繋囚よ、青い鳥の定義を謳え-5
「ねえねえ縁ちゃん!やっぱり、監獄って最悪なんだね!」
「……えっ、何を今更」
実験から帰ってきたら、何故か「自分は世紀の大発見をしてしまった」と言わんばかりに目を輝かせる葉澪が出迎えてくれた。
「え~縁ちゃん冷たーい」
「そんなこと言われても……ごめん葉澪、靴脱がせてもらってもいい?麻痺ってて指が上手く動かないの」
「りょーかーい!縁ちゃん、大丈夫?」
「見ればわかると思うけど、私の異能の対象だから。多分後1時間もしないうちに治ると思う」
確認はしていないが、なんとなく異能が発動している気配がするので多分そうだろう。こういう時、遺肢瓦縁の異能は案外使い道があるので、ちょくちょくN配属の中ではまだマシという僻みを受けるのも仕方ないのかもしれない。
無事葉澪に靴を脱がしてもらい、やっと自室の床を踏む。そしてそのままソファーベッドに倒れ込んだ。その横に、葉澪がちょこんと座る。
「は~……疲れた。なんもしたくない。でも夕飯が……」
「わたしが夕飯持ってこようか?お弁当みたいな感じになっちゃうけど」
「本当?葉澪が動くなんて珍しい」
「う、う~……頑張る」
「無理しなくていいよ?」
「だって、縁ちゃんが一番無理してるし」
葉澪は基本的に、この部屋から出ることは無い。所謂不登校児のようなものと化しており、クラスに顔を出すことすら稀だからだ。そんな葉澪が自発的に部屋を出ようとするなど、何時ぶりだろうか。
「なら頼んだ、頑張ってね葉澪」
「が、がんばる……って、それよりも~!ほら、これこれ!」
端末を操作し、空中に画面が投影される。どうやら、監獄のイントラ内掲示板らしい。その時点で縁は嫌な予感しかしなかったが、一応視線を向けた。
「ほら!監獄は最悪の悪魔なの!」
「うっわあ~陰謀論臭~」
「インボーロン?」
言っていることは正しいような間違っているような微妙な塩梅なのだが、あまりにも空気感が胡散臭くて、思わず口をついてしまった。葉澪は意味を理解していないようだが、あんなもの理解しなくても生きていけるので。
「てか、イントラでこんなことしてたら消されないの?」
「消されちゃうけど、反監獄の人たちが頑張っていっぱい書いてくれてるの!」
「葉澪、覚えておきなさい。それ荒らしって言うのよ」
「?」
「ようはやっちゃいけないことって話」
縁がネットに触れていない間に、どうやら大変なことになっているらしいことはわかった。消される度に追いつかない程に書き込む、完全にマナー違反である。
「なんで?正しいことじゃないの?」
「正しいことでも、間違った手段で伝えちゃだめでしょ?……葉澪、私の思考操作デバイス取ってくんない?」
「あっ忘れてた!ごめんね縁ちゃん」
「これは言ってない私が悪いから」
葉澪にとってきてもらったイヤーフックを身に着ける。これでやっと端末が操作できる、と試しにイントラ内の総合掲示板を見てみれば、案の定サーバー管理者の葬式会場と化していた。とりあえず縁も合掌レスを打ち込んでおく。
「うっわあ地獄じゃん。てかこれ、どっちかってと監獄批判というよりSとI批判?道理で燃える訳ね」
「そうだよ?だから皆でSとIの人々も監獄に抗うべき!って活動してるの!」
「故意なのか偶然なのか知らないけど、完全に文脈が陰謀論なのよ」
目覚めるべき!とかいう死ぬほど怪しい文章を見つけて縁の目が更に死んでいく。いや本当に、ここまで来ると、色々わかってる連中が完全にお遊びで書き込んでいるんじゃないかと疑問に思ってしまう。
「インボーロン?だとだめなの?」
「だめというか、なんかめっちゃ胡散臭いなってなる」
「えーそんなことないと思うけどなー?」
「内容はそうでも無いけど言い方がアウト」
「んー、ってことは内容は縁ちゃんも正しいって思うんだよね?」
「まあ、そりゃあ」
あいにく一般的なN配属が知っているS配属は、有名人な例の監獄最強のあの人とか、王子様とかになってくるのだが。縁と葉澪には、共通の知人がいる。
「でも、そうなると餡条先輩がなーってならない?」
「あっそっか!あの人S配属だもんね。うーん、先輩はたしかに監獄に反抗!とかしなそう」
「私も前ちょっとだけ聞いてみたことあるけど、『俺監獄追い出されちゃったら、実質植物状態になっちゃうからなあ』って」
「言われてみれば……そうだね?」
あまりにも普通に振舞っているから忘れがちだが、強力な異能者はその分副作用が重い事がある、というケースの典型のような人なのだ。
「つまり、縁ちゃんが言いたいのは難しい話ってこと?」
「うん。私達、なんも知らないから」
縁も葉澪も、監獄に来てから一年も経っていない。そんな若輩者が、語るべき議題ではないだろう。というか、縁と葉澪が加わろうとも、どうにかなる話でもない。いっそ笑えるほどに、この場所に置いて二人は無価値で無力なのだから。
「じゃあ結局これは信じちゃいけないのかな」
「話半分に見といた方がよさそうね」
「でも、不思議だよなあ。みんな、監獄嫌いじゃないのかな」
それは、N配属の中では火を見るよりも明らかな真実だ。しかし、立場の違いというものは時にひどく残酷で。
「……さあ?もしかしたら好きなのかもしれないし、葉澪の言う通りに嫌いなのかもしれない。それを、口に出せるかどうかは置いておいて」
縁が、葉澪に自分も死にたいのだと言えないように。




