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異能監獄記  作者: 濃支あんこ
3 禍福

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人柱

 一糸まとわぬ姿で、無数の管に繋がれれたまま、少しだけ鏡香に似た女性が薬液の中を揺蕩っていた。最早何も映らないのだろう虚ろな瞳を見開いて、それでも役割を全うし続ける。


「──。」


 彼女が沈むガラスケースの外には、試験管が置かれている。よくよく観察すれば、中の薬液が常に増え続けていることがわかるだろう。鏡香は、その薬液を回収しに来たのだ。何とも、趣味が悪いと言わざるを得ないが。

 はっきり言ってこの程度、表が集めた平の者達を使えば済むことだろに。それでも鏡香にお鉢を回す辺り、十中八九鏡香のことが気に入らない輩の仕業だろう。まあ鏡香だって逆の立場であったら、やらないとは言いきれないので色々とアレだが。それはそれとして恨むことそのものはお門違いであろう。誰を貶めたわけでもなく、己の力だけで鏡香は今の立場にいるのだから。……そう、信じているのだから。


「……あれ、姉さん。どうしてこんなところに?」


 鏡香がガラスケースを睨みつけていた所に。いつも通りの糸目の上に、困り眉を乗せた鏡香の弟、鉱助(こうすけ)がやって来た。


「お前こそ特に用事ねえだろ」

「丁度使おうとしていた薬品が切れてしまったので。その場に任せられる者もいなかったので出向いただけですよ」

「そうかよ。自分は……押し付けられた」

「……すみません」


 憎々しげに告げれば、鉱助が気まづそうに視線を逸らす。……そういう態度こそが、気に障るというのに。


「私には、完全には理解できないことですから」

「だろうな。お前は趣味でここにたどり着いたんだからよ」

「それはそれで微妙ですよ……」


 ガラスケースに手を伸ばし、中に浮かぶ女性に視線を向けながら。つるりと、彼はその表面を撫でる。

 ──これこそが沢谷が上峰に対し一定の地位を保っている理由。異能は遺伝しないという原則を破った、ただ一つの例外。観数の女ともまた違う、忌々しい形。沢谷家の者のみが継承できる、人間としての機能を犠牲に科学的にありえざる薬物を生み出す異能、【異能薬物】。あまりに安直な、いっそ笑えるほど明快なネーミングセンス。「人柱」という揶揄も頷ける人権の無さだ。


 鏡香と鉱助の違いは単純だ。鏡香は生まれた当時、一族内でずば抜けて人柱の適性が高かったのだ。それこそ鏡香が死に物狂いであがかなければ、ガラスケースの中にいたのは己であったと断言出来るほどに。対する鉱助は、沢谷の者としては異常なまでに人柱の適性が無かった。それはそれで苦労したらしいが、あいにく当時の鏡香に弟妹を構う余裕は存在しなかった故、詳しいことは分からない。わかりたいとも思わない。


「……姉さん程、険しい道を歩んではいませんので。偉そうなことは言えませんけど。私だって、何も苦労していないわけではありませんよ」

「わかってるさ。自分の思い出語りは静くん辺りにやるのが余程良い」

「今の山嶺相手に愚痴が通じてしまうのも、如何なものかと……」

「自分で言ってなんか辛くなってきたからやめろ、現実を言うな」


 いやぶっちゃけ鏡香だって山嶺の諸々について、大したことは知らないのだが。風の噂程度には聞いている。そしてその噂程度ですらヤバいので。何時だったかそれとなく静に聞いてみたことはあるのだが、まさかの鏡香より当事者が事情に明るくないという結末だった為、最近は気にするのをやめた。

 ……にしても、変な光景である。年上の親戚が閉じ込められたガラスケースの前で、あまり会話を交わさない姉弟が語り合っているとか。 しかしその奇妙さは、思わぬ方向から破られることとなった。


「……ところで、姉さん。私の記憶が正しければ、そろそろ期末テストだったはずなのですが」

「……マジで言ってんのか?」

「マジで言ってます」


 鉱助の言葉が、ある意味鏡香にはなじみがない方の現実へと連れて行く。一気にこの場にそぐわない、別の意味で居心地が悪い話題に切り替わった。


「い、いや大丈夫だろ、まだ先だろ」

「そうですか。ところで私の元に、このような物が配られたのですが」


 そう言って鉱助が懐から外用の旧式端末を取り出し、テストの日程表を表示する。


「あくまでお前の学年の物だろ!?自分は関係な」

「2年も3年も大して変わらないでしょう。姉さん、そろそろテスト勉強をしないと」


 社会とは、非情な物で。実力よりも時には学歴がものを言うからして。つまり、上峰のコネだとか何とかをフル活用しようとも、定期テストを受けてある程度成績を取らないと、普通にヤバい。


「……鉱助。何故中等の間は分野別に分かれないんだ?」

「知りませんよ」

「なんで歴史はなくならないんだ?」

「澄んだ目で聞かれても何も変わりませんよ!?」


 鏡香の専攻は当然化学、その中でも薬学である。そして鉱助の専攻は機械工学。しいて二人が他に強い教科も生物である。そして二人とも、文系が割とどうしようもなかったりするのだ。故に、期末テストの時期は阿鼻叫喚の地獄絵図と化すわけで。


「……とにかく。姉さん、赤点だけは取らないでくださいね」

「当然だ。追試で実験時間を奪われてたまるものか」

「その意気です」

「ってことで歴史教えてくれ」

「年下に教えを乞うとかプライドねえの!?ていうかそうなるぐらいなら少しは学校行きましょうよ!」

「何言ってるんだ鉱助、学校は学歴貰いに行くとこだろ」

「学び舎ですよ!」


 鉱助が綺麗事を叫ぶ。世間的に見れば鏡香の考え方の方が正しいと思うのだが。


「つうか、そういうお前は学校行ってんのか?」

「テスト以外だと、月二回ぐらいは行ってるかと」

「てめえも大して行ってね―じゃねーか!」

「文字通りテストの時以外不登校キメてる姉さんよりマシですよ!」


 人権を当然の如く無視した、非合法で、非倫理的な実験が行われているような場所で。自分が至るかもしれなかった末路を他所に。姉弟でくだらないやりとりを交わすのは、随分と可笑しかった。

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