繋囚よ、青い鳥の定義を謳え-4
「もーやんなっちゃう!どーにかなんないのー?!」
洒落たカフェで、いつものエプロン姿ではなく私服を着用した少女が飲み物片手に愚痴をこぼす。それだけならば、ありふれた光景ではある。カフェには少女と湖上麗、初以外誰もいなくて、その件の少女が染髪とは思えない程綺麗な黄緑色の髪をしているということを除けば、だが。
「いや、正直俺たちに言われても……」
「そうね、申し訳ないけれど、私たちも被害者側なのよ。だからなにもわからなくて」
少女ことルナサンの言い分は、以下の通り。任務帰りに中央棟を歩いていたら暗之雲が絡まれた、湖上や樹懸と同じパターンである。
「えー?!ほんとになんもわかんないの?!隠してないよね?!」
「隠したってなんも得ないよ」
「それはそうだけどさ~!創造主さまがかわいそうでかわいそうで、見てられないんだって~!だって創造主さま、質問攻めにあってすっごく怖がってたんだよ?かわいそうでしょう?!」
「そう、ねえ……」
先日、絵画世界の中で聞いてしまった事を考えるに。ルナサンの捉え方が本当ならば、暗之雲は対人恐怖症に近いなにかなのかもしれないが。それを知らない初が微妙な表情を浮かべているのも納得がいく。
「なんでそんな微妙な感じなの~?!」
「その、暗之雲ちゃんがあんまり困っているイメージが湧かなくて……」
「え~?!創造主さま、人と関わるのすっごい苦手でいっつも困ってるんだよ?」
たしかに、日頃の言動だけを見ればそう捉えられるし、実際真実なのだろうけど。口ごもりながらも、湖上は所感を告げる。
「……あー、なんか、お前が言うなって感じなんだけど。普通そんな人はガスマスクを常用しようとは思わないからじゃないかなあ。目立つでしょ」
「…………本当に、湖上が言うなって話だね」
さすがに思うところがあったのか、ルナサンが沈黙を挟み、湖上達と同じように苦々しい表情を浮かべた。そうなのだ、湖上が言っているせいで説得力が地の底に落ちているだけで、基本的には正論であるはずなのである。
「まあ、納得したけどさー。うちの始番号さんとかはまーた義憤に駆られて動いちゃったりしないの?」
「そもそも、松太郎ちゃんはこの状況そのものを知らないと思うけれど」
「えっ」
随分と、他人任せなようで。なんて、嫌味のひとつも言いたくなったが。言ったところで無用ないさかいを生むだけだ。正直湖上は松太郎のような正義感も責任感も持ち合わせていないのだから、面倒くさいとしか思っていない。
「あら、予想外って顔をしているけれど妥当じゃない?松太郎ちゃんは中央棟や他配属の区画に行く用事はほとんど無いみたいだし。それに私達はI配属、好んで接触を持とうとしなければ、他配属と完全に関わらずに生活できるもの。当然、他所の区画がメインの事件なんて知らなくてもおかしくないわ」
どことなく棘が感じられる物言い。初の鈍い黄色の瞳は間違っても黄金に輝いていたりはせず、穏やかではあるが。
以前、自殺屋さんの一件の時。何か地雷を踏まれた様子だったがもしかしてそれだろうか。
「……そう、だね」
「知らないものを解決するなんて、不可能だもの」
「でも、始番号なんだから。知らないで終わらすのもどうなの?始番号としての責任を果たせてないと思うんだけど」
「I配属の始番号にそんな義務はないわ。あくまで始番号の義務は監獄からの任務に従う、それだけよ」
「へえ、そうなんだ。そんな話、アタシ聞いた事ないけど」
「知らなくても仕方が無いわ。だって、あなたはここに来てたかが数年の小娘なのだから。ここに何十年もいて、始番号代行もやっていた時期のある私に知識量が劣っていたって当然よ」
「──小娘?アタシ、は」
ルナサンが語調を強める。ぎらり、と鈍色を保っていたはずの初の瞳が徐々に彩度を上げ──
「その外見が小娘に見えないならば、なんなのかしらね?ああ、もしかして赤子扱いがお望みだったかしら?それならおばあちゃんが甘やかして」
「初ストーップ!それ以上は本当にだめ!」
だん、と軽く二人の間のカフェテーブルを叩く。初の異能が暴走の兆しを見せてしまっては、さしもの湖上も止めに入らざるを得なかった。いくらここが規格外の異能を持つ暗之雲の支配下とはいえ、あの天使がそれを打ち破れないとは言いきれない。それが一番恐ろしいのだ。
「こ、湖上」
「君だって暗之雲の被造物ならさ、初の本気がやばいって事ぐらい伝わってるよね?俺暗之雲の異能が具体的にどれぐらいすごいのかわかんないけど、初の本気を抑え込めるの?」
「……うーん、多分、無理、かも?でも創造主さまだし」
「初も、本気出したらやばいんだからお願いだからちょっとは抑えて」
「……そうね。年上なのに、みっともない事をしてしまってごめんなさい、二人共。最近ちょっとイライラしていたのかも」
すぐに謝罪が出てくるあたり、やはり彼女の精神年齢は複雑怪奇なことになっているのだろうが。何故か対抗する方向性で思考の海に沈み始めたルナサンを見るに。しかし、一体ルナサンと暗之雲はどこまで同一なのだろうか。
「イライラ?」
「ええ。最近、気をつけているのにしょっちゅう食事を忘れてしまって。私は満月の影響を受けないから、本当にただの不注意でしかなくって。こんな些細なことで調子を乱してしまうなんて、恥ずかしいわね」
「そっ……かあ?えっ?」
今なんか、なにかに熱中してしまい寝食を忘れてしまった、的なものとは明らかに違うニュアンスの、食事を忘れたという失敗が聞こえた気がしたのだが。いやまあ、彼女は幻想の生命と化す異能者、それも天使と化すのだから生命活動に食事が不要でもおかしくはない。おかしくはないのだが、人間と認識している対象が、唐突に人としてありえない言動をとるとゾッとするアレである。
「……創造主さま、本気の二ッ葉さんを抑え込める自信はちょっとないって。具体的に自分がどれぐらいすごいのかよくわかんないからって」
「ほ、ほらあ!」
「んもーわかったってば。旺架に掛け合うのは諦めるって」
少々不服そうだが、松太郎に頼る事は諦めたようだ。きっと彼ならば頼まれたら動くだろうが、十中八九巻き込まれるので湖上としてはありがたい。
小道具のように手にしていたドリンクをストローで吸い込んで、足を組んでルナサンが口を開く。
「でも、絡まれた時に言ってることがちょっとだけ不思議でさ。なんか、I配属はどうせ監獄に尻尾振ってるから優遇されてんだろとか言われたんだけど。普通に考えて、自分のこと誘拐してきた奴に服従するとかないわーって感じだよね?」
「……暗之雲ちゃんって、誘拐組だものね」
「そういえば?」
ルナサンが首を捻る。それに対し、初がふ、と息を吐いて視線を明後日の方向へと向けた。
「I配属って、ほとんどの子達が誘拐とか、人身売買じゃないのよ」
「そうなの?!」
本気で驚いたのか、ルナサンが目を見開いているが。湖上からすればまあそうだろうな、程度の話だった為特に驚きはない。というか、誘拐とか人身売買に近い経緯でここにいるI配属なんて、暗之雲以外は精々あげはぐらいなのでは?
「じゃあなんでこんなとこにいるの?!」
「さあ……?そういう話って、あんまりしないじゃない。私もせいぜい、樹懸ちゃんが自分から飛び込んでて、あげはちゃんはなにか別の事情があるってことぐらいしか知らないわ」
「ふーん。ほかの人達はよくわかんないってこと?」
「えぇ。麗ちゃんは知ってる?」
「俺も初と似たようなものだよ。桐子ちゃんとかも、案外そういう話しないし」
「えー?じゃあ、二人はー?」
聞きたかった情報を入手することが出来なかったからか、若干の不満を滲ませつつ会話が催促される。
「私?私は異能が覚醒した時、周りに家族がいたから普通にアウトよ。唐突に羽が生えて周囲を威圧しているような状況で、外にいられるわけないもの。仕方ないから進んで監獄に入ったわ」
「そっかー。たしかにそれは、どうしようもないよね。じゃあ湖上は?」
「お、俺は……その方が、都合が良かったから。居場所なかったし、樹懸と同じように自分から飛び込んだってことになるのかな」
「その程度で?」
「うぐっ」
それを言われてしまうと湖上は何も言えない。実際湖上の異能は大したことない、毒にも薬にもならないしょうもなさなのだから。
「まあまあルナサンちゃん。麗ちゃんも気にしてるんだから」
「二ッ葉さんは不思議じゃないの?こんな異能でI配属にいるとか」
「私からすれば、あげはちゃんがいる時点で……って感じなのだけど」
「あー……そっか、そうなるのか。うーん難しいよ~」
そういえば、あげはも大概何故I配属にいるのか謎な部類であった。自分自身が一番客観的に謎な部類だと思っていたので、盲点だった。
「はあ、創造主さまのお願い、ちゃんとできなかったや」
「……せめて私達じゃなくて、松太郎ちゃんに直接頼んでみなさいな」
「それができたら苦労しないんだって~!だってあの、山嶺って人怖そうじゃん!旺架を勝手に引き込んだりしたら絶対襲い掛かってくるって!」
初に関しては読み違えていたようだというのに、静に関しては比較的正しく認識しているらしい。懲りる気配のない少女(?)はむう、と音を吐く。
「諦めた方がいいんじゃないかなあ……」
「そんなあ~……。動いてくれたり、しない?」
「し、しない」
かわいらしい少女のおねだり、とはいえ湖上も面倒ごとに巻き込まれるのはごめんなのだ。故に容赦なく切り捨てた。




