サスペンス
「な、なんてことだ……!」
松太郎が顔を青ざめながら慄く。
「だ、誰がこんなことを……!?」
桐子もその惨状に、驚いているようだった。
それは二人が教室に入った時、入口付近で倒れている人影があったからだ。黒い長髪は床を波打ち、赤いリボンは若干解けている。微動だにしないその様はまるで──死体の、ようだった。
いやまあ死んでないのだが。
普通に実験を舐めてかかったら、返り討ちにあってこのザマというだけである。どうにかこうにか教室までは、軋む関節を無理やり動かしてたどり着いたのだが、ついに全く動かなくなった。そのまま床に倒れ伏し、パッと見痴情のもつれとか遺産相続とかで刺されて死んだタイプの、サスペンス的死体と化した訳である。状況的にはどちらかと言うとゾンビだが。特に感染もしない上そもそもゾンビ状態の湖上を2人は目撃していないのだから、殺人事件扱いも致し方ないとも言える。……言えるのか?
なお湖上は突っ伏すように顔面から倒れているため、現在の状況はいまいちよくわかっていないものとする。
「おねーちゃん!おねーちゃん大丈夫!?」
「待て桐子、ここは俺と静が行く!」
『検死しないとだしね』
「ケンシ?ってのはよくわからないけどやるか!」
松太郎がよくわかっていない状態で発されたケンシ……検死?待って欲しい。湖上に聞こえていないということは発言者は十中八九静だろう。至って冷静に物騒な悪ノリをしないで欲しい。他の2人がどこまで本気なのかよくわからないが、少なくとも松太郎の声のトーンはかなりガチである。怖い。
そんなことを考えていると、急に視界が無機質な床から解放された。そしてじい、とこちらを覗き込んでくる黒い瞳と目が合う。……仮にもし声が出る状態だったら、反射的に悲鳴を上げていただろう。しかし幸か不幸か現在の湖上の体は一切動かない。故にただ、虚ろな瞳を晒しただけだった。
『うーん死斑も出てないし、瞳孔も大丈夫そう。でも体温はめちゃくちゃ低いね』
「くっ……!どうして殺されなきゃいけなかったんだ!?」
「おねーちゃん……」
妙にそれっぽい態度を取らないでほしい。殺されていないので。
「おい、あげは!お前なんか知らないか?」
「はあ?知らないわよ。つかそれ、どう考えても単にじ──」
「あげはもわからないのか……くっ、こうなったらI配属総代である俺が!華麗に解決してみせるしか!」
「ねー桐子ちゃんはー?」
「勿論桐子と静にも手伝ってもらうぞ!なああげは!」
「うるさいこっちを巻き込むな。あたしは忙しいの」
唯一の良識枠であったあげはは、湖上を助ける気は全くないらしい。そして真っ先に巻き込まれそうな樹懸や、多少は窘めてくれそうな初が一言も発していないことから、二人はいないのかもしれない。少なくとも湖上が倒れる前に見た最後の光景では、いつものようにモッズコートとガスマスク姿の不審者が筆を奮っていただけである。
「麗を殺したいやつって誰だ……?」
『特にいないと思うけどね~。まだここに来て大して時間経ってないし』
「だよなあ」
「桐子ちゃん前ラウンジのテレビで見たんだけどねー、チジョーノモツレ?とかシット?とか後プリンとか崖で殺したくなっちゃうんだってー」
『ラウンジで昼ドラ見てたの誰』
「プリンで人って死ぬのかー?」
現場は、予測通り混沌を極めてきた。というか誰だよ、ラウンジでサスペンスつけっぱなしにしてたやつ。いくら実年齢はアレとはいえ、中身の年齢が幼い者が2人も居る配属でそれはどうかと思う。こんな場所で考えることではないが、確実に教育に悪いだろう。
「いやプリンってなによ。不倫でしょそれ」
「フリンってなーに?」
「人間がやれることの中で、最もクソなことよ」
「いやでもプリンで人死ぬな……?他人のプリン食うとやべえことになるってこの前テレビで言ってたぞ!」
『うーん松太郎、多分それ何かが間違ってる』
「たしかに、他の子のおやつ食べちゃうのはだめだよね。おねーちゃんもプリン、食べちゃったのかな」
流石にプリン発言に黙っていられなかったのか、あげはがツッコミを入れる。しかし真剣に松太郎がプリンを考察し始めてしまい、それに桐子が乗ってしまった。手遅れである。もう少しあげはには頑張って欲しかった。
というか百歩……いや千歩譲って湖上麗殺人事件(死んでない)の原因がプリンだったとしても、そもそも湖上は他人のプリンを食べない。前提条件として、まず甘いものがあまり得意では無いのだから。進んで食べることはほとんど無いと言っていい。
「……っ」
「あっ!おねーちゃんが動いた!死んでなかった!」
「肉……食べる……」
『えっなんで?』
自分は何を口走っているのだろう。もしかしてプリンを食べたくないという思考から食べたいものを主張しようとしたのか。だからと言ってほぼ無意識にこのようなことを口にするとは、実験とやらの結果は本当にどうなっているのだ。摩訶不思議もいいところである。訂正しようにも、再び体は全く動かなくなってしまった。
「これは……!ダイイングメッセージってやつか!」
『うーん……それでいいんじゃないかな!』
「だいいんぐめっせーじ?」
『死にそうな時に残すメッセージだよ』
「つまりおねーちゃんは殺される前にお肉が食べたかったってこと?」
「なるほどな!んだとプリン食って殺されたってわけでも無さそうだな」
『振り出しに戻っちゃったね』
最初からプリンが原因で殺された線は無い。しかし聞こえる松太郎の声はなんだか若干残念そうである。そこまでか?そこまでその推理を重要視していたのか?
「お肉を食べたかったってことは……お肉、ほかの人に食べられちゃったのかな?」
頼むから食べ物の恨みから離れて欲しい。というか死んでないのだが。
「それで肉を食ったやつに怒ったらやり返されちまったのか」
『殺す気は無かったーってやつだね』
「その線で行くと、その肉を食べそうなのあんただけでしょ、松太郎」
「お……俺が、麗を殺しちまったのか……?」
『松太郎はそんなことしないよ』
「松太郎が……犯人なの……?」
『松太郎は殺せないよ』
気がついたら松太郎犯人説が浮上していた。おそらく静が何かを発言し、雑に切り返したあげはによってひき起こされたものらしい。そして桐子がまたもや深刻そうな面持ちで松太郎を見つめている。……この茶番、いつまで続くのだろうか。
「そんな……!松太郎がやったなんて……桐子ちゃん信じてたのに!」
「誰よ桐子に火サス見せたの。ウザイんだけど」
「……もー!あげはノリ悪いよー」
「は?あんたに付き合う義理、あたしには無いんだけど。ていうかこの死体邪魔なんだけど。早く片付けてくれない?」
「はーい」
少し不服そうにしながらも、桐子がこちらに近づいてくる。ナチュラルにあげはが自分のことを死体扱いしているだとか、片付けるってどういうことなのだとか、等と気にする暇もなく。桐子が素肌を隙間なく覆った包帯越しに、その小さな手で湖上の頬に触れた。
その途端、湖上の体が一気に軽くなる。ゆっくりと手のひらを開いて閉じてを繰り返せば、動きも平常通りに戻っているようで。驚いて、反射的に起き上がる。
「……なお、った?」
「お、俺は麗を殺してなんか……」
『松太郎、その流れもう終わっちゃったみたいだよー。ほら、麗起きたよ』
「麗ー!死んでなかったんだなー!?」
「うわっ!?……いや、最初っから死んでないからね俺」
松太郎に手を掴まれてぶんぶんと振られる。……松太郎はどこまでわかっていて、どこまでわかっていないのだろうか。謎である。
「俺、何で治ったの?」
「ここで実験に使われてんの、ほぼ異能薬物だから。桐子が触れば破壊できんのよ」
「異能、薬物……?」
「なんか薬よ。それ以上のことはあたしらも知らない」
「桐子ちゃんにはねー、ぜーんぜん効かないんだよー!だから実験で大変なことになっちゃったら、桐子ちゃんを呼んでね!」
松太郎を振りほどきつつ、桐子が袖の余った指定制服を振りながら、自慢げに語る言葉を聞く。
異能【破壊】。静から物騒な話ばかり聞いていたが……これだけなら、この監獄と呼ばれる場所においては配属者達に歓迎されそうだ。先程の湖上のような状態になった場合、研究員を頼らずに済むのだから。
そして異能薬物の詳細は殆どのものが知らないらしい。あげはの話から察するに、異能と同じような判定を持つ薬物、なのだろうが。
「ありがとう、桐子ちゃん。次こんなことになっちゃったら、桐子ちゃんを呼ぶね」
「うん!」
桐子にお礼とお願いを言えば、彼女はとても嬉しそうに笑った。




