繋囚よ、青い鳥の定義を謳え-1
湖上が先日購買に出向いていた時の話だ。その場で同じくたまたま買い出しに来ていた樹懸に遭遇し、うだうだと話ながらなんとなく共に買い物をしていたのだが。
「──すみません、I配属の人ですか?」
見知らぬ少女に、話しかけられた。羽織ったパーカーによって肩は隠されており、配属はわからない。申し訳程度に名残のような黒髪が残る、その他全てを桃色に変色させたショートカットが印象的な少女だった。
「見ればわかるだろ」
こういう時、湖上より圧倒的に同行者の方が反応が速いのもある意味常である。今回は樹懸だったが、いつも通りの素っ気ない態度を取っていた。頼りになる。
しかし、今回ばかりはそうはいかなかったらしい。どこが癪に障ったのか、少女は一気に声を荒げた。
「ッ、あなたがたは、そうやっていつも!」
「は?」
「……いえ、なんでもないです。ちょっと、聞きたいことがあって」
「はあ」
樹懸は、相手に興味がないということをまるで隠そうとしない。湖上のような人間からすればそのような態度は大手を振って歓迎したくなるようなものだが、一般的にはそうではないことぐらい理解している。少女のこめかみに青筋が立つのを、彼の後ろでおろおろと眺めていた。
「あなたたちは、なんとも思わないんですか?」
「……何が?」
状況の雲行きが怪しい。曇天どころか雷雨になりそうな勢いで。だからといって湖上が口を挟めるわけでもないのだが。そしていよいよ、樹懸の態度にしびれをきらしたらしい少女が叫んだ。
「この状況をですよ!わたし達N配属が酷使されてボロ雑巾みたいに使い捨てられて、そんな中であなたたちI配属やらS配属やらがのうのうと生きてるのを!罪悪感とか無いんですか!?優遇されてるんだから、少しはわたしたちを助けようとか思わないんですか!?」
それはまさしく、この場所における弱者の悲痛な絶叫で、現実だった。その叫びで、購買に来ていた者達の視線が一斉に湖上達へと注がれる。それらは全て、樹懸と湖上を非難するかのように突き刺さっていた。何とも居心地が悪いものだ。
ここに来たばかりの時に、初に言われたI配属が優遇されている、思いあがるなという言葉を思い出す。なるほど、こういうことなのか、と。
「思わねえよ」
まあそんなことを湖上が考えているだなんて、一ミリも知らない樹懸は端的に彼女を否定していたが。どうしてそう火を注ぐ真似をする!?と今すぐにでも樹懸に問い詰めたい気持ちを抑え、さりげなく彼に目配せをするも、勿論読み取ってくれなどしなかった。
「知らねえやつが何人死んでも、どうでもいいだろ」
自称強者の思い上がり、と切り捨てるには醜いながらも現実的な話だ。人間、たとえテレビの奥で紛争だか飢餓だとかが起きていても結局は他人事なのだから。
「~ッ、じゃあ、そこのあなたはどう思うんですか!」
「……え、ええっと、その」
少女は樹懸がどうにもならないと見切りをつけたのか、その矛先を湖上へと向けることにしたらしい。さて、どう答えたものか。彼女の望む回答をその場限りですることはできる、しかしそれはそれで後が面倒くさそうなのだ。
「た、たしかに俺たちは優遇されてるかもだけど、で、でも世間一般的に見れば軟禁されてるのは同じで」
「ええそうですね!でも、あなたたちは抗おうとしないじゃないですか」
たしかに、彼女視点で物事を見ればそうなってしまうのかもしれない。真実を口にするのならば、湖上はそもそも目的があってこの場にいるし、樹懸だってどうやらその類らしいが。そんなものを馬鹿正直に言う気もしない。だからこそ湖上は、一般論を述べたのだ。
「いや、そういうけどさ……だって、どうしようもなくない?」
「何が?その優遇された立ち位置と、優秀な異能があれば簡単でしょう」
なるほど?少女は気がついていないからこそ、このような暴挙に至っているらしい。群衆の視線も、未だ湖上を非難するものであり続ける。それに怯えながらも、湖上は言葉を続けた。
「か、仮に俺みたいなポンコツ異能じゃなくて、もっとちゃんと強い人がさ、監獄に反抗しても……それで、倒せてもさ。その後、どうするの?」
「どう?決まってるでしょう、警察に通報しますよ」
「いや、多分、動かないと思う」
流石に少しはひそひそとした会話によって、雑踏と呼べる程度の騒音は生じていたというのに。その一言で、場がしんと静まり返る。今度は少女が、息を詰める番だった。
「何を、言って」
「だって、ここに連れてこられた人達って、誘拐されてきた人も多いんでしょ?普通、こんなにたくさんの人を、長期的とはいえ誘拐したらバレて騒ぎになるって。そうなってないってことは、なんらかの警察から逃れる手段があるって考えるのが自然じゃない?それこそ、警察にお金渡してるとか」
「で、でもお金を渡してきたやつがいなくなれば、従う必要も」
「──あと、監獄から解放されたところで、監獄以外が異能者で人体実験をやらかさないって保証はあるの?人体実験以外にもさ、軍事利用とか」
「……」
ついに、少女が黙りこくる。そして湖上の隣で明らかに話についていけていない樹懸が明後日の方向を見ていた。重苦しい静寂が支配する購買の中、周囲を見渡し、もうこの場はこれで終わったことにしてよいだろうか?と内心呟いた。
……どうせ、先程の話も六割がた湖上の個人的な予測なのだから。残りの三割も嘘、一割真実があるかないかである。この程度の話を信じ込んでしまう辺り、随分と考え無しらしい。
と、いうようなことを、かいつまんで桐子に説明していたのだが。
「あの噂、本当だったんだ」
「噂?」
どうやら、桐子には心当たりがあったらしい。食堂の日替わりスイーツらしいシュークリームで、口の周りをべたべたに汚しながら。桐子は口を開く。
「なんか、監獄が嫌いなN配属の人?たちがとっても怒ってて、近づくと絡まれちゃうっていう噂。七世さんから聞いただけで、桐子ちゃんはよくわかんなかったんだけど」
「怒って……まあ、たしかに」
どうやら大本は観数だったらしい。ということは、それなりに確かな情報であり、湖上と樹懸以外にも被害が出ているのだろう。湖上が出会ったあの少女だけというわけでもなさそうだ。
「もー、なんでそんなことするのかなー!そのせいで桐子ちゃん、シュークリーム買いに行けなかったから七世さんに買ってきてーってお願いしなきゃだったんだよ!?七世さんにすっごい嫌がられたしー!」
「あはは……」
このような態度を、あの少女は嫌っているのだろうか。己が全力で行っている反抗を、菓子が買いに行けない程度に切り捨てられてしまうような状況を。それを思えば、哀れなのかもしれないが。
初程長く世を見たわけでもなく、凍乃莉のような純粋さを持ち合わせない湖上には。結局、他人事は他人事に過ぎない。




