。


「あの~・・・今日は一体・・・?」

「ほら、何食うんだ?」


尋ねた言葉には何も返されず、ただコルクでコーティングされたメニュー表が差し出される。しかもそこに書いてあった文字はまったく読めない。なんとなくフランス語のような気がした。


「・・・お、お任せします」


早々にあきらめてメニューを社に返すと、くすりと小さく笑われた。

ウエイターと話している社を見ながら、紗枝は「仕方ないじゃないか」と胸の中で愚痴る。

大体、こんな店に入ったことがあるわけがないのだ。

周りの人たちはみなちゃんと正装していて、テーブルの真ん中には透明なグラスがろうそくの火をたたえている。

ナプキンは皿の上にたたまれてきちんと立っているし、ナイフとフォークがたくさん並んでいる。

インテリアは細工が細かく豪奢にみえるし、カーテンだってベロア素材でドレープがたくさんで、さらには金糸が垂れ下がっている。

とどめは、白い大きな生け花の向こうにグランドピアノがどどーんっとおいてあることだ。

そこでは黒いダブルスーツの男性が優雅な調べを奏でている。


(もう意味がわからない・・・なぜ私はこんなところに?)


泣きたいような気分になりながら、ひたすら下を向いていると、ふいに社に呼びかけられた。


「何だ、そんなに小さくなって」

「・・・だって、マナーとかわからないですし・・・」


ごにょごにょと口の中で呟くと、社が呆れた顔をした。


「馬鹿。個室なんだから誰も見てないだろ」

「というか、何故、こうなったんでしょうか?社さん、確か買い物に行くって言ってましたよね?」

「ああ」

「でも今日何も買ってなくないですか?」

「これ買っただろ。まあ、注文していたものを取りに来たってほうが正しいが」


そう言って社は自分の灰色のスーツを指差す。確かに、先ほど寄った店で社は着替えていた。オーダーの高級なスーツを完全に着こなしている社にほれぼれしてしまったが。


「や・・・でも、なんか全体的に、私がしてもらって買ってもらったような・・・?」


けれど、紗枝の疑問はなくならない。

今日のメニューは、まず何故かサロンにいって紗枝の髪を綺麗に整えてもらって、ついでに薄い化粧を施され、爪もぴかぴかに磨かれ、それから何故かデパートの女性服売り場で何着も試着させられ、そのほとんどを勝手に買われ、極めつけはさらに超がつく高級ブランドにスーツを取りに行くといったからついていったら、ドレスに着替えさせられた。

肩が出るのは嫌だといったのに(そもそもなんでドレスっと散々抵抗もした)、もと着ていた服を取り上げられてしまってもはやどうすることもできなくなった。

そして極めつけはホテルのこのフレンチレストランだ。


「別にいいだろ。久しぶりにここの飯が食いたかっただけだ」

「飯って・・・」


フランス料理のコースを指して“めし”と言い張るのは、社くらいなものだろうと思う。


「それに、紗枝の飯は美味いし俺の好みなんだが、いつも作ってばかりじゃ疲れるだろう。たまには外食で、楽させてやろうって思ったんだよ。気に食わなかったか?」

「気に食うとか食わないとかじゃなくて・・・、そのもったいないです。私、ご飯作るの大変とは思っていませんから、そんな気を使われるなんてとんでもなくて・・・」

「だが、俺は紗枝に感謝しているぞ。いつも美味い飯を作ってくれる礼の代わりだ、気にするな」

「う・・・」


そんな風に笑われると困る、と紗枝は軽く頬を染めた。


「でも、なにもこんな高い服とか・・・」

「似合っているんだからいいだろう。こっちも美人連れていると気分がいいしな」

「え、他に誰か来るんですか?」

「・・・お前の話だろ。散々視線集めといて気づかないとか言うなよ」

「・・・目立ってるのは社さんですが?」


確かに、この店に来るまでに、いや入ってからもやたらと視線を感じた。だが、それは確実に隣にいた高級スーツも裸足で逃げ出しかねない長身細マッチョの社のせいだろう。

半眼になった紗枝に社は首を傾ける。


「俺なわけないだろ。いや、まあ俺が目立たなくないとまでは言わねえが、なんでお前全然気づかないんだ?化粧したときも服を選んだ時も散々騒がれてたのお前だろ」

「それはあちらが、客商売だから、です」

「・・・あのな、お前いい加減に自覚しろって」

「痛・・・っ」


嘆息が聞こえてきたと思えば、向かい側から腕を伸ばされてデコピンをされた。


「お前、祭にも玲人にも言われただろ。顔が整ってるって。あいつらがそんなこと言うのは珍しいんだぞ」

「・・・だって、誰もそんなこと言わなかったし。かっこいいは言われたこと何度もあるけど」

「かっこいい、ってことは、造作が整っているってことなんだよ。つまり、ちょっと手加えたら美人ってことだ。分かってるか?」


馬鹿にされたように言われ、紗枝はむっとして言い返す。


「意味がわかりません。男っぽいのと美人はカテゴリが違う」

「カテゴリってなんだよ。意味わかんねえ」

「奇遇ですね、私も社さんの言ってる意味がさっぱりわかりません。・・・からかうのも大概にしてもらえないと私も怒りますけど」

「からかってねえって何回か言った記憶があるが、なんでそんなに頑ななんだ」


お互いに主張を譲らないでいると、そこにアペリティブをもってきたウエイターがやってきた。

さすがに言い争いはやめ、ウエイターが前菜まで並べるのを大人しく待つ。


「ほら、お前は飲めないんだろ」

「・・・・・」


社がノンアルコールのグラスを勧めてくれたが、紗枝はむーっと口を閉ざしたままでいた。


「紗枝」

「・・・もうからかわないって言うなら」


だが、困ったような顔され、さすがにこの場ではふさわしくないと譲歩案を出すと、社はやれやれと肩をすくめた。


「お前、もう少し自分に自信を持ったほうがいいぞ」

「うち、お母さんがすごく可愛い人だったから、そんな風に思えるわけありませんよ」

「・・・母親が?」


何か社が躊躇った気配をしたのを感じた。

紗枝は少し自嘲気味に笑う。


「ええ。お人形みたいで、自分の母親ながらすごくすごく可愛かった。お母さん似がよかったって何回お父さんに言ったかわからないくらい。お店もああいうところだし、大好きなのに・・・小さい頃から背が高くて、リボンもレースも、綺麗なお人形も、かわいいぬいぐるみもちっとも似合わなくて、悲しかった。いっそ男の子だったらあきらめもついたのにって」

「・・・そりゃ、悪かったな」


ぶつくさとコンプレックスを話していると、何故か社が謝ってきた。

どういうことだ、とうつむいていた顔を上げると、社は腕を組んで冷ややかな顔つきをしていた。


「男で、そういうのが好きというのはおかしいってことだろ。まあ、さすがにリボンやレースにまで興味あるわけじゃねえけどな」

「ち、ちが・・・!」

「違わねえよ」


自嘲する声に、紗枝は首を振ったが、社はそれを受け付けなかった。


「俺だって別に自分の趣味がいいとは思ってない。けどな、好きなものは好きでいいだろう、ってお前が言ったくせに、そのお前が文句を言うのか?」

「ち・・・違う、違います。そうじゃなくて、社さんの話じゃなくて私の・・・っ」

「だが結局言いたいことはそういうことだろう?似合う似合わないが、結局重要って言いたいんだろうが」

「違います!別にいいじゃないですか!似合わなくたって、可愛いもの可愛いって素直に言えるほうが、変にかっこつけて悪口言うよりよっぽどいいですよ!」

「紗枝、こんなところで大声を出すなよな」


興奮した言葉を苦笑され、紗枝ははっと口をつぐんだ。それと同時に手のひらが降ってくる。

さらさらに梳かされたあと、左側だけに結わえられた緩い編みこみと髪飾りをくずさないように、社は紗枝の前髪のあたりだけを撫でた。


「ほらな、関係ないだろう?」

「え?」

「そういったもんが似合わないから、駄目なのか?自分を卑下する必要があるのか?そうじゃないだろ。お前はお前なりのよさがある。それを自分が認めてやらなくてどうするんだ」

「社さん・・・」

「うぬぼれろとまでは言わないが、卑屈にだけはなるなよ。それはつまらん人間がすることだ」


社のその言葉はすとん、と紗枝の胸に響いた。

紗枝はその言葉をもう一度胸の中で反芻して、それから、ぺこりと頭を下げた。


「すみません、くだらないことを言いました。忘れてください。馬鹿ですね、私」


紗枝はいつものようにまっすぐに社を見て笑う。


「変なこだわりを持っていて、いつも素直になれないんです。だから男勝りで気が強いって言われるんですけど」

「まあ、そのほうが紗枝らしいがな」

「それは褒め言葉じゃないですよね?」


むっとすぐに反応して眉をよせると、社もふっといつものように笑った。


「半分は褒め言葉だな。俺限定かもしれないが」

「どういうことですか?」

「気が強いほうが面白くていい。見ていて飽きないからな」

「別に社さんを面白がらせたいわけじゃないんですけどね」

「そうやって適度に膨れているときが、一番可愛いってことだ」

「か・・・っ、も、もういいです!」


また社にからかわれたと思い、紗枝は必死に唇を噛んで、赤くなるのを耐えようとした。

けれど、逆に息が苦しくなって、顔が赤くなる。

その様子を見ていた社が、完全に笑い出した。


「社さんっ」

「悪い・・・。けどな、お前・・・くくくっ」

「もういいですよ、好きに笑っててください。こっちももう遠慮しません」


ぷいと社から視線をはずして、紗枝は手を合わせた。いただきます、とホタテのカスパッチョに手をつけようとして、しかしどのフォークをつかっていいものかぽかんとする。


「簡単だ。外から順に使えばいい」


まだ笑いをかみ殺しきれていないままながらも、社が助言をくれなければ、完全に間違ったものを使っているところだった。


「・・・マナーも知らなくてすみません」

「身構えなくていいと言っただろう。せっかくだからこの機会に覚えればいい」


いつか使うかもしれないだろ、と言われ、まず使うことはないとは思いつつも、紗枝は素直に頭を下げた。

それからいろいろな説明を受けながら、多分二度と食べれないだろう料理に舌鼓を打った。

途中で、社が美味しいと言ったものを自分の分も分けてくれたので、デザートは本当にぎりぎりだったが最後まで食べ切った。

本当はだめだけれど、ワインも飲んでしまった。

おかげで店から出る頃には、すっかり上機嫌だった。


「おいしかったあ、ごちそうさまでした!」

「よく食ったな」

「だって、もう味わうことなんかないですもん。一口たりとも無駄にはしたくなかったですし」

「そんなに気に入ったならまた連れてきてやる」

「いえいえー、そんな贅沢なんて望んでませんよ。社さん、お金持ちかもしれないけど、お金はいつ必要になるかわからないんですから。もっと大切にしたほうがいいですって。もう、今日みたいな無駄遣いはやめてくださいよ?」

「お前に懐を心配されるほどの稼ぎじゃないさ」

「だから、ある日突然、物入りになるかもしれないじゃないですかっ。世の中は厳しいんですよー」

「・・・・お前、酔っ払ってるな?」


ばしばしと社の肩を叩く紗枝を支えながら、社が苦笑する。子供を見るような目つきに、紗枝は唇を尖らせた。


「酔ってないですよ!ビールだって飲めるんですから、ワインだっていけます!」

「いや、ワインの方がアルコールが強いだろ。ほら、ふらふらするな」

「してませんけどっ」

「そりゃ悪かったな。ほら、手を貸せ」


完全な酔っ払い扱いが気に食わない。掴まれた肘を取り返して、紗枝は一人で歩こうとした。


「大丈夫ですから」 


けれど、大きな鏡に気がつかずにがんっとぶつかってしまう。


「どこかだよ・・・」


結局社に腕をつかみなおされて、半端な着方だったコートやマフラーを整えられる。

仕方のないやつだな、とそんな声を聞いた気がしたが、なんだか段々とぼんやりしてきたので、促されるままに彼の腕につかまった。


「なんだ、そうしていると本当にまだガキだな」

「・・・ガキって言わないでください・・・もう、18です・・・」

「素直で可愛いって褒めてやっているんだよ。ほら、来い」

「う・・・はい・・・」


しかし引っ張り込まれたエレベーターは駐車場ではなく上に向かった。


「あれぇ、社さんどこいくんですか?」

「ホテル」

「は・・・?」

「ここまでしておいて何もなしってわけないだろ。泊まりコース付きだ」


今なんと言ったのか。

ぐらぐらしていた視界が冷や水を浴びせられたように急にクリアになった気がした。


「は・・・?え・・・?えぇと?今なんて」


(えっ、コレってそういうこと?いや、そんなバカな、えっ、社さん笑ってないけどナニコレ)


焦りすぎて顔色が悪くなっているのは自分でもわかったくらいだ。

突然、社がぶはっと吹き出した。


「いくらお前でもここまで言われれば流石に警戒するんだな。家では全く気にしないのに」

「えっ、な、な、またからかいましたね?!」

「からかってないって言ったらどうするんだよ?」

「信じません!」

「まあ笑った時点で俺の負けだよなあ。すげえ顔してた」

「社さん!!」


流石に冗談がすぎると紗枝が手を振り上げようとした時、エレベーターが止まってつんのめる。そんな紗枝を社が自然な仕草で支えた。


「っ、お、お礼はいいませんからね!」

「言葉だけのもんはいらねえし」


飄々と言いながら社は紗枝の腰を押してフロアに歩み出る。そのふかふかな絨毯にヒールを取られてよろけた紗枝の肩を掴んで、ふっと笑った。


「ちょ。馬鹿にして」

「まあ、慣れないとな」

「慣れる必要なんてないと思いますけど」


紗枝の身長でヒールなんて履く機会はこの先もないと思うのだ。隣にいるのが社だからこうやってまだ見られる身長差なだけで。

いつもよりも近いがそれでも自分より高いところにある社の見つめているとぐっと引き寄せる力が強くなった。


「支えてやるからしっかり歩いてみろ」

「・・・っいや、歩きにくいん、ですけど・・・」

「エスコートされるってのはそういうもんだ。慣れろ」

「いや、なんで慣れる必要が」


エスコートって。

腰に回った手を妙に意識してしまった。

顔が熱いのは酔いのせいだけじゃないはずだ。


「少しでも慣れてもらわないとこっちも困るんだよ」

「なにに?!」

「・・・、・・・すまんな」


動揺のせいでキツくなった言葉に社が一度口を開きかけ、そして、何も言わずに閉じ、そのあとでふいと視線をにだけ向けた。

目も合わないそれがなんの謝罪か紗枝はさっぱりわからない。


「社さん、何言ってるんですか?」

「・・・いや。ほら、ついた」


社が歯切れが悪いなど珍しい。

紗枝は不審に思ったが、急にひょいと横抱きにされて悲鳴をあげた。


「やし、やしろさん!ちょっと!重いですよ!!」

「騒ぐなよ。てか重くねえし、何事も慣れるには経験だ」

「だからっ、なにに、なんで慣れる必要がっ」

「なんかの役には立つ」

「立つ時なんかないし!」

「暴れるな。落とすぞ」


落ちる、でなく、落とす。

紗枝は明確な意図を感じてぎゅっと抱きついた。

背が高い分、ここから落とされたら流石に痛い。


「・・・そうやって無自覚に煽るんだよなあ」

「何言ってるんですか」

「まあ、安心しろ。お前にも見せてやりたかっただけだ」


きょとん、と紗枝が見返すと、部屋の中で一番大きい窓(もはや壁全体が窓のレベル)から一面の夜景が見えた。

やはりふかふかの絨毯に下ろされた紗枝はばあっと目を見張り、窓に張り付いた。


「きれい……!!」

「好きそうだと思った」

「わあっ、ありがとう社さん!」


言葉の通り受け取った紗枝は全開の笑顔で社を振り返る。先ほどまで意味がわからないとプンプンしてどこか警戒していたことはきれいに忘れた。

社が苦笑を浮かべる。


「俺はお前が簡単に流されて騙されることが流石に不安だ」


自覚は、嫌というほどある。

ちなみにお酒を飲んだのも流されたからだ。


「・・・でも、結局、社さんだし」

「うん?」


いつもようにスーツの上着をぽいっと投げ捨てている社に紗枝は近づいた。


「社さんいい人だから」


その言葉にたっぷり黙り込んだあと、社が息を吐いた。


「人じゃねえけどな」

「でも単なる先祖返りなんですよね?わたしたちと変わらずに同じ時間を生きてるだけの」

「・・・」

「私は妖ってもっとずっと、別の、怖いものだと思ってました。でも変わらないですよね」

「紗枝」

「そもそも社さんちょっとダメ人間だし。買ったばかりなのにシワになりますよ」


そう言って紗枝は投げ捨てられた上着を拾った。

ついでに投げ捨てかけていたネクタイも社の手から受けとる。


「お前は、やっぱり、そういう…なんて表現がふさわしいのかわかんねえけど…いつもどおりのそれが似合うな。こんな場所よりも」


何を言われたのかよくわからなかったが、社がなんだか吹っ切れたような顔をしていた。

それ以上どういうことかを聞いてもなにも伝えてくれなかったので、早々にあきらめる。


それから、ルームサービスを初めて頼んでみて、夜中に興奮をして、またなぜかお酒を飲んでいた。

流されやすいという言葉は自分のためにあるようなものだなと思いながら、紗枝は泥沼のような睡魔に捕まった。


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