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異能監獄記  作者: 濃支あんこ
3 禍福

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繕う-2

敗因:某ゲームのリアイベ(更新間隔が開きました)

「……」


 無言で、桐子が湖上の肩に触れる。反射的に避けそうになったものの、甘んじて受け入れた。気まずい空気の中、赤い瞳が大きく開く。


『多分これ、異能薬物というより普通に存在しうる薬らしいから意味ないよ』

「だよねー」


 研究員に、実験が終わった段階でそう告げられたのだ。そもそも異能薬物ならば、早々に桐子に対処を頼んでいる。その時点で、これは最早どうしようも無いのだ。


「おねーちゃん……ええっと、さっきの……」

「……」


 桐子が戸惑うかのように、視線をさ迷わせている。さて、どう誤魔化せば良いだろうか?この、自白剤を盛られたような現状で。


『ちょっと薬盛られて話せなくて、気がたってたただけだよ』

「そういう次元?」


 湖上からすれば最悪のタイミングで、疑り深い視線と発言を向けてくるあげは。……まあ、あげはは湖上に関心が無いだろうから、現状は適当に桐子に同調していると考えるのが自然だが。ならそのまま黙っていて欲しいが、そうもいかないからこうなっているのだろうし。それならば、やはり。


『あ、俺ちょっとトイレ行ってくるね』


 最低限この失言誘発薬が抜けるまで、この場から離脱するべきだろう。その間に事態の対処を考えれば良い。というか、考えるしかない。


「い、行ってらっしゃーい」


 ぎこちないながらも、桐子がいつもの調子を務めて保っている。それに内心感謝を抱きつつ、湖上は教室を出ていく。……と、言っても今は形式上の授業中であるが故に、行先なんて本当にトイレぐらいしか無いのだが。それでも、と時間稼ぎのためにのろのろと時間をかけて歩いて行く。


「……あ?どうしたんだ、女装野郎」

「……!」


 他人と出会うことなどほとんど無いI配属の区画を歩いていたというのに。丁度よくと言うべきかなんと言うか、樹懸が歩いていた。おそらくは、湖上と同じように実験後だろう様子で。なにせ、左腕の肘から先が消失していたのだから。


「なんか喋れよ」

「……」


 そうだ、先程やったように端末を使って意思疎通を測れば良いのでは無いか。しかし、メモ帳ソフトなんて使わないから、探し出すのも一苦労だ。というか、インストールされているのだろうか。


「何してんだ、お前」

「……!」

「喉でもやられたのか?の割には綺麗に見えるけど」


 やはり皆真っ先にその発想に行き着くらしい。タートルネックの内側を覗いたところで、もちろん外傷は見られない。そして焦っているせいでソフトも見つからない。


「~っ、ちょっと待て」

「は?」


 どうにかこうにか比較的当たり障りのない言葉を絞り出して、端末の操作へ集中する。そして、空のメッセージツールに打ち込めば良いことになんとか思い至った。


『ごめん、ちょっと実験のせいで口開くとやばいこと口走りかねないんだよね』

「はあ。なんか問題でもあんのか?」

『問題しかないかな。本音を隠せなくなるんだから』


 打ち込んで、見せる。それを一瞥した樹懸は、口を開く。


「別によくないか?」

『なにもよくないよ!?』


 そういえば樹懸はこのような人物だった。別に嘘をつかない訳では無いのだろうけど、嘘をつけなくなって困ることそのものが大してないのだろう。まあ、それすらも実験の産物なのだろうがそれは置いておくとして。今は味方がいない事が問題なのだ。


「そうなのか、大変だな」

『他人事だなあ。それで、解毒方法とか知らない?薬抜けるの待つしかないかな』

「は?んなの俺に聞くなよ知るわけねえだろ」


 いつかの樹懸ならば即座に答えていた気がするが、まあそうことが上手く運ぶことは最初から考えていない。どうせ樹懸なのだし。

 ぶっちゃけ、解毒のあてはあるのだ。それこそあの、片方だけ青く染まった瞳を興味深そうに見つめていた少女とか。ただ彼女に頼るのは最終手段である。彼女に頼るぐらいなら、研究員に苦言を呈されようとも、薬が抜けるまで部屋に閉じこもる方が遥かにマシだ。


『だよね。じゃ、俺は治るまで別のところに行ってるから』

「いいのか?」

『ろくな事話せないから、仕方ないよ』

「ふーん」


 あからさまに関心がなさそうな声のトーンでそう発した後、湖上が来た道へと歩いていく。……さて、この後はひとまず自室に閉じこもる事が一番安泰だろうか。一応手段としては、湖上が何を言おうと問題が起きにくい凍乃莉の元に行く、というのもあるが。形式上は授業中であるが故に現実的とは言えない。だからこそ湖上は、大人しく自室への道を歩いていたのだ。

 腕の端末を扉に近づけ、開錠しようとしたその時。後ろから、声が聞こえた。


「おねーちゃん!」


 息切れを起こしながら、真白の少女はこちらに駆け寄ってくる。そして、手にしているのは何らかの液体が入っているらしい試験管。


「これ、飲んで!大丈夫、七世さん経由だから。ちゃんとしてるよ。飲めば、治ると思うから」


 ……研究員やらどこぞの沢谷の少女が関わっていない、と言いたいのだろう。たしかに関与している者が観数ならば、まだ希望がある。


「ええ、と。飲みたくないならいいよ?」


 桐子が、赤い瞳を宙にさまよわせる。これを飲んだら、湖上は嘘が付ける状態で尋問を受けるのだろうが。現状のままただじいと見つめられるのもよろしくない。ため息を一つついて。桐子から試験管を受け取り、飲み干した。


「……げほっ、ごほっ、まっず……」

「流石に、急だから味はマズいかもって言ってたけど……ごめんね?」


 具体的に何をどうやってこの薬を作成したのか、湖上にはさっぱりわからないが。観数が関与しているものに、答えを求めることそのものが徒労だろう。それはそれとして、どうしたらここまで不味い可食物を作れるのか気になるが。異能薬物?とやらでも無さそうだし。

 しかしこれで、しばらくすれば薬が抜けるのを待つよりも早く治るだろう。まだげっそりとした様子ながらも、湖上はよろよろと壁にもたれかかった。


『助かったよ、桐子ちゃん』

「どういたしましてー!でも、本当に大丈夫?すっごい辛そうだったけど」

『もう二度と口に含みたくない感じの味ではあったかな』

「……本当に、大丈夫?」

『大丈夫だって。長らく治らないよりはマシ』


 そう打ち込んで、顔だけでも笑みを浮かべる。ひとまずは、表面上の平穏を示すことの方が重要だと判断した。


「なら、いいけど……」

「……あ、思ったより早く治ったみたい。めちゃくちゃ苦いだけあるねー」


 思い切り茶化して、湖上が口を開く。実際、ここまで劇的に改善されたことは流石と言える。その様子を見て、桐子が表情を弛め安堵を浮かべた。


「本当!?」

「うん。特に体におかしな所はないし、完全復活って感じ」

「良かったー!あのねあのね、桐子ちゃん、おねーちゃんに言いたいことがあるの」

「?」


 いつも通りの調子で、大きな赤い瞳がこちらを覗き込んでいる。目を合わせて、桐子が口を開いた。


「桐子ちゃんにとって、おねーちゃんはおねーちゃんだから!」

「……」


 なるほど?慰めのつもりらしい。以前とは違い、不器用も良いところだが。言葉とは時に、形式ばらない方が説得力を得るものである。


「だ、だから、その」

「気にしてないよ。要は、この格好で口が悪いのってどうかと思ってて、必死に隠してるってだけだし」


 嘘は言っていない。実際八割型真実だ。


「そ、そうなの?別に、桐子ちゃんはいいと思うけど」

「あくまで俺の自己満足だからねー。俺が納得できなきゃ意味ないよ」

「えー」


 まあその八割の真実の価値も保証してはいないのだが。それはそれ、これはこれという話である。適当に話を合わせて、湖上は桐子と表面上は和やかに談笑した。








「あら、麗ちゃん。樹懸ちゃんから聞いて心配していたのだけど、大丈夫かしら?」

「治ったから大丈夫だよ」


 暫くして、教室に戻った後。どうやら樹懸がI配属の面々に事を説明していたらしく、初に声をかけられた。と、言うよりかは説明をせがまれたという方が正しそうだが。


「そう、それならよかったわ。申し訳ないのだけど、松太郎ちゃんが麗ちゃんに用事があるみたいで」

「なあ麗!お前が前言ってたおねえさま、ってなんなんだー?」


 こちらに振り返ってまで、松太郎が言う。もしかして、今日は厄日だったりするのだろうか?そう、愚痴を吐きたい気分になる。口に出しはしないが。


「おねえさまはおねえさまだよ」

「なんだよそれー?!」

「だっておねえさまだし」


 これに関しては口を割るつもりは無い。あんな美しい尊き少女の話をしてやるものか。おねえさまは湖上のおねえさまなのだから。


「くっそーなんか変な言い方だしよー」

「変?おねえさまをおねえさまって呼ぶのは普通でしょ?何言ってるの」

『普通じゃないと思うなー』


 松太郎がおかしな事を口走り始めた為、すかさず反論する。なんだか静まで加勢しているのが気に入らない。湖上は何をもおかしなことを言ってはいないというのに。


「だっておねえさまだよ?」

「いやだからおねえさまって何者なんだよ」

「さっきから言ってるでしょ、おねえさまはおねえさまだって」


 そう、ある種の平常運転を繰り広げていたその時。この場にいるのが誰なのか、忘れていたのだ。黙って話を聞いていた幼子の姿をした年上が、口を開く。


「そのおねえさまって人が大好きなんだね、おねーちゃん」


 他意を勘ぐりたくなるような、嫌な響きを伴う声音でそんなことをほざく。知らなかったことを反芻する子供のように振る舞うその様子に。それが、本当は知っていたのか、そうではなかったのかということを抜きにして。心底、嫌気が差した。

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