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世話好きの血が騒ぎますが慣れないので距離感は保ってください

なんかイチャイチャしてます。

一緒に生活する時間が被るようになるにつれ、紗枝は何かと社の世話を焼く羽目になっている。

とりあえず、社は片付けられないのがひどい。

散らかしたら散らかしっぱなし、脱いだら脱ぎっぱなし、積んだら積みっぱなし。

段々と足の踏み場がなくなっていくリビングに耐えかねて、今までどうやって一人暮らしを、と尋ねれば、掃除はハウスキーパーが全部やるし、洗濯はクリーニング業者まかせだったという。

なんて不経済かつ自堕落な、と紗枝は開いた口がふさがらなかった。


“とにかく、掃除します!こんなものもう我慢できないっ”


さすがに家で食事をしないだけあって、ゴのつく物体は発生したことがないらしいが、紗枝が何かを探すたびに、なだれを起こして差し出してくる社に、ついに堪忍袋の尾が切れた。

社が仕事で留守の間にぴかぴかに家中を磨き上げた紗枝に、彼は心底感心したようだった。


“なあ、掃除洗濯と食事。それをお前がやることで、居候代はなしにしろ”


いろいろ面倒くさい、と言われ、結局、紗枝は通帳をつき返された。家事くらいで生活費になるとは思えなかったが、頷かないなら掃除も勝手にするなと言われて、我慢できない紗枝はしぶしぶ承諾したのだ。


「あの人、社会人としてどうなんだろう・・・」


今日もびしゃびしゃになった脱衣所を拭き終わってから、紗枝はのんびりとお風呂に漬かっていた。ここの風呂は広くて、紗枝でも足が伸ばせる。この時間が一番好きだった。

しかも泡泡のバスソープを買ってもらって以来、毎回泡立てて遊んでいる。家ではちょっとできない贅沢だ。


「でも、なんだかんだでいい人なんだけどさ」


ふっと泡を吹き飛ばしながら呟く。


「・・・もう、ええっと・・・一週間、ええ!一週間も経った?!」


この家に来た日数を指折り数えて、紗枝は慌てた。そして急いで風呂からあがると、社の姿を探した。


「社さん、社さん!」

「・・・・あ?」


リビングでビール片手にノートパソコンをいじっていた社は、駆け込んできた紗枝に軽く眉を寄せた。


「お前、人には髪を拭けってあれほど文句言っておいて・・・」

「そ、そうですけど・・・!違うんです。大切なことを思い出したんです」


痛いところを突かれて、紗枝は慌ててタオルで頭を覆った。しかし、言葉は止めない。


「社さん、お父さんに会わせて下さい」

「駄目だ」


勢い込んで頼んだ紗枝だったが、あっさりと拒絶されて、むしろぽかんとなる。


「え、な・・・なんで・・・?」


対して答える社は、いつもと違ってとりつくしまもないほど淡々としていた。


「ここから出るなと言っただろう?」

「でも、もう一週間以上お父さんに会ってないんです。会わせてください。顔を見せに行きたいんです。お父さんもきっと心配していると思うし」

「もう少ししたらな」

「どうして!?」


カタカタとパソコンにしか視線を向けない社に、紗枝は食ってかかった。


「どうしてですか?お父さんに会ったらまずいことでもあるんですか?」

「ああ」

「それって何ですかっ?社さんまさか・・・何かまだ隠してるんですか?!」


けれど、問いかけに社は答えてくれなかった。紗枝はむっとして、テーブルの反対側から社を覗き込む。そのままじっと見て(むしろにらんで)いると、彼はあきらめたようにパソコンを閉じた。


「わかった。ちゃんと理由を言う」

「・・・なんですか?」

「劉盛会の奴らがまだかぎまわっているからだ」


紗枝を見つめる社の瞳がきつくなった気がした。その真剣な表情にぞくっとする。


「あいつら、警察まで抱きこんでいるからな。駐在が変わったと言っていただろう?それも奴らが働きかけてのことだ。そこまでしている奴らが、お前たちを見逃すと思うか?」


初めて知る事実に、紗枝の心臓が嫌な音を立てる。

あのとき、社に助けを求めていなかったらどうなっていたのだろうかと想像するのも怖い。


「土地名義は未だお前たちのものだからな。なんとしても権利書が欲しいんだよ。お前を捕まえたら、それを盾にお前の親父にサインさせる気だろ。ついでに俺から見つからないように系列の遠方の店に沈められるぞ」

「沈め・・・?」

「風俗店に売られるってことだ。給料は当然、借金に充当されるだけで、何年働いても逃げられんだろうな」


びくっと肩を揺らした紗枝を安心させるように、社は唇に笑みを刻んだ。


「だからここにいろと言っているんだ。お前の親父にも病院を変わらせた。会わせてやりたいのは山々だが、もし付けられでもして見つかるといろいろ面倒だ。もう少し落ち着いたらちゃんと会わせてやる。それまでは大人しくしていろ」


まさかそんなところまで手を回していてくれたなんて知らなくて、紗枝はしょぼんと肩を落とした。


「・・・すみません。迷惑かけてるのに、疑って」

「いいや。お前が不審がるのも無理はない。ああ、電話ならしてもいいぞ」

「ホントですか?」


ぱっと目を輝かせた紗枝から手を離し、社は掛けてあるコートのポケットを探り出した。名刺入れのようなものを取り出して、その中身を机の上にばらまく。


(社さん・・・・)


また散らけて、と内心うんざりしたが、教えてもらう身としては何も言わないでおいた。


「ああ、これか」


差し出されたのは紙切れで、病院名と電話番号、それと時間だけが書いてある。


「その時間内ならいつでもいいらしいが、あまり頻繁に掛けるなよ。香具谷って名前は珍しいから、覚えられると厄介だ」

「わかりました。ありがとうございます」


その紙切れを大切そうに抱えて紗枝は笑った。

すると、社が手招きをする。素直に彼の横に行くと、くしゃくしゃとタオルで髪をぬぐわれた。


「・・・な、なんですか?」

「いや、いつもお前に世話を焼かれているから、たまには返してやろうと思って」

「い、いいですよ。別に。そんなことより、机の上、ちゃんと片付けてくださいよ」

「あー・・・、拭いてやるから、お前が片付けろ」

「・・・社さん、面倒くさいんですね」


紗枝ははあ、とため息をついた。

社は基本的にやりたいことしかやらないともうわかっているからだ。気恥ずかしさもどこへやら、紗枝は大人しくされるがままになった。

なんだかすっかり社に慣れてしまって、距離が近いことも段々と気にならなくなる自分に、いいのだろうか、と思わないでもなかったけれど。



父親が元気だと知ったことで気分も軽くなった紗枝はそれから、ますます何の憂慮もなく社の家での生活に馴染んでいった。

いや、店のことは気になるが、もう自分の手に負えなくなっているため、ほとんど考えないようにしている。

社の働く時間はまちまちで、朝はたいてい10時くらいに家を出て行くが、早いときは21時くらいに帰ってくるし、遅ければ2、3時になる(らしい)。

家でもよくパソコンや書類を見ていて、その最中に電話がかかってくることもしばしばある。

「忙しいんですね」としみじみ言えば、「今は特に」との答えが帰ってきた。

それでも週一の休みはもぎとっているらしく、その日はほとんどごろごろして過ごしている。

というか、半分以上ソファで寝ている。

本を読んでいると思ったら寝ているし、テレビを見ていると思ったら寝ているのである。

寝ているときはあまり近づくなといわれている紗枝としては、だったら自分の部屋で寝て欲しいと思わないでもないが、自由だった社の時間に割り込んだ存在なので、そういうときは静かに離れておくことにしている。

ただ、段々とやることがなくなって来た紗枝は、この間社に買ってきてもらった材料でケーキを作り始めた。

子供の頃から母親が作ってくれたのをよく手伝っていたので、お菓子作りは得意だし、趣味でもあったからだ。

多少の騒音では起きない(その割に人の気配には敏感のようだ)社に遠慮することなく、珍しく凝ったケーキにチャレンジする。こんな暇なときなんてそうそうないのだから、楽しめばいいと最近は意識を切り替えているのだ。

ケーキの焼けるいい匂いがしてきたところで、身じろぎ一つしなかった社がむくりと起き上がった。


「・・・何の匂いだ?」

「あ、おはようございます。ケーキつくったんですけど、食べますか?」

「ケーキ?」

「ええ。チョコ好きですか?」

「・・・まあ、食べないこともない」


社のこの台詞は遠まわしに、好き、ということだ。

強いお酒飲む割に甘党なんだよね、と紗枝は社から見えないように笑う。


「じゃあ、たくさん食べてくださいね。結構自信作なんですよ。あ、あと、プリンもありますから、よければ、夕食のときにでも食べてください」

「ああ」


まだ眠そうにあくびをかみ殺している社は、よれよれになってしまったシャツも、ぼさぼさになってしまった髪も気にすることなくキッチンに来た。そして冷蔵庫からまた2ℓペットボトルを取り出して直接飲もうとする。


「社さん!だからちゃんとコップについでくださいって」

「面倒くさい」

「だってそんないっぱい飲みきれないでしょう?私だって飲むのに」


まだ半分以上残っている水はどう考えても一回で飲む量ではない。

はあ、と社がため息をつくのをみて、紗枝はちょっと言い過ぎたかな、と思う。

これだって社が一人で住んでいたら気にしなかったことなのだろうし。

ただ、たとえば彼が誰かと結婚したら、この癖はいただけないとは思う。まして子供ができたら、なんてしつけのできない親だろうかと思う。

いや社が子育てはしなそうだが。


(社さん、結婚してもおかしくはない年なのに、本当にそういう相手いないのかな・・・)


ふっと思い浮かんだ疑問に、紗枝は慌ててふたをした。

何故だかこういうことを考えると、胸がもやもやするからだ。


「あの、じゃあ注いであげますから。ていうか、水じゃなくて紅茶でも飲みますか?」


そんな自分の感情に向きたくなくて、紗枝はのろのろしている社の手からペットボトルを奪った。

そしてグラスに注いで渡そうとしたところで、後ろから覆いかぶさるようにしてきた社に、ばくん、と心臓を跳ね上げる。


「や、社・・・さん?」

「お前、ホントにできた奴だよな。俺よりずっと年下のくせして」


社が紗枝を挟んでシンクに両手をついているせいで、身動きがとれない。

それをわかってやっているのか、甘えるように紗枝の髪に頬を寄せてくる。必然的に耳元に息がかかって、落ち着かなかった。


「面倒見はいいし、そのくせ気も強えし、・・・偏見ねえし。お前みたいな奴って本当にいたんだな」

「ああああの、何言って・・・。それより、離れて・・・」

「なあ」

「は、はいっ?」


上擦った声で返事をすると、シンクにあったはずの手が紗枝の体に回されていた。ぎくっと紗枝は体を硬くする。

咄嗟の反応だった。

だが、それを感じ取ると、社はすぐにその手を離した。


「・・・水」

「え?」

「だから、水くれ」

「あ、は、はいっ」


突然何を言われたのかよく分からなかったが、グラスを指差されて紗枝は慌ててそれを社に手渡す。

すると、彼はあっさりまたリビングへ戻ってしまった。

気が抜けてへたり、と紗枝はその場に座り込んだ。


(び、びっくりしたぁ~)


おかしなスピードで心臓が跳ねている。あの状況で落ち着いていろというほうが無理だ。

急になんだったのだろう。寝ぼけていたのだろうか、と社を見遣るが、新聞を読んでいる彼の表情は見えない。


(何か、言いかけたのを止めたみたいだったけど・・・。ううん、気のせいにしておこう。社さんって、時々謎だし)


無理に納得して、紗枝はオーブンの前に戻った。

その姿を社がじっと見ていることには気がつかずに。




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