趣向
「僕さ、思うんだよね……」
神妙な面持ちで、いつになく真面目な雰囲気を纏い彗嵐が言う。
「おっぱいより雄っぱいのが最高だよねって」
「いや知らねえよ」
「どうかしらねえ」
まあ彗嵐が意図的に真面目ぶった発言をしている時は、大抵重要なことでは無いので沢谷鏡香と、何故か鏡香の隣に座っている旧阨瑠衣は何も気にしてはいなかったのだが。
「常識的に考えてさ?あんな脂肪ごときにそんな価値があるとは思えないんだよね」
「そうか」
「まあでも僕も脂肪の柔らかさが産む心地良さは認めるよ?でもさ、雄っぱいはがっちりとした筋肉とむっちりとした脂肪が合わさっている。土台が固いからこそ、脂肪の重量感と揉み心地が両立すると思うんだよね」
「それで、彗嵐は何が言いたいんだ?」
答えのわかりきった問いを口にする。すると、彗嵐は据わった目つきで一気にまくし立てた。
「なんでッ!僕の異能は雄っぱいじゃなくておっぱいにしか使えないのッ!」
異能【胸制】。他者の思考を、一時的に女性の乳房への物とすり替える精神干渉系異能の一種。精神干渉系異能者が不足している上峰とっては、それなりに貴重な存在である。
「一般的に、男性の胸筋より女性の乳房の方が、好む人が多いからじゃないかしら」
「そうそれ!僕としてはその風潮こそが間違ってると思う!」
「大分スケールがデカい対象に文句つけに行ったな」
こうなってしまった彗嵐は暫く止まらない。好きに喋らせておくしかないだろう。適当に流し、ここに来る前に彗嵐が入手した菓子をつまむ。鏡香が買うと普通に外貨のお小遣いから引かれるので。
「おっぱい好きな人があんなにいるのに、雄っぱいが好きな人が少ないっておかしいと思うんだけど」
「そうねえ。でも、一般的に男性と女性のフェチズムを比べると、男性に比べて女性は魅力を感じる部分が分散してるそうよ?彗嵐ちゃんの言う通り、胸筋が好きな方もいるのだろうけど。一極集中な乳房を魅力的に感じる層にはかわないでしょうね」
「……い、一般論でしょ?る、瑠衣ちゃんはどう思うのさ。瑠衣ちゃんだって、雄っぱい好きでしょ?」
言い返す言葉が思いつかなかったのか、彗嵐が疑問を別の方向へと向ける。さて、このイカレた女が正直に答えるとは思えないが──返答が気になるため、耳を傾ける。瑠衣は、なんてことのないように答えた。
「わたしは、身体の部位が好きというより……誰かが、慌てふためいて意地を張っている様が大好きなの。ねえ、彗嵐ちゃん」
「んえっ!?」
「死ねクソアマ」
案の定ロクでもないことを口走っているアホに、洒落っ気の欠けらも無い率直な罵倒を浴びせる。そんな状況下でも胡散臭い笑みを浮かべる奴と、赤面する彗嵐。純粋な彼女を汚さないで欲しい。
「あら?鏡香ちゃんだって自分の作った薬で人が苦しんでる様子を見るの、好きなんじゃないの?」
「てめえと違って自分は変態じゃねえんだ。ただただ不快なだけだっての」
「恥ずかしがっちゃって、ここにはわたしと彗嵐ちゃんしかいないのだから、素直になってもいいのよ?」
「てめえがいる時点でそんな選択肢は無えよ」
こいつ、変態って言われたの否定する気ないのか、と一瞬思ったが妙な薮をつっつく趣味は無い。鏡香は君子であろうとしているが故に。
「きょ、きょきょきょ鏡香ちゃんは、そ、そそそんなことない、よね?」
「ある訳ねえだろ。マウスが苦しむ様に欲情する研究者とかキショいだろうが」
「あー、そう、考えれば?」
「目を覚ましなさいな、彗嵐ちゃん。鏡香ちゃんの言うマウスは人間よ?」
「でもさ瑠衣ちゃん、鏡香ちゃんは鏡香ちゃんなんだよ」
「どういうことだよ」
「それもそうね」
何を二人で勝手に納得して、勝手に同調しているのか。気に入らない。もしこれで同調したのが彗嵐だったらキレていた。仏頂面のまま、瑠衣に文句を言う。
「吐け」
「まあひどい。わたしに対してはいっつも辛辣なんだから。そんなにわたしのことが好きなのかしら?」
「は?んなわけねえだろ。てめえみたいなクソ女に好意を抱いたら一巻の終わりだっての」
「照れちゃって。好きな人にきつく当たっちゃうお年頃なのね」
「自分がそんなガキみてえな真似するわけねえだろ。つか、自分がガキっつーならてめえは受精卵だろ」
「この世への存在を許してくれるなんて、鏡香ちゃんは優しいのね」
「はいしゅーりょー!」
「むぐっ」
「んっ」
彗嵐から流石に終了のお達しがくだってしまった。瑠衣共々口に突っ込まれた菓子を、黙って咀嚼する。完全なる部外者である彗嵐は、この場で最も優遇されるべき立場なのだから、大人しく黙るしかない。少なくとも、鏡香にとっては。
「ねえ、彗嵐ちゃん。結局鏡香ちゃんには胸筋が好きか聞いていないみたいだけど。いいのかしら?」
頼むから空気を読んでくれ。
「そ、それもそうだね……!?」
「マジかよ」
どうして話に乗ってしまったのか。こういう時の彗嵐は、著しくIQが低下している気がする。
「で、どうなの?おっぱいより雄っぱいのが素晴らしいよね?」
「……まあ、どっちかって言えばそうなんじゃねーの?」
適当に答える。正直どっちでもいい。というか、恋愛的なあれやこれやとは無縁の人生を送ってきたので、突然聞かれてもわからないというのが本音だ。だと、言うのに。
「まあ。やっぱり、自分に無いものを認めるのは嫌なのね!」
「空気読めねえのかクソ女!?」
一切固有名詞は口にしていないが、あからさまな悪意が込められた発言に。全身全霊で投げ込まれた火種に鏡香も全力で噛みついた。
「あら、何のことを言っているのかしら」
「とぼけんなよてめえの視線がどこに向かってるかくらい一瞬でわかるんだよ!」
なんとなく恥ずかしくて、自分の胸を庇うような体勢で鏡香は叫ぶ。
「きょ、鏡香ちゃん大丈夫だよ!僕たちまだ15歳だし、成長の余地あるって!」
「身体測定で毎回1mm伸びてるか伸びてねえかの奴にんなこと言って楽しいか?」
「だ、第二次性徴は別物かなあって!」
「第二次性徴って、あまり詳しくないけれどわたしたちの年齢でも適応されることなのかしら?」
「あっ言われてみれば!?」
「言われてみればじゃねえよ?!」
彗嵐が頓珍漢なことを言い、冷静に事の発端の女が疑問を投げかける。どうせなら事態の収拾の方に走ってもらいたい。
「まあまあ鏡香ちゃん、お胸だけが全てじゃないのだから。そう気にすることは無いわ」
「てめえに言われたかねえんだよ!」
棚上げ発言をしやがった女の胸部を睨みつける。誠に悔しいが、15歳にしては発達したバストはこの場にいる面々の誰よりも大きいのだ。
「瑠衣ちゃんが言うと説得力ないよなあ」
「おら彗嵐もそう言ってんぞ!知ってかクソ女この世は多数決の暴力で決するんだよ!」
「寄ってたかってひどいわね、わたし何もしていないのに」
「てめえがこの場にいるだけで害悪だっつってんだよ」
「ここ、わたしの部屋なのだけど?」
「……」
ところで、彗嵐はN配属の例にもれず二人部屋である。鏡香は仮眠室を私物化しており厳密な意味で自室を持っていない上、お世辞にも綺麗な部屋とは言えない。そして、瑠衣は諸事情で一人部屋である。
「やっぱり、好きの反対は無関心なのね」
「は?」
「……正直、鏡香ちゃんって瑠衣ちゃんのこと嫌い嫌いって言ってるのに、僕といない時は大体瑠衣ちゃんと一緒にいるよね」
「おい待て彗嵐お前まで自分の梯子を外さないでくれ」
どうして己が奴を本心では嫌っていないかのような空気になってきているのだ?まるで理解ができない。鏡香が焦って訂正しようとも、空気は瓦解してくれない。
「ほら、彗嵐ちゃんもこう言っているのだし。早く認めちゃった方が楽よ?」
「てめえがそれを言うのかよ」
全ての事情を知っている奴が、積極的にしらを切っている。何がしたいのか、まるで意味がわからない。
「鏡香ちゃんったら、ツンデレなんだから」
「キッショ」
真意の読めない黒い瞳は無感情のまま、口角だけを吊り上げた女に。スパイめ、と内心で毒づいた。
参考
あげは>>>>>>>>>>>初>>>>>>>桐子




